感じる



ぎゅっ、とシーツを噛んで痛みに耐えた。
男が男のモノを受け入れさせられるなどこれ以上ないほどの屈辱だ。脂汗が滲む。
だが、要求されれば逆らえない身の上。部下である事実。行動の全てを男の手で制限される立場。
わかっている。すべてわかっていながら、ロイはささやかな抵抗をせずにはいられなかった。

「くっ・・・ふ・・・」
「唇を噛むな」

男の手が前に回され、口元に触れた。
ささくれ立ったそれは今までにどれほど戦場を生き抜いてきたか知れない。
指先は強引にロイの唇を割り、内部へと侵入する。くぐもった声が指の間から聞こえ、かれを抱く男は昏い笑みを浮かべた。

「そうだ」

内部を蹂躙されながら、ロイは喘いだ。ただの快楽ではなかった。悲鳴にも似たそれは懇願に近い。
だが、それこそが男の求めるもの。断末魔のか細いそれこそが、男を煽る。
こうして何年も抱いてきた。ロイの身体はもはや男に嫌というほど慣らされ、痛みすら快楽に摩り替わる。
いや、痛みこそが快楽だった。ロイの前が萎えないまま勃ち上がっているのを、男は手のひらで確かめ、そして哂う。
そして、ロイはまた、身が裂かれるほどの屈辱を覚えるのだ。
不意に、男の舌打ちが聞こえ、ロイは震えた。

「時間・・・か」

小さくそう呟く男の言葉は、しかし熱に翻弄されるロイには届かない。
途端、激しく攻め立てられる下肢は悲鳴を上げ、青年の軋んだ体を示すように寝台がぎしぎしと音を立てる。
額をシーツに押し付けたままのロイは抵抗もできるはずもなく、
そのまま、ただ翻弄され、慰み物のように犯される。
もう一度、ロイがシーツを握り締めた時、身体の奥で何かがはじけた。

「っ―――う・・・」

どくどくと注ぎ込まれる熱いモノ。わかっている、これは自分の服従の証だ。
その全てを奥で飲み干す。少しでも零そうものなら、おそらくは先に待つのは仕置きと称したこれ以上の屈辱だろう。
黙って、唇を噛んで。
やがて、自身の欲を全てロイの中に放った男は、こちらは達かされぬままの青年に見向きもせず、ずるりと自身を抜き、そして衣服を身に纏う。
ロイは熱の孕んだ身体を持て余し、荒い息を吐いたまま動くことなどできなかった。
だが。今のロイに、それが許されるはずもない。

「・・・早く行くがいい。部下が待っているだろう?」

―――部下・・・・・・
ここは大総統の私室。
特務で呼び出されたロイは、接見に部下を連れてきていた。
限られた時間、限られた場所。関連した事件が次々と起こり、その解決を任されたロイへの大総統直々の呼び出しだ。
当然のごとく、事件がらみの話でしか有り得ない。
だが、そのたった30分の接見で、ロイは組み伏せられていた。無論、調査状況の報告と共に。
部屋の外で待つ敏腕の補佐官を思い出し、ロイは無理矢理身を起こした。
下肢はまだ疼いたまま。けれど、達することもできない。無理に衣服を着込む。立ち上がると足がふらついた。
いけない。このままでは気付かれてしまう。
有能な部下は常に上司の状態を見抜く。だが、こんな関係を知られるわけにはいかなかった。知られれば終わりだった。

「続きは夜に。それまでしっかりと働いてくれたまえ」

先程預けられた書類。大量のそれを夜までに片付けて、また来いというのか。
ロイは無言で男の背を睨みつけるが、それはもとより無駄な行為。
もはや自分に興味はない、といった風に感情の薄い、ただの駒だとしか思っていない声音に一礼をして、ロイは部屋を退出した。
震える身体は、本当はおさまっていない。
けれど、息をついて、呼吸を整える。唇を噛んで、熱を忘れる。そして、顔を上げたときには一目見ただけでは数分前まで情事を行っていたとはとても思えない態度をロイは外で待っていたホークアイ中尉に見せた。

「待たせた」
「随分時間がかかっていましたが」
「細かいことにいろいろと文句をつけられていてね。まぁ、仕方ないさ」

軽く笑って、さっさと歩き出す。
部下の前で普段の顔をし続けるのが辛かった。先を急ぐ。その後ろに、ホークアイ中尉が続いた。
中尉の顔は不審そうだ。どんなにロイが隠していても、入るときと出てくるときの纏った空気の違いをわからぬ部下ではない。
けれど、それを問う理由はなかった。自分の務めは、あくまで補佐だ。
上司が必要とする部分以外のおせっかいを焼く彼女でもなかった。だが、それを自覚するのは少々辛い。

「大佐」
「なんだね」
「・・・いえ」

上司の声音は普段のようでいて、冷たい。
人あたりがよいようでいて、実は一定以上の距離からは決して踏み込ませない上官は、自分に対しても微妙な距離を保っていた。
ふいに、ロイは笑った。ホークアイは不審そうに上司をみやる。

「・・・なんですか?」
「いや。・・・私は、非常にいい部下を持ったものだ、と」
「ありがとうございます。ですが、褒めても書類は減りませんよ」

と、中尉は手に持ったそれを示す。
ロイはそれを見、またくくっと笑って肩を揺らした。

「まぁ、それもそうだ」

宛がわれた部屋に到着し、ロイは自分の執務机に腰を下ろした。
まだ、下肢は熱を訴えていた。だが、それを意識的に無視し、ペンを取る。
平時の仕事の上に、仕事、仕事、仕事が山積みされていく。セントラル配属になってからというもの、事件の事後処理から先導指揮までかなりの量をこなしてきた。
そのせいか、ロイの机に乗る書類は日に日に増えていき、その種類も増えているのだった。
だが、その山ほどの書類がいつまでも減らない理由は、他にある。
東方指令部詰めの時も、ちょくちょくあったが、セントラルに来てそれが格段に増えた。
言わずと知れた、大総統直々の呼び出しだ。
かれは、気まぐれだ。朝、勤務に来た途端呼び出され、昼まで戻れなかったこともあれば、
仕事が立て込む夕方近くに呼び出され、そのまま朝を迎えてしまうこともしばしば。
だが、ロイは逆らえない。そんな制約された時間の中で、他人と同じ、もしくはそれ以上をこなすなど無理だというのに。
けれど、何より屈辱なのは、その理由を部下にはサボりと認識されていることだった。
無論、真実はそれ以上に屈辱的ではあるのだが。
男の顔を思い出した途端、下肢に痺れるような感覚が走り、ロイは息を詰めた。

「・・・中尉、席を、外してくれ」
「またサボりですか」
「君ねぇ・・・いくら私でもこの書類を前にサボると思うのかい」
「一応、確認です」
「・・・今日付けのものは夕方までには仕上げる」
「わかりました。それでは」

ホークアイは、淹れていた茶をロイの机に置くと、一礼して立ち去った。すまないと思いながらも、ロイはひどく安堵する。
息を抑えるのも、熱をもったそれを意識しないでいるのも、もう限界だった。
無視をして、意識しないでいればおさまると思った。だが、そう簡単に一度ついた火が消えるものではない。
ロイはそっと掌で下肢を捕らえた。昂ぶったままの自身は、触れればそうとすぐにわかってしまう。
撫でるだけの刺激では耐え切れずに、ロイはベルトを緩めて直接にそれを握り込んだ。

「っは、あ・・・」

声が洩れ、それを嫌だと思う。
ロイは明らかにあの男の行為で煽られ、そして達する直前まで追い上げられていた。
それは、愛のある行為などではない。ただ、上司として、部下として、
飼い主として、飼われる犬としての、その差を明確にするもの。
ブラッドレイは自分を気に入ってはいたが、それは人としてではなかったから。
ただの、玩具。数多くの部下の中で、たまたまロイが目をつけられ、その身体を要求されただけのこと。
ロイにとっては、嬉しいことでもなんでもなかった。
いや、大総統に近づけることは確かに出世を第一とするかれには大切なことだ。だが、それから起こる反発ももちろんある。
形の上では大総統の懐刀のような立場であるロイは、それだけで目上の人間に煙たがられるのだから。
だが、ただの玩具にしてはロイは人間すぎた。
意思のない人形ならよかった。
ただ主人を満たすためだけのセックスドールだったなら、何の問題もなかったのに。
男は、ロイの意思など考えない。彼にとってはロイはまさに人形だ。
なら、どうしてこんなになるだろう。
男の行為に、ロイは嫌でも感じてしまう。それは、手を濡らすモノが示す確かな事実。
男に慣らされた身体は、男を思い出すだけで反応した。彼が触れるだけで、びくりと震えてしまう。
それは、紛れもなくロイがブラッドレイに対してなんらかの感情を抱いていることに繋がる。嫌だった。いっそ、本当に感情を忘れてしまえたら。

「っ・・・う―――・・・ふっ・・・」

部屋に1人とはいえ、薄い壁から洩れるやもしれぬ声を上げられない。
唇を噛んで、もはや抑える術もない熱を解き放とうと手が動いた。
天を仰ぐ砲身を、強く手で扱く。先端を濡らす体液はそのまま手の滑りをよくさせ、より大きな快楽をロイに与えた。

「くっ・・・あぁ、はっ・・・っ・・・」

不意に、顔を顰める。快楽で緊張が緩んだのかもしれない。先程受け入れた男のそれが身体の奥から伝い、下着を濡らす。
それは、屈辱。
男に犯されるより、何よりも屈辱な瞬間は、その行為に感じているという事実を自覚する時。
奥を伝うぬるりとした感触に身体が震えた。
男の行為で煽られた前が、もう限界を訴え達したいと啼いている。
男の存在は、確実にロイを侵食していた。もはやロイには抗えない。抗うとするなら、死を選ぶ他はない。
生きている限り、ロイは男に感じさせられ、達かされる。それが何よりの屈辱だった。

「っあああ・・・!!」

屈辱を強く意識すればするほど反応を強める身体が憎らしかった。
ロイは、肘掛に爪を立て、解放の衝撃に耐え続ける。
手の中に次々と放たれるそれを見て、ロイは哂った。
嘲るように。
玩具として扱われなお反応を示す自分のふがいなさに、ロイは自らに向けて嘲弄の笑みを浮かべていた。





放心したまま動かないロイの目の前で、ばさり、と書類の山が崩れ落ちた。
重ねられていた手紙の数々。その中に、懐かしい気がする名を見つけかすかに瞳を揺らす。
エドワード・エルリック。
12歳で国家錬金術師の称号を得た天才。かれを導いたのは自分ではなかったか。
ロイはただ哂う。
一度ならず身体を繋げた関係。
だが、今の自分にかれに想われる資格などあるまい。
セントラルに来てからの自分は、ただただ狗の仕事をし、強制され、狗を演じているのだ。
それを、かれに知られたくはなかった。


―――愛する君よ。
堕ちた私に、君はまだ笑いかけてくれるだろうか・・・?







to be continued...






Update:2004/04/03/SAT by BLUE

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