背徳の果実 vol.4



想いを明かしてしまったことに後悔はなかった。
たった一晩だけの関係。それでも、今のエドワードはよかったのだ。
欲しいと思う男をこの手で抱けるなら、それで。
自分の我侭を聞いてくれた優しい男は、今は彼の下で肌を曝していた。
そして自分も、また。
他人と触れ合うのは初めてだったが、羞恥はなかった。
目の前の男も、同じように自分に全てを曝してくれているのだ。胸が熱くなる。
エド、とロイが自分の名を呼ぶのに引かれて、エドワードはロイのそれに自分の唇を重ねた。
ロイの薄い唇は、昼間に触れたそれよりも幾分しっとりと柔らかい。
深いキスを誘ったのはロイのほうだった。エドワードの舌を捕らえ、そのまま引き入れるように。
互いに体液を分け合う濃厚なキスは、エドワードにぞくりとした感覚をもたらした。
期待と緊張。それは受ける側にはもちろん攻める側にも存在する。
そういう意味ではロイのほうが100割方経験が上だ。ロイの指先はエドワードの髪に触れ、そのまま滑らかなそれに指を絡めていた。

「・・・大佐・・・いいのか?本当に?」

キスも、触れる指先も抵抗なく受け入れるロイに、エドワードはらしくもなく戸惑いを覚える。
唇を離し、そのまま吐息が触れるほどの距離でロイはくすりと笑うと、
エドワードの首に腕を回した。

「構わないよ。君がよければ、それでいい」
「大佐・・・」
「ロイ、でいい」

彼のふわりとした笑みにまた魅せられる。
露にされた肌は焼けることなく白さを少年に見せつけ、その滑らかな感触は触れたいという衝動を呼び起こす。
鎖骨の辺りに歯を立てながら唇を肩口まで移動させて、エドワードははっと目を見開いた。

「なん、だよ・・・これ」

ロイの右の肩口から指先にかけて、広範囲に痣が残っていた。
遠目にはわからないほどに薄くはあったが、近くで見れば気付かないわけがない。
答えを求めるようにエドワードがロイを見上げると、男は自分の右手を見てふふっと笑った。

「別に、なんてことはないよ。ただ、私が君ぐらいの頃に間違って火傷をしてしまっただけのことさ」

国家錬金術師になるための代償。
今のように焔を操ることができるようになるまでには、それなりの努力は必要だ。
それまでには、当然ミスは当たり前で。
想像はついていたが、実際それを目の当たりにして、エドワードは痛ましい表情を浮かべた。

「なんで・・・そんな危ないもんを錬成しようと思ったんだよ」

ひとつ間違えば命すら奪ってしまう。そんな危険なものを、なぜロイは研究対象に選んだのだろう。
エドワードは尋ねたが、ロイははぐらかすように笑ってエドワードの頭を抱いた。

「いいんだよ、私のことは。それをいうならよっぽど君の方が辛い思いを―――、してきただろう?」

ロイの指先がエドワードの機械鎧に触れる。
少年は感覚のないそれに、ぐっと唇を噛み締めた。
そうだ、自分は。
まだ、彼を本当に愛せる立場にはなかった。
少しでもロイと対等の立場になるためには、まずは自らの目的を果たさねばならない。
本当は、こんなことをしている場合ではなかったのだが。

「・・・っロイ・・・」

かれが。彼が許してくれたから。
エドワードはロイの胸元に唇を滑らせると、そのままそこにある既に立ち上がっていた突起を含んだ。
舌で転がすように愛撫してやれば、ひくりとロイの身体が竦む。
感じてくれているのだと、エドワードは胸が熱くなった。

「っあ・・・エド・・・・・・」

歯を立てて甘噛みしてやりながら、片方は指先の腹で擦るように刺激して。
その場所をしつこく愛してやると、髪を握る手に力が篭り、エドワードを挟むように開いていた片足が曲げられた。まるで、次を催促するような仕草にエドワードは喉をごくりと鳴らす。
初めてまともに他人の肌に触れるエドワードには全てが未知の世界だ。
自分の高鳴る鼓動とロイに煽られ背筋を走る感覚に驚きながら、おそるおそる彼の下肢に指を絡めた。
昼間は衝動でやってしまったことだが、意識して彼自身を扱けばその熱さに驚く。
エドワードの愛撫によってロイもまた煽られていたのだろう、力を持ったそれはエドワードの手の中で蜜を零し、砲身を滑らせる掌を濡らしていた。

「っ・・・やぁっ・・・」
「あんた・・・綺麗だ・・・」

薄暗く落としたライトに、彼の肢体が映える。
白さが際立つ。
エドワードは彼の耳の後ろに舌を這わせながら、掌で熱を増すそれを愛撫し続けた。
溢れる蜜は、エドワードの手を汚し、そして後ろへと流れていく。
濡れた光景に、エドワードは自分の中がより一層熱くなっていくのを感じていた。
淫靡な男の姿に感じる―――。そんな感覚は初めてだ。
自身が今までにないほど屹立する。男を煽る目の前の存在に、エドワードは目を細めた。

「・・・っ・・・ならして、くれ」
「・・・何・・・?」

エドワードがロイの顔を覗き込むと、彼は上気した顔を軽く逸らした。
さすがに羞恥を感じているのか、声が途切れがちだ。
漆黒の瞳が揺れた光を放っている。思わず見とれていると、ロイは再び口を開いた。

「だから、慣らせと言って・・・」
「・・・ならす?」

いまいちピンとこないロイの発言に同じ言葉を繰り返すと、ロイは羞恥に顔を赤らめた。 唇を噛んで横を向き、ふぅ、とため息をつく。

「・・・いくら君のでも、そのままでは痛い」
「・・・っなんだよそれ!」

自身が小さいと遠回しに言われたことに気付き、今度はエドワードが頬を紅潮させる。
身長と同じくコンプレックスを感じたエドワードは、握っていたロイの自身を強く握り込んだ。

「っ痛・・・ひどいな」
「あ、あんたが悪いんだろっっ!!」

ますます顔を赤くして怒るエドワードに、ロイは笑う。
そのまま、彼の手首を掴むと、彼の指先を自分の奥に這わせた。
エドワードは息を呑む。
初めて他人のそこに触れるのだ。緊張が走った。

「・・・―――ほら」

ロイの促す手に導かれて、おそるおそる内部へと指を侵入させた。
エドワードの指先など簡単に呑み込んだその場所は、熱く蠢いて、さらに彼を奥に導こうとしているようだ。
ふとロイを見上げると、内部から受ける感触に耐えるように、軽く目を細め、小さく息をついている。
その淫蕩な表情にエドワードは目を奪われた。
自分が指を動かすたびに、彼の吐息が熱くなる。それが嬉しくて。
彼の顔を覗き込むと、彼の瞳が自分を見上げてきた。どこか懇願してくるようなその色に、エドワードの身体の奥が熱くなる。

「ロイ・・・っ、俺・・・」
「・・・ああ」

エドワードの声に、ロイは頷いた。
目を閉じて、エドワードの首に腕を回す。エドワードはロイの内部から指を引き抜いた。ロイの肢体に煽られ張り詰めた彼自身を宛がえば、次の瞬間に来るであろう痛みに耐えるようにロイが軽く唇を噛む。
エドワードは熱に浮かされた男の顔を見下ろしながら、ごくりと喉を鳴らした。
―――ずっと、待ち焦がれていた瞬間。
無意識のうちに、彼と繋がることを夢見ていた。一生叶わないと思っていた夢が、目の前に在る―――・・・

「っ・・・」
「ロイ・・・」

初めて侵入するその場所は、エドワード自身をひどく締め付けてきた。
気が遠くなるほどの快感に耐えるように眉を寄せる。
そして、それはロイもまた同じだった。

「エド・・・―――っ・・・」

余裕のないようなロイの声音がエドワードの耳を突いた。
ぐっと抱いた腕に力が篭る。触れ合う箇所が熱い。
そして、繋がる場所もまた―――・・・

「っ・・・あぁ・・・」

内部の熱さに耐え切れず、エドワードは身を引いた。
名残惜し気に絡み付いてくるロイの内壁に擦られる感覚が、大きな快感に変わる。
っ、と声が洩れるのを唇を噛み締めることで耐えて、そのまままたエドワードはロイの内部を自身で貫いた。
深く繋がる度に軽く開いたロイの口元から洩れる甘い声音。
それにすらエドワードは煽られ、より強い快楽を求めて腰を打ち付けた。
ぱたり、とロイの頬に雫が落ちた。エドワードの額から流れた汗だ。もはや限界だ。強い快感が解放を訴えてくる。

「ロイっ・・・ロイ・・・!」
「エド・・・」

彼の名をひたすら呼んで、エドワードは彼の身体を掻き抱いた。
溢れ出すのは、今までずっと抑えてきた感情。ロイへの、彼への焦がれる想いの箍が一気に外れる。
彼が、欲しかった。今彼の瞳を覗き込めば、自分だけを映して。

―――自分だけを見ていて欲しかった。
ずっと、いつだって、自分だけを見て欲しくて―――

「ロイっ・・・っ!!」
「っああ・・・!」

洩れる声を、エドワードは唇で塞いだ。濡れた感触に溺れ、その瞬間目が眩む。
舌を絡めたままで達する感覚はひどく甘く、
そのまま2人は荒い息を吐きながら、放心したように身を寄せていたのだった。









「・・・どうしてだよ」

正気に返ったエドワードは、ロイに凭れたまま小さく呟いた。
あと2時間もすれば、夜明けが来る。そして、長い長い別れの時が続く。
自分を受け入れてくれた存在に、エドワードは疑問を投げ掛けた。

「何がだい?」
「俺を、受け入れてくれた」

あんな、寝込み襲ってしまうなどひどいことをした相手に対して。
絶対許してくれないと思っていた。ぽっかりと開いた2人の距離は、決して元に戻らないと思っていたのに。

「・・・嫌だったなら、すまな」
「嫌なわけない!」

ロイの言葉を最後まで聞かず、エドワードは彼の言葉を遮った。
嫌なわけがなかった。嬉しかった。だけど、何故、自分を。

「嫌なわけないじゃないか・・・だけど、わからないよ、大佐。何で俺なんかを・・・」

エドワードの言葉に、ロイは苦笑した。
少年の小柄な身体を、腕に抱き込んで。彼の肩に顔を埋める。
ひくりと震える彼の身体を感じた。まだまだ幼い少年。これからかならず大きくなってくれるだろう。

「理由なんてない。ただ、君が好きだった」
「え・・・」

ロイが紡いだ言葉が信じられず、エドワードは呆然となった。
耳を疑う。どうしてロイが自分を見てくれることなんかあるだろう。

「君は知らないかもしれないが、私は出会ったときからずっと君を見ていた。真っ直ぐな目をした君をね」

エドワードはロイに抱き締められたまま、何も言えずに彼を声を聞く。
あれほど求めていた言葉が、彼からすんなりと出てくるのが信じられない。
けれど、抱かれた腕の温かさは本物。言葉より何より、彼が自分を大切に思ってくれているのだと伝わってくる。
エドワードはぎゅっと皺の寄ったシーツを握り締めた。
泣きそうになった。あまりの嬉しさに、肩が震える。

「真っ直ぐな目をした君が、好きだ」

だから、決して揺らいだ心のままでいてはいけないと。
ロイはエドワードの耳元で囁いた。甘い低音。優しいその音が少年を包み込む。
込み上げる喜びに、胸が一杯になる。ロイの背に腕を回した。初めて躊躇いなく彼の背を抱き締める。

「だから、安心して、旅を続けなさい。そして、戻ってきてくれ」

たとえ、どんな長い旅路であっても。
戻る場所があった。焼いてしまった家でもなければ、故郷でもないけれど。
彼を待つ人が。彼を心から想ってくれる人が、彼をずっと待っていると言ってくれた。
エドワードは自分の中にあった塊が溶けていくのを感じていた。
ロイの腕は力強かった。彼の言葉なら信じられる気がした。
どうしてだろう。
あんなに適当なことばかり紡いで、女性には甘くて、日常ならいざ知らず恋愛に関してはあまりに信用ならない男だというのに。

「・・・なぁ、ロイ」
「ん?」
「もう少しだけ・・・ここにいさせてくれないか」

エドワードの言葉に、ロイは抱き締める腕の力を強めた。
あと数時間で夜は明ける。
けれど、もう少しだけ―――・・・
だが、離れがたい気持ちは自分も同じ。いつだって手離したくないという想いは真実だ。
素裸のまま抱き合う2人は、つかの間の永遠を噛み締めていたのだった。





end.




Update:2004/03/18/THU by BLUE

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