『小さくて大きな、私の師匠へ…』

 光とともに消えていった彼女の魂は、今も、そこに眠っているのだろうか?
車窓の外に流れる景色に、ふと目をとめてロイは思った。色とりどりの花が咲き乱れる街並がそこにはあった。ほんの数ヶ月前のことがはるか昔の出来事のような気さえして、小さくため息をつくと、車内に視線を戻した。
「…今はちょうど花の季節ですね。」
隣に座るホークアイがいつもの無表情のままつぶやいて、ちらりとロイに視線を向ける。彼女も気づいていたのだろう。ロイは再び窓の外を見やって答えた。
「…ああ。綺麗だな。あの時と、同じだ。」
花の咲き乱れるその街の名は、ヒースガルド、といった。

『このまま、行かせてはくれないだろうか?』
ヴィルヘルム教授の申し出を、どうしても断る事は出来なかった。もう一方では、止めたいと思う気持ちもある。だが。
『…分かりました。』
それしか、言えなかった。教授の腕の中のアルモニが、弱々しく微笑むと、一通の手紙を差し出して言った。
『これ…エドに、渡して、欲しいの。お願い、してもいい、ですか?』
小さく頷いて受け取ると、アルモニは目を閉じた。
『もし彼らが来たら、中へは入れないでいてくれ。あの子達を巻き込むわけにはいかないからな。…必死でアルモニを助けようとしてくれた、優しい子達を。』
そう言い残して、ヴィルヘルム教授とアルモニは、光の中へと消えていった。アルモニを呼ぶエドの嘆きが、しばらくの間、頭から離れなかった。

 事後処理を一通り終えて、セントラルに行くエドたちを見送った後、花束を抱えてロイとホークアイはエイゼルシュタイン城に来ていた。すっかり荒らされて一輪の花も残っていない花壇の土の上に、そっと花束を置いたその瞬間だった。
 唐突に、一面の花畑が現れ、瞬く間に広がっていった。それは、城の中だけでなく街の方へも広がっていく。まるで、消えていった彼らを悼むかのように。その光景を見たロイは、胸に込み上げてくるものを感じていた。
『…泣いても、いいんですよ。大佐。』
ホークアイの言葉に、溢れそうになるそれをかろうじて堪えて、
『ばかなことを言うな!…行くぞ。』
努めて強い声でそう言うと、ロイは足早に駅へと歩き出した…。


 いろいろと考えている間に車窓の景色は流れ、もうじきセントラルに着こうとしていた。ヒースガルドの街も、もう見えなくなっている。
「そろそろセントラルに着きますぜ、大佐。」
窓の外を見やったままのロイに、ハボックが声を掛けた。この度ロイはセントラル勤務となり、東方司令部から移動しているところである。待ちに待った異動であり、部下たちも共にいる。先程までの思考から頭を切り替えて、ロイは明るい調子で答えた。
「さ、これからは今までより大変になるだろうから、しっかり働いてくれよ、お前たち。」
「うへぇ、あんまりこき使わんで下さいよ、大佐。」
「大佐も、きちんと仕事をしてくださいね。」
うんざりという様子のハボックと、念を押すホークアイに笑みを返し、ロイは今一度窓の外に目をやった。

 彼女らの魂は、一面の花たちに見守られて眠り続けるのだろう。
 今度こそ何の気兼ねもなく、幸せに過ごしていけるはずだと信じて。

せめて彼らの覚悟に恥じぬように、自らの想いを貫いていけるように。
あの一面の花畑を見たとき誓ったのだ。強くなろう、と。この手で、大切なものを守りきれるように。もう誰も、失うつもりは無い。
…そう、誰よりも、強く。
 やがて列車は速度を落とし、ホームへと入っていく。その先でにこやかに手を振る親友の姿が見えた気がしたが、やがて幻となって消えていった。その姿にロイは表情を引き締め、ホームへと一歩を踏み出した。

――END





Update:2004/08/16/MON by SNOW

小説リスト

PAGE TOP