Evil Night vol.3〜鮮血の契約書



いつ歩いても、嫌な空気だと思った。





閉鎖区域に、濃い瘴気が立ち込めていた。
それは、かつてこの区が研究エリアだった際、
大規模なバイオハザードによって発生したものである。
なんらかの遺伝子改変や肉体的改造を受けていない多くの者が、
この瘴気に耐えられず、
結果、この場所が『区外』と一線を隔てる一因ともなった。
それが、夜の闇の中では一層濃くなることに、
道を急ぐクラウドはうっとうしそうに顔を顰めた。
夜の、瘴気。
この閉鎖区に君臨してからというもの、
幾度もこの霧を吸い続けてきた。
いい加減、身体も慣れてきたはずだというのに、
最近、さらに濃くなっている気がする。
かすかに足元がフラつくのを感じながら、
青年は夜道を歩んだ。
だが―――。
もし、この姿をあの銀の髪の青年が見ていたなら、
こう疑問に思ったことだろう。
おかしい。
夜の瘴気に蝕まれるのは、『区外』の人間ではなかったか。
この男が、閉鎖区の支配者であるならば、
当然、この闇に耐えられるはずだ。
何故―――。
だが、幸いにも、疑問に思う者はその場には存在しなかった。
次第にひどくなる頭痛に唇を噛み締めながら、
クラウドは己の居城の門を叩いた。

「おかえりなさいませ、サー」
「・・・ああ」

世話係の少年にコートを預けて、
足早に自室へと歩む。
時間は、まだ深夜を回ったばかり。
けれど、その日の夜の宴の準備にしては
いつになく騒がしい構内に、青年は眉を寄せた。
そうして、
普段、いつも傍らにおいているはずの少年がいないことも。


「アルダはどうした」
「・・・っ、。それが・・・」

留守を預けていた男の歯切れの悪さに、
ますますクラウドは眉を寄せる。
少しの沈黙の後、男が口を開くその瞬間、
青年の左に控えていた幼い少年が泣きそうな声で告げた。

「グレイスさまが帰られる少し前に、アルダさまも外へ出られて・・・」
「外へ、だと?」

理由もなく、外へ出る少年ではない。
クラウドは男へ目をやった。
嫌な予感がした。そうして、クラウド自身、
こういった予感が恐ろしいほど当たることも、
よくわかっていた。

「・・・サーがお帰りになられる直前、あの『区外』の者が逃げ出したのです。部屋から部屋へと移送するため鎖を外した、一瞬の間でした。アルダはそれを追って、外へ・・・」
「・・・・・・ラシス。お前は止めなかったのか?」

疼くような頭ではそう告げるのが限界で、
漸くたどり着いた自室の椅子に背を預ける。
セフィロスはともかく、仮にも自分の留守を預かる少年が、
たかが1人の玩具奴隷を追って持ち場を離れるなど、
もってのほかと言えた。

「・・・申し訳ございません。大至急、探させております」
「とりあえず、ラシス。今夜はお前に任せる。こちら側の動揺は一切漏らすな。わかってるだろうな」
「はっ・・・」

氷のような冷たい蒼の瞳に晒され、
男は恐怖を強く感じながらその場を辞した。
宴、ラシス、セフィロス、アルダ。考えねばならないことは山ほどあるが、
まずは自らの体調のほうが重要だった。
おろおろと立ち尽くす少年を傍に呼び、腕に抱く。
グレイスさま、と心配そうな瞳を向ける彼に、小さく笑みを浮かべて。
耳元で、囁いた。

「・・・すまない。少し、もらうぞ」
「っァ・・・」

少年の承諾も聞かぬ間に、
つぷり、と首筋に歯が立てられる。
柔肌を滑る真紅のそれを舌で舐め取って、
そのまま唇でその部分を吸い上げる。
少年は、恍惚とした表情でクラウドの首にしがみついた。
己の血が、彼の青年を生かすために使われることが、
悦び以外の何物でもなかった。

「グレイスさま・・・」
「ありがとう。」

唇を血に汚した青年は、
この世の者とは思えない美しい笑みを浮かべ、
そのままそっと少年の唇に自らのそれを重ねたのだった。










あのまま、延々と犯されるだけの人生なら、
いっそ、死んでしまえばいい。
セフィロスは、漸くまともな思考をできるようになった頭の中で
そんなことを考えてばかりいた。

あの夜、薬を飲まされてから。
自分の中の羞恥も全て無視され、
身を纏う全てのものを剥かれ、剥がされた。
そうして、なんの打ち合わせもなく文字通り舞台に放り出され、
天井から照らされるいくつものスポットライトの中央で、
セフィロスは途方に暮れていた。
だが、勿論、意識はもはや、まともではなかったと思う。
その証拠に、あの眩しいスポットライト以外、
昨晩の記憶は、ないに等しい。
残っているのは、漠然とした、羞恥と、苦痛と、屈辱と、
それに勝る気が狂うような快楽ばかりで、
セフィロス自身、思い出したくもなかった。
思い出すたびに、居た堪れなくなった。

意識の戻ったセフィロスの中で、
あの、グレイスという男の事を考える。
こんな、馬鹿げたくだらない夜の宴を仕切る男。
太陽のような光を映したような金の髪に、端整な顔立ち。
それが、世にも恐ろしい酷薄さをもって嗤う。
あれほど若い青年が、絶対的権力を持っていることが不思議だった。
そうして、いとも簡単に自分の名を当てたことも、また。

(何故だ・・・?)

自分の過去の記憶を探ってみても、
あんな容貌の存在はいなかったはずだ。
だというのに、心のどこかが、引っかかりを覚える。
あの、蒼い双眸。
もっと、澄んだ、透明な『青』を、
自分はどこかで見たような気がする。

(誰、だ・・・)

だが、今のセフィロスには、
どうしても思い出すことができなかった。
けれど、たとえ思い出せたとしても、きっと良い思い出ではないだろうし、
今更、憎たらしい男との記憶など、大した意味はなかった。
そう、今更なのだ。
どうせ、あの残酷な男は、自分を手放す気はないだろうし、
この区域で生きるには、どのみち1人では無理なのだ。
目を覚ました時、あの男が不在だとわかり、
無我夢中で逃げてみたものの、
すっかり忘れていた。
この瘴気に耐えて、逃げ切れるはずもない。
ましてや、この『区外』へ逃げるにしても、方法がわからない。
次第に朦朧としてくる意識の中、
セフィロスはとうとう足を止める。
瓦礫の壁に、背を預けて。
肩で息をしながら、顔だけを今来た道に向ける。

足音を、感じた。
おそらく、自分を連れ戻すための追っ手だろう。
だが、どうせ、自分は『区外』の人間。
この瘴気で生き永らえることなどできなければ、
誰かに見つかれば袋叩きに合い、そのまま野垂れ死ぬだけなのだ。
連れ戻す理由があるとは思えない。
何より、あの男が自分ごとき奴隷のために
追っ手を寄越すだろうか?

「・・・見つけましたよ」

視界が、朦朧としていた。
追ってきた人物は、確か、あの男の側にいた少年だ。

「・・・・・・」
「戻りましょう。こんな場所にいても、貴方の命を削るばかりだ」

敬語が、いやに耳に障った。
どうせ、あの環境下では自分はただの奴隷でしかない。
そんな相手にすら敬語を使う、
少年の端整な顔に苛立ちを覚えた。
炎の如き赤毛。深々と刻まれた、]Vの文字。
肌蹴た胸元からかすかに覗く、確かなモルモットの証。

「・・・どこで死のうが、オレの勝手だ」
「貴方は既に、我らの手中にあります。勝手に死ぬことなど許しません」
「じゃあ、これならどうだ?」

セフィロスの中で、暗い感情がこみ上げてくるのを
抑えられなかった。
瘴気に晒され、既におかしくなっていたのかもしれない。
近くには、沢山の破片が落ちていた。
土片、コンクリート片、金属片、ガラス片。
その中で、切っ先の鋭いガラスのそれを手にしたセフィロスは、
躊躇いなく喉元に向けた。
このまま、死んでしまえばいい。
生きていくなんて、耐えられない。
生きる意味もない。
そもそも、なぜ自分はここに迷い込んだ?

・・・区外ですら、自分の居場所など、ない。

「―――っく・・・!!!」
「っ!?」

ドン、と突き飛ばされるようにして、
少年が体当たりを仕掛けてきた。
突然のことに、セフィロスの手がブレる。
その瞬間―――、
ずぶり、と手にしたガラスが肉に食い込む感触を感じた。
視界を染める、真紅。
だが、それは自分の喉元から発されたものではなかった。
少年の顔半分を染めるそれは、
少年の右肩を貫いていた。

「っな・・・」
「・・・っあ、なたは・・・サーが待っていた人だ。死なせるわけには・・・行きません・・・」

右半身を真っ赤に染める少年は、
微かに笑みを浮かべ、地面に倒れ込む。
セフィロスは、土の上に腰を落したまま、立ち上がることもできずにいた。
待っていた?
誰が、誰を?
サー。
少年がそう呼ぶ相手は、紛れもない、あのグレイスという男。
あの男が、自分を?
意味がわからず、セフィロスは首を振った。

「どういう、ことだ・・・」
「どうもこうもねぇよ。まったく、世話かけさせやがって・・・」

セフィロスの疑問は、
けれど語尾に重なるようにかけられた声音にかき消された。

「・・・!お前はっ・・・」
「・・・・・・サー・・・」

セフィロスは思わず身構えたが、
青年はセフィロスに対し一瞥をくれただけで、
つかつかと肩を押さえる少年のほうに歩み寄った。
己の仕える絶対的存在の登場に、
アルダは俯いた。
今更ながら、彼の命に背いた罪の重さに気づいたのだ。

「さっさと戻れ。・・・ったく、お前といいラシスといい、俺の後釜はまだ当分任せられないな」
「っ・・・申し訳ございません。しかし・・・、」

「グレイス様・・・こんな瘴気では・・・」
「そんなことはどうでもいい」
「っ・・・それでは、せめて、私の血を・・・っ」

少年が言い終わる前に、クラウドは口の中で何事かを呟く。
その瞬間、彼の手に緑色の光が集まった。
クラウドの手がかざされた先には、
先ほど鋭い切っ先を食い込ませた痛々しい肩口。
地面を汚す程に血を溢れさせていたそこは、
みるみるうちに癒されていった。
セフィロスは息を呑んだ。
それは、明らかに、『区外』で目にしていた『魔法』。
だが、それなりの資質がなければ使えない技だ。

「・・・何故・・・」

あれほど半身を汚していた色が、
跡形もなくなっていた。
瘴気の中、生き永らえる唯一の術を自らの手で失わせたクラウドに、
驚いたようにアルダは青年を見やる。
クラウドは、確かに青ざめていた。
けれど、その意志を宿す蒼の瞳は強い光で少年を見つめている。
アルダは顔を伏せた。
所詮、自分は彼の傀儡。
逆らえることなど、ありはしないのだ。

「さて、と」

少年が行ってしまってから、
漸くクラウドはセフィロスの方を振り向いた。
セフィロスは、今だ尻餅をついたまま、固まったように動けずにいた。
何もかもが、彼を混乱の中に貶めていた。

この男が、自分を待っていた、とはどういうことか。
そして、この男とあのアルダという少年との関係。
腹心にも見える彼との、不可解なやり取り。
瘴気の中、青ざめたように立ち尽くす男の存在。
それなりの資質と訓練を経なければ使えるはずのない魔法を、
いとも簡単に操る男の、その過去。

わけが、わからない。

「セフィロス。あんたも懲りない奴だな。ほら、俺らも帰るぞ。もう、そろそろ、身体が動かなくなりかけてるだろ」

言われて、気づいた。
ただの恐怖で動けずにいたとばかり思っていた身体は、
いざ動かそうとしても、そう簡単に動かすことはできなかった。
石のように重い、腕や足。
クラウドに支えられて、漸く立ち上がったが、
一歩を踏み出すにも、
相当の体力が必要だった。
足1つ動かすだけで、汗が噴出すのを感じた。

「・・・っ、く・・・」
「動けない?・・・ちっ、少し、長く当たり過ぎたか・・・」

既に、まともに言葉も紡げない。
クラウドは舌打ちすると、動けずにいるセフィロスを腕に抱え上げた。
セフィロスは驚いて声を上げたが、それ以上の抵抗はできなかった。
勿論、心の中ではかなり抵抗していたのだが。
そのまま、クラウドは足早に、
誰も通ることのない裏路地に入り込んだ。
研究エリアとて、科学者達の家族達の住む家はある。
無論、今は荒れ果てた廃墟となれ果てていたが。
その中の一軒に、クラウド達は身体を滑らせた。
重たい門を閉じ、カギをかけてしまえば、
もうそこには夜の瘴気は入り込めない。
クラウドはセフィロスを近くのソファに預けると、
自分は明りを探しに、部屋中を回った。
幸い、アンティーク家具の上の燭台は使えるようだった。
火を点し、クラウドはセフィロスの前のテーブルに腰を下ろした。

「朝まで、休んでいくか。あんたもどうせ、大して動けないだろうし」
「っ・・・お前、何故・・・」

胸元のポケットから、煙草を取り出す。
紫煙を燻らせる青年に、
漸く自由を取り戻しつつあるセフィロスは声をかけた。
聞きたいことは山ほどある。
だが、そのどれもが直接聞きづらいものばかりで、
ましてや、どれから聞けばいいのかもわからない。
とりあえず、セフィロスは
先ほどのアルダの言葉に頭を悩ませた。

「・・・オレを、待って、た?」
「アルダが何を言ったか知らねーが、俺とアンタの間に、大した関係なんてないぜ。」

にべもないクラウドに、セフィロスはなおも食い下がった。

「っなら、なぜ、オレの名前を知っていた?お前はオレを、知っているのか?」

セフィロスは初めて、意思を持って青年の顔を見つめた。
強い意志を秘めた、美しい碧。クラウドは目を細める。
真剣な表情の彼に、しかし先に目を逸らしたのはクラウドの方だった。

「知ってるもなにも・・・、アンタ、有名でしょ。『区外』では。」

セフィロスは弾かれたように顔を上げた。
思っても見なかった自分の話題に、目を見開く。

「神羅カンパニーの英雄セフィロス。強くて、美しくて、全世界の少年達の憧れの的。敵には、銀髪の悪魔とも呼ばれ恐れられている・・・、全部、アンタのことだろ?セフィロス。」

すらすらと己の肩書きを言ってみせるクラウドに、
今度はセフィロスの方が顔を俯かせる。
それを、クラウドは面白そうに見つめていた。
大方、想像がつく。
元々、突出した力を持ち、周囲から一目置かれていた彼。
どれほど有名になり、プレス紙の常連となっても、
周りが大して変わるはずもない。
その強さに、人間離れした雰囲気に、
誰もが畏怖を抱き、敬遠する。
孤独だったのだろう。
確かに、今の世の中、誰かの支えなしでは生きることすらままならない。
ましてや、影で、神羅の殺戮人形、とも噂されれば―――。

「―――っ、何を・・・!」
「どうせ、することなんてないんだ。朝まで楽しませてやるよ」
「・・・!!」

近くの灰皿に煙草を押し付けて、
クラウドはセフィロスの顎を取った。
セフィロスは抵抗を試みたが、まだ先ほどの瘴気の後遺症か、
身体の自由がまともに利かない。
唇を噛み締める。まだこの男に蹂躙されるなど、
耐え難いことだった。

「・・・っ・・・や、めろ・・・!」
「それに・・・さ。寂しいんだろ?アンタの目、そう言ってる。」
「っな・・・」

何を馬鹿な、と紡ごうとする唇が、
クラウドのそれに阻まれた。
乱暴だが、確実に快感を引き出していくその手管に、
早くもセフィロスは溺れ始める。
心の中の嫌悪感とは無関係に、身体は感じてしまっているようだった。
何故、こんな事になってしまったのだろう。
何故。

「あんたも楽しめよ。さっき、俺にイイ顔見せてくれたからさ、特別、優しくしてやるぜ」
「別に、優しくなんか、してもらいたくもない」
「へー。そりゃ失礼。」

いきなり、グイ、と長い髪を掴まれて、セフィロスは呻いた。
ソファの背に身を預けていた彼の身体が、
ソファから引き摺り下ろされる。身体を床にしたたかに打ちつけ、
セフィロスはくぐもった声をあげる。
だが、クラウドの凶行はそれだけに留まらなかった。
今だに離さない銀糸を操り、セフィロスの顔を己の中心部に押し付ける。
鼻先を押し付けられ、セフィロスは嫌悪感に目を瞑った。
この男は、一体、自分に何をさせようというのか。

「っう―――・・・」
「それじゃ、望み通り玩具として扱ってやるよ。―――ほら、舐めろって」
「・・・・・・っ!」

目の前で、ジッパーの下ろされる音。
次の瞬間、口元に男の凶器が突きつけられていた。
顔を背けようとして、クラウドの両手がそれを阻んでいる。
このまま唇を開けずにいれば、クラウドのそれは受け入れずにすむ。
だが、クラウドがそれを許すはずもなかった。
クラウドの右手が、セフィロスの頬を掴んだ。

「・・・っうぐ・・・」
「あんたの強情なトコ、好きだぜ。もっと俺を、楽しませて・・・」
「っは・・・!」

引き結んだ唇を、指で無理矢理抉じ開ける。
開いた隙間から、容赦なく入り込んでくるクラウドの雄に、
セフィロスは歯を立てて対抗しようとしたが、
すかさず顎を押さえられ、簡単に奥までの侵入を許してしまっていた。
所詮、セフィロスに、男に抵抗する術などないのだった。

「よっく理解してくれよな。『外』の世界でどれだけ英雄様だったとしても、ココじゃなんの意味もないんだ。」

喉の奥に楔を突きつけたまま、クラウドはあやすように髪を梳く。
返答もできずに、セフィロスは苦しげに眉を寄せた。
屈辱的な言葉。だが実際、こうして服従を余儀なくされているのだから、どうしようもない。
せめて、武器があれば、とも思うのだが。
何故か目の前の相手には、全て敵わない気がした。
必死に奉仕を続けながら、セフィロスが見上げれば、
唇を歪めて己を見下ろす、蒼の瞳。
濁ったようなそれは、しかし自分の全てを知られているようで、
妙に不安を覚えさせる色だった。
本当に、不思議な男。
大人しく奉仕を続けるセフィロスに、クラウドは殊の外優しかった。

「セフィロス・・・」

クラウドは手を伸ばし、彼の項を擽った。
ゆっくりと、肌を晒していく。
先日の宴の被害に合ったゆえの無数の傷が、
柔肌を彩る。
セフィロスは微かに身を捩ったが、
クラウドは気にしない。そのまま、素肌を辿る掌は、胸元の傷痕に触れた。
『区外』の者とバレないように、青年がつけたそれ。
クラウドは目を細めた。

「やっぱ、あんたには似合わないな。」
「・・・う、あ・・・っ」

くすりと笑う。指先で撫でながら、もう片方の手でセフィロスの顔を上げさせる。
口の端からは、男の先走りと、
セフィロスの体液が混ざり合ったモノ。
クラウドは指でそれを拭ってやると、
半ば無理矢理セフィロスを立たせ、すぐ側の壁に押し付けた。

「あんた、ホント綺麗だよ。こんな、俄仕込みの傷痕で汚すなんて、もったいないな」
「っあ・・・?」

クラウドが胸元に口付けると、瞬きののちに、醜い傷痕が消え去る。
セフィロスは驚いたように青年を見やった。
クラウドは今だ、とらえどころのない笑みを浮かべていた。

「・・・一生消えない傷、つけてやろうか」
「・・・っ」

見上げた男の、酷薄な表情に、セフィロスの背筋が凍りつく。
クラウドが懐から取り出した小型の飾りナイフに、
文字通りセフィロスは固まった。
ゆっくりと胸元を撫でていくそれの冷たさが、
更に恐怖を煽った。

「や、め・・・やめろっ・・・!」
「怖いの?大丈夫、痛くしないから」

皮膚だけを、薄く切り裂きながら、クラウドは嗤う。
銀の光を放つ刃で肌を愛撫され、セフィロスの肌が粟立った。
下肢に降りてくるそれは、臍を撫で、下腹を撫で、
焦らすように太股へ。
下からゆっくりとなぞり上げられれば、
ぶるりと下肢が震えた。

「っ・・・や・・・!」

鋭利なその切っ先が、欲望を収める柔らかな袋へと触れ、
更に男自身のそれを持ち上げる。
セフィロスは悲鳴を上げる一歩手前にいた。
ナイフの腹で、掬い上げるようにして砲身を支えられているのだ。
クラウドが少しでも手首を捻れば、セフィロスのそれはたちまち切り落とされてしまうに違いない。

「ね、セフィロス、感じてる?」

くすくすと笑う声が耳に響くが、セフィロスはそれどころではない。
息を詰め、努めて動きを止めるよう努力した。
しかし、クラウドはセフィロスを翻弄するように、
耳の中を舌で嬲り続ける。

「っう・・・!」
「ほら、もっと感じないと・・・、切れちまうぜ?」

微かに角度を変えられた刃が、柔らかな皮膚に食い込む。
中途半端に勃ち上がったままのそれは、
恐怖に震えていた。
これでどうして、更に熱を持てるというのだろうか。

「っやめっ・・・オネガっ・・・!」
「俺にお願い?随分と素直になったじゃないか。」

からかうような声音が響くが、
今のセフィロスはくだらない意地を張っている余裕はない。
涙をためた美しい瞳で、
必死にクラウドの慈悲を待っている。

「お願・・・!!」
「それじゃあ、質問。どこに傷、残して欲しい?」
「・・・っ!?」

囁かれる声音に、セフィロスは絶句した。

「特別、アンタの好きなトコに刻んでやるよ」
「・・・・・・っ・・・」

漸くナイフを下肢から離されたものの、
次に投げかけられた質問に、しかしセフィロスが応えられるはずもない。
苦痛など、慣れているとばかり思っていた。
だというのに、得体の知れない恐怖を、
自ら望んで受け入れることは、
セフィロスには出来なかった。

「・・・・・・」
「早く応えろよ」

首筋を、ナイフが滑る。
朱線が引かれ、その次の瞬間、溢れ出す鮮やかな血の色。
恍惚として、それを舐めるクラウドが怖くてたまらなかった。

「っ・・・イヤ、だ・・・!」
「やっぱ・・・、アンタにはこの色がよく似合うよ。今まで何人の返り血を浴びてきた?血塗れのセフィロス・・・そうだな、確かに、"銀髪の悪魔"だ」

うっとりとそう告げたクラウドは、
やがてセフィロスの拘束を解き、身を離した。
耐え難い恐怖に、床に崩れ落ちる青年を見下ろして、クラウドは口元を歪める。
次の瞬間、セフィロスは驚愕した。

「っな・・・」

ずぶり、と肉の食い込む音。
クラウドが、ためらいなく、己の左腕にナイフ突き立てていた。
すぐに溢れる血は、床を汚し、セフィロスすら汚していく。
だが、クラウドは楽しげに笑うばかりで。

「・・・っお、前・・・」
「飲めよ。」

止まることのない出血に、
しかしクラウドは止めようとするどころか、
セフィロスの口元にその鮮血を零した。
たちまち、真紅に染まる頬。

「・・・っ・・・嫌だ・・・!!」

何が起こるのかもわからないまま、
ただ尋常でないその行為への恐怖を感じ必死に逃れようとするが、
唇から滑り込むどす黒い体液は、
容赦なくセフィロスの喉に染み込んでいく。
瞬間、

「―――っああ―――・・・!!!」

セフィロスは、絶叫した。
唐突に訪れた、全身を走る激痛に、
指先まで振るわせる。
セフィロスは、恥も外聞もなく身悶えた。
床で悶え苦しむ様子を見下ろし、クラウドは笑う。
発作を起こしたかのようにひくひくと痙攣する胸元に、
やがてクラウドは口付けた。

「綺麗なセフィロス。アンタを俺のモノにしてやるよ。これは、その証だ」

心臓の上に、ナイフを突き立てて。
溢れる血にも構わず刻まれていくそれは、
所有物の証。
ナンバー、]T―――。
それが、閉鎖区でのセフィロスの唯一の身分証明だった。





 


...to be continued...  



→vol.4



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