求めるもの。



女性を本気で愛せなくなったのは、紛れもなくあの紛争のせいだろう。
今でも女好きであるという噂は絶えず、自分もそれを認めていたが。
けれど、本気になることはない。
またあのようなことを行うつもりはなかったし、そもそも自分は上からの命令で殺人を行ったのであって、
決して自らの意志で錬金術をそんなことに使う気はない。
それなのに、女性に真摯な想いを向けられることがあっても、それをまっすぐに受け止めきれない自分に、
ロイ・マスタングは自嘲の笑みを浮かべた。
要は、臆病なのだ。自分という男は。
ロイは今自分の下で息も絶え絶えに喘ぐ少年を見下ろした。

「っ・・・たい、さ・・・?」

自分の意識がそれたのを感じたのか、眉を寄せてグッと腕を掴んでくる彼が可愛らしい。
身体を倒して彼の首筋に口付けると、ロイはそれから繋げた腰を緩く揺らした。

この少年は紛れもなく男だ。自分は男を抱いている。それも、15近くも年下の少年を。
笑い話になってしまうが、こちらは自分は結構本気なのだ。
ロイはまたふふっと笑うと、手元の熱を帯びた肌を辿った。
まぁ、だからといって、それを表面上に出すつもりはなかったが。

「・・・そういえば」

ふと、思い出す。

「まだ、報告を聞いてなかったな」

エドワードが東方司令部に顔を出したのは今日の朝。
姿の見えないナンバー2。相変わらずのホークアイ中尉に理由を問えば、
いつものサボり癖ですね、とこともなげに言われる。
ただ、最近は珍しく書類が溜まることもなく、そう大きな事件もなかったから、
ホークアイはロイの身勝手な行動をとりあえずは大目に見ていた。
もちろん、大事があった場合は別である。
ふーん、とエドワードが呟き、それからロイの家に出向こうと思ったのは単なる気まぐれ。
賢者の石の情報をまた1つ手にしている。それを確認しに行こうとして、通り道だからとイーストシティに寄っただけに、
いつ来るかもしれぬマスタング大佐を待って立ち往生するのも気分がよくない。
定期報告など直接大佐にすればいい。そうしてエドはロイの家に足を運んだ。―――が。
これ、である。
報告もまともに聞かず、ロイはエドを腕の中に引き込んだ。
自分の家。軍部で高い地位を占める彼が主のこの家は、まさに自分の城である。
日頃からなんだかんだ言ってエドワードを猫可愛がりする彼の身元引受人は、今まさに彼を組み敷いて、彼の熱を煽っていた。
おそろしく勝手な行動。だが、ロイ・マスタングとはそんな男だ。
いつも唐突に、相手のことなどお構いなしに、ロイはエドワードを抱く。
そんな上司をエドワードはイヤなやつ、と思っていたが、実際腕に抱かれてみると、抵抗できない自分がそこに居た。

「・・・っ、報、っ告なんか・・・ぁ、できるかよ・・・」

―――こんな状態で。
エドワードのきつい視線がロイを貫く。
ただ、彼のそれはひどく幼い子供が向けるようなものでロイは何の意も介さなかったし、
それにそんな場所を暴かれる羞恥で目元が赤く染まっている。
他人のそれを下肢の奥に押し込まれたままで言葉を紡ぐのがつらかったのだろう、喘ぎ声に混ざるそれはひどく掠れていた。
気付けば、エドワードの瞳に生理的な涙が滲んでいる。
ロイは手を伸ばして、親指の腹で目元を拭いてやった。

「君は・・・こんなことをしに来たわけじゃないんだろう?」
「・・・ったり前・・・!」
「ならば、私など構わずに報告を続けたまえ。それとも、君の当初の目的を忘れるほどイイかね・・・?」
「っ・・・!!」

嫌味な言い方というか、鬼畜精神というか。
エドワードを追い詰める言葉を、ロイは平然と放つ。
そもそも自分が勝手に自分の都合でエドワードを腕に捕らえたのだ。少年が責められるいわれはない。
が、ロイはそのまま彼の奥を緩やかに攻め立てる行為をやめず、
強烈とはまた違った、波にたゆとうような刺激にエドワードは視線を彷徨わせた。
下肢を暴かれ、その全てを手にされていることを意識的に無視して。
この2ヶ月の記憶を辿る。

「えーと・・・どこまで、話したっけ・・・」
「ラシュイル村の消えた女錬金術師の話だ」
「あー・・・、そうそう」

飢餓で苦しむその村に、秘宝を与えたという伝説の残る場所。
今回、エドワードとアルフォンスの目的はその秘宝だった。
まぁ、結局は空振りに終わったのだが、エドワードはその全てをロイに報告している。
それは、形だけは国家錬金術師の命として賢者の石を探す彼らには必ず行わなければならない年中行事だった。

「―――で・・・、結局無駄足だった、と」
「・・・っ無駄って言うな!!」

そもそも、そう簡単に賢者の石などが見つかるはずもない。
もう少し狙いを定めて行ったらどうだと忠告したこともあるが、若い2人は微かな情報さえあれば国中を飛び回る。
それこそ、嘘であろうが、冗談であろうが。
だが、そんな行動力も若さの特権の1つでもある。
自らの好奇心を、昇進という野心のために押さえつけ、こうやって司令部に居続ける自分とは違う。
いや、彼らの場合は単なる好奇心などではなく、明確な1つの目的にひたすら走っているだけなのだが―――。

「・・・だからさ。もう1つ・・・手がかりが、あるんだ」

熱を吐く口元。途切れ途切れに言葉を紡ぐエドワードに、ロイは微かに目を細める。
彼の顔を覗き込むと、その琥珀色の瞳は、もはや自分ではなく、次に旅立つ果てない大地を見つめていた。
予定では、3ヶ月に一度定期報告を入れるのが常となっている。だが、今回はまだその時期ではない。
だというのに自分に報告を入れに来た彼は、また明日にでも旅立つことになるのだろう。
ロイは腹にあたる少年の熱を意識しながら、彼の胸元に口付けた。
まだ中性的でみずみずしい体躯に鮮やかな印を刻めば、―――っ、と微かな呻きが洩れる。
どうせ、一生残るものでもなく、あと数日が過ぎれば、すぐに見えなくなってしまうものだけれど。
今だけは、とロイはエドワードの肌に自らの所有印を刻んだ。

「エド」

エドワードは、自分を見ていない。自分もまた、エドワードを見ていない。
そう思って続けていた関係は、気付けば自分が彼を見つめる形になっていた。
彼は彼の目指すものを。自分は、彼を。
彼以外、見つめるものはなかった。どうせ、野心をかなえるのはまだ先の話だから。
あの運命の出会いの日、少年の才能と威勢に惹かれた自分は、それからずっと少年を見ていた。
少年の犯した過ち。それゆえに時折影を落とす12歳の彼。
あの時から3年が経ってしまった。長そうで、短い年月。
こうして3年が過ぎた。おそらく、また3年間も同じようにときは過ぎていくのだろう。
彼も、自分も昇進し、立場は変わっていくかもしれないが。
まぁ、追い越されることはないな・・・とロイは含み笑いを洩らす。
身長も、年齢も。
上司という立場も、後見人であるという立場も。
何一つ変わらないまま、時は過ぎて。
そんな将来もまた、こんな関係を続けていることを、ロイはぼんやりと願った。

「行ってくればいい。どうせ、また無駄足だろうがな?」
「っつー!ぜってぇ見つけて、ぎゃふんと言わせてやるから待ってなよ!!」

威勢のいい声を聞くのは喜びだ。
そうやって、また帰ってきてくれ。
私の元に。この私の腕に。
つまらない日々を過ごす私に、潤いを与えてくれ。
汗と体液に濡れた肌を重ね合わせて。
ロイは少年の唇に自分のそれを重ねたのだった。









求めるもの。少年は神の禁忌を。
ならば、自分は?
自分は、何を求めればいいのだろう。
伸ばされる手。喘ぐ口元。漏れる声音。
すべてを手にした男は、闇色の瞳を欲情の色に揺らす。
そこに映るもの。
それは、金髪の少年、ただ1人だった。







Update:2004/01/17/SAT by BLUE

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