光の射す処。vol.3



「・・・で、あの山は何かね?」

自分の視界に映る白い紙の山に、ロイは隣に立つホークアイ中尉に呆然と問い掛けた。

「見ての通り、書類です」

ホークアイはこともなげに言う。それが当たり前だ、とでも言うかのように。
そもそも、今日の仕事は予定にはないはずだ。だからエルリック兄弟たちと図書館での約束をしていたというのに、
どうもそう上手くはいかなそうな雲行きに、ロイは思わずマジ?と呟いた。
執務室の自分の机の上には、所狭しと並べられた書類の山。
最近は事件という事件もあまりなく、穏やかな日が続いていたのに。
どう考えたっておかしい。
何故・・・と呟くと、ホークアイは無情にも最後通牒をロイに突きつけた。

「こちらの2つの山は今日付けなので必ず目を通してください」
「・・・なんでこんなにあるんだ」
「長官がお休みになられたので」

つまり、その分が全て自分に回ってきているのだ。
自分の分だけならまだしも、それ以上に彼の上司の分まで処理しなくてはならないことに、ロイは死にそうな顔になりながら布張りの椅子に座った。
さすがに気の毒になったのか、ホークアイは執務室から離れ、コーヒーを煎れてやる。
少し濃い目のそれはホークアイなりのロイに対する励ましのつもりだったのだが、
ロイにしてみればぼけっとしてないで早く仕上げろと催促されているようなもので、
ありがとうといいつつも複雑な面持ちで目線くらいの位置にあるそれを一部手に取った。
中身はただの報告書なのだが、上官あてに書かれた文は至って固い文調が続くため、ロイの本心は面倒くさくてしょうがないと思う。
ただでさえ複雑な内容のそれを、畏まった言葉でより複雑にまとめられても困るのであった。
・・・時間がないのに、読み飛ばしていくことができないではないか。

「・・・中尉。この全てを私がやる必要があるのか?」

暗に他の者に分割してやりたいと言っているのがよくわかる。
ホークアイは目線でそれを却下すると、さらに駄目押しをするかのようにロイに告げた。

「他の者は他の仕事があります。それに、今の司令部に大佐以外に長官の代役を勤められる者がいますか?」

・・・つまり、全て自分で仕上げろ、と。
あまりにも残酷な仕打ちにロイはまたもや顔を顰める。
しぶしぶと仕事を始めた上官に、先は長いわね、とホークアイも内心ため息をついた。

「大佐」
「・・・・・・なんだね」

顔を上げる気力も失せたのか、ロイは手元から視線を外さない。

「昨夜、気になる事件が発生しました」
「あー・・・うん。事件ね」

目の前の書類と格闘しているロイに、ホークアイの言葉はまともに届いていないのか。
いつもなら事件と聞いて顔を上げるはずの上官は、しかし今は上の空でそれを聞いているようだ。

「・・・昨日の午後5時すぎ、通りを歩いていた5、6歳の少女を攫おうとした男がいたと報告されています。
 現在調査中ですが、まだ犯人は捕まって・・・」
「そう。まぁ、未遂ならいいんじゃない」
「・・・大佐。そう言う問題じゃありません」
「んあぁ、わかったわかった。万事君に任すから君の気が済むまで調査してくれ」
「・・・・・・」

もはや口など挟むまいと思ったのか、ロイは畳み掛けるようにホークアイにそう言う。
もちろん、顔は未だ書類に向けられたままだ。
今のロイにとっては、子供の誘拐未遂事件より何より目の前の頭痛の種をどうやって片付けるかというほうが重要になってしまっているのだ。
もう一度報告しなければ駄目かもしれない。ホークアイは本日何回目かのため息をついた。
だが、実際ロイが仕事を終わらせなければ補佐の自分もまた仕事を終えたことにはならない。
確かに自分の上官にとっては異常な量の書類。
―――まぁ、腹をくくってしっかりやってもらわないとね。
執務室を後にしながら、げっそりとやつれた気配のする背後に、ホークアイはくすくすと笑ったのだった。









久しぶりに上がった雨で、人通りはいつもより活気を増していた。
商店街の前にはあらゆる食べ物や美しい装飾品、服、そして他国から渡ってきた珍しい商品など。
ここ2、3日部屋に篭りっきりだったエドワードとアルフォンスは、
その目新しい展示物に目を引かれながらも図書館へと辿り着いていた。
新入荷といっても本自体は新品とは限らない。新入荷の棚にも、ひどく痛んだ表紙のものや、紙が年月とともに黄ばんでしまったものもある。
それだけ貴重な書物であり、本来なら盗難を防止するために持ち出しはおろか、館内での閲覧も身分証明がいるほどだったが、
エドワードたちは国家錬金術師の証1つで閲覧どころか保管庫にまで通され、
まだ15歳の少年はウキウキとして書棚を眺めていた。

「うわ・・・すっげぇ・・・」

目の前にあるのは思わずエドワードさえ唸らせる様な名著ばかり。
ロイの言った通り、もう世に存在しないのではと思われたような本までが並んでいる。
家にはまだまだ読みかけの本があるのにも関わらず、2人は床に座り込むと目を引いた数々の本たちを眺め、
借りようとして家に借りられるだけの大量の本を置いていることを思い出し、
かなり苦悩しながらその場で読み耽っていた。
静かな、落ち着いた空気。頭に内容が自然と入ってくる。
昼飯も忘れて読み続けていた2人は、いつの間にかロイと約束していた時刻がとうに過ぎていたことに気付いた。


「た〜いさぁ、遅いなあぁ」

エドワードが気だるそうに呟いた。それもそうだ。わき目もくれず、一心不乱に手の中の書物に意識を向けていたのだから。
図書館の職員が心配して置いていってくれたのだろう。
簡素だが片手で食べられるそれをありがたく頂いて、エドワードははぁ・・・と胡坐をかいた足に肘をつく。
アルフォンスはというと、まぁ、仕事だから予定通りにはいかないだろうと思いつつ、
それでも何かあったのかな、と心配そうな声を上げていた。

「・・・んま、何かあったって大佐なら自分でなんとかすっだろ。俺たちが心配することねーって」

あむ、と手の中のパンを千切りながら、エドワードは応じる。
どうせ閉館までにはまだ間があるのだ。それまでに大佐が来れば問題ないだろ、と手元の本にまた目を向けた。
ぱらり、と捲る音があたりに響く。いやに静かだ。
ああは言ったものの、やはりエドワードの中で不安が募る。
別に、ロイが心配というわけでもなかったのだが、何か予定外のことがあってここに放置されている可能性もある。
ったく、とエドワードは腰を上げた。

「?兄さん?」
「よっし、ちょっくら司令部に行って来るぜ。ここで放置プレイされてても気分悪いかんな!」
「あ、じゃあ僕も・・・」
「アルはここにいろよ。もし大佐が来ちまったらいないと悪いだろ」
「・・・そうだね」

んじゃ、行って来るわ、とひらひらと手を振って、エドワードは図書館を出た。









夕刻であるにも関わらず、まだまだ通りには人が溢れ、活気づいている。
図書館の閉館まであと1時間。それまでに、司令部を訪れて、それからアルを迎えに図書館へ戻って。
そんなことを考えながら何気なく歩いていると、途端に裏道のほうでわざめきが起こった。
なんだ、とエドワードが顔を向けると、次の瞬間甲高い女性の悲鳴が上がる。

「一体何が・・・!」

自他共に認める正義感の強い彼の足が、頭で考える前にエドワードをその場所へと向わせる。
だが混雑した中どんっ、と他人にぶつかられ、エドワードは顔を顰めた。

「誰か!私の子供を返して!!」

女性の叫び声。エドワードは直感する。
先ほど何かを小脇に抱えた男。その男が犯人だ。
なぜこんな人ごみで人攫いなど行ったのか、そんな理由はエドワードには必要ない。
混乱に乗じて人ごみから抜け出した男を目の端で捕らえた彼は、そのまま渾身の力で人ごみを押しのけると男を追った。

「てめぇ!待ちやがれっ!!」

路上を走る男に追いつけないと知って、エドワードは地面に両手を打ちつけた。
一瞬電流が走り、得意の錬金術で男の足元を掬おうと石畳を隆起させる。
確かに男がよろめいて、エドワードはよっしゃあ、と次の練成をしようと意識を集中させた。
しかし。彼の目の前で、驚くべきことが起こった。
隆起した岩が彼と周囲を隔てる檻を形作る前に、男はそれに足をかけ、宙に飛び上がったのだ。
エドワードが息を呑む隙に、男は1階建ての民家の屋根へと逃げ去った。
このままでは見失い兼ねない状況に、エドワードはちっ、と舌打って。

「あんの野郎〜!ぜってぇ捕まえてやる!!」

言うなり、エドワードはもう一度地面に手を合わせると、今度は自分の下を持ち上げ、男の逃げ去る屋上へと飛び乗った。
民家は密集し、飛び移るのもそこまで苦労はない。
それは男も同じことなのだが、彼は子供を抱えているだけに動きが鈍いように思えた。
・・・まぁ、それでもかなりの身のこなしであることは変わりがないのだが。

「おいっ、てめー!置いていきやがれっ!!」

エドワードは叫びながら、男との距離を縮めていく。
時折後ろを確認して舌打ちをする男は、先にある多少距離のある民家に目をつけた。
下は車の通ることのできるほどの道路。
この距離では飛び移ることはかなりの至難技だ。その代わり、逆に言えば追いかけてくる目障りな少年を撒くことができるかもしれない。
目の前の家は偶然窓が開いていた。幸い、室内には誰もいない。
後ろを振り向くと、少年は息を切らして、自分を睨みつけながら迫ってきている。
この距離感も計らないまま、自分に向かって突っ込んでくる彼に男は口の端を持ち上げて、
彼は身を躍らせた。

「っ!!ま、て・・・!!!」

同じようにエドワードも屋根を蹴った。途端、少年は息を呑む。
―――下には、見慣れた軍用車が停まっていた。

「やばっ・・・」

到底、小柄な少年が飛び移れる距離ではない。宙に投げ出された身体は、重力に従って下降する。
思わず手を伸ばすと、丁度窓に飛び込もうとしていた犯人の服の腕のあたりを引っ張ってしまった。
男の姿勢がぐらりと揺れる。

「・・・う、わあああ!!!」

自らも落とされようとしていることに気付き、男は初めて情けない悲鳴を上げる。
腕を掴まれた為抱えていた腕の力が弱まり、彼は不本意にも一番目的を手離してしまったのだった。





to be continude.




Update:2004/01/23/FRI by BLUE

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