断章:いつか見た夢



 願いは、たった一つ。
 それは、手を伸ばせば届く所に在るはずなのに、いつまでたっても手に入らない。
 いつか見た夢のような日々を脳裏に浮かべ、ひとときの幸せに酔いしれる。
 その度に感じる想いが例えまやかしだったとしても、
 手放すことも出来ないまま、果ての無い闇の中で叶わぬ夢を抱き続けている・・・・・



  いつか見た夢 〜断章〜



   「・・・あんた、まだいたの?」
 虚ろな瞳にかろうじて目の前にいる存在を映して、クラウドは呟いた。
 薄暗い部屋の中、血の気を失った彼の顔だけが白く浮かぶ。
 「・・・こんな状態のお前を、放っておけるわけないだろう」
 微かに震える手を取れば、記憶のままの温かさが伝わってくる。
 「・・・へっ。あんたもお人好しだな。このまま俺の元にいたら、あんた、痛い目見るぞ」
 皮肉げに笑って、クラウドは空いている方の手でセフィロスの首筋に触れた。
 指先に脈打つ鼓動を感じながら、爪を食い込ませていく。
 しかし、セフィロスは動じた風もなく首に在るクラウドの手を握り返すと、自分の胸に手を這わせた。
 そこに数多くついている傷痕をゆっくりと辿っていく。
 「・・・・・・痛い目など、とうの昔に見ている。・・・今さら、何だというんだ」
 その途端、忘れていたものを突然思い出したかのように、クラウドの目が見開かれた。
 ばつが悪そうに手を引いて、セフィロスから目を逸らす。
 「・・・ごめん」
 小さく呟いて、セフィロスに背を向ける。
 それでも背から感じるセフィロスの気配から逃れるように、クラウドは瞳を閉じた。
 「・・・俺は、あんたを見てると、自分が自分じゃなくなる。 あんたに何をするかわかったもんじゃない。
でも、本当は、あんたを傷つけたくなんてないんだ。
だから、俺の前からいなくなれ、って言ってるのにさ・・・・・・」
 「・・・クラウド・・・・・・」
 深い憐れみを込めて、セフィロスは呟いた。
 もう少しで泣きそうな少年の肩に手を触れる。
 だが、その瞬間、手首を強く掴まれ、セフィロスは眉を寄せた。
 ギリギリと異常な力でねじり上げられたまま、べッドに叩きつけられる。
 見上げれば、先ほどまでとは違った、剣呑な顔をしたクラウドが自分を見下ろしていた。
 「・・・クラウド・・・っ!」
 「そんな声で呼ぶな!」
 叫びと共に、両手首を頭上に抑えつけられる。
 上にのしかかる存在の瞳が狂気の色を宿していることを認めて、セフィロスは身を震わせた。
 「・・・っ・・・!」
 「今更、俺に憐れみの目を向けるわけ?」
 魔晄に染まった蒼の瞳が、脅えたような自分を映している。
 刃のような冷たい視線にいたたまれなくなり、セフィロスは目を閉じた。
 「散々、俺の気持ち、無視したくせに・・・・・・」
 クラウドの片手が、再びセフィロスの首筋へと伸ばされる。
 喉元を親指で押さえつけれられれば、今の自分では抵抗できないままクラウドに殺されてしまうだろう。
 「・・・クラウド。お前が本当にオレを殺したいのなら・・・抵抗はすまい。でも・・・今のお前は、・・・違う」
 苦しげな息の中そう言うと、セフィロスはロの中で呪文を唱えた。
 数瞬後、2人の間に閃光が走り、クラウドは壁に叩きつけられる。
 「・・・っ・・・このっ・・・!」
 飛ばされた衝撃で切れた口元を拭い、怒りに燃えた瞳で立ち上がろうとすると、鼻先に剣が突きつけられた。
 見上げれば、セフィロスが正宗を構えたまま、自分を見据えている。
 持ち主の絹糸のような銀髪と同じ光を持つ剣先を数刻見つめ、クラウドは戦意を失ったように壁にもたれた。
 「・・・俺を殺すなら、今のうちだぜ」
 吐き捨てるように、クラウドは告げる。
 「・・・オレは、お前を殺したいと思ったことなど一度もない」
 「じゃあ、なんで今俺に剣向けてるの?弱い奴脅かして、楽しんでるって?」
 クラウドのその言葉に、セフィロスは絶句する。
 もう2度と、どんな理由であれクラウドに剣を向けないと誓った自分が、どうして今こんなことをしているのか。
 沈黙するセフィロスを見ていたクラウドは、やれやれとため息をついた。
 「・・・どいてくれ。朝食、作るから」
 髪をかきあげ、剣を右に寄せて立ちあがる。
 今だ硬直したままのセフィロスに目もくれず、クラウドは寝室を出ていこうとした。
 「・・・クラウド」
 こういう時、いつでも頭に浮かぶのは一つだけ。
 「・・・どうして、オレを助けた?」
 いっそ、あのまま死ねたなら、どんなによかったことだろう。
 友を死に追いやり、愛する者まで傷つけた自分。
 そして、クラウドをここまで狂わせたのも、また自分だった。
 その罪悪感は、正気を失っていたという理由を付けても消し去れるものではない。
 それとも、罪悪感に苛まされながら生きることが、自分に与えられた罰なのか。
 クラウドは立ち止まると、小さく首を振り向かせた。
 微かに、自嘲の笑みを浮かべて。


 「そんな昔のこと・・・覚えているもんか」




 明るさを取り戻してきた空が、淡い青に揺れる。
 いつか見た夢の日々に居るあの人の瞳は、この空と同じように、青く、穏やかで。
 例え、それが魔晄に染まり、蒼く濁ってしまおうと、自分のせいで狂気をはらんでしまおうと、
 この胸に在る彼を愛しいと思う心は、多分、これからも変わらない。
 このままクラウドの側にいて、狂気のまま彼に殺されてしまったとしても、・・・構わない。
 セフィロスの立つ絶望の闇の中で、その想いだけが、彼を射す光なのだった。


   


...Are You HAPPY or UNHAPPY ?...




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