僕に代わりは出来ないけれど。



学校からの帰り道、晶馬は見たくもないものを目撃してしまっていた。
いつもつるんでいたクラスメイトとの帰り道。
今日は双子の兄の冠葉が用事があるから、とひと足先に帰ってしまい、
一緒に帰る予定もなかったから、晶馬もまた、友人の誘いにたまにはいいか、と乗せられて
街に出かけたのだ。そうしたら、案の定、よく見知った人物を見かけてしまった。

(・・・兄貴、)

幸い、あちらは自分に気づいていない。
いつも通り、延々と無駄話を続ける友人に相槌を打ちつつ、
晶馬は少し先のテーブルに座っている紅髪の兄のほうに意識を傾ける。
兄の目の前には、綺麗な女性がいた。よくよく見れば、彼女は泣いていた。
声を上げるでもなく、さめざめと涙を零している。
普通の男ならば、とても見ていられる姿ではなかった。
なんてひどい兄だろう、晶馬は眉を顰めた。

冠葉が、いろいろな女性を付き合っては、数ヶ月と持たずに別れてしまうことを
晶馬は知っていた。
しかも、そのほとんどが、冠葉自身が振った相手ばかりで、
おそらく彼が泣かせた女性の数は、両の手に余るほどだろう。
だから、普段は女たらしだの、すけこましだの、冠葉菌だのと非難していたりもするのだが、
冠葉の気持ちは、少しだけ晶馬にも理解できた。
彼が女性と付き合い出したのは、きっかけがある。
それは、2人の大切な妹である陽毬が、寿命の宣告を受けた時からだったろう。
冠葉は、陽毬を愛していた。
家族愛の形を維持し続けながら、冠葉はずっと想いを胸に秘めていたのだ。
だから、絶望した。いつか陽毬を失う日が怖くて、他の誰かに一時の慰めを求めていた。
きっと本当は、可哀想なのは冠葉のほうだった。
けれど、そんな事情を勝手に押し付けられ、振り回される女性の姿は、あまりに酷ではないか。








「―――もう、やめなよ」

その日の夜、陽毬が隣室で静かな眠りについた後、
小さなちゃぶ台のある居間は、冠葉と晶馬、二人だけの空間になった。
晶馬は、畳み終えていなかった洗濯物を片付けながら、
冠葉はいつも通りのポーカーフェイスで、買ってきた雑誌なんかをごろごろと寝そべりつつ読みながら。
晶馬は、冠葉と顔も合わせず、一言だけ告げた。
思い出したくない光景が、脳裏に広がって、ひどく嫌な気分になる。

「・・・・・・なにが、」

ちゃぶ台の上のみかんを頬張りながら、怪訝そうな表情を見せる冠葉に、
晶馬は鈍感、と思わざるを得ない。
いや、鈍感というより、多分、きっと、冠葉にとっては、女性を泣かせることに、特に痛みは感じないのだろう。
彼にとって大切なものは、たったひとつしかなかった。

「見たんだよ、今日。兄さんが、女の人と会ってるの」
「・・・ああ、」

そうか、と、冠葉は特に感慨もなく頷いて、それからみかんの破片を口の中に放り込んだ。
罪悪感もなにもないその表情に苛立って、思わず晶馬は手元のセーターを投げつけてしまう。
あまりに近かったから、ぼすっと冠葉の顔を直撃してしまった。
もちろん、冠葉は不機嫌そうな顔。

「っ・・・てーな」
「っ、いい加減、やめろって言ってるんだよ。
 大して気もないくせに、一時の飢えを満たすためだけに、女の人を利用して、罪悪感のカケラもないわけ?」

咎めるように兄の顔を睨めば、
冠葉はというと、ひどく無表情のまま晶馬をまっすぐに見据えていた。
動揺もしていない、反省する気なんか微塵もない彼に、
やっぱり見なきゃよかったと、晶馬はひとりごちた。
自分の性格では、あれを見てみぬふりなどできないのだ。
ただでさえ、噂を耳にするだけで嫌な気分になるのに、目の前で女性を傷つけているシーンを見せつけられ、
黙ってはいられなかった。

「他人の恋愛事情に口を挟むな」
「・・・兄貴のは、恋愛じゃないだろ」

ほんとに好きな人、ちゃんといるくせに。
そう、唇を尖らせて言い放つと、今度は冠葉が固まった。
冠葉が傷つくからと、いつもはあまりそういう話は口に出さないのだが、
今回ばかりは言わざるを得ない。だって、冠葉は自分の事を誤魔化すのが得意だから。
いつもいつも、いろんな理由を付けて、自分に都合の悪いことははぐらかしたり、
上手く逃げたりするのが得意だった。
だから、今回ばかりは、晶馬も苛立っていたから、
奥の手を使った、それだけの事。
だが、冠葉にとっては、彼の心をひどく抉る、痛烈な一撃だった。
だから、気づけば冠葉は、腕を上げ、弟の頬を思い切り殴っていた。

「っつー・・・」
「あ・・・」

弟の顔を殴った拳が、ひどくじんじんした。
晶馬は、大切な弟のはずだった。家族に手を上げるなど、もっての外だと思っていたのに、
少し心をえぐられただけで理性が吹き飛んでしまうことに、冠葉は愕然とした。
―――こんなに。
こんなに、切羽詰っているのか、俺は。

「痛いよ、冠葉」
「・・・・・・お前が、」

畳み終え、綺麗に重ねられた沢山の洗濯物の上に倒れ込んだせいで、
晶馬の努力はすべて無に帰してしまった。
あーあ、と呆れた声と共に肩を竦めて、晶馬は怯えたように覗き込む冠葉を見上げた。
可哀想な、兄。
大切な、一番大切なものを失う恐怖に怯え、
どうしていいかわからないでいる、混乱した獣のようだと思う。
もちろん、その大切なものを失う恐怖に怯えているのは、自分だって同じで。
ただ、自分には何もできないから、途方に暮れているだけだ。
どうすれば、自分たちのぽっかりと空いた喪失感を、満たすことが出来るだろう?
たとえ、一瞬でもいい、忘れさせてくれる方法はないのだろうか。

「・・・僕じゃ、代わりになれないかな」
「っ何、を」

無意識に、晶馬の腕が冠葉の背に回された。
ぎゅっと抱きしめる。そう、幼い頃は、よくこうやって抱き合っていた。
無邪気に。悲しいときも、嬉しい時も、泣きたいときも、辛いときも、ひどく寒い夜も。
両親が帰ってこない、暗く寂しい夜も、手を繋いで、抱き合って眠ったのに。
いつからか、忘れてしまっていた。
今まで生きてきた日々が、あまりに幸せすぎて。

「陽毬の代わりは誰にもできないけど、さ。赤の他人よりは、兄さんの辛さ、わかってあげられると思うんだ」
「・・・・・・晶馬、」

晶馬が冠葉の肩に顔を埋めると、冠葉はおずおずと背中を抱きしめてきた。
背筋が、ぞくりと震える。それは、背徳感だった。男同士で、それも兄弟で、何をやっているんだと、
思わないでもない。それでも、
触れる肌は熱を持って、繋がることを望んでいた。
たった2人だけの、心を共有する彼らだからこその、欲望。
本当は、こんな手段で気を紛らわせたって、心の隙間を埋めることなんて出来ないこともわかっている。
それでも。

「辛いなら、辛いって、言ってよ。
 ・・・兄さんは、見ているだけで辛そうでさ。・・・見てらんないよ」
「弟のくせに、生意気だぞ、お前」

二人は、泣きそうな顔のまま、破顔した。
いいのか、本当に?と、冠葉が晶馬の耳元で囁けば、
返答の代わりに、膝で冠葉の熱を確かめてきた。意識して身体を重ね合わせれば、
後戻りできない欲情がじわりと互いの胸の奥に広がる。
これは、愛でもなければ、恋でもない。
ただの、傷の舐め合いだとわかっている。
それでも、唯一、同じ想いを分かち合うために、想いを重ね、肌を重ね、一時の夢を見る。
5本の指がしっかりと絡み合い、視線が絡み合った。
近づく濡れた唇に、
晶馬はゆっくりと瞳を閉じた。












―――兄弟で、何をしているんだろう、と思わないわけではなかった。

「っ―――、」

あまり日の焼けていない白い肌に冠葉の歯が食い込み、
晶馬は思わず痛みに声を上げていた。
服は、冠葉の手によって剥がされて、上着が中途半端に両腕に引っかかっている。
乱れた着衣のまま、身体を重ね、唇が塞がれて、
晶馬はぼんやりと冠葉の顔を見つめた。
女性受けのする兄の顔は、自分から見ても整った顔立ちで、
妬ましいと思ったことはないけれど、それなりに自慢の兄ではあった。
同じ年、同じ日に生まれたくせに、冠葉はひどく大人びていて、
そしてやっぱり、長兄らしく自分や陽毬を引っ張っていく彼だったから、
任せていれば安心だという気持ちもあったのかもしれない。
不安はあったけれど、それでも晶馬は冠葉にすがりついたまま、離れようとはしなかった。
というより、後戻りは出来なかった。
大切なものを失う恐怖に怯える兄、
そんな彼を慰めようと勇気を出して彼を誘ったはいいが、
具体的に何をすればいいのか、何をすべきかなんて考えていなかった。
だから、
今更、彼を拒否することなんて、できず。
兄と、こんな風な関係になることを望んだわけではない。
けれど、不思議と嫌だと思わない自分がいた。
何故?
彼に、女の身代わりにされ、ただ満たせない欲求をぶつけるだけのように扱われるかもしれないのに。

「かん、ば、駄目・・・そこ、」

自分の胸に顔を埋める、冠葉の顔が見えない。
鎖骨にねとりと舌を這わされ、そうして濡れた道は弧を描いてシャツを拓き、
そうして鮮やかに色づいた胸元の飾りにたどり着いた。
まだ、セックスを知らない身体は、そこがどれほど感じる箇所であるかを知らない。
冠葉の繊細な舌が、柔らかく埋もれた小粒を丁寧に磨き出した。
右胸を冠葉の舌で、もう片方は指先で押しつぶすように刺激を与えられれば、
始めての感覚に晶馬がひどく戸惑う。
冠葉が触れる部分から、ちりちりとした痺れがわき起こるのを、晶馬は感じていた。
これが、“感じる”ということなのだろうか。
ぢゅ、と音を立ててそこを吸い上げられて、一気に羞恥心を覚えた。
頭に血が上り、あからさまに耳が赤くなる。それでも、冠葉は執拗にその部分に刺激を加えていて。

「やめろよ・・・、男の、なんか吸って何が楽しいんだよ・・・っ」
「はっ・・・感じてるくせに、素直になれよ」
「な・・・っ」

顔を上げた冠葉の顔が、あまりに男らしくて、思わず息を呑んだ。
冠葉が愛撫を施したそこは、濃い紅色に染まり、慎ましく勃ちあがっている。
そこを、指先でぴん、と弾くと、自分でも驚くぐらいに身体が跳ねた。
そうして、信じられないような甘い声も。

「っあ!、ん、」

自分の声とは思えない程、鼻にかかった声音に驚き、
慌てて手のひらで口を抑えるも、遅かった。
ニヤニヤと笑う冠葉が、ガシリと腕を掴んで床に縫い止めたからだ。

「イイ、声」
「や、め・・・陽毬に、聞こえ、」
「誘ったのは、誰だよ?」

―――僕なのは、わかっているけど。
それでも、もうちょっと、優しくして欲しいと思う。
なにしろ、自分は初めてなのだ。経験豊富な兄と違って、それこそ童貞(処女?)まで差し出すのだから、
少しくらい優しくしてくれてもよいのではないか。
そう、唇を尖らせて文句を言うと、
ごめん、と、まったく反省していない声音が降ってきて、
再び唇が重ねられた。
最初は、ただ触れ合うだけの穏やかなキスが、
角度を変えるたびに深くなり、体液が絡み合う。そして、それだけでは足りないとばかりに、
冠葉の舌が晶馬の歯列を割って半ば強引に入り込んでくる。
キスなんか始めてで、当然、息継ぎの仕方なんてわからない晶馬は、
苦しげに、冠葉の肩を掴んで解放を訴えたが、彼はまったく離れる気などなかった。

「か、んば、」
「力、抜けよ」

初めての緊張からか、固く強ばっていた晶馬の肩口に再び口付けて、
冠葉は弟の頭をくしゃくしゃと撫でた。
兄に抱きしめられると、確かに安心できる自分がいる。彼にすべて任せていれば大丈夫なんだと、
なんの根拠もないのに心が落ち着くのだ。それは、こんな瞬間でも同じで、
いよいよ本格的に衣服が剥ぎ取られていくのを、
晶馬は抵抗できずにそのまま抱かれていた。
上半身が素裸になって、触れ合う肌がしっとりと濡れている。
冠葉の手が、晶馬の背筋を辿り、そうして下肢のボトムに手をかける。
ハッとした。
なんとなくは理解していたが、実際にそうされるのと、想像していたのではやはり違っていて、
心臓の音が止まらない。
触れ合ったままの冠葉にも、おそらく聞こえているだろうことを考えて、
あまりの気恥しさに、晶馬はますます冠葉の胸に顔を埋めた。
抵抗しない、と心に決めていたつもりなのに、
それでも無意識に逃げようと腰が揺れる。晶馬は首を降って、許しを請うた。

「っ・・・まだ、」
「―――大丈夫さ。」
「・・・・・・」

何が、大丈夫だと言うのだろう。
あまりにも軽い冠葉の言葉に、晶馬は苛立ちを覚えたが、
今の彼はそれどころではない。
こちらの制止の言葉など聞こえないとばかりに、
するするとボトムの下に滑り込む冠葉の手のひらに、晶馬は少しだけ怯えた。
きゅ、と目を瞑ると、こつりと額に何かが触れ、
間近に冠葉の吐息。焦点も合わせられないほど真近に、冠葉がいる。
ぞくりと、下肢が疼いた。
下肢の前が緩められ、布地の上から確かめるように丁寧な手のひらが晶馬のそれに重ねられた。
そこで、自分も初めて気がついた。

「・・・勃ってる」
「・・・・・・っ・・・」

冠葉の嬉しそうな声音に、けれどこちらは消えてしまいたいほど恥ずかしい。
彼の手のひらの中で、自分のそれは欲望を露わにしている。
ひとりでしたことはないとは言わないが、それでもまだ、そこまで異性を意識したことはないのだ。
だから、今まで、他人に興奮して身体が明確に兆候を示すなんて、
経験したこともなかった。

「も、もう、やめ・・・」
「やめる?・・・なんて、お前のほうが無理だろ?」
「んッ・・・!」

ぐい、と布ごしにその部分を掴まれて、今度こそ顔が真っ赤に染まった。
明らかに硬さを示しているそれを、冠葉の手のひらに包まれているのだ。これ以上恥ずかしいことはなかった。
しかも、なお悲しいことに、冠葉の手の中で、晶馬のそれは確実に熱を増していて、
薄い布地の前を、じわりと濡らしているのだから、言い逃れのしようもない。
苦しげに首を振ると、
冠葉の囁きが触れるほどの真近で聞こえてきた。

「直接、触って欲しい?」
「馬鹿・・・!」

からかうような声音。悔しげに唇を噛み締めながら、馬鹿、ともう一度睨みつけると、
冠葉は、はは、と笑ってついに晶馬のボトムをひざ下までずり下ろした。
ひやりとした外気に触れるそれに、一瞬身を竦めた晶馬だが、
すぐに、兄の大きな手がそれに触れてきて、ぞくりと背筋が震える。
ゆっくりと、こすられていくそこが、びっくりするほどの快感を生み出した。

「ッア、や、ぁあ、」

聞いたこともない、鼻にかかった声音が、止まらない。
下肢を中心に、渦を巻くような熱が全身を巡り、血液が沸騰すらしそうだった。
それくらい、初めての経験は晶馬を興奮させていた。
嫌ではない。
嫌ではなかった。でも、それでも。
―――恥ずかしい。
家族の一線を超えてしまったことに、愕然とする。
男同士で、それも兄弟で、セックスなんて、今まで考えたこともなかったのに。
それでも、身体は忠実に快感を受け入れ、あまつさえもっと欲しいと訴えるかのように
冠葉の手のひらを濡らした。ほどなくして、くちゅくちゅと水音が漏れて、
身がちぎれそうなほどの羞恥を覚える。
それでも、

「かんば、」

瞳を潤ませて、虚ろになった視界の中で必死に兄を探せば、
目の前の兄もまた、余裕のなさそうな顔で、額に汗を滲ませていた。
兄も、興奮してくれているのだろうか、自分と同じように?
自分が触れられているように、彼のそれも触れてみたい。
震える腕を、彼の下肢に伸ばした。
ベルトに手をかけると、冠葉が晶馬の意図に気付いて、
ボトムの前を緩めた。
恐る恐るそれに触れると、想像していた以上に硬く、大きいそれの感触。

「ほら」
「・・・っあ、・・・」

ずるりと存在を露わにされたそれは、自分のモノよりも大きく、そして逞しさを持っていて、
晶馬は思わず息を呑んだ。
別に、今まで何の抵抗もなく一緒に風呂に入ることもあったから、
彼の雄を目の前にすることに抵抗は、ない。
抵抗はないけれど、
・・・いつものそれとは、あまりに違っている。

「興奮、するだろ」
「あ、あっ、やめ、それ・・・っ」

冠葉のそれを手のひらに包み込みながら、陶然としている晶馬に、
冠葉は舌なめずりをして己の雄と、晶馬のそれを擦り合わせた。
互いの砲身を手のひらで擦り上げると、ぞくぞくと目眩がするほどの快感が全身を走る。
ぐん、と充血を増した赤黒くせり上がったそれを、晶馬は信じられない思いで見つめていた。
もう、限界が近い。
初めて感じる、耐え難い快楽に、思考が追いつかないのだ。
ただただ、身体の暴走を訴えるだけが精一杯。

「も・・・駄目だ、出ちゃ・・・」
「いいぜ、イけよ」
「っあ、あ、もっ・・・!!」

晶馬の悲鳴のような訴えに、冠葉は手のひらの動きを止めるどころか、
絞り出すような動きで晶馬の絶頂を誘った。
どくりと一瞬激しい鼓動が聞こえたと思ったら、聞いたこともない位切ない嬌声と共に、
冠葉の手のひらにとろりとした白濁を吐き出していた。
がくりと脱力し、はぁはぁと肩を揺らして荒い息をつく晶馬を抱きしめれば、
おずおずと、背中にしがみつく大事な大事な弟。

「気持ち、よかったか?」
「・・・ん・・・」

快楽の余韻に浸る晶馬に、冠葉は笑みを浮かべて頭を撫でてやった。
だが、これで終わりにするつもりは冠葉にはなかった。
晶馬がこんな背徳の関係にひどく興奮したのと同じように、
冠葉もまた、興奮を隠せずにいた。
相手は女ではないし、何より弟なのだ。だというのに、今はそんな彼にこそ、
ひどく欲情している。
下肢の内股にどろりと精液が付着しているのをじっと見やりながら、
冠葉は再び彼の身体を抱きしめたのだった。
















―――弟相手に、何を盛っているんだと、冷静な自分も確かに存在していた。

狭い部屋が、二人の濃い情事によって熱を持ち、室温がぐっと上がった。
目の前には、淫らに下肢を晒したまま放心した弟。そして自分もまた、
己の前を緩めて、露わにした雄を、男の情欲に汚している。
どうして、こんな事になってしまったのだろう?
もはや、どちらが始めた事なのか、まったくわからないままの自分がいた。
そして、だからといって後戻りできそうにない自分も、また。

「・・・っは・・・、かん、ば、」

名を呼ばれ、再び冠葉は目の前の卑猥な存在を意識する。
相手は、女性ですらない。本来ならば、性的対象にすらなるはずもない相手なのに、
現実には自分が彼を組み敷いている。
何をやっているんだ、と思わないわけではなかった。けれど。

「晶馬・・・」

今にも溢れそうな涙に潤んだエメラルドグリーンの瞳で、見上げる弟の姿にくぎ付けになる。
熱を孕んで紅色に染まった肌が、懇願しているかのように己を誘っているのだ。
これでは、理性などあってないような物。
再び濡れた唇をふれ合わせながら、冠葉はゆっくりと手のひらで晶馬の下肢を割り裂いた。

「あっ・・・」

柔らかな双丘の感触を楽しみながら、指先をその中心部に這わせれば、
ぴくりと怯えて全身でしがみ付いてくる少年に愛しさがこみ上げる。
それもそのはず、相手はほんの小さな子供の頃からの、唯一の親友であり、家族であり、弟だった。
守らなければならない存在なのだ、そんな自分に縋り付く彼を、
どうして見捨てることができるだろうか?
ずっと、忘れていた気がする。
残酷な現実に、絶望しすぎて。

「や、だっ、そこ・・・」
「・・・お前だって、わかってんだろ?」

後戻りなんか、できない事。
晶馬の両足の間に己の身体を割り込ませて、冠葉は晶馬の手のひらを己の下肢に導いた。
もう、それはすっかりと天を向いていて、晶馬は言葉を失ってしまう。
確かに、このまま途中下車してしまうのは、酷な話だろう。
だがそれでも、自分は初めてで、ましてや女性ではないのだ。
もともと、男を受け入れるような身体つきはしていないのだから、どうしたって恐怖心が先に出てしまう。
冠葉に顔を背けて、晶馬は怯えたように唇を震わせた。

「・・・っで、でも、ぜったい、痛いよ・・・」
「優しくしてやる」
「っ」

それは、冠葉お得意の、なんの根拠もないのに人を納得させてしまう、不思議な言葉。
先ほど晶馬が吐き出した精液に濡れた指先が、つぷりと内部に侵入した。
痛み、というよりは異物感。自分すら触れた事もないような箇所に、
しかも本来排泄器官でしかないそこに、
他者の手が触れている。
どうしようもなく恥ずかしくて恥ずかしくて、
晶馬は顔を真っ赤にして冠葉の胸に埋まっていた。

「や、だよ・・・」
「すぐに、よくなるさ」
「なる、わけ・・・っっ!!」

重ねた身体を揺するように動かされれば、再び先ほど刺激を与えられたばかりの雄が擦られて、
どうしようもない性感がぞくぞくと背筋を這い上がった。
それと同時に、奥へと侵入を赦すそこが、今度はじんじんと痺れるような熱さを訴える。
第二関節まで内部に埋めた指を、周囲の肉襞を拡げるようにぐるりと回してやると、
きゅ、と締め付けをきつくするそこがひどく可愛らしくて、
もう1本の指をそこに宛がったが、さすがに先ほどの体液だけでは、すぐに乾いてしまい侵入は容易ではなかった。
さすがに、初めての相手、しかも自然に濡れてくる構造ではない男相手ではこれが限界か。

「・・・サラダオイルでも、使うか」
「ひっ・・・や、だっ・・・」

組み敷いていた存在を解放し、冠葉はすぐ傍の台所の戸棚に置いてあった食用油を手に取った。
とろりと手のひらに広がるそれに、晶馬はようやく我に返ったのか、
慌てて、ぐしゃぐしゃに散らかされた衣服を手にとって自分の前を隠した。
真面目な形相の兄に恐れをなしてあとずさるが、もちろん、逃げようとした足を冠葉の手が掴み、そのまま体勢をひっくり返される。
滑らかな尻にオイルを垂らされて、ひやりとした冷たさに身体が竦むが、
今度こそ容赦なく指先が肛内にぬるりと入り込み、
晶馬はぎゅ、と衣服を握り締めていた手のひらに力を込めた。

「っあ、や、ああっ・・・!」
「・・・すごく、ナカ、熱いぜ」
「っんなコト・・・!」

言うな、ばかっ!と目元を赤く染めて怒鳴られても、
冠葉にはまったく響かない。むしろ、くちゅくちゅと中を責め立ててやれば、
気持ちが悪いのか、それとも気持ちがいいのかわからないが、
ゆるゆると腰を揺らす晶馬の姿はかなり厭らしい。
両ひざを立てさせて、尻を突き出すような恰好にさせれば、もう限界だとばかりに、
晶馬は顔を服の中に埋めてしまった。

「っそこ・・・だ、めっ・・・」
「ああ、ここがイイのか?」

恥ずかしさに腰を引きそうになる彼を支え、根本まで押し込んだ二本の指で奥を刺激すると、
身体が跳ねるほどに晶馬が反応を返してきた。おそらく、そこが男の感じる部分、すなわち前立腺だと理解して、
ぐりぐりと、その丸みを念入りに刺激してやった。
開けっ放しのままの晶馬の口の端からは、ひっきりなしに甘い声音が漏れていて、
どくりと下肢から熱がせり上がってくる。
もう、どうしようもなく身体を繋げてみたくて、
ぱっくりと口を開け、充血したそこに、己のそれを押し当てた。
オイルのぬめりに誘われて、一気に貫いてしまいそうなそこを、丁寧に丁寧に押し開いていく。
晶馬は、指を噛み締めて苦痛に耐えていた。

「行く、ぞ」
「んん・・・・・・!裂け、る・・・、」

先端を押し込むだけで、晶馬はあまりの痛みに脂汗を流していた。
強張る身体をあやすように抱きしめて、そのまま晶馬の雄に手を伸ばしたが、
幸い彼のそれは萎えてはいなかった。
肩甲骨のあたりに唇を落として、そうして更に腰を押し付けてやれば、
ぐちゅりと粘膜の擦れあう音と共に、晶馬の掠れた声音が耳に響いてくる。
己の雄を、すべて弟の内部に収めてしまって、その熱に冠葉は上気したような吐息を漏らした。

「全部・・・入ったぞ、」
「う・・・苦し、」

ずるりと腰を少し引くだけで、全身が総毛立つほどの快感に支配された。
あれほど抵抗感のあったその部分は、今では受け入れた存在を手放したくない、とばかりに
深く絡み付き、腰を揺らすたびに追いすがってくる。
手のひらの中の雄に、更なる刺激を与えるべく根本から先端までを扱きあげながら、
内部も彼の弱い部分を擦り上げるように緩急を付けて貫いてやれば、
晶馬の嬌声は止まることを知らなかった。
不意に、唇を押さえて、そうして涙を零しながら冠葉に訴える。

「陽毬に、」

隣の部屋のベッドで眠っているであろう、妹を思い出す。

「陽毬に、聞こえる・・・っ」
「そうだな」
「―――んっ!!」

晶馬に言われて、しかしもちろん、忘れていたつもりはなかった。
ただ、だからといって、どうしようもなかったのだ。
もうすでに2人は、言い逃れなんかできない状況で、
今、何かの拍子に陽毬が起きてくれば、家族崩壊にすらなりかねない。
だから、本当は、こうなる前に手を引くべきだったのだ。
繋がったままの接合部を、冠葉はゆるゆると揺らした。

「しょうがない、だろ?やめられないのは、どっちだよ?」
「っ、うあ・・・っ!」

こんなに、物欲しそうな身体のくせに。
冠葉が指摘する通り、まだまだ性的な欲など何も知らない、幼い子供だと思っていた晶馬が、
今では快楽に溺れ、快感を与えてくれる存在を求めて身体を蠢かせているのだ、
こちらだって、このままやめるわけになんかいかない。
晶馬と同じように、冠葉だって同じ年の少年なのだ、覚えてしまった快楽に抗えないのは一緒で。
ましてや、男同士とはいえ、幼い頃から気の知れた、大切な大切な弟。
恋愛感情ではないことは、わかっている。
触れたくて触れたくて、どうしようもない程に焦がれた相手では決してないことも。
それでも、すべてを忘れさせてくれるような強い快感に溺れたいのは、
どちらも一緒だ。

「か、んばっ・・・」

もう、と切なそうに自分の名前を呼ぶ晶馬に、
冠葉は唇を噛み締めた。
津波のような衝動が、何度も何度も彼の下肢を襲っていた。
そろそろ、自分も限界だった。とはいえ、相手は男だからといって、
まさか中で出してしまうわけにはいかないだろう。男相手は初めてだったが、
それでも知識ぐらいはあった。

「ああ・・・俺も、そろそろイきたい」
「っんっ・・・」

初めてだというのに、もうすっかり馴染んだ彼の秘部を深く抉っては、抜けそうな寸前まで腰を引く。
もう、いつ放出してもおかしくない程の、激しい射精感。べたりと張り付けていた上半身を起こし、そうして腰を掴み、
接合部の卑猥さに喉を鳴らした。再び襲い来る衝動に、目を閉じた。と、

「や、やだ・・・あっ!」
「っ!?」

いきなり、彼の腰を支えていた腕を思い切り引っ張られて、
思わず全体重を彼の細い身体に預けてしまった。その衝撃で、結合部が奥の奥まで入り込み、
晶馬は悲鳴を上げる。だが、それは冠葉も同じだった。
深い深い場所にまで受け入れられ、その気持ちのよさに息を呑む。
理性で抑えようととしたが、きかなかった。どろりと手の中の晶馬の雄が白濁を吐き出して、
それとほぼ同時に、己の欲望も箍が外れてしまう。

「っ・・・く・・・」
「あ、ぁっ・・・熱い・・・・・・」

触れ合った背中から、互いの鼓動が響いてきて、
それがひどく心地よかった。
繋がりあったまま、力の抜けた身体を畳の上に転がして、
近くにあった毛布を引っ張り、半裸のままの身体に引き寄せる。
晶馬の顔を覗き込むと、拗ねたようにそっぽを向いてしまい、
冠葉は内心慌てた。
流れとはいえ、弟と身体の関係を持ってしまったのだ。
正直、どう声をかければいいかわからない。

「・・・大丈夫か?」
「・・・大丈夫なわけ、ないだろ・・・」

低い低い声音。
普段大人しい弟でも、一旦怒り出すとヘソを曲げたままなかなか機嫌を直さない彼だから、
これからしばらくは素直に口を聞いてくれないかもしれない。
けれど、だからといって、すぐには腕の中の彼の存在を手放したくはなかった。
心地いいのだ。どんな他人と交わっても、得られなかった安堵感。
ぽっかりと空いた穴を埋め合うような行為だったが、それでも少しだけ、気が晴れた。

「・・・・・・身体、辛いだろ。今日は、俺が家事やるよ。風呂、洗って来ればいいか?」
「・・・冠葉は、いつだってそれしかしないだろ・・・」

呆れた声音は、いつもの彼のもので、少しだけ安心する。
もう少しだけこうしていたい、と耳元で囁けば、嫌そうに身体を揺らしながらも、
無理矢理引きはがそうとはしない彼が、愛おしい。
大切な、家族だった。陽毬も、そして晶馬も。
冠葉にとって、欠けることのできない、大事な大事なピースなのだ。

「・・・大好きだ。陽毬も、・・・お前も」
「・・・・・・わかってんじゃん」

当たり前だろ、と呟く晶馬の声音に、
冠葉は意思を込めて彼の身体を抱きしめたのだった。







end.









・・・個人的に、冠葉にとって大切なのは、あくまで陽毬であって、
私が書く冠晶は、晶馬大好きお兄ちゃんじゃないってとこですね。
確かに晶馬は大切な家族なんだけど、陽毬とは一線を画してると思う。いわば

陽毬>>>>>>(越えられない壁)>晶馬>>>>>>>(越えられない壁)>他人

的な感じだろうな。
でも、晶馬も同じように陽毬マジてんし!って子なので、
うん、ちょっと思ったけど、
冠葉にとっては陽毬は女神様っぽくて、晶馬にとっては天使のような気がするよw
そんな感じでかけたらいいなぁと思ってます。
微妙な機微が少しでも表現できたらいいなぁ。






Update:2012/01/15/SUN by BLUE

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