Timeless Beautiful



恐れていたことが、ついに現実となってしまった―――。
眠る直也のその顔を見やりながら、直人は憂鬱げに瞳を揺らした。
手を伸ばせば感じられる、滑らかな頬。
けれど―――。
あの時、直人の伸ばした腕は、何の感触も残さないまま、確かに直也の身体を通り抜け、
そして直也は跡形もなく消えてしまったのだ。

「・・・―――直也」

あの時感じた、絶望にも近い孤独感を、直人は忘れることができないだろう。
いつか、直也は自分の手を離れ、この物質世界からいなくなってしまう。それは、漠然とした予感でありながら、
どこか否定できない力を持つもので、
直人はどうすることもできずに、ただ目の前で眠りの世界にいる直也を抱き締める。
弟を守らなければ、と思っていた。
強いリーディング能力のせいで閉じこもりがちな弟の心をを守るために、
自分は存在しているのだと。
けれど、いつの日か、直也が自分を必要としなくなった時、
果たして自分はどうなってしまうだろう?
守るといいながら、本当に必要としているのは、他ならぬ自分だ。

「・・・兄、さん・・・」

微かな声音と共に、小さく身じろぎをする腕の中の存在を、
直人は静かに見守った。
眠たそうな目を擦り、そうしてまた、気持ち良さそうに直人の胸に頬を押し付けてくる。
一点の曇りもない純粋な心を持つ弟が、今の自分の心を知ったらどう思うだろう。
手放したくない。それは、一つ間違えば狂気に近い感情。
失いたくない。彼を抱く腕に力が篭る。
己を抱く男の気配が微妙に変わったことに気付いたのか、直也はうっすらと目を開ける。
起こしてしまった弟を気遣うように、直人は直也の顔を覗き込んだ。

「・・・―――すまない。起こしてしまった」
「・・・ん・・・」

小さく鼻にかかったような声音を上げる直也は、こんな時は十も幼く見える。
両腕を伸ばし、自分の首に巻きつけてくるその仕草は、彼の幼さをより強調するもので、
キスを強請る直也に応じるように、直人は唇を重ねてやった。
触れ合った柔らかなそれは、惹きこまれるような甘さを持ち、軽くすませるつもりだったキスは次第に深さを増してゆく。
息継ぎをする為に角度を変え、再び唇を重ねた時には、
抵抗のない唇は互いの舌を求め、
いつの間にか貪り合うような激しいキスに二人は溺れてしまっていた。
朝には到底相応しくない、息すら上がるような濃厚な口付け。
やがて、直也の口の端からは含み切れない体液が溢れてきて、
直人は名残惜しげに唇を離した。二人の間に甘い蜜が糸を引く。

「直也」
「・・・ん。おはよ、兄さん」

時間はまだ5時。
けれど、夏の日差しは既に活動を始めていた。閉め切ったはずのカーテンの隙間から、
ベッドの上へと伸びている朝の光。
何気なく動いた直也の目に光が入り、直也は眩しげに目を細める。
愛おしいと思った。いつかの直也が言ったとおり、こうしていられること自体が本当に奇跡のよう。

「・・・よく、眠れたか?」
「・・・・・・うん。夢を、見たよ」
「夢?」

直人は首を傾げた。その表情に、隠し切れない不安の色が滲む。
最近の直也が見る夢は、その能力からか予知の映像だったり、夢、というよりも実際に体験してくるものだったりと、
あまり笑って済ませられる内容ではないからだ。
だが、そんな直人をよそに、
直也はうっとりと目を閉じた。今見た映像を、思い出そうとするかのように。

「・・・僕と兄さんが、世界を旅するんだ。時間も場所も全然、関係なくて、自由に好きな所に行けて。・・・僕たちは、兄さんが見たいっていう、宇宙の果てまで行ったんだ」

すぐに、言葉が返せなかった。
途方もないスケールの話だ、自由に、好きなところへ?時代も、時間も超えて?
―――信じられない。

「・・・・・・それは、予知か?本当に、そんな日が来るのか?」
「・・・わからない。ただ、僕の願望が夢になっただけかもしれない。・・・でも、」

直也は瞳を閉じた。
目の奥に映る、遠い景色を眺めるように。

「僕が、この間味わった感覚と似ていたから。近い将来、似たようなことは起こるかもしれないよ」
「・・・・・・」

直也の言葉に、直人は黙って弟の身体を抱き締めた。
次元を渡った直也の意識。直也なら将来、そんなことが出来るようになってもおかしくはない。
だが―――。
直也は胸にわだかまる昏い意識を、今一度呼び起こす。
自分は、どうだろう?
直也や翔子のような、感応能力などないに等しいのだ。自分にあるのは、破壊をもたらす忌まわしい力だけ。
ものを壊す力など、そもそも物質世界以外でどんな役に立つのだろう。
これから精神世界へと変化していくこの時代にとって、どんな必要性があるというのだ。
こんな自分が、将来自由に世界を旅することが出来るようになるなど、
到底思えなかった。
そう、自分は。
たった1人の、大切な弟が消えてしまったその時でも、
それを探すことも、追うことすらできない。
ただ、この世界で彼を待ち続けるだけの存在だ。

「・・・兄さん」

直也が、物思いに沈む直人を気遣うように彼を見上げる。
直人は己の思考を振り払うように頭を振った。そう、己が望むものは、ただひとつ。

「・・・んっ・・・、ァ、そ・・・っ」

直也の身体を反転させ、向き合うように肌を晒せば、
肌にはいくつもの朱の刻印。昨晩、直人が刻んだものだ。
白く滑らかな肌に浮かぶ確かな色のそれは、男の欲を際立たせるには十分で、
直人は再び唇を寄せる。濡れた感触の甘さに、思わず声を上げてしまう直也の口元。
けれど、これはすべて『物質世界』のものでしかない。
目で見るもの、皮膚で触れて感じるもの、耳で聞こえるもの。
それは、元を正せば『脳』が電気信号を得、勝手に感じ、理解しているものにすぎないのだ。
誰も、何も証明できないのと同じように、
そもそもここに『物質』が存在すら必要すらないではないか。
『精神世界』―――。それは、究極の、"脳"の世界だ。

「・・・っ・・・兄、さ、ん・・・?」
「ああ。ごめん、直也」

弟を抱いておきながら、上の空とは呆れたものだ。馬鹿な思考に沈みそうになる自分を、
直人は戒める。
とりあえず、精神世界など体験したことのない直人にとって、
目の前にあるものが全てでしかない。直也はずっと腕に抱いていたい程愛しい弟で、
可能な限り、守り続けていきたいと思う。
その仕草や表情をずっと見ていたいと思う。それは、どうすることもできない想い。
既に、直人にとって直也は生き甲斐と言えるほどになっていた。
それが正しいとか間違っているとか、考えられる余裕もないくらいに。

「・・・っは、あ・・・っ・・・、そ・・・」
「・・・直也、・・・」

指先で撫でるように肌を愛してやりながら、耳を彼の胸元に押し付ける。
どくどくと脈打つ鼓動は、確かに直也がここに存在している証のような気がして、
直人は少しだけ安堵する。
肋骨を唇で辿りながら、腹のあたりをまさぐっていた直人の手のひらが
ゆっくりと歌詞に降りてくることに、
直也は恥ずかしげに瞳を伏せた。
頬は、鮮やかな紅色。
どうしてこれが、虚像だなどと思えるだろう?

「・・・兄さん・・・」
「なんだ?」

少しだけ責めるような口調の直也は、唇を尖らせた。

「・・・朝っぱらから、元気だね・・・」

昨夜、それこそそれこそ腰も立たない程に、互いを求め合ったというのに、
それでも飽き足らず、起き抜けまで求めてくる兄に、
直也は言った。
昨晩だってかなり遅い時間まで眠らされることなく行為を致していたのだ、
直也としてはもう少しゆっくりと休んでいたいのだが、

「・・・お前だって、もうこんなにしてるだろう?」
「っ・・・」

ぐっ、と己の雄を握り込まれれば、直也は何も言えなくなってしまう。
だが、これも元はといえば兄が朝とは思えない程のキスを絡めてきたからだ。ますます直也の顔が恨みがましいものに変わる。
もちろん、直人はそんなものには少しも意に介さず、
それどころか不敵そうに笑ってみせた。
その心の奥にあるのは、直也が欲しい、という確かな想い。

「・・・まったく・・・」

怒涛のように放射されてくるストレートな感情に、
直也は結局、折れざるを得なかった。
再び重ねられるキス。頭に雲がかかったように、思考が追いつかない。
直也自身を捕らえた直人の指は、直也の許可を勝ち取ると早速熱を高め始めた。当然、慣らされた身体は
すぐに反応を示してくる。
朝だからといって、拒否しようとするのは直也の口だけで、
身体は直人を受け入れるためにいつだって準備をしているのだ。抵抗するはずもなかい。
それどころか、すぐに先走りを零し、直人の愛撫の手伝いをしてくれているのだ。
直也に反論の余地はなかった。
朝のさわやかな空気が、一変して濃厚な密度になる。
二人の吐息が、部屋の温度さえも押し上げた。

「あっ・・・兄、さっ・・・激しく、しないでっ・・・!」

直也の抵抗が少なければ、それだけ直人の欲望も暴走を始めてしまう。
容赦なく与えてくる強い刺激に、
さすがに身体が追いつけなかった。
張り詰めた雄は、痛いくらい。肌に歯を立てるようにしてキスを続ける肌は、
先ほどよりも内出血の度合いをひどくする。
直也は、眉を潜めた。
苦痛と快楽が己の肉体に共存している。それは、すべて兄である直人が与えてくれたもので、
にわかには離しがたい。それどころか、すべてを受け入れたいと思っている。
けれど、体力が追いつかないのも事実。
息を荒げる呼吸も、そろそろ限界。苦しい。

「ね・・・、兄さん、辛いよ・・・っ」

広い胸板を叩くようにして訴えると、
直人の拘束は少しだけ緩んだ。その代わり、熱を求めて震える雄を舌で捕らえられ、
淫らな手のひらは下肢の奥へ。直也は襲い来る感覚を受け止めるように
瞳を閉じた。
触れ合った感触は、あの精神世界での感覚とは似ているようでいて、だが明らかに違う。
眉を寄せて快楽に耐えていた直也は、
不意に泣きそうに顔を歪めた。
幸せだと思う。兄が自分の傍にいることが、奇跡のよう。
休む暇もなく与えられる熱からダイレクトに伝わってくる、兄の想い。
兄は、これほどまでに自分を必要としてくれている。
けれど、自分もまた、そうなのだ。
直也は腕を伸ばし、己の下肢に顔を埋めている直人の髪に触れた。
それに気付き、軽く顔を上げる彼の頭を抱え、
そうして肌に触れる。
男らしい、骨格の整った感触をみせる頬。

「・・・兄、さん・・・」

言葉にならない想いが、一気に押し寄せてきた。
その全てを伝えたくて、けれど上手く言葉にならない。その間にも、快楽が思考を塗り潰していく。
髪に触れる感触が嬉しくて何度も指を絡めてくる弟をそのままに、
直人は彼の身体が最も悦ぶ場所を拓き始めた。
小さく身震いした直也に、もちろん抵抗の様子はない。
ただ、訴えかけるような視線だけが、
こちらのほうに投げ掛けてくる。

「・・・直也」
「ん・・・」

触れた直也の下肢の奥は、昨晩の行為のせいかしっとりと濡れていた。
指先を差し入れれば、誘うように収縮を繰り返す口元。淫らな色合いが、更に紅に染まっていく。
彼が羞恥を感じるであろうことは重々承知していたが、
思わず腕で抱えていた直也の脚を広げ、目の前に晒さずにはいられなかった。
脚を開かせると、図らずも彼の中心部がカーテンから洩れる光に照らされてしまう。
その光景はひどく卑猥で、それでいてひどく己の欲を疼かせるものだったが、
さすがに直也は恥ずかしさに身を捩ってしまった。
残念だな、と本音を洩らす内心に、
バカ、と目元を赤く染めた直也が一言。

「っ・・・」
「・・・綺麗だ」

昔は己の未熟さもあってあまり感じさせてやれなかったが、
今では直也の身体は彼以上に知り尽くしていると自負している。
指の付け根までしっかりと含ませてしまった内部を探るように動かしてやると、
くちゅりと水が弾けるような音が洩れた。
慣れ過ぎた身体は、自分が少し誘うだけで潤ってしまうようだ。
2本目、3本目と簡単に受け入れる。
ア、と思わず声を上げてしまった直也は、そのままぎゅ、と直人の髪を握り締めた。
細かい刺激に翻弄させてくれる彼の指ももちろん好きだった。
だが今は、それ以上に強い刺激で、
己の身体に燻っている熱を高め、そして解放に導いてほしいと思う。
直也は開け放しにしたままの唇で熱を吐き出すように浅い息をつきながら、
必死に訴えかける。
直人は顔をあげ、直也を見据えた。

「っも・・・、兄さ、っ・・・」
「ああ・・・」

眉を寄せて、耐えるように喉を仰け反らせる直也の肌を彩る、
一筋の光。それは、先ほどよりも強く、鮮やかに彼の身体を際立たせていて、
直人は目を細めた。ゆっくりと、内側を擦るようにして指先を抜き、
そうして、濡れた手で腿を支える。
抱えるようにしてそこを晒させると、そこはもはや、満たされる感覚を求めて収縮する、
飢えた獣のよう。欲望を隠しもしない、淫らな場所だ。
己の雄を2、3度扱き、
先走りに糸を引く男の楔をそこに宛がえば、
直也は身を震わせ、次にくるであろう衝撃に胸を高鳴らせている。
熱が、また一段と高まる瞬間。
指先で入り口を開かせるようにしながら内部へと侵入してくる質量感に、
直也は抑えきれない声を零していた。

「っあ―――、あ、ああっ・・・!」
「直也・・・」

身体の内部が、そこから溶け出していくような。
灼けてしまうような気さえする激しい熱は、直也の理性をいとも簡単に消し去ってしまう。
羞恥心や朝だからとつい乱れそうな己を抑制してしまいそうになる自分は、
直人自身が体内を侵食してきた時点でなくなってしまっていた。
苦痛など、今ではもう、快感をもたらすものの一つで、
優しい行為よりむしろ激しい衝撃で貫いてくれたほうが、
今の自分には感じられるのだ。
昔とは違う、明らかな己の肉体の変化に、恐怖や羞恥を感じないわけではない。
だが、その全てが、兄から与えられたもの故なのだ。
直人がもたらすものならば、
極端な話、死すら自分は受け入れてしまうだろう。
それほど、彼から受け取るものは、自分にとって心地よいものなのだと、
いつだって直也はそう思っている。
その証拠に。

「―――、い、―――っ・・・」

洩れる言葉は、どう繕ってみても本音ばかり。
鼻にかかったような甘い吐息も、抑えるそばから洩れる声音も、
与えられるすべてに感じ、善がっていることを直人に伝えてしまっているようなものだ。
それは、確かに己の心にわだかまる羞恥心を煽るものでもあったが、
今更、どれほどの価値があるというのだろう。
相手は、自分のすべてを知っている兄。
そして、自分だって、誰よりも一番兄のことを知っているのだ。
隠すものなど、なにもなかった。
ガクガクと揺れる己の身体が不安定で、
直也は直人の首に両腕を絡ませた。

「兄さっ・・・、そこ、駄目・・・っ・・・!」

ぐっと腰に回した腕に力を篭めれば、更に結合の深さの度合いが高まる。
収縮を繰り返す直也の内襞は、意識を持っていかれるような激しさで直人の雄を締め付けてきた。
直也がもう既に感極まっているのと同じように、
自分もまたかなり高められている。けれど、まだ抱き締めた腕を離したくなくて、
直人は熱を吐き出すように浅く息をついた。
深くまで収まった自身を、ゆっくりと引いていく。
そうしてやれば、当然、喪失感に脅え、求めるように力が篭められる腕。
直也の求めに応じて、直人はずっ、と内壁を擦るようにして内部まで一気に貫いてやった。
甲高い嬌声が室内に響き渡った。
本当に、朝には似つかわしくない。直人は自分の抑えの効かない欲を自覚して
声をあげて笑ってしまう。
クーラーもつけない夏の朝、
まだそれほど気温は高くないからいいものの、
しっとりと重ねた肌はべたついている。互いの額に浮かぶ、玉のような汗。
直也が熱そうに浅く息をつく様子に、
タオルケットで額の汗を拭ってやれば、
少しだけ笑みを浮かべて、そうして更なる快楽を求めて腰に絡みついてくる直也の両足。
ああ、わかっている、直也。
引き寄せるように腰を揺らすと、ぱたりと額から汗が滑り落ち、直也の肌を打った。
けれど、もうそんなことには構っていられない。

「いいか・・・?直也・・・」
「あっ・・・、や、そこ・・・っ!」

もう既に張り詰めて、あと少しの刺激で達してしまいそうなほどだった直也の雄は、
直也が腰を引こうとしたにも関わらず、直人の手の中に収まってしまった。
耐え難い快楽に、何度も押し寄せる絶頂の波。
だが、それに合わせるように腰を揺らされれば、もうどうしようもない。
一番痺れるような感覚を覚える内部の箇所を知り尽くしたように刺激され、
取り繕う余裕などありはずもなかった。
直也は、直人の首に縋りついた。
深く、深く刺し貫かれる重い感覚。
それは、傍に兄がいて、自分に確かなものを与えてくれているという証拠でもあった。
失いたくない、という思いが溢れてくるのを、
直也は感じていた。
それは、この世界でしか感じられない、自分が自分で、兄が兄だからこそ得られるものなのだ。

「ぁ、兄、さっ・・・!」

あの場所は、つい目の前の安らぎと優しさに溺れて、
本当の自分すら見えなくなりそうだった。
悲しみも、苦しみもない世界。願ったものが、すぐに目の前に在る世界。
それは、誰もがきっと、望む世界。
そう、一生、その場所にいたいと思えるくらいに。
けれど―――、

「んっ・・・ふ・・・」

今、あの世界に自分が行った所で、きっと、願いは叶えられない。
自分だけ、では駄目なのだ。悲しみも苦しみもない、など、きっと間違っている。
兄をこの苦しみと矛盾の世界に取り残したままで幸せになれるなど、
考えられない。
もしそうなれるのなら、自分はなんてひどい人間なのだろう。
すっと傍にいる、と誓ってくれた兄を。
自分がいないその時でも、誰でもない、自分だけを求め、待ち続けていてくれた兄を。
どうして、ひとり置いていけるだろう?
こんな、寂しい場所に。

「も・・・っ、駄目・・・、兄さっ」
「俺も、だ・・・、・・・いいか・・・?」

確かめるように視線を絡めて、直也は朦朧とした頭の中、頷く。
もう、快楽しか感じられない。指の先から髪の先まで性感帯と化した直也の身体は、
再び重ねられた唇を夢中で吸い上げた。
内部を広げられるように腰を揺らされ、そのままひときわ深くを貫かれれば、
真っ白な世界が直也の思考を染め上げる。
それは、あの精神世界で感じた、自由で、解放されたような感覚と似ている気がした。
独特の浮遊感と、身体の隅々まで浸透していくような充足感。
そして何より。
傍に兄―――直人がいることが、
一番の幸福感をもたらしてくれている。
強く抱き締められ、触れ合った肌が、これ以上ないほどに熱を持った。

「あっ・・・あ、あああ―――っっ!!」
「直也・・・、っ・・・」

唇を噛み締めた瞬間、箍が外れたように欲望が溢れ出すのを、
直人は直也を抱き締めたまま感じていた。
熱い内部。激しく収縮し、強く締め付けてくる直也の身体は達した後でもひどく甘くて、
べったりと胸元を汚した精すらそのままに、
2人は瞳を閉じてその余韻に浸る。
気付けば、日は既に高く、ちらりとそれを確認した直人だったが、
胸の内の直也がぎゅ、と背を抱き締めてくるのに、
直人は視線を落とした。

「・・・直也」
「―――兄さん。・・・・・・僕も、同じだよ」

うっとりと瞳を閉じて、先ほどと同じように胸に頬を押し付けてくる直也に、
直人はゆっくりと腕に力を篭めた。
ためらいがちに口を開く彼の、次の言葉を何も言わずに待ってやる。
直也の纏う柔らかな空気がふと、
自分にも伝わってきたような気がした。

「僕にだって、兄さんが必要なんだ。
 ずっと、傍にいたい。それに、離れていればきっと、僕はまた壊れてしまう。
 確かに、あっちの世界には悲しみも、苦しみもないけど、
 だけど、僕が幸せだと思えるのは、兄さんといる時だけなんだ」
「直也」

一息に言ってしまって、それから恥ずかしそうに顔を赤らめ、再び胸に頬を埋める直也の、
そのすべてが愛おしかった。
再び自覚する、失いたくない、という思い。
自分にとって、直也は最後の扉だ。彼がいなくなれば、自分こそきっと、壊れてしまうだろう。
制御できない力が暴走して、
破壊だけしかもたらさない、文字通り悪魔になってしまうかもしれない。
そう、
本当に必要としているのは、自分のほう。
けれど、直也もまた、自分を必要だと言ってくれたのだ。
それだけで、十分ではないか。
喉を痞えていたわだかまりが、少しずつ解けていくのを、直人は感じていた。

「・・・だから、今度あっちへ行くときは絶対、兄さんも一緒だよ。もう、僕はどこも行かない」
「ああ。」

一緒に、あちらの世界に旅立つ日。
"変革"が訪れれば、それも可能になるのだろうか?
そうして、直也が見た"夢"の通り、自由に、
場所も時間も超えた、そんな世界を旅することができるのだろうか?
直人はまだ見えぬ未知の世界に思いを馳せた。

これから、どれほどの苦難が待ち受けているか、今の自分には知るよしもない。
けれど、それはきっと、確実にくる未来。
それを超えれば、本当にそんな美しい世界があるのだろうか?
それとも、一部の者が言う通り、『破滅』が待っているのか。
今はまだ、わからない。
ただ、先へと進んでいくだけだ。

きっと、ずっと傍に居続けるであろう、誰よりも大切な弟と共に。





end.





Update:2006/08/17/THU by BLUE

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