Man in Black



(ち・・・胸糞悪ぃ・・・)

革張りの黒いソファに身を預けながら、本庄優士は眉を顰めた。
財界政界あらゆる権力者が集まる闇のパーティ。
無論、優士は好きでこんなところにいるわけではない。
彼の所属する『クラッシャーズ』。闇の破壊者と言われる組織に、彼は身を置いている。
今回の彼の仕事は、
この法の目を逃れて闇で違法行為を続ける者達を白日の下に晒すこと。
そのために、まずはこの狂宴の下調べをしに、優士は来ていたのだった。
本庄家は、財界では名の知れた名家である。
実際、付き合いのためにこんな場所に来ることは稀ではないのだが。
そうして、今回もまた。
さも表だったパーティを装った招待状が本庄家に送られ。
優士はクラッシャーズのナイトという立場を隠して、この場所に来ていたのだった。
沢山のテーブルが並べられた中央の舞台で行われているのは、
闇オークション。
ここでは、裏ルートから流れてきた失われし絵画から麻薬、人間までありとあらゆるものが商品になる。
それらを、醜い大人たちが次々に落としていく。
優士は給仕に注がれたワインを片手にそれを眺めながら、内心舌打った。
表でどんなにいい顔をし、国民たちに慕われている者でも、その裏側がこれなのだ。

「アラストール。これは珍しいな」

通り名を呼ばれ顔をあげると、よく見知った黒髪の男が立っていた。

「・・・マルキアス」

年は6つほど上だろうか。
小さい頃から家の関係でよく遊んだりしていた。
こちらは、どちらかといえば政界のほうに顔が知られているだろう。
元総理を父に持ち、それでなくとも代々国の柱を勤めてきた家柄。
彼自身、今も財務大臣の秘書を勤めている。
世間では、近々選挙に出るとの噂も流れている。若いながらもかなりの切れ者である。

「ああ」

優士はこの男が嫌いではなかった。
小さい頃から遊び相手であったから、ということだけでなく、
この若者は権力者たちの持つ傲慢さや、私欲を肥やすなどということと無縁だったからだ。
世渡りの巧い男で、こんな場所にしょっちゅう顔を見せるものの、
言ってみれば優士側の人間、とでもいったところだろうか。
ただ、性格の悪さだけは優士も眉を顰めたくなるのだが。
彼は、優士がクラッシャーズの一員であることを知っていた。

「表情が固いぞ」
「・・・別に。っ、とに胸糞悪ぃ」
「はは。バカどもの相手も仕事のうち・・・ってな」

そっぽを向く優士に、マルキアスと呼ばれた男はグラスにまたワインを注いだ。
この世間に出ることのない集会では、出席者たちは特別の名前で呼ばれていた。
悪魔の名を冠した名前。
その名を登録した者達以外は入ることすらできないこの会場は、
公安警察の上層部も一枚噛んでいるという噂だ。
アラストール。優士のもつその名前は、実は優士自身結構気に入っていた。
アラストールは地獄の刑執行を司る最高官である。
クラッシャーズとして暗躍する悪を裁く立場である自分にはなかなか合っているといえよう。

「・・・主催者はどこだ?」
「あそこだよ」

マルキアスが示した先には、女に囲まれ卑しい笑みを浮かべたふとった中年男が座っていた。
こんなばかな豚男が世間では弱い者に手を差し伸べる救世主だとか謳われているのだから笑える。
障害者や病人、高齢者。社会の弱者たちを相手に商売を続ける男だが、
そんなものでこうして私腹を肥やし裕福な生活を続ける彼は、きっと社会的地位の低い者などただの金ズルしにかみえていないのだろう。
優士はそんな彼を遠くから睨みすえた。
今回のターゲットは彼。
数々の法の手を潜り抜けてきたろうが、自分たちに目をつけられればお終いだ。
優士は口の端を持ち上げた。

「・・・ふ。ついに奴も狩られる時が来たというわけか」
「ああ。長かったが、もうこれまでだ。俺たちが動いたからな」
「はは。なら、とばっちりを食わないよう、早々に退席するとしようか」

肩を竦めるマルキアスに、優士は軽く眉を顰めた。
たとえ、この場にいるすべての人間を警察が捕らえたとしても、
その中にこの男はいないだろう。
くだらない狂宴ごときのために、自分の身を貶める男ではなかった。
本来ならば、こういう食わせ者を捕まえるのがクラッシャーズの仕事なのだが、
この男の場合実際法に触れることをしているわけでもないから難しいところだ。
マルキアス。その名の由来は、炎を操る地獄の最高軍総帥。
彼の野心を知っているものはそういない。
彼の持つ漆黒の瞳には、
権力を握り、そしてなすべきことを果たすのだという強い焔のような意志が込められていた。
だが、決して私欲のために権力を狙っているわけではない。
それを優士は知っている。

「・・・ま、今日は下見だ。次は来ないことだ」
「気をつけておくよ。では、今日は楽しむとしましょうか、・・・優士君?」

チン、とグラスを合わせて。
グラスの中のワインを口に含む。
まだ、怪しまれては困るのだ。首謀者を捕まえ、警察に引き渡すまでは。
優士は、ふと視線を舞台に移した。
ちょうど、次の商品に移るところだった。
黒服の男たちが後ろから引いてくるものは、今度は人間だ。
肩を越える長い髪は赤く、どこか見覚えがある。
遠目からでも綺麗さが伺える顔立ちは、優士にひとりの人物を思い起こさせた。

「・・・蘭・・・?」

―――まさか。
優士は目を見開いた。
顔を上げた"商品"は、力ない表情で、人間味のない瞳の色を見せていた。
押さえつけていた男がその顎を掴み、衣服を裂く。
白い胸元が観衆の目の前に晒され、一際大きな歓声が周囲を包む。

「知り合いかい?」
「・・・、いや、まさかな・・・」

優士は首を振った。
こんなところに、優士の知り合いがいるはずもなかった。
藤宮 蘭。
つい三月ほど前まで、同じくクラッシャーズに所属していた青年である。
性格の違いから、出会ったときからあまり仲が良いとは言えなかったが、
それでも行動を共にしてひと月を越えたあたりからは、それなりに信頼を置いて戦ってきた仲間だった。
だというのに、あの時蘭は忽然と姿を消した。
自分はおろか、メンバーの誰にも告げず、クラッシャーズから去り、そして行方不明になった。
探すほどではなかった。
それほどまでに気にかけていると思われるほうが気分が悪かった。
すぐに元々相方であったルークも復帰し、任務が下された。
優士には、蘭を追うほどの余裕はなかったのだ。
だが、今。
目の前には、まだ強く脳裏に焼きついている蘭の姿が映っていた。
本物だと確信がもてるはずもなかった。
こんな場所に身を堕とすような男ではない。
こんな、愚かな者たちに捕まるような男でもなければ、身を売り、誰かに買われるなどあの身勝手な性格が許すはずがない。
そう思う優士の目の前で、青年は次々に値をつけられていった。
10万、20万、50万。これは一夜の値段などではない。軽く三桁の値が付いていく。
100万、200万。破格の値段に息を呑む者たちが出てくる。
250万。さすがにそんな高値をはたいて買うものでもないと思ったのか、声が途切れた。
バイヤーが声をあげた。

「250万!他にありませんか!」

声はない。
250万の値のついた青年は、相変わらず壊れたような瞳で真っ直ぐに目の前を見据えている。
優士は唇を噛み締めた。
藤宮蘭ではない。あの赤い髪の美しい青年は、
自分のよく知る男ではないのだ。
そう思い、無理矢理目の前のことを頭から締め出そうとする。
バイヤーがハンマーを振り上げた。

「300万」

その時、聞き慣れた声が会場内に響いた。
凛、としたそれは、若い青年の声だ。そちらを振り向き、皆が息を呑む。
マルキアス。
政界でも財界でも、彼を敵に回せば将来が危うくなるだろうとまで言われる若者だ。

「300万、他にありませんか!!・・・では、落札致します!」

バイヤーのハンマーを叩く音が室内に響いた。
優士は驚いたように幼なじみの青年を見た。

「・・・お前・・・」
「知り合いなんだろう?他の手に渡るよりいいと思わないか」
「・・・・・・」

確かにそうだ。
あの時、自分が彼を買えさえすれば、彼を助けられたかもしれなかった。
だが、クラッシャーズである手前、犯罪者を摘発する立場である手前、自分がそれに手を染めることは許されない。
あれを蘭でないと思い込もうとしたのは、たとえ彼のためとはいえ違法行為を躊躇う自分を諫めるためにすぎなかった。
だが、それはこの男も同じはず。
政治家を目指し、国の権力を握る立場を目指す彼にとって、スキャンダルは禁物だ。

「なに、君さえ目を瞑っていてくれれば問題ない。・・・そうだろう?ナイト」

任務の時のコードネームで呼ばれ、顔を顰める。
男は席を立つと、舞台に歩んだ。
バイヤーから青年を拘束する錠の鍵と、部屋の鍵を渡される。
今夜一晩のお遊びのために設えられた部屋に、青年は引き摺られていく。

「とりあえず、今夜は君の好きにしたまえよ」

鍵を手に落とされ、優士は眉を寄せた。

「・・・あんたはどうするんだ」
「別に?君と彼との仲をどうこうする気はないがね」
「買ったのはあんただろう。それに、・・・俺は聞きたいだけだ。あいつが・・・何を考えているのか」
「そうか。・・・ま、好きにするといい」

部屋の扉の前まで来ると、男は片手を挙げて踵を返した。
世話焼きなのかなんなのか、いまいち彼の考えることは優士にはわからない。
ただ、扉1枚を隔て、蘭がいる。
なぜか今では優士の中で彼が本物の藤宮蘭だと確信していた。
あんな、趣味の悪い赤髪なんて、そういないのだから。
ガチャリ、と扉をあけ、部屋に入った。
オートロックのそれは、今夜一晩、夜が明けるまで存分に時間があることを示している。
優士は一歩、青年の腰掛けるベッドに近づいた。

「・・・・・・・・・・・・・・蘭」

途端、青年は弾かれたように顔をあげた。
低い声音。怒りを抑えたそれに、脱力したように座っていた蘭は恐怖すら覚える。
確認するまでもなかった。
その声は、本庄優士。
少し前、自分が所属していたクラッシャーズの一員。
今頃、こんな場所で再会するなど考えもしていなかった。
戦慄が走る。

「な・・・優士・・・なんでこんな」
「それはこっちが聞きたいな、蘭。クラッシャーズを抜けて、どこに行ったかと思いきや」

こんな場所とはな、と吐き捨てるように言われ、唇を噛む。
きっと睨みつけると、剣呑な瞳で見下ろす優士と視線がかち合った。

「・・・あんただって、こんなところにいるとはね。クラッシャーズの名が聞いて呆れるぜ」
「っざけるな!」

優士は抑えていた激情のままに蘭のシャツの襟元を掴んだ。
苦しげに蘭は眉を寄せる。
だが、優士は離さない。
その髪の色と違わない茶の瞳に、怒りの炎を映したまま、その首元を締め上げる。

「・・・っ・・・!」
「なんでこんな場所にいる。お前の意思か?お前の意思で、ブタどもに買われるつもりだったのか!?」
「・・・ぁあ、そうだよ、悪いかよ!!」

青年は優士の腕を渾身の力で振り解いた。

「悪いか、だと・・・?」
「・・・っ!!」

一段と低まった声にぶるりと震える。
肩を強く掴まれ、気づけばベッドに押し倒されていた。
わかってはいたことだが、覚悟していたことではあったが、相手が優士となれば話は違う。
仮にも、一時期は仲間として、相棒として組んで任務をこなして来た相手。
見も知らぬ中年男に買われるのとはわけが違う。
金のためと割り切って、その身を開くなどできるわけがなかった。

「・・・っ、優士・・・」
「こんな風に辱められるのが、お前の望みか」

硬質な声は、もはやなんの感情も残してはいなかった。
ただ冷たく、蘭は寒気を覚えた。
別に、優士という男を意識し、その怒りに触れたことに対しての反応ではなかった。
ただ恐怖だった。
優士の纏う負のオーラが、蘭の身体を竦ませていた。

「なら望みどおり、犯してやるよ」
「っ・・・」

きつく両腕を掴まれ、シーツに押し付けられた。
噛み付くように口付けを受けさせられ、錆びた鉄の味が口内に広がる。
衣服の上から強く下肢を握り込まれ、蘭は息を詰めた。

「痛・・・!」
「買った商品は、どう扱っても俺の勝手だよな?蘭」
「あ・・・やめ・・・!」

逃げようとする青年の身体を強く押さえつけて。
無理矢理に衣服を剥がす。身体の中心部を外気に晒され、優士の目の前に晒される。
蘭は唇を噛み締め、横を向いた。
自分がよく知る男に、そのすべてを暴かれる。
それが、例えば合意の上で、ということならばまだよかったかもしれない。
だが今は違った。
自分たちの間にあるものは、無論愛などではない。
しかも、ただ買い、買われただけの関係でもなかいのだ。
怒りに任せ、自分を犯そうとする優士の瞳に映るのは、ただ蔑みの色だけ。
軽蔑され、貶められる。
しかも、よりによって本庄優士という存在に。
胸が痛んだ。
絶望。そんな単語が、蘭の脳裏に浮かんだ。

「来い、蘭」
「・・・っ!」

強く腕を引かれ、連れて行かれた先はシャワー室だった。
広いタイルの上に、半ば投げ出されるようにして倒される。
あわてて身を起こそうとする蘭に、ザァ、と強い水流がかけられる。
優士はシャワーのコックを強く捻り水の勢いを最大まであげると、蘭の身体にそれを浴びせた。
水滴が跳ね、優士の黒の正装服を汚した。無論、優士は気にしない。

「っ・・・苦しっ・・・」
「汚らわしい身体だ。いままで何人の男に触らせてきた?」
「・・・優士っ・・・」

水とタイルの冷たさが肌に染みる。
ザァザァと流れるそれは、蘭の顔のすぐ横で濁流と化し、吸い込まれていった。
今度は身体を返され、うつぶせにさせられる。
頭から水を浴び、朱の髪が乱れたように波打った。
優士の大きな手が蘭の身体を這い、下肢へと降りた。
思考を止めた蘭の中で、それはぞくりとした快感に変わる。
それは、先ほどオークションにかけられる前に飲まされた催淫薬のせいだった。
舞台にあがり、焦点を合わせていられなかったのもそのせいだ。
今の今までその作用があまり現れなかったのは、
優士という見知った存在が目の前に現れた驚きがあったからだろう。
混乱と苦痛が相まって、今になって身体が快楽を訴え始めていた。
蘭は自分の意識がすでに朦朧としているのを感じていた。

「あ・・・あああーー!!」

びくり、と蘭は背を仰け反らせた。
優士の指が、奥に入り込んできたからだ。
痛み、羞恥、屈辱、絶望。それらが一気に蘭を襲い、蘭は目を瞑った。

「や・・・あ、あっ・・・」
「嫌、のわりに、感じているんだな。初めて知ったよ。お前がこんなに淫乱とはね」
「違・・・ゆう、しっ・・・」

薬のせいだ、といえないことがもどかしかった。
優士に与えられる苦痛も、すべて快楽に摩り替わるのが痛かった。
だが、今更助けを請うてみたところで、優士は決して許すことはないだろう。
こんな汚らわしい自分を。
彼が許し、受け入れてくれるはずがなかった。

「ひくついてるぞ、お前のココ。そんなに男が欲しいのか?」
「っ・・・やだ、あっ・・・だ、ああっ!」

有無を言わさず、優士の熱が宛がわれ、蘭は息を呑んだ。
それは、怒りのままに怒張し、そして蘭のその部分を引き裂くかのような勢いで侵入してきた。
苦痛がじわりと広がる。逃れようと腰を引こうとして、逆に優士の手に引き戻される。
優士はもはや無言だった。
それがいままで以上に苦しくて、蘭は頭を振りながら涙を零した。
だが、それも水流に流され訴える力もなにもない。
身体は快楽を訴え、だが心は痛くて仕方がなかった。
なぜ、優士の怒りを買い、その機嫌を損ねるのがつらいのかはわからなかった。
だが、彼の楔が強く内部を蹂躙するたびに、頬に涙が伝った。
苦しくて、苦しくて、息もつけなくなった頃、
ふっと痛みが途切れ、冷たかった肌が暖かさに包み込まれた。
なんだろう、と思う間もなく、極限まで追い詰められていた体は頂点に達し、
蘭はそのまま意識を失う。
青年を抱いた優士は、唇を噛み締めながら彼の内部から受ける快感に耐え続けていた。
どうしてこんなに激昂したのか、たかが元同僚に対し怒りを覚えてしまったのか、
もはや優士にすらわからない。
だが、胸にわだかまる苦しさのままに、優士は腕の中の存在を抱き締める。
ザァザァという水の音だけが、長く長く続いていた。





「・・・どうするつもりだ?」
「知るか、俺が」

ベッドに横たわる青年を見て、優士は吐き捨てた。

「あんたが買ったんだろう。あんたの好きにすればいいじゃないか」
「おいおい、そんなに突き放さなくてもいいだろう」

優士の怒りを諫めるように、男は肩に手を置いた。

「私は、彼が君の助けを求めているように見えたから、助けてあげたんだがね」
「勝手なことを言うな!こいつは・・・」

出て行ったのだ。
何も言わずに。
何も告げずに、ある日帰ってこなくなった。
そんな青年が、今更自分を頼りに、求めてくるはずがないではないか。
そう、自分は・・・捨てられたのだ。
この青年に。

「・・・っ」

苦しそうに唇を噛み締める優士に、男はやれやれと肩を竦め、苦笑した。
ああ、これでは。
まだまだ、救われそうにない。
優士の手に一切れの紙を握らせる。
それは、300万の値のついた青年の一切の権利をもつ者の証。





「・・・好きなら好きと、素直に言えればよいものを」

だがそれも、まだ若い2人だからこそ。





end.





Update:2003/08/18/WED by BLUE

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