Accept one's Fate... vol.2
その日の夕方。
家に帰ってきたクルーゼの目の前に、なんだかとてつもなく豪勢なディナーが並んでいた。
別になにかの祝いでもあるまいし、なんなんだ、これは、と思うクルーゼに、
エプロン姿のフラガが顔を見せた。
「おかえりーv待ってたぜ!」
おたまを片手に、スリッパをぱたぱたとさせるフラガは、最近では見慣れているのだが、
満面の笑みはなにか胡散臭い。
「・・・なんだ、これは」
「ふふっ。今日はさー。俺たちの、ここに『住み着いて半年!』祝いなの!!」
「・・・・・・半年祝い?」
1周年ならばまだわかるが、たった半年で祝いもなにもあるだろうか。
何を考えているんだ、とさりげなくクルーゼはフラガを睨んだが、
フラガはそれを交わしてクルーゼの腕を引っ張り、テーブルへと座らせた。
「手伝うことない。もうすぐ終わるよ」
「お前もいたのか」
少々意外そうにクルーゼが声をあげる。
食事を運んでくるロイに続いて、フラガが運んできたワイングラスとワインをテーブルに置き、
ワインは真ん中に、グラスは1人1人に並べていった。
どうも、ロイ本人がキッチンに立つイメージが湧かないクルーゼである。
だが、以前それを言うとロイはきっぱりと否定した。
「今の時代、男も料理くらいできなくては始まらんよ」
なにが始まらないのかよくわからないが、要するに家事を全て女任せにしていては嫌われる、ということか。
だが、この男の手料理は不味くも美味くもない、なんとも言えない味ばかりだと彼の部下に密かに評価されていることをクルーゼは知っている。
その点、フラガはこの半年の間にいい加減慣れてきたのか、
今ではなかなかの腕前になったようで、それを食べる2人はそれなりに舌鼓を打っていた。
ちなみに、始めに料理を担当していたのはクルーゼである。
なんだかな・・・と大きくため息をついて、クルーゼはグラスに注がれた赤ワインを眺めた。
・・・なにかがおかしい。
別に、濁っているとか、固形物が混入しているとか、そういった類のものではない。
だが、何か。
いつもと違う空気に、クルーゼは眉根を寄せる。
一見すれば、別になんの変哲もないディナー。酒の弱いフラガには軽く注がれているのも、なにも変わらない。
しばし考えて、唐突にクルーゼは自分の妙な感覚の原因に思い当たった。
「・・・・・・おい」
クルーゼは傍らにいたロイの腕を引き、低い声で彼を呼んだ。
フラガは丁度台所で作業をしていた。
彼らの話は聞こえていない。
「なんだい」
「何を・・・企んでいる?」
フラガが先ほど持ってきたワインとワイングラス。
フラガは、なぜか既に注がれたものをテーブルに並べていた。
普通、グラスを持ってきて、テーブルで注ぐはずなのに、それが妙に違和感を感じてしまったのだ。
「企む?君じゃあるまいし」
「お前が一番信用できん」
「そうかい?」
ロイはふふ、と意味深に笑うと、テーブルの上のグラスを2つ、手にとった。
クルーゼのそれと、フラガのそれを、クルーゼの目の前でさりげなく交換する。
そして、元々フラガ用だったためかさの少ない分の液体を注いでいく。
クルーゼは無言で眉を寄せた。
その時、丁度フラガが戻ってきた。
「さー、できたぜ!今日は腕によりをかけて作ったからな!」
「ああ、すごいな。美味しそうだ」
ロイは何食わぬ顔で席につく。フラガは交換されたグラスのことなど気付きもしない。
「じゃ、乾杯だ」
「・・・ああ」
微かに肩を竦めて。
2人のお遊びに付き合ってやるか、とグラスを手にする。
「それでは・・・、乾杯ーー!!」
グラスを高く掲げて、チン、と触れ合わせる。ロイはひどく嬉しそうな笑みを浮かべて、クルーゼは微かに口元を綻ばせて。
そしてフラガは、自分のグラスを傾けながら、密かに意識をクルーゼに寄せていた。
彼の仕草をじっと見つめ、その液体が彼の喉に流し込まれるのを確認する。
ますますにやけた笑みを自分に向けるフラガに気付いたクルーゼは、彼を睨んでやった。
「・・・なんだ?」
「いやぁ、別に〜?」
はぐらかしつつも、零れる笑みを抑えられない。
それもそのはず、フラガは自分が用意したクルーゼのワインに、
昼間ロイに示されたあのクスリを入れていたからだ。
もちろん、ロイも承知済みである。
クルーゼが今こうしてそれを呑んでしまったからには、
あとはもう効果が現れるのを待つばかりだ。
この手の事に詳しいロイによれば、
この薬はこうしてワインに入れてさりげなく飲ませることを目的にしているもので、
即効というよりはじわじわと効いてくるものだという。
ならば、このまま楽しい食事を終えた頃に丁度、薬の効果がクルーゼを蝕んでいくことだろう。
今までこんなことをした試しがなかったフラガは、嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
ずっとずっと、それこそ出会った時からずっと不本意な状況に追い込まれているフラガである。
はっきりいって、抱かれているだけなんておもしろくない。
一度くらい、こいつのすました顔を快楽で歪ませてみたい。
そして、その漠然とした願いが、今まさに目の前で叶おうとしているのだ、これでにやけるなと言われても無理な話だろう。
フラガは心なしか身体の奥が熱くなっていく自分を感じていた。
ロイがなにかたわいのない話をしながら、飲み干したクルーゼのグラスにワインを注ぎ足していた。心底、いいやつだなぁとフラガは頷く。
こうやって自分の、クルーゼに対するささやかな復讐を手伝ってくれているのだ。
ふと目が合い、ふふ、とロイは笑みを浮かべる。
同じように笑い返して、フラガは浮かれた気分のまま食事を平らげ始めた。
「ふぅ〜、食った食ったぁ」
デザートまでを全て食べ終わって、フラガ達はソファに腰を下ろしていた。
ロイは食器の片付けを、クルーゼは傍で紅茶を片手に寛いでいる。
フラガはちらりとクルーゼのほうを見やり、首を傾げた。
―――・・・おかしいな。
もう1時間近く経つのに、一向にクルーゼの様子に薬の効果が現れてこない。
それよりむしろ、自分の身体がとにかく熱い。
あれほど食べた後だからか、暑さに耐え切れず、フラガは襟元をぱたぱたと仰いでいた。
しかも、先ほどからやたらと喉が渇いている。
熱い茶などでは足りず、水を飲み干す彼に、クルーゼが薄く笑うのにもフラガは気付かないでいた。
「あっち〜・・・」
はぁ、と熱い息を吐いて、腕で額を押さえるフラガに、
クルーゼは声を掛けた。
「どうした。顔が赤いぞ」
「風邪でも引いたかい?頭痛は?」
「ん・・・〜」
やたらと熱いが、気分が悪い、という感じではなかった。
強いて言えば、少し眩暈のするようなぐらついた感覚があるかもしれない。
それに、なぜか物音ひとつひとつがひどく耳につく。
クルーゼがかちりとソーサーにカップを置く音。ぱらりと手元の本を捲る音。
自分の身体がどこか自分の思い通りにいかず、苛立っているのだろうか。
「はい、水」
喉がひりつくほどの渇きをどうにかしようと、
ロイが持ってきてくれたコップを手に取る。が、がちゃんっ、と音をたてて、フラガの手からガラスのそれが滑り落ちてしまった。
「な・・・」
震える手が収まらない。
「ムウ・・・?」
心配そうに覗く2つの目。じっと見つめられ、なぜかはやる気持ちが抑えられない。
大丈夫か・・・?とクルーゼがフラガの肩に手を置いた瞬間―――。
「・・・っひぁ―――っ?!!」
知らず洩れた声音に、フラガは口元を押さえた。
なんだ・・・オレ?!
どうなってんだよ、これ?!!
自分のあまりの変調に驚くフラガは、答えを求めるように2人を見上げた。
けれど、2人は真剣な顔でこちらを見つめてくるばかり。
「な、んで・・・」
沸騰しそうな頭でフラガは考える。
震える身体。内部にわだかまる溶けそうなほどの熱。
これは、考えるまでもない―――あの、男に抱かれ、そして熱を浮かされているときに感じる感覚だ。
しかし、自分はまだ何もしていない。
こんな衝動を覚えるはずもないというのに―――。
混乱するフラガの腕を、不意にロイが掴んだ。
ひぃ、と喉から声が洩れるのを止められない。すっと身を寄せてくる男に、
フラガは抗えない。
耳元で小さく笑う気配がした。それすら、自分の中の衝動を煽るものにしかならず。
「っ・・・ん、っ」
「もしかして・・・グラス、間違えたかい?」
どこか甘いロイの響きに、え・・・とフラガは頬を染める。
そんなはずはない。そんなはずはない。
あの例の薬を盛ったクルーゼ用のグラスと、他のグラスは、間違えないようにきちんと分けていたのだ。
それに、そもそも見分けがつくように、ワインのかさを少しだけずらしておいた。
一番量の多いものをロイに、一番少ないものを自分に。
クルーゼには、あまり煙たがらせないよう中量を注いでいたはずなのだ。
間違えるはずがない。
けれど、傍らを見上げれば、ぴんぴんした顔のクルーゼ。
軽くにやつくロイ。
この状況からは、自分が間違えて飲んでしまったとしか思えない。
「―――っっ!!!」
フラガは自分のふがいなさに頭を抱えた。
これでは、結局自分がヤられるだけになってしまうではないか。
救いを求めるようにロイを見上げるが、2人の瞳は自分への情欲を隠しもせずにまじまじと見つめている。
「や・・・ああっ・・・!」
「どうした・・・やけに敏感だな・・・?」
クルーゼがフラガの左の首筋に唇を寄せてきた。
それだけで、ひどく反応し、声を抑えられない自分に、フラガはぎゅっと目をつぶる。
クルーゼにだけは、知られたくない。
自分が、彼に薬を飲ませようとして、間違えて自分が飲んでしまったなど、
彼が知ったらどうなることか。
きっと、仕置きではすまされない。想像もつかない恐怖に、フラガは怯える。
その一方で、ただただ熱を訴える身体は、フラガを蝕み、熱い吐息を吐かせる。
頭がおかしくなってしまいそうな熱さに、フラガは必死でロイの袖を掴んだ。
「ロ、イっ・・・!どう、にかし・・・っ、ああっ・・・」
「ああ・・・震えているよ。可哀想に・・・」
触れる全ての箇所が熱く、身体の震えが止まらない。
ロイは躊躇いなく下肢に手を伸ばした。
既に痛いほど張り詰めたそれが、ロイの手のひらに包み込まれる。
クルーゼは、熱い吐息を漏らすフラガの首から鎖骨辺りにキスを続けていたが、
ふと顔を上げた先の涙を溜めたような瞳に目を奪われ、彼の唇に口付けた。
「んっ・・・ふ、うんっ・・・」
「ムウ・・・」
ロイは手にしたそれを擦りながら、肌蹴られたシャツから覗く左胸に歯を立てた。
ひくり、と震える反応は、普段の比ではない。
与えられる刺激は、快感を通り越して痛みのようだ。
だというのに、フラガは心の奥でもっと欲しいと願ってしまう。
そして、その心に応えるように、ロイは長い舌に乳首を絡ませ、甘噛みし、優しく舐め、そして転がしていった。
「ん、んっ・・・あ、あんっ・・・!」
唇を離してなお、絡む舌から銀糸が引く。
頬をくすぐる金の髪ですら快感を煽られるフラガは、
あっけなく頂点に達し、ロイの手のなかに精を放ってしまった。
「は、あ・・・」
「大丈夫かい?」
ロイに覗き込まれ、フラガは濡れた目を向けた。
精を放ったことで、先ほどの激しい衝動はとりあえず収まった。けれど、まだ身体の奥にはもやもやとしたものがわだかまっている。
これがのちに、また同じような激しさでフラガの身体を襲ってくることは間違いなかった。
この衝動が薬のせいなら、ロイは確か一晩の効力があるといっていた。
恐ろしいこの状況に、フラガは縋るように覗き込んでくる男達を見つめる。
「とりあえず、ベッドに行こうか。君もつらいだろう?」
「あ・・・や・・・っ」
クルーゼに有無を言わさず抱え上げられ、フラガは慌てた。
けれど、それに抵抗することなどできなかった。少しでも動こうものなら、また奥で疼くものを刺激してしまいそうで。
どさり、とベッドに落とされ、クルーゼが乗り上げてくる。
顔を覗き込まれ、またもや鼓動が早鐘を打ち始める。
「可愛いな、お前は・・・」
「・・・っ!!」
フラガは顔を真っ赤に染めた。
頭にフラッシュバックする、昨晩の光景。
明らかに意識使っているその台詞に、フラガは恐怖を覚えた。
クルーゼは、今のこの状況も昨夜の仕置きのつもりでいるのだ。想像したくもないこれからのことを思って、フラガは瞳を揺らした。
「あっ・・・や、ロイ・・・!」
酷薄な笑みを浮かべて見下ろすクルーゼからの救いを求めて、
自分の見方であるはずのロイをみやれば、
こちらもふふ、と笑みを浮かべて自分の前髪をかき上げて来る。
額に唇を落とされ、フラガは恥かしそうに身をちぢこませた。
「やっ・・・」
「大丈夫、怯えることはないよ。安心して身を任せていれば、じきによくなる」
よくなる、というのは、薬の効果が切れる、ということなのか気持ちよくなれる、という意味なのか、
ロイの言葉はいまいちよくわからないと思うクルーゼとフラガである。
それにしても、不安に怯える相手をいいように流す手管は堂に入っているものだ。
強引なくせに、そうとは思わせない彼の動き。
フラガの唇を舌でなぞる。
思わずうっとりと甘さに酔わされ、一瞬力を抜いてしまったフラガは、
クルーゼの身体を足の間に割り込ませてしまっていた。
「・・・ん、やっ・・・ああ、んっ・・・」
フラガが身体を捩った。
クルーゼが自分の下肢に顔を埋め、手に包み込んだそれを口内へと導いたのだ。
生暖かい感触。
先ほど熱を放ったばかりだというのに、薬の効果もあってかすぐにそこは勃ち上がり蜜を零している。
それを舌で掬い、先端の割れ目に舌を挿し入れるかのように蠢かせるクルーゼに、
フラガはやぁ・・・っ、と嬌声にも似た悲鳴を上げた。
逃げ出そうと、フラガの足が力なくシーツを蹴る。
縋るように目の前の男を見上げると、ロイはにこりと笑って彼をはぐらかせる。
「熱い?」
「ん・・・熱・・・、い・・・っ・・・」
玉のような汗を肌に乗せ、フラガは荒い息を吐いていた。
腰の奥の部分に、なにか熱い塊があるように感じる。
―――熱・・・い・・・。
身体の奥から身を焼かれそうなほどのそれに翻弄されるフラガは、
途端ひやり、と触れる濡れた感触に上ずった声をあげた。
「ひぁ・・・っ―――!!」
頬に、冷たい水が押し当てられていた。
いつの間に用意していたのか、サイドテーブルに氷水の入ったボウルがあった。
ロイはそれに手を入れ冷たい水に浸すと、
その手でフラガの肌を撫でるように触れていく。
「つ、冷たっ・・・」
「気持ちいい?」
覗き込んでくるロイの瞳は、底が知れないほどの黒。
だというのに、明らかな情欲の焔がそこに宿っているのを感じてしまうのはどうしてだろう。
「・・・んっ」
ぽちゃり、と音がしてまたロイの手が濡らされた。
今度は、喘ぐ彼の唇に触れる。
冷たい指先が整ったその形をなぞっていく。身体の熱をやわらげてくれる気持ちよさにうっとりとした表情を見せれば、
ロイは嬉々としてフラガの唇を自分のそれで塞ぐ。
軽く呻くのも気にせず、濡れた手をそのまま首筋を伝わせていくと、
フラガは眉を寄せ、ひくりと身体を震わせる。
下肢にわだかまる熱と、それを凌ぐ冷感。
どちらもフラガの中で快楽と化していく。2人がフラガに与える愛撫は、全く違う独立した刺激となってフラガを襲う。
だというのに、彼の中でそれらが交じり合うとき、
フラガはこれ以上ないほど自身が昂ぶる感覚に陥り、眩暈を起こしていた。
身体が震え、幾度も自分を苛む波に呑まれてしまいそうだ。
「あ・・・っ、や、だめっ・・・」
「耐えなくていい。そのまま身を任せて・・・」
「で、でも・・・っ」
フラガにとって、こんな薬に翻弄されることなどあまり経験のないことなのだ。
触れられるだけで反応を示すほど、身体は薬によって高められ、
まるで自分のものではないかのようで。
戸惑うフラガに、しかしクルーゼはそんな余裕を与えてはくれなかった。
彼自身を唇で咥えたまま、震える足をより大きく開かせ、その奥を指先で撫でる。
ひ、と身体を戦慄かせるフラガに構わず、次の週間挿入されていくクルーゼの指。
強引な侵入の仕方だが、薬に浮かされているフラガの身体は、
それが望みだとでも言うかのようにクルーゼを奥に導いていく。
クルーゼが欲しいと、長い指に襞を絡みつかせる。
「あ、やだ・・・あっ」
顔を上げたクルーゼと目が合い、羞恥に頬を染める。
「ムウ・・・」
ロイが離れた箇所に、舌を這わせる。
冷たさと舌の生暖かな感触にまた違った感覚を受ける。
思わず離れさせようとフラガがクルーゼの髪を掴んだとき、ロイはその濡れた手でフラガの砲身を握り締めた。
ぬるりとした体液と冷えた液体が混ざり合い、彼の砲身を滑らせる。
身体が無意識に竦み、フラガはシーツをきつく噛んだ。
その時、内部の奥深くで、クルーゼの指が彼の弱いところをちょうど引っかいてしまう。
「あ・・・や・・・あああっ・・・!」
結局、それが引き金になり、
フラガは2度目の精を放った。ぱたぱたっと彼の腹やクルーゼ、ロイの衣服を汚していく。
「・・・あ・・・」
―――欲しい。
覗き込んでくる男2人を認めて、フラガは唐突にそう感じた。
薬のせいかもしれない。快楽に、熱に浮かされ、頭のネジが外れていたかもしれない。
けれど、身体の奥が要求していた。
彼らが欲しい、と。
朦朧と意識の中、その欲求のままに手を伸ばす。
フラガのそんな態度に、クルーゼとロイは顔を見合わせた。
両手を突き出すように前に出すと、片腕をクルーゼにとられ、もう片方をロイに絡め取られる。
「まったく、お前という奴は・・・」
「ムウ・・・」
2人はそれぞれにフラガにキスを落とした。
フラガが媚薬に浮かされているなら、自分たちはフラガに。
フラガという熱に、浮かされている。
一度味わったら忘れられない、フラガという麻薬に―――・・・
「あ・・・、好、き・・・」
舌足らずな声音で呟くフラガは、
いつになく素直で、どこか幼い子供のようだ。
そういえば、この薬の効果には人を素直にさせるものがあったな、と思い出して、ロイは笑う。
結局、フラガの思い通りには行かなかったが、きっと許してくれるだろう。
彼が自分たちを好きでいてくれるように、
クルーゼもロイもまた、彼を愛しているのだから。
「も、おねが・・・いっ・・・」
「ムウ・・・」
フラガにとって、もはや薬のことなど頭になかった。
ただ、吐き出しても吐き出してもぶりかえず、止まらない熱に溺れていく。
ほんの少しの不安を、彼らにぎゅっとしがみつくことで忘れようと努力して、
フラガは一晩、
身体が欲求するままに任せて熱を貪っていたのだった。
朝。
・・・さすがに、二晩もの夜を徹した行為は男の体力を消耗させたようで、
その澄んだ青の瞳を微かに蒼褪めた目蓋を隠したまま、
フラガは少しのことでは目も覚まさないほどの深い眠りについていた。
両の傍らには、満足げにフラガを抱いた男が2人。
眠るフラガの顔にかかる前髪を払ってやると、ロイはクルーゼに尋ねた。
「時間はいいのかい?」
「・・・―――ああ」
クルーゼはそれだけ言い、
ロイと同じようにフラガの髪を指先で弄る。
本当は早朝から花の入荷の仕事があるから急がなくてはならないのだが、
クルーゼとしてもまだ出る気にはならないでいた。
まだこのけだるい余韻に浸っていたかったのだ。
ふいにくすりと笑い声が聞こえ、クルーゼは顔を上げた。
「どうした」
「いや・・・。―――好き、か。」
昨晩のフラガの言葉を思い出して、ロイは笑みを浮かべた。
「そういえば、事の発端は君が私を好きか、という問題だったかな」
「くだらん。そんな話、コイツの100%捏造だ」
「・・・君ねぇ。本人の目の前でくだらんはないだろう・・・」
やれやれ、と呆れたように肩を竦めて。
もう一度、フラガを見下ろす。いつもの明るい元気な姿は、憔悴し切って眠るフラガからは伺えない。
ちらりとクルーゼを見やると、心持ち自分から視線を外しているような気がして、
ロイは今度こそ声に出して笑ってしまった。
自分に対して笑っているのだと目ざとく気付き、クルーゼはロイを睨む。
「・・・おい」
「ああ、すまない。ま・・・でも、ね」
ロイはシーツに投げ出されたフラガの片腕を取り、互いの指先を絡めた。
「別に、いいんじゃないか?好きだとか、嫌いだとか、多分、意識するほうがおかしいんだ」
クルーゼはそんなロイの言葉を聞きながら、
先日不意にくだらない感情を起こしてしまったことを思い出していた。
この、ロイという男の傍にいて、笑うフラガに対して。
勿論、自分に対してどう、というわけでもないのに、どうしてそんなことを考えてしまったろう。
「傍にいて、楽しいから一緒にいる。傍にいて、幸せだから一緒にいる。・・・理由なんて、それだけでいいと思うぞ」
好きかどうかなど、誰かが誰かといる理由にはあまりに不十分だ。
そんな言葉で形どらなくとも、人は必ず誰かと共にいる。
そもそも、それに理由をつける自体、不自然なことだろう、とフラガを眺めながら言うロイに、
クルーゼは苦笑した。
そんな男だから、30近くになっても所帯すら持とうとしないのだ。
「まったく、お前も困った奴だな。・・・いつか、刺されるぞ」
誰に、とはクルーゼは言わなかった。だが、ロイは気付いたようだ。
微かに笑みを浮かべて。肩を竦める。
「そうかもね。ま・・・いいさ」
はは、とはぐらかす男はいつものことだ。
クルーゼはベッドから降り立った。もういい加減、出かける時間が迫っている。
「フラガには、午後からでいいと言っておいてくれ」
「ああ、わかったよ。私も暇だから、昼過ぎには顔出すさ」
「邪魔するなよ」
「ひどいな。ちゃんと手伝ってるだろう?」
「お前の手伝いは荒らしって言うんだ!!!!」
クルーゼの苦虫を噛み潰したような声に、しかし否定せずにロイは笑う。
全く、扱いにくい男だと思いつつ、クルーゼはこんな生活をひどく楽しいと思う自分がいることに気付いていた。
自分がロイのことを好きだと思っているかなど、わからない。
けれど、かれといて、自然と笑いがこみ上げてくることだけは認めて、
クルーゼは行って来る、と手をあげる。
彼らと過ごして、半年。
長いようで短かった夏も、もうすぐ終わろうとしていた。
end.