光の射す処。vol.4



一瞬真っ白になった視界の中に、幼い少女の姿を見つけた。
―――守らなくては。
必死に手を伸ばし、意識を失ったまま降下を続ける子供を自分のほうへと引き寄せる。
辛うじて腕の中に受け止め、目指すは落ちた太陽の光を反射する石の地面。
叩きつけられる衝撃から少女を守るように、エドワードは腕の中のそれを抱き締めた。









「・・・鋼の」

聞きなれた声音に自分の銘を呼ばれ、エドワードは現実に引き戻された。
意識がひどくぼんやりとしている。何が起こったのかいまいち理解できない。
ただ、声の主が誰だかはわかった。これはあの男だ。いつもひどく近くで、自分の名を呼んでくれる彼の声。
けれど、1つだけエドワードは疑問に思った。
こんなに近くで聞こえるのに、どうしてかの声は自分の銘を呼ぶのだろう。
彼が自分の銘を呼ぶ声は、常に硬質で冷たい。
そんな声音を、こんな傍でなど聞きたくなかったのに。

(ロイ・・・)

「・・・っ鋼の!!」

今度こそ怒気を含めた声で叫ばれ、エドワードはびくりと身を震わせた。
驚いて目を開けた先には、ロイ・マスタングその人。
ひどく間近でかの顔を捉えて、エドワードは一瞬にして羞恥を覚え、頬を染めた。

「な、なんで、あんた・・・」

混乱したままそう問うが、彼の答えを待つ前にカチャリ、と何丁もの銃が構えられる音が耳を打つ。
思わずそちらのほうを向くと、自分と同じように床に背屈ばったような格好で銃口を向けられる男が1人。
それを見て、エドワードはやっと得心したようにはぁ・・・と胸を撫で下ろした。
確か、あの男が事の発端だった。
人ごみに紛れて少女を攫おうとした誘拐犯。それを認めて彼を追った自分。
追った先は転落という予想外の展開だったが、まぁ今彼が軍に囲まれているなら無事自分の役目は果たしたということだ。
エドワードは不意に、自分があの時庇った少女を思い出した。

「どうなったんだっけ・・・」
「・・・その前にいつになったら私の上から退いてくれるんだ、鋼の」

半ば呆れたような声に、エドワードはまたしても違うほうにいっていた意識を自分の下に戻した。

「あ・・・ごめ」

自分が乗り上げ・・・もとい、押し倒した形になってしまっているのは、自分の上司だ。
慌てて起き上がり、パンパンとコートについた砂埃を払う。
気付いてみればどこもかしもも鈍痛がしていたが、実際に床に叩きつけられていたらこれではすまなかっただろう。
エドワードは密かに受け止めてくれたらしいロイに感謝したが、彼の口から出てきたのはそんな殊勝な言葉ではなかった。

「・・・ったく・・・なんでいんだよ」
「それはこっちの台詞だ。どうして上手く私の上に落ちてくるんだ、君は」

ロイの説明によると、たまたま事件に遭遇したのはエドワードだけではなかったらしい。
街周辺をパトロールしていた軍に通報が行き、その男が逃げた方向というのが皮肉にも彼らが通っていた道だったのだ。
けれど、そんな数多の警備隊の中にロイがいた、というのはどうも腑に落ちないのだが。

「ふーーん。で、なんであんたはここにいるんだよ」
「・・・図書館に向かうつもりだったんだがね」
「へ〜・・・・・・あ、アル!!」

すっかり忘れていた。エドワードは頭を抱えた。
今はもうすっかり閉館時間がすぎている。図書館に置いてきぼりだった弟はどうしているだろう。

「ったく・・・あんたのせいだぜ」
「書類の山に言ってくれ」

はぁ、と脱力したようにため息をつくロイに、こちやもやれやれとため息をついた。

「・・・あの子は大丈夫だったんかな」
「眠らされていたようだが、外傷はない。手柄だな、鋼の」

ロイの言葉に、エドはまんざらでもないようにえへへ、と笑った。
咄嗟に後先考えず追ってしまったが、まぁ終わりよければ全てよし、だ。

「大佐、この件のことですが・・・」
「ああ、いい。戻ってホークアイ中尉に伝えてくれ。全て彼女に任せてあるから」
「はい。ですが、大佐は・・・」
「このまま帰る。なに、家は近い。心配いらん」

今だ座りこんだままの上官に、現場に当たっていた少尉は心配そうな顔でロイをみるが、
結局上の命令は絶対らしい。
置いていた軍用車に乗り込むと、ロイを置いて走り去った。
床に座ったままの彼が敬礼をされるというのはどうも滑稽で、側で見ていたエドワードは口をへの字に曲げる。
そもそも自分が悪いのだから、と仕方なくエドワードはロイの腕を上に引っ張った。

「ほら、起きろよ。帰るぜ」
「・・・ああ。」

そっぽを向いて自分を起こそうとする少年に助けられ、ロイは身を起こす―――が。
途端腰に激痛が走り、思わず片膝をつく。先ほどエドワードが落ちてきた際にこけて打った箇所だった。

「・・・・・・痛い」
「はぁ?年かよオッサン!」
「・・・君のせいでこんな痛い思いをしているというのに、冷たいな」

エドワードの態度に腰を押さえたまま肩を竦めるロイに、エドワードもまたため息をつく。
まともに歩けそうにない彼の腕を肩でささえて、エドはよっこらせ、とロイの身体を支えてやった。

「ったく、世話の焼けるオッサンだぜ」
「オッサン、オッサン連呼しないでもらおうか。まだ20代なんでね」
「もうすぐ30じゃんか!」

たわいのないことで言い合いをしながら2人は通りを往く。
これでは図書館に行くこともできないな―――そんなことをエドワードが考えていると、遠くから「兄さんっ!」という声が聞こえた。
弟―――アルフォンスの声だ。
低い背で目一杯腕を伸ばして手を振ると、アルフォンスがこちらに走ってきた。

「兄さん〜・・・何やって・・・って大佐?!」

兄の背を借りてやっと立っている国軍大佐を認めて、アルフォンスは仰天した。
やはり身長差のせいか、少年の手を借りて立っている大人が滑稽だ・・・とは死んでもアルフォンスにはいえないことだったが。

「いや、ま〜いろいろあってさ。とにかく、帰ろうぜ。予定が大幅にズレちまった」

このオトナのせいでなーとは言わず、エドワードは多少引き摺るようにロイを連れて歩く。
不意に、ロイはアルに声をかけた。

「アルフォンス君、先に行ってはくれないかね?」
「え・・・、はい、いいですけど」
「この牛の歩みでは帰りすら遅くなりそうだ。家の者が心配しているからね」
「・・・車でも頼もうか?オッサン」

エドワードが呆れたように呟いたが、ロイはしっかり無視して走り去るアルフォンスを見送る。
また相手にされないままの自分にため息をついて、エドワードは上司を引き摺ってこの歩みでは遠い家を目指した。
家。無論、この男、国軍大佐ロイ・マスタングの家だ。
あまり定住することのないエルリック兄弟だが、この町にいる時は別だった。
ロイという、なんだかんだ言いつつも一番自分たちを理解してくれる、信頼するに足りる男がいるから。


「・・・ったく、大きい猫だったな」
「んぁあ?」

唐突なロイの声に、エドは眉根を寄せた。
怪訝そうな顔で彼を覗き込むと、ロイはエドの肩に置いているほうとは反対の手で口元に拳を当てて笑っている。
その笑いがおそらく自分のことだろうと見当つけて、エドはますます顔を顰めた。

「・・・なんだよ」
「いや・・・。さっき、君が落ちてきた時、猫かと思ったんだ」
「猫ぉ?!」

あんなにばたばたと落ちてきたのに、どこが猫だというのだろう。
それを言うと、だから大きい猫だよ、とロイは笑った。

「本当に、猫だと思ったんだ。だから、手を伸ばせば受け止められるかと思った」

だが、実際は15歳の少年。それも、2、3階の高さから落ちてきたそれだ。
受け止められるはずもない。
今度はそんなバカな自分に、くすくすとおかしそうに笑う。
エドワードは不機嫌そうに顔を背けた。

「・・・あんた、オレをバカにしてっだろ」
「そうかな?」
「そうだよ・・・・・・」

人を獣扱いするなよなぁ、とぼやいて。
日の落ちた通りを2人で歩く。
今はもう薄くなってしまった夕焼けの色を見つめながら、ロイは口を開いた。

「眩しかったよ。あの時の君は。―――それこそ、見つめられないほどにね」

だから本当はバランスを崩してしまったんだと。
いつもの2人専用の表情を浮かべてロイはエドワードに言う。
エドワードはかすかに頬を染めると、そっぽを向いてつぶやいた。





「・・・受け止めてくれて、ありがとうよ」





end.




Update:2004/01/26/MON by BLUE

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