君が見つけた本当の僕



どこに立っていても、どこか浮いている自分を感じていた。
金で柊に買われて以来、ずっとだ。
自分が自分である理由などなかった。
必要なのは、能力があって、柊の血に更に優秀な遺伝子を残すことの出来る逸材だけで、それがたまたま自分だっただけの事。
褒めて伸ばす、という親たちの期待通り、常に優等生の道を突っ走ってきた先に、まさかこんな落とし穴があるとは正直思わなかった。
柊真昼の婚約者候補たちの中で、浮く自分。
柊の名を冠してなお、卑しい血筋だと陰口を叩かれる自分。
深夜、という名は、ただの記号や認識名レベルのもので、柊真昼の婚約者、それ以上でもそれ以下でもない。
婚約者である、という以外の価値など何もなかった。
ましてや、当の婚約者である真昼には、その立場を否定されていたから、
深夜が自分の存在価値を見失うのも仕方のない事だろう。
もちろん、柊家では婚約者として振舞わねばならない。
だが、実際には違う。
ただの、隠れ蓑。
真昼の悪事の協力者。であるから、正確にいえば、深夜は柊への反逆者だった。
今はよくても、きっといつか、暴かれる。
真昼の夢がかなった時。
あるいは、真昼の夢が絶望に変わった時。
深夜は、その時を恐怖した。自分の、なけなしの生きがいすら奪われるその日が来るのを、恐ろしいと。
だから深夜は、己に仮面を付ける。
己の真実を隠す仮面。
そうして深夜は、柊の中でなお、自分にとって意味のないはずの演技を続ける。
柊家の人間としての演技。あなたは柊家の人間になったのだから、と、何度も何度も教育係には言われた。
普通の信者ではいけなかった。
信者を信じ込ませるカリスマ性を身に着けることが必要だった。
常に『柊深夜』を信じ込ませ、自分にさえついてくれば間違いはないのだと、そう思わせる能力。
柊のその神格性は、帝ノ鬼の団結力に強く結びついていた。
そうして自分すらだまし続けるうちに、深夜はいつしか、己の本当の姿すら見失うようになる。
自分が柊に来て、何に絶望したのか。
本当はどうしたかったのか、かつての夢はなんだったのか。
柊の駒として一生を生きる以外に未来を描けない自分に、深夜は愕然とする。
誰かに媚びることは簡単だった。
気に入られることも。
柊真昼の婚約者として表に出る頃には、相手の感情をコントロールする癖が身に沁みついていた。
けれど、それは、自分ではなかった。
相手が気に入っているのは、柊家の深夜でしかなく、
本当の自分ではない。
それが、ひどく虚しかった。
そもそも、ほんとうの自分なんて、一体どこにいったのだろう?
婚約披露パーティーで反吐が出るほど気持ちの悪い賛辞の言葉を浴びせられた後、人酔いしてしまい思わず駆け込んだトイレの中で、
深夜は鏡を見遣る。
ひどく疲れたような蒼ざめた自分の顔は、しかしそれでも薄笑いを浮かべていて、
殴りたい程。
深夜は顔を抑え、込み上げる笑いを止められないまま肩を震わせた。
『柊深夜』はただの虚像でしかないはずなのに、皆がそれを求めていて、滑稽だとすら思う。
このままきっと自分は、柊深夜のままで終わるのだ。
誰からも、柊家の人間として歯の浮くような世辞を浴びせられ、柊家の中では卑しい血筋だと蔑まれ、
そうして、一生を終えるのだ。
そう思うと、時折、深夜は叫びたい衝動に駆られる。
自分が壊れそうになる、その刹那、
絶望に染まった脳裏に差し込むのは、一筋の光。
一瀬グレン。
そう、彼に出会うまでは。
ひと目見るまでは、絶対に生き抜いて見せる。
そう誓った日は、いったいいつだったか。この長い長い絶望の日々の中の、唯一の希望。

(僕には、やっぱり君しかいないな、グレン)

あれから、5年。
予定通り、深夜は15歳の高校入学時、彼と出会った。
案の定、彼は自分の期待通りに、いや、想像した以上に出来た男で、
歪んでしまった自分には眩しいくらいだったけれども。
それでも、自分が彼についていこうと決めることができたくらいには、いい男だった。
大きすぎる野心と、それに見合う、人間離れした力。
彼についていくことで、共に破滅したって構わないと思えるくらいの、圧倒的なカリスマ性。
ましてや、それは柊の人間が身に着けている、人をコントロールするものではなく、彼の人柄が滲み出るものなのだ。
天性のカリスマ性。
どんな人工的なカリスマ性も、彼には敵わないだろう、と。
深夜は目を細めながら、彼を見やる。
不意に、グレンがこちらを向いた。
今は、学校の授業中。世界は崩壊の一途をたどっているが、今はまだまだ、授業が続いていた。
見つめていたことを咎めているとのか、ムッとするグレンに、逆に深夜は、はは、と笑う。
今夜、暇?
そう、唇だけで告げると、グレンは瞳をすっと細めた後、そっぽを向いた。
分かりにくいが、これは彼のOKのサインだ。
テンションがあがる。そういえば、最近はあまり彼としていなかったから、これは良いチャンスだろう。
それきり、一切こちらを振り向かなくなったグレンに、
深夜もまた、心を高揚させながらも、つまらない授業の続きをしばらく真面目に聞いてやる。

(約束だよ、グレン)

今夜は、グレンと楽しい事をするのだ。
そう思うと、少しだけ、自分の中に蟠る闇がいなくなるような気すらした。










「グレン、ってさ」

ふと、声を投げかけてみると、グレンは面倒そうに顔を向けて来た。
いつもの、有楽町に数多くあるラブホテルの一室。もう既に一緒にシャワーを浴びていて、
一度は精を吐き出している。勿論、若い身体はそれだけで満足できるはずもなかったけれど、
それでも少し余裕はあった。
バスローブに身を包み、タオルで髪を乾かしているグレンに、深夜は声を掛ける。
深夜はというと、濡れた髪を乾かすのもそこそこに、既にふかふかのベッドに身体を沈めている。

「僕のこと好き?」
「はぁ?」

今更、何を言うのかと思えば。
グレンは胡乱げな目つきで深夜のほうを見つめた。
深夜の表情は読めない。初めて出会った時から、彼はこうした薄笑いを浮かべていて、
感情を読ませない男だと思った。
初めは、一瀬である自分への警戒心や、真昼を挟んだ恋敵としての敵対心から来るものかと思っていたが、
ここ1年の彼を見る限り、あれが彼の普段なのだろう。
むしろ今、彼が自分に向けてくれる態度や感情のほうが彼の本音に近くて、
だからこそ、自分も彼に心を開く気になったのだ。
タオルを放り投げて、深夜の寝そべっているベッドへ自分も乗り上げる。
深夜は意味深に笑みを浮かべたまま、自分をみつめている。

「じゃなかったら、こんなことするかよ」

白いシーツは、深夜が髪や身体をおざなりに拭いたまま寝そべってしまったせいで既に濡れている。
けれど、それが興奮した身体には気持ちいい位で、
グレンは欲望に再び火がついたように、深夜の腕をシーツに縫い止め、横から唇を重ねる。
躊躇いなく舌が絡む。初めての時は恥じらいや戸惑いのほうが先にきてなかなか快楽に溺れることは出来なかったが、
身体の中で鬼を飼い始めてからというもの、その箍が外れる一方だ。
とはいえ、鬼はこの生産性のない、未来に繋がらない欲望についてはあまり興味がないらしく、
むしろそれについて口を出すことはなかったけれど。
世界は衰退の一途を辿っている。だから、こんなことをしている場合でないこともよくわかっている。
けれど、力はあっても社会の表舞台に立ってはいないまだまだ若い2人が、自分たちの意志だけで動けることなど少なかった。

「んっ・・・そうだよねぇ。グレンは堅物だからぁ、好きでもない人間と寝たりできないよね」

絡めた舌同士が糸を引くほど体液を共有した後、深夜はそういってにやにやと笑う。
そもそも、彼とてまともな交友関係など紡いでこなかった少年だ。好きな人間どころか、心を許した人間など一人もおらず、
こうして他人と肌を合わせる経験などまったくといっていいほどなかったはずで。
グレンは少しむっとしながらも、噛み付くように深夜の白い肌に歯を立てた。くっきりと浮かび上がっている鎖骨の形を確かめるように甘噛みし、強く吸い上げる。朱い痕は、傷などすぐに治ってしまう今の身体では、翌日には消えてしまうものだったが、
この色素の薄い滑らかな肌にその色合いを刻むのがグレンの好みだ。
深夜の肌は皮膚が薄く、掌で撫でてやるとひどく敏感に反応を返すし、脇腹あたりの擽りにも弱い。
初めは気持ちよさよりもくすぐったい、と訴えるほうが多くて、どんだけ初心なんだよ、と笑ったものだ。
これで、身体の関係を求めてきたのが深夜からだというのだから、笑ってしまう。
ぴちゃぴちゃと、唾液を絡めて左の鎖骨を尚も舐めながら、ツン、と立ち上がった深夜の胸元の飾りを摘まみ上げる。
ッア、と感度の良い声音が漏れ、身体が竦む。立ち上がっていたそれを、更に膨張させるように指先で何度も擦るように動かし、
時折それを潰す様に皮膚に埋める。初めは肌の白からうっすらとピンクに色づいたくらいだったそれが、
今では濃い紅に染まっている。尚もしつこく人差し指と親指で弾くように刺激すると、
さすがに焦れたのか、深夜の腕がグレンの肩を押してきた。

「・・・ちょ、そこばっかり・・・弄らないでよ」
「お前、ココ好きだろ?」
「っ・・・好きだけど、でも、」

今はもっと強い刺激が欲しい、と。
深夜は腰を捩って訴える。グレンはとっくに肌蹴ている勃起しかけているそこを、
敢えてバスローブの布地ごしにぐりぐりと乱暴に擦り上げる。
ひゃ、あ、と深夜は声を上げて、膝を折り曲げるようにしてシーツを何度も蹴った。
直接的な強い刺激ではない、乱暴だが緩やかな甘い感覚。グレンの掌は意図的に激しい動きで砲身を扱いていて、
深夜のそれは完全に勃起してしまう。
深夜のM字に開いた股の間に、グレンは膝を折って座り込んでいる。
腰を引き寄せるように抱いて、そうして、深夜自身に己の雄を重ねあわせるようにすると、
互いの熱がぐん、と上がった。
腕を伸ばして、ベッドに投げおいていた愛用の潤滑ジェルのチューブを握り、掌から毀れんばかりに押し出す。
それを互いの砲身を指先で扱くように塗りたくると、冷たいそれが、すぐに熱く馴染んだ。
興奮する。
深夜の掌が、重ねられた2人の欲望を包み込むようにして扱いていく。
上気した頬、深夜の欲に濡れた表情を見つめながら、グレンもまた、彼の掌の上に己のそれを絡ませる。

「じゃあさぁ・・・、」
「・・・んだよ」
「君は僕のこと、どう思ってる?」

見下ろす濃い紫の色と、視線を絡めて。
深夜はそういう。下肢はむき出し、素肌を晒して抱き合いながら、これまた今更な質問。
グレンは黙って深夜を見下ろしたまま、腰を揺らした。
2人の掌の中で、熱が高められていく。
はぁはぁと吐息をこぼさねば、快楽に息が詰まって死んでしまいそうだ。
硬く勃起した互いの先端からは、先走りの蜜が溢れて、ジェルと混じって既にどろどろだ。
ぐちゅぐちゅと、擦りあげるたびに卑猥な水音が耳を犯し、更なる興奮を引き出していく。深夜の腹も、垂れた液体でドロドロだ。
時折グレンの掌が、砲身を離れてそれも深夜の肌に塗り拡げて感触を確かめるものだから、
腹の筋肉がひくひくと痙攣してしまう。
もう、イきたいと思った。
このまま2人でイってもいい。まだ時間はある。後ろの疼きを宥めてやるのは、その後でもいいだろう。

「ん・・・っあ、も、」
「俺が、お前のことをどう思ってるかって?」
「っあ・・・、うん」

自分で問いかけたくせに、熱に浮かされていてもはや忘れかけていたところを引き戻され、
深夜は苦しげに眉を寄せた。
グレンは真顔で自分を見下ろしているが、掌の動きは止まらない。
相変わらず、互いの熱を煽るような腰の動きと、先端を包み込むような掌。先端の、ひくひくと開閉を繰り返す先端をぐりぐりと刺激してやれば、もう、はちきれんばかり。

「顔がうざい」
「・・・それ、毎日言ってるよね」
「目障りだ」
「はは」
「邪魔」
「ひどいなぁ」
「五月蠅い」
「グレンが構ってくれないから〜」
「面倒くさい」
「あは」

まったく色気のない発言に、けれど下肢は萎えることを知らない。
それどころか、あがる息を抑えるので精いっぱい、時折、吐息に交じる甘い声音、グレンもまた、額から汗を流して下肢から湧き上がる射精衝動に耐えている。
欲しくて、堪らない。
眉を顰めて、深夜は昂ぶる欲望に身を委ねた。
意志を込めて亀頭の締め付けをきつくして、そうして頭が真っ白になる感覚を愉しむ。
背を仰け反らせて果てると、己の胸元にかかる精液、そして一瞬遅れて、グレンのそれもまた勢いよく白濁が溢れてくる。
胸元のみならず、顎や口元まで掛かってしまったそれを、けれど深夜はそれを舌で舐め取った。
グレンもまた、深夜の足を更に開かせて、男の精液でどろどろに穢されている深夜の姿を、
尚も興奮を隠せない様子で見遣る。
濡れそぼった右手で下半身を何度も撫でながら、グレンはイった余韻で快楽に浸っている深夜の顔を覗き込んだ。
視線が絡む。抵抗のない深夜の下肢が、グレンの指を欲しがって息づいている。

「っあ、グレン・・・」
「・・・お前がいてくれて、よかったと思ってる」
「・・・っ、」

耳元で囁かれる、彼の本音。
こういう時ばかりは、グレンはひどく真面目で、真摯な言葉は心の底にまで染みわたるようだ。
深夜が投げかける冗談を、けれどグレンは本当にたわいのないくだらない冗談と、冗談で包み隠した本心とを敏感に嗅ぎ分けて、
そうしてそれに応じて反応を返してくる。
自分さえ見失いかけている、己の本心。グレンには、見えているのだろうか?
自分が必死に押し隠してきたものを。柊の作る環境に呑まれ、生き残るために分厚い仮面に押し隠した己に、
彼はいとも簡単に手を伸ばしてくる。
己の中にあるものを引きずり出されるような感覚は、恐怖を伴ったが、
それでも、誰かがいつか、こうして手を伸ばしてきてくれるのを望んでいたのかもしれないと、ぼんやり深夜は思う。

「ほんと、グレンって優しいよね」
「あ?」
「いいんだよ?僕に気遣わなくても。
最初にうざったく君に絡んできたのは僕なんだし。僕が一方的に好きだっただけで、君がそれに応えなくても、それで」
「深夜」

咎めるような視線、しかし深夜は止まらない。
少しでも本当の自分の価値の無さについて向き合ってしまうと、底なし沼に堕ちていくようだ。
グレンはそんな深夜の雰囲気を感じ取って、顔を顰めた。何か言おうとするが、深夜はそれを遮って、皮肉げに笑ってしまう。
そもそも、意味がわからない。グレンが、自分のことを好き、とか。
自分にはグレンを想う理由は当然あるが、そもそもグレンが自分のことを好きになる、とか。
理由がない。
第一、自分は柊の人間で、それだけで敵だし、実際、彼は初めて出会った時からクラスにいる要注意人物としてマークしていた。
自分が強引に迫ったから口調は素に戻ったものの、彼が心を許す必要はなかったはずだ。
ましてや、初めはずいぶん、彼に意地悪な言い方をしたはず。
彼がショックを受けるようなタイミングで真昼の許嫁だと明かしたし、柊の世界で胆を嘗めていた彼を煽るような真似もした。
だから、こうして彼に抱かれるようになったのは、奇跡に近いとすら思う。
夢なのかもしれない。
本当は、何もかも。
グレンだって、きっと、片腕になるに足る人間がいれば、柊の自分なんか必要なかったはずだ。

「それって、能力さえあれば僕じゃなくてもよかったんじゃないの?」
「・・・つまんねー事考えてんじゃねぇよ、深夜」

少し怒気の孕んだ声音、片手で簡単に身体をひっくり返されて、深夜は枕に顔を突っ伏する。
息がつまり、慌てて首を横にする。グレンが腰を高く上げさせてその部分に視線を注いでいるという事実に、
改めて羞恥心が沸き起こる。ぎゅ、と枕にしがみ付いて、彼の視線に耐える。
剣呑な表情のグレンは、再びジェルを手に取ると、それを押し込むように指を挿入させていった。
快楽に慣れきった身体は、グレンの指に抵抗を見せることなく、いとも簡単に奥を明け渡す。
一気に3本もの指を突っ込んで、乱暴に内部を掻き回した。
深夜の弱い部分なんてとっくに知っていて、
グレンがそこを執拗に刺激すると、枕にしがみ付いたままの深夜から漏れてくる、くぐもった甘い声音。
乱暴に扱われると、興奮した。
結局、彼にとって自分はオナホ扱いでしかないのかと思うと、逆に割り切れるのに、と、
よくそう思うことがある。
彼から向けられる愛情を、素直に受け止められないのは、自分の悪い癖だ。
自分が一番、こんな自分が嫌いなのに。
どうして彼が愛してくれる理由があるというのだろう?
「っ・・・ああ、グレン、すごい、そこ、気持ちいっ・・・」
「ああ、くそ・・・俺だって、まさかお前なんか好きになるなんて思わなかったよ」

吐き捨てるように言うグレンの声音と同時に、執拗に嬲っていた指が抜かれる。
宛がわれる彼の雄は、ひどく熱い。入口に宛がったかと思うと、ゆるゆると腰を揺らして、焦らす様に股の間を擦った。
敢えて内股を締めさせて、そうして、挟み込むように。
欲しくてたまらない深夜の喉から、嗚咽が漏れた。はやく、はやく欲しい。焦らされるのはもう限界だった。
ただでさえ、深夜の尻の隙間からは、たっぷりと注がれたローションが溢れているのに。
ぬめった内股がびくびくと震えた。
ぐい、と右の二の腕を掴まれ、背を向かされる。
グレンの表情は、声音とは裏腹に、ひどく哀しい顔をしていた。
息を呑む。背後から抱き締められ、重ねられた熱に動揺する。こんなに彼の身体は熱かっただろうか。

「っ・・・あ、ぐれ、・・・っ」
「・・・そんなウザくて、面倒で、五月蠅いくせに、それでいて能力もあって、ちゃんと俺の意思を汲み取ろうとしてくれて、俺が背中を預けてもいいと思える奴なんて、他にいるのか?」

強く抱きしめられ、背後から首筋に噛み付かれる。背筋にぞくりと電流が走り、頭が真っ白になる。
グレンの言葉は、どうしてこうも、自分を揺さぶるのだろう?
彼の言葉の一つ一つが本当に自分には重くて、惑わされる。心すら束縛されて、また彼から離れられなくなるのだと
深夜は朦朧とした頭の中でそう思う。
彼に溺れている。
それは疑いようのない事実で、グレンもまた、こうして真摯に愛してくれているのだ。
それだけで、十分だった。
彼の言葉に、柊の名がない、それだけで嬉しいと思った。

「っグレ・・・も、お願い・・・焦らさないでっ・・・」
「俺の言葉わかってんのか?」
「・・・ぅんっ・・・わかってる・・・グレンはホント、甘くて、優しくて・・・大、すき、っあ、あああ、、」

もはや、快楽に酔わされて、自分でも何を言っているのかもわからない。
グレンの熱く硬い鉄串が、内部を割り裂くように犯していく。
満たされた感覚、心の中で、見失った己の分すら彼への想いで満たされていく。

「深夜、」

吹き込まれた己の名を呼ぶ声音にすら酔わされて。
初めから容赦のない抽挿にも、深夜の身体は快楽に咽び泣いた。何度もグレンが突き入れる度に、
押し出されるように声音が漏れる。前立腺が抉られ、深夜の雄は涙を零したまま止まらない。
ぐちゅぐちゅとナカを掻き回す濡れた音と、尻がぶつかり合う乾いた音。2人の激しい吐息と、脳が蕩けるような甘い声音。
乱暴に奥を犯されて、頭がぐじゃぐじゃになりそうだ。

「・・・あ、グレ、も、駄目、イきそっ・・・」
「俺もだ、深夜・・・いいか?」
「ん・・・欲しいっ・・・グレンのっ・・・全部・・・っ」

ぎゅ、と下肢に力を込めて、男の雄を捕えるように。
追いすがるように赤い粘膜を見せつける深夜の内部の熱さにグレンは乾いた唇を舐め、ラストスパートをかけるべく腰を掴む腕に力を込め、引き寄せる。
手放せるはずもなかった。肉欲だけじゃない、これは心からの渇望。
己についてくる人間も、部下も、何人もいた。
それでも、これほど自分が欲しいと思える人間は初めてで、自分ですら恥ずかしくなる。
それもこれも、全部この男が自分を求めたからだ。
柊の世界にいながら、彼は彼自身のもつ柊のカードを一切使わずに自分にぶつかってきたから。
分厚い仮面に隠された彼の内面に、きっと自分は惹かれたのだと、今更ながら思う。

「馬鹿なこと考えてないで、俺の傍にいろ、深夜っ」
「っ、ああ、ぐれ、来て―――・・・っああああ!!!!!」

頭が快楽に塗りつぶされて、身体がガクガクと震えた。内部に放たれるグレンの熱がひどく熱くて、
それと同時に、己の雄も激しい快感を伴ってどくどくと精を零していく。
がくり、と全身から力が抜け、ぐじゃぐじゃになったシーツに埋もれる深夜を、
グレンは抱き締める。
はぁはぁと肩で息をする深夜に、グレンもまた、整わない呼吸のまま胸に抱くと、
深夜もまた、縋るように身体を預けてくれる。
今はただ、互いの温もりだけ。
それだけ感じ合っていれば、それで十分幸せだった。




未来は、常に真っ暗で、今やまったく想像もつかない。
蔓延するウィルス、それを止める手立てはない。きっと大人たちは大半が死に絶える。
子どもたちは吸血鬼に奪われる。そんな時、人間は果たして、家畜としてではなく、人間としてまともに生きていけるのだろうか?
ホテルの窓から見える世界は、既に壊れかけていて。
きっと、何も守れないだろう。
世界は崩壊する。天使の預言通り、きっと、欲望に塗れた大人たちは粛清されるのだ。

「深夜」

窓際で物思いに耽っていた深夜は、名を呼ばれて振り向いた。
もう、朝方。
外はまだまだ暗いが、シャワー室から出てきたグレンは、既に身支度を整えている。
大して自分は、まだまだ寒くて毛布に包まっていた。
包まったまま、窓際でネオンサインの失いかけている街並みを見遣る。

「守れるのかな」
「ん」
「人間たちをさ。『帝ノ鬼』は、自分たちの信者だけを優先に治療してる。当たり前だけど、供給は追いつかない。・・・多分、ほとんどが死に絶える」
「まぁ、そうだろうな」

こういう時、グレンはひどく冷静だ。
目の前に誰かがいれば、絶対に守ろうとするくせに、頭はいいから、守れるものと守れないものの判断が出来てしまう。
そういうギャップが彼自身を苦しめているのはよくわかっているが、だからこそ、彼は魅力的なのだと思う。
深夜はもう一度、窓の外を見遣った。
一度、吸血鬼が攻めてきて、子どもたちが攫われた。
そして生き残った大人たちは、ヨハネの四騎士という名の絶望に苦しめられている。
いちいち戦っていては間に合わない、諦めろ、っと義兄にも言われた言葉を思い出した。
けれどそれでも、日々、失われていく人間の命の数を聞くたびに、暗澹たる気持ちになるのはどうしてだろう?
「お前も大概、優しいよな」
「そうかな」
「後悔してるんだろ、昔の事」

グレンの言葉はさりげなかったが、けれどひどく胸に響いた。
後悔?何をだろう?自分が、他人の命を奪いながら生き残ってしまったことだろうか。
だから今、心の中では痛みを覚えてしまうのだろうか。

「・・・お前には、ほんとうの僕が見えているのかな」
「は?」

不可解な表情をするグレンに、深夜は緩く笑った。
自分の全ては、もう、柊に作られたものなのに。
今の自分の力だって、立場だって、名前だって、性格すら全部、柊に作られたものなのに。
その全てが自分が嫌いなのに、グレンは愛してくれるという。
傍にいろと、そう言ってくれる。
グレンは本当に、自分のどこを気に入ったのか、それだけが、深夜は不思議だった。

「ね、グレン、僕のどこが好き?」

珍しく真面目な色合いを見せる深夜の空色の瞳に、グレンは目を細めた。
近づいて、彼を背中から抱きしめる。
ガラスに映る深夜の表情を見つめながら、軽く耳元にキス。

「柊のくせに、憚りなく、俺を好きだと言って迫ってくる馬鹿で実直なとこだよ」
「はは」

苦々しく顔を歪めるグレンに、深夜は今度こそ破顔する。
だったら、グレンの前でだけは、極力素直でいようと、そう心に誓って、
深夜もまた、照れたようにそっぽを向く彼を抱き締めたのだった。





end.





Update:2016/01/22/FRI by BLUE

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