生きる術




目を覚ますと、なぜか重い身体にラティスは眉を顰めた。
一瞬自分がどこにいるかわからずひやりとする。
周囲を見渡してやっと合点がいき、少年は困惑したように瞳を揺らした。

「・・・俺・・・」

眠りに落ちる前の記憶がなかった。
男に毒を飲ませ、死を見届けるつもりで彼を誘ったことまでは覚えているのだが、
彼の前で乱れる姿を見せた覚えもなければ、替えなどあるはずもないシーツは汚れた気配すらなかった。
だがそれより。
男はどうなったろう。
致死量をはるかに超える量の毒を盛った。
この街には改造され強化された人間はそう珍しくもないが、ただでさえ猛毒のこれは、そう、人間であるならば死なずに済む量ではない。
部屋のどこかで倒れているであろう彼を想像しながらベッドを降りようとして、
その時カチャリとドアの開く音が響いた。
ラティスは息を呑んだ。
目の前には、昨晩と寸分変わらぬ男の姿。

「起きたようだね」
「なんで・・・あんた・・・・・・」

目の前の光景が信じられず、ラティスは声を上げる。
男は・・・ああ、と頷くと、自分の手のひらを見て苦笑した。

「また・・・死に損ねた、というところかな」

男は笑う。声すら上げて、楽しそうに。
ついていけず呆然としていると、その間にベッドに近づいた彼は少年の肩に手をおいた。

「急いだほうがいい。南が騒がしそうだ」
「何・・・?」

南区は少年率いる組織のアジトのある場所だが、狭いそこにもう一つ勢力の大きなグループがある。
『VIOLENTS』。
その名の通りありとあらゆる暴力を行使し、周囲を脅かす存在として恐れられていた。
少年達とはここ近年対立の立場にあり、南区を2分している。

「まさか・・・」
「さて。そこまではわからないが」

少年は胸騒ぎを感じてベッドを飛び降りた。

「・・・あんたの命は預けておく。・・・逃げるなよ」

きっと睨みつけて、少年が投げかけてきた言葉に男は苦笑する。
走り去った少年の背に、ファタルは声をかけた。

「ああ、殺してくれ。待っているよ」




部屋に戻れば、床にキラリとひかるものを見つけた。
少年の落し物だろうか。ファタルは手を伸ばす。
細い銀の鎖に、丸い銀のプレート。
拾い上げて、その表を見やれば、どこか見覚えのある印が刻まれ。
少年が持つにはあまりに不吉なそれに、ファタルはかすかに眉を顰めた。















迂闊だった。
北区に足を踏み入れることは今では一種のタブーであったから、見つからぬように連絡手段を置いていったのがまずかった。
たとえVIOLENTS関係のトラブルでなくとも、南が騒がしいのは問題である。
統率力の弱まりがグループの崩壊に繋がることはよくあることだ。
だが、今ラティスは組織を失うわけにはいかなかった。
ましてや、VIOLENTSに奪われるなど。

「・・・ちっ・・!」

不意に銃弾が襲い、ラティスはすんでの所でそれをかわした。
通りを歩いて狙われることがあるのはしょっちゅうだが、今は相手にする気も湧かない。

「うざいんだよ!」

ラティスは自分を狙う3つの影に気付いていた。
懐からナイフを取り出すと、その1つに投げ付ける。狙いは外れることなく男の心臓を射抜き、ラティスはそれに見向きもせずにもう一方へと走った。
狙い撃ちにしてやろうと構えていた男たちは、迫る少年に焦りを覚える。
逃げ出そうと身を引いたときにはもう遅く、銃身を捕まえられそのまま自らの銃身で全身を打ち据えられ、男は気を失った。
もう1人は逃げ出している。

「ちぃ・・・っ」

男の身分はすぐにわかった。『VIOLENTS』。性懲りもなく己の命を狙う馬鹿どもに唾を吐く。
この分ではあの自分たちの『城』もどうなっているかわかったものではない。ラティスは一層足を速めて目的地へと辿りついた。
廃墟と化したビルの、その暗い地下。隅に書かれた『FEATHER BLACK』とは少年の率いる組織の名前。

「・・・っ大将!!」
「ラティスさま・・・!」

アジトにたどり着くと、皆が皆不安そうな表情を浮かべて若い頭を出迎えた。
内部はそこまで荒れたような感じはなかったが、そもそも廃墟のようなものだ、何があったかなど見た目にわかったものではない。

「・・・争ったのか?」
「・・・というか、一方的に・・・。奴ら、どこかで大将の不在を聞きつけたのかもしれませんぜ」

話を聞けば、
自分のいない時を見計らってか、あちらのほうから難癖つけてきたらしい。
それこそ、運悪くあちらの勢力範囲内に片足を踏み入れたくらいのレベルの問題で、だ。
馬鹿な話だが、あちらは暴力に任せる分頭が悪いとラティスは思っている。

「全く、面倒な話だな。・・・で、被害はあった?」
「終いには銃まで出されましたが、皆かすり傷で済んでます。ただ・・・・・・」

曇った顔をする部下を横目で見ながら、案内された部屋のドアが開かれる。
ほとんど闇に閉ざされた内部に光が差し込み、中にいたモノがラティスの視界に映った。
年の頃は11か12くらいだろうか。
素肌に薄い布をただ巻きつけただけのその少年に、ラティスはかすかに目を細める。
床に倒れ込み、意識を失ったままのかれは、両目を真っ赤に塗れた包帯で覆っていた。
生々しい傷痕はそれに隠され見えなかったが、想像はつく。

「・・・これは?」
「おそらくは、C地区の流れ物かと」
「ああ・・・あの玩具工場」

C地区。西に位置するその地区は、工業の発展を重点に置いた工場特区である。
以前は今は閉鎖されたが元は科学特区であったこのD地区と連携をとって発展した場所だが、
今は人間の欲望のためのありとあらゆる物が生産されている。
その中の一つが、いわゆる「セックスドール」だった。
その名の通り、人間の性欲を満たすためだけに作られたモノ。だが、ドールとは名ばかりで、実際は生身の人間だ。
犯されるためだけに存在する彼らに人間としてのまともな精神は与えられず、
ただ性的な感受性だけに重点を置いて造られた人間。
だが、元が人間であるだけに、失わせたはずの感情が残る物も中にはあった。
失敗作―――。それは容赦なく隔離処分され、生きる術もないそれらは誰の目にも触れられないまま、死を迎える。
しかし、稀に捨てられ、こうやってこの閉鎖区域に流される者もいた。
その理由はわからない。気まぐれか、何なのか、工場の責任者に問い詰める術もない閉鎖地区の住民にとっては考えても無駄なことだ。
ただ、要するに、その存在がなかったことにできればいいということか。

「運悪い子だねぇ。流れ弾に当たったわけ?」
「はい。それで結局、こうして手当てはしてやりましたが」

ふーん、とラティスは少年を覗き込んだ。当たり前だが、綺麗な顔だちをしている。
だがそれは、商品として造られたもの。人間としての個性などなく、ただ好まれるような反応と、表情を返すだけのためだけのものだ。

「・・・可哀想に」

ラティスは心底痛んだ声をその玩具にかけた。
だが、闇に隠された表情には酷薄な笑みが刻まれている。
少年の纏う布に手をかけ、容赦なくそれを剥いだ。皮肉にも薄闇に青白い肌はよく映える。

「こんなところに逃げ込んできても、同じ運命なのにね」
「・・・っあああ・・・!!」

意識を失っていたはずの少年から、甲高い嬌声が上がった。
ラティスが彼の奥に2本の指を突き入れたのだ。容赦ないそれは、幼い子供にとって苦痛でしかない。
だが、この少年は玩具なのだ。買った者に弄ばれ、それに感じて啼かねばならない存在。
内部の指を激しく動かす。苦痛とその何十倍もの快楽に少年の身体が跳ねる。
包帯で包まれた瞳からは、涙の代わりに血が流れていた。
少年の悲鳴はラティスにははかなく聞こえた。どうしてこんなもので快楽を得ようとする馬鹿どもがいるのだろう。
金でこんなものを買って、誰彼かまわず啼くただの人形など。
ラティスは彼の中から指先を引き抜くと、手のひらで彼の頭を撫でてやった。
心の片隅でラティスは思う。
どうせ、自分だとて金で買われ、その身を売るのだから、所詮はこの玩具と同じようなものなのだ。

「・・・今夜のパーティに、目玉商品はあったっけ?」
「一応用意してありますが、品揃えは微妙ですね」
「じゃ、この子もいれよう。金髪白肌多分碧眼。最近あまり見ない種だしね」
「かしこまりました」

残酷な言葉だ、とラティスは思う。だが、もう慣れた。
奇麗事だけじゃ生きていけない事。馬鹿げた欲望も、狂気じみた快楽も、この荒んだ場所で生き抜くには必要なのだ。
そうして、その犠牲者もいて当然なのだから。
つくづく弱肉強食という言葉がよく似合う。ラティスは小さく自嘲した。
この少年はか弱き存在だっただけのこと。
そう、強くなくては生きていけない。心も、力も、立場も、すべて。
情けをかけるだけ無駄なのだと言い聞かせ、ラティスは連れて行かれる金髪の玩具を眺めた。










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