背徳の果実 vol.2



穏やかな昼下がり。
明るい部屋には、しかし男の荒い吐息だけが響いている。
エドワードは男の肩に顔を埋めて、そのまま動こうとはしなかった。
ただ、唇を噛み締めて。
男の熱を感じながら、震えそうになる身体を抑えるのに精一杯。
手に感じるぬめった感触が、エドワードをひどく取り返しのつかないことをしてしまった気にさせていた。

「・・・気は済んだかね」
「・・・ああ?」

掠れた、だがひどく呆れた声が耳元で聞こえ、エドワードは反射的に不機嫌な声で反応した。
口調に孕んだ怒気は、泣きそうな自分を堪えたためでもある。
ロイの、年下に辱められたくせにあまり気にした様子もなく、それどころか不可解な行動を示す子供にあきれ返っているような態度が気に食わなくて、エドワードはソファーを噛んでいた鋼の指を握り締めた。

「・・・・・・済むわけないだろ」

欲しいのは、彼自身なのだ。
見てくれと足掻いて、そして傷つけた。
だというのに、結局は彼を堕とすことも出来ず、それどころか呆れられ、見限られるなんて。
ロイがはぁ、と殊更にため息をついた。そんな態度が胸に刺さる。

「君がなんのつもりでこんなことをしたかは知らないが・・・」
「っ・・・!」
「慰めてもらいたいなら女のところにいけ。私はごめんだ」

突き放すような物言いが、いつもの上司ではなかった。
それが自分のせいだということはわかっていたから、なおさらに哀しくなる。
自分をその程度の人間としか思ってないかのような彼の言葉に、怒りさえこみ上げてきた。

「・・・あんた、俺のこと、そんな風に思ってたのかよ」

この自分がそんな軽い人間でいられるはずもないのに。
愛せないと、愛さないときつく戒めてきて、そして苦しんできた想いなのに。
―――ただ、真っ直ぐに彼だけを想ってきたのに・・・・・・

「違うのか?では、寝ている者にあたり構わず欲情する色情狂かね」
「っ・・・!」

気付けば、腕を振り上げていた。
部屋中に強烈な音が響き渡る。エドワードはロイの頬を張った。上司に向かってあるまじき行為だなど、今のエドワードには考えられるはずもない。
ただ、自分の激情を受け止めてくれそうにない彼が残酷すぎた。
いつもカチンときて頭に血が上るはずのロイの嫌味が、今はひどく痛くて、苦しかった。

「っ俺、は・・・!!」

思わず漏れそうになった本音を、エドワードは寸でのところで押し留めた。
言って、告げてどうなるというのだろう。
本気で告げて?
それでどうなる?
この嫌味な上司にこの自分の劣情を告げて。
受け入れてくれないことはわかっていた。わかっていてなお、愚かなことをしてしまうのか、自分は。
自らの戒めを破ってまで伝えた感情が報われないなど、悲しすぎる。
・・・惨め過ぎる。

「もう、いい。・・・ごめん」

そんな投げやりの謝罪で許されるとは思えなかったが、今のエドワードにはそれしか言えなかった。
視線を外して、拘束していた腕を解く。
意識していたつもりはなかったが、相当きつく縛ってしまっていたのだろう。ロイの手首には赤く痕が残ってしまっていた。
エドワードはロイの上から降りると、背を向けたまま声を投げた。

「もう、俺、この家にはこない」

本当に、不思議だった。
どうして、今日この日にこの家に来てしまったのだろう。
どうして、今日に限ってロイは非番だったのだろう。
どうして、・・・・・・。

「・・・待ちなさい」
「嫌だ」
「待つんだ。・・・鋼の」

ロイの断固とした声音に止められ、仕方なくエドワードは立ち止まった。
ただ、振り向くことはしない。怖かった。当分は彼の顔など見れないと思った。

「君は・・・何が望みだ?」
「・・・別に」

望み。そんなもの決まっている。
だが、決して叶わない。叶うはずもないのだ。叶ってはならなかった。
エドワードは立ち尽くしたまま、胸の痛みに唇を噛み締めた。

「・・・・・・鋼の」

ふたつ名を呼ぶロイの声は、先ほどよりも幾分柔らかくて、エドワードはひたすら溺れないように耐えた。
ロイに惹かれたのは、時折かけられるその強い意志を秘めたような声音のせい。
ただ威圧的ではない、ひどく引き込まれるような声だった。
そんな声で呼ぶな。エドワードはいつだってそう思う。
まるで恋人にかけるような深い音が、自分を狂わせてしまうと思った。

「・・・エド」

ひどく近くで名を呼ばれ、エドワードはひくりと震えた。
気付かなかった。ロイがすぐ後ろに来ていたことなど。
振り向けないまま立ち尽くしているエドワードの肩を、ロイは抱く。
エドワードは振り払おうとしたが、男の熱を感じてしまい、逃れることなどできなかった。
必死に感じないようにするのに。服の上からでも伝わるそれが、痛かった。

「やめろ・・・」
「・・・君は・・・もう少し、素直になりたまえ」

・・・無理だ。なれるわけがなかった。
感情にしたがえば、この胸の内を隠し通せなくなる。それは、咎人としてあるまじき事。
間違いは、これ以上犯したくなかった。
身勝手だとは思うが、このまま何もなかったことにしてくれたら。

「離せよ!」
「随分勝手な奴だな、君は」
「・・・っ!」

肩を掴んでいた腕が有無を言わせぬ力でエドワードを振り向かせ、ロイは彼を見下ろした。
エドワードは彼の闇色の瞳を見られず、視線を外して目を瞑る。
すっと男の気配が動き、恐怖に思わず身体が震えた。
しかし、次の瞬間―――・・・。

「っあ・・・」

あらぬ場所へのゆるゆるとした刺激に驚いてエドワードは目を見開いた。
下肢を見やれば、両の手で腰を支え、布地に覆われたその場所にロイが口付けている。
一気に鼓動が跳ね上がり、顔に血が上った。

「や、めろっ!」

先ほど眠る上官に欲情してしまったそこは、しかし解放されぬまま窮屈そうに前を押し上げていた。
けれど、エドワードにとっては認めたくない反応。
いつだってこんな自分の劣情が嫌だった。泣きそうになりながら1人で処理した夜だってある。
それを他人に知られることが、どんなに恐怖か。ましてやロイに対してはなおさらだった。
だが、本当は今更遅いのだ。
こんな状況を作ってしまったのは、紛れもなく自分だ。
ロイに欲情し、抑えきれないままに彼を襲ってしまった。彼を穢してしまった。
この事実をロイがどう受け止めるのか―――・・・エドワードは恐怖でならなかった。
好きなのだとただ告げられればラクなのに、とエドワードは心の隅で思う。
だが、冷めた理性がその後のことを忘れさせてはくれなかった。

「大佐・・・っ」
「自分勝手に他人を貶めておいて、自分のことは隠すのか?―――卑怯だな・・・」

ボトムのジッパーを歯で下ろされ、エドワードの前がロイの目の前に曝された。
逃れようにもロイの手で抑えられたまま、少年はぎゅっと目を瞑る。
若々しく猛ったそれが卑猥な蜜を垂らす様に、ロイはやれやれと笑った。
舌で先端に触れる。初めて他人からもたらされる感触に、エドワードは心ならず吐息を洩らす。
ざらついたロイの舌が自身の隅々を這うのが言い知れない痺れをもたらしてくるのに、
エドワードは思わずロイの髪を掴んでしまっていた。

「・・・っ嫌だ・・・」
「だから、素直になれと言っている・・・」

髪を掴まれた手に引かれるように、ロイの顔がエドワードの下肢に埋まった。
深く、喉の奥まですっぽりと呑み込み、舌と唇で彼の砲身を扱いてやる。
目を伏せて自分自身を奉仕する上司の姿が考えられなくて、それでも彼の表情が見たいと思う。
前髪を掻き上げてやれば、それに気付いたロイはエドワードを上目遣いに見上げた。

(・・・っ―――・・・)

ぞくり、と背筋が震えた。
見上げてくる闇色の瞳はひどく潤み、そして揺れていた。
甘い――卑猥な表情。普段の人を小ばかにしたようなそれとは全く違う。
誘うような、魔性の瞳。引き込まれる―――溺れてしまう。
それを意識した時、一段と下肢の熱が上がった気がした。

「っ、たいさっ・・・離せ・・・!」

限界を感じて、彼の頭を押しのけようと力を込めた。
だが、ロイは彼の腰をがっちりと掴んだまま、離さない。それどころか、口に含んでいた彼をより深くまでくわえ込み、喉の奥で彼の先端を刺激する。
執拗な刺激に耐え切れなくなったエドワードは、ロイの髪を強く握り締めた。

「っ・・・い、く・・・!」

その瞬間、目の奥が真っ白に染まった。
どくどくと熱い奔りがロイの口内へと吐き出される。顔色1つ変えずにそれを受け止めるロイは、少年の見ている前でその全てを飲み干した。
自分の劣情をとうとう彼に放ってしまった。
それを意識して、今度はさあっと熱の引くような感覚を覚える。
だが、口を離し、飲み切れずに口の端から零れた白濁を手の甲で拭うロイに、エドワードは目が離せなかった。

「・・・あ・・・」
「・・・これで、おあいこだな」

口の端を持ち上げて。ロイは立ち上がると、立ち尽くすエドワードに構わずテーブルの周囲に散らばっていた書類を拾い上げた。
エドワードは何も言えないまま、そんな彼を見つめるしかない。
書類をまとめながら、ロイは言葉を紡いだ。

「君が何に苦悩しているのか・・・私には想像しかできないがね。
 だが、何にせよ、そんなに押さえつけて溜め込んでいては前に進めもしないだろう、鋼の」
「・・・・・・」

ロイの言葉が真実だけに、胸が痛い。
そう、気付いてしまった想いは、もう止めることなどできないのだ。
無視しようとして、忘れようとして、なおさら自分の首を絞めていた。
今はまだ周囲をごまかせていたが、かならずいつか気付かれる。
特に、弟は―――・・・自分の感情の動きに敏感だ。
これ以上、もう耐えられなかった。
いつか、前もまともに見据えられなくなったとき、自分はどうなるだろう。
怖かった。自分の愚かな感情から何もかもが崩れてしまうのが。

「1晩だけ」
「・・・え・・・?」
「・・・時間をやろう。君が君の気持ちと向き合う気があるのなら―――・・・、今夜また来なさい」
「大佐・・・」

何も、言えなかった。
エドワードはぎゅっと拳を握り締めると、ロイの部屋を後にしたのだった。





to be continude.




Update:2004/03/03/WED by BLUE

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