甘いキスでなく



初めて訪れたゴールドソーサー
今までの辛い旅やさっき見て来たコレルの町との余りの格差に、クラウド達パーティは違和感を感じながらも
思い思いの場所に散ってほんの一瞬ゲームやギャンブルに興じる事にした
 

ひとり・・・・・
ゴンドラの窓から外の風景を眺めていたクラウドはふいにこぼれそうになる涙に自分で戸惑った

エアリスにどうしてもとせがまれてこのゴンドラについさっき2人で乗った時には
ただぼんやりしていて外の風景は目に入らず、エアリスの声も全く耳に入らなかった
エアリスは盛んとその美しい夜景に感激してはいたが、なぜもう一度一人で乗ろうなどと思ったのか自分でも不思議だった

美しい夜景を堪能するために乗り込んだのではない事だけは確かだったが
一人でぼんやりと眺める窓の外はつい先ほどとはまるで別物だった
風景を美しいと思ったのなど、いったいいつ以来だろう・・・・

昔を思い出す時、クラウドはいつも不思議な感覚に襲われる、
セフィロスに愛され幸せだった神羅での生活、それがどうして突然終わったのかどうしても思い出せない

それにこのセフィロスに対する激しい憎しみの気持は何処から沸き上がってくるのだろうか?
バレットの様に星の命を脅かす敵だからという思いからではないはずだ

あの頃・・・幸せだったはずなのに、今その頃の事を思い出そうとすると激しい痛みが胸を襲い息も苦しい程だ
愛していたはずのセフィロスをこんなにも憎んでしまうのは何故なんだろう?
自分とセフィロスの間に何があったんだろう

記憶が何ケ所か途切れている
「自分は何かとても大事な事を忘れてしまっているんじゃないだろうか?」
その思いがいつもクラウドの心を覆っていた
 

ぽつぽつと浮かんでは消えるとりとめのない思いのせいだろうか
久しぶりに独りになって気が弛んだのだろうか

蒼い目にたたえられていた涙はこぼれ落ち始めた
ひと粒こぼしてしまうとあとは止めどなかった、目を伏せ両手の拳をぎゅっと握りクラウドは泣きつづけた
膝の上にぱたぱたと音を立てながら落ちる涙に自分で戸惑いはするものの
クラウドは自分の感情が素直になって行く事を感じて独り照れたように微笑んだ
 
 

「泣くのと笑うのは独りの時と相変わらず決めているのか?」
懐かしい声にびっくりして目を上げた先には、セフィロスがいた

「少し逞しくなったか、クラウド?気が強いくせに泣き虫は相変わらずか?」
言葉を交わすのはいつ以来なのか思い出せないくらいに久しぶりなのに
声も、からかうような話し方も、髪も指先も、自信に満ちたその額も何も変わっていなかった
そして何より碧の瞳にたたえた自分への愛情までもが全く変わっていないのをクラウドは感じた

頭の中で何かが弾けた、そして複雑で様々な感情がセフィロスに向かって流れ出した
憎しみ、怒り、孤独、憧憬そして激しい思慕
 
 

「なぜ消えた、なぜ俺を置いて突然消えた!」
セフィロスは答えないばかりか口元に謎めいた微笑をたたえている
その微笑が意味する物が愛情を隠し持っているのか
相手をを嘲っているのか、もう少し表情が動かない事には判断が付かない

「今、何処にいる!何をしてるんだ?」
セフィロスの表情は動かない

突然ふわりとセフィロスの体が動き唇がクラウドの唇に重ねられた
甘くなく、冷たくなく、ほんの少し悲しくて、胸がちりちりするくらい切ない口づけ

神羅で一緒に暮らした頃、何度も何度もこのキスをもらった
甘いのよりもセフィロスらしくて好きだった
「下手なキス、機械とキスしてるみてぇ」
そう憎まれ口をききながら重ねた唇はクラウドの心を言葉より素直に相手に伝えていたにちがいない

唇から直に伝えた愛情にセフィロスは伝えられたそれ以上の物を激しい行為を伴ってクラウドに毎回返してくれた
抱かれた腰があの日の激情を覚えている、その事に気付いてふと頬に紅が上がって来た

クラウドが一瞬昔の甘い夢に溺れかけた途端、セフィロスの唇からは支配的な香りが漂った
甘やかな夢の中に漂いかけたクラウドは相手が自分を支配しようとしたその時にはっと正気になった

「あんなにひどい裏切りをしておいてキスひとつで帳消しになんかさせる物か」
クラウドの心に浮かんだのはそんな思いだった

仲間が命がけで追っている敵に体を預け唇を許す自分・・・
そして相手の唇からほんの少し冷たい物を感じたからといって
気持が過去の恋人としてしか反応しない自分にが無性に腹が立った

自分に腹を立て、そして冷たさを帯びたセフィロスの唇は憎らしくて仕方なかった
感情が複雑にクラウドの心をかき乱し、かぁっとなったクラウドは自分に重ねられているセフィロスの唇を思い切り噛んだ
セフィロスの血が自分の唇を伝って自分に流れ込む、鉄くさい血の味が口の中に広がった

セフィロスは静かに唇を離すと、黒いレザーの手袋をしたままの手でその血をぬぐった
そしてにやりと笑うと「クラウド、俺を追って来い、どこまでも」とクラウドを見つめた
その目はまるであの頃クラウドをベットに誘う(いざなう)時と変わらない色をしていた

またあの頃を思い出させるようなセフィロスのそぶりにクラウドは増々頭に血が上った

「ふ、ふざけるな!」
そう叫んでセフィロスの顔面に繰り出した拳はひゅんと音を立てて空を切った

狐につままれたとはこのことであろうか、ついさっき口づけた愛しい人は何処にも居なかった
「そんなバカな!」
確かに居たはずだ、いつもセフィロスが好んで使うコロンのアーバンムスクの甘い残り香がする・・・
そうだ確かに居たんだ!たった今!ここに!!
セフィロスを探して辺りをきょろきょろと見回してしまう

その自分の哀れな姿にはっと我に帰ったクラウドは声を上げて笑った
セフィロスに置いてけぼりにされたあの日から、セフィロスと同じこの香りを使っているクラウドだった
このゴンドラの中に今あるこの香りはきっと自分自身のものだとクラウドは思った
「幻だったんだ・・・・」

毎日毎日、セフィロスの背中を追っていたためにふと幻を見たのであろうとクラウドは納得した
独りで追っている時のほうが楽だった・・・・・
 

敵だと言いながらその人の香りに毎日包まれようとする自分
辛い旅のなか、ほとんどそれだけが心の支えとなっている滑稽な自分
仲間が知ったらどう思うだろうか
 

望むと望まないとに関わらずクラウドは現実的にパーティーのリーダーだった
仲間のみんなが「敵」として追っている相手をまさか思慕の念から追っているとは絶対に言えなかったし
また自分の心の中でも普段は認めていなかった

どうして、セフィロスは自分の所から去ったんだろう?
泣いて、泣いて、泣いて・・・・親に置き去りにされた子供のようにセフィロスを捜しまわった
追って、追って、追って・・・・そうだ自分は、バレット達と知り合ってアバランチに参加する前からセフィロスを追っていた・・・
普段は心の奥底にしまいこんで自分でも目を向けないその事を引っぱり出してみる

「星の命のためでも、古代種の秘密のためでもなく俺はセフィロスを追ってるんだな・・・・」
諦めとも、自嘲ともとれるような声音であったが、クラウドはしみじみと懐かしそうに独り呟いた
 
 
 

ゴンドラはステーションについた
ステーションではエアリスが不思議そうな顔で待っていた

「さっき全然楽しそうじャなかったのに、クラウドがそんなにゴンドラ好きとは知りませんでしたね〜〜〜」
エアリスの茶色い瞳が何でも見透かしてしまいそうでクラウドはどきりとしたが

「あ、ああ・・・・」
と曖昧に返事をしてステーションに降り立った

「あれ、クラウド、胸元が汚れてるよ・・・やだ何それ、血?」
エアリスに言われてクラウドは自分の胸元にふと目をやった
見ると、胸元にセフィロスのくちびるから流れたのであろう鮮血の痕が点々とついていた
それはクラウドの喉元から胸にかけて切れぎれに赤い道筋をつけているようだった

「あ、いや、何でもないんだ」
エアリスの視線から隠すようにクラウドは喉元に手をやる
「みんなが呼んでる」
そう言ってエアリスの気を自分からそらせると
自分の手のひらの下にあるセフィロスの血痕にもう片方の手を添えていとおしむように両手で抱きしめた
その姿はまるで自分の首を自分で絞めて自ら命を絶とうとしているかのような滑稽な悲しさを醸していた

しかしクラウドの瞳は喜びをたたえて濡れており明日への希望が宿り始めている
 
 




〜〜fin〜〜

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