Folter
全く、どうかしている。
今まで、たかが実験動物ごときに感情を動かされたことなどなかった。
いや、それ以前に、この世の中に私の心を動かすものなどあるものか。
そう思っていたはずなのに、奴の肌に残る朱い痕を見た途端、私の手が動いていた。
微かに震える瞳を冷たい光で突き刺しながら手術台へと乗り上げれば、
組み敷いた存在が私から逃がれようと身を捩る。
手首も足も鎖で拘束されているというのに、本当に往生際の悪い奴だ。
「怖がることはなかろう・・・・・・何度やっているんだ?」
ガチャガチャと耳ざわりな音を立てる手足を押さえつけ、横を向く顎を舐め上げる。
途端、ビクリと反応する感度の良い体。
彫刻のような白い肌とそのラインは、私の造り上げた美しい殺戮人形のそれだ。
けれど、今はその上に目ざわりな朱が散らされている。
不意に見上げる碧い瞳には、怒りと、屈辱と、そして、
私の愛する殺戮人形にはふさわしくない、弱々しい脅えが揺れていて。
その色を見れば、理由もなくめちゃくちゃに壊してやるか、罪深いこの手で抱きしめてやるかのどちらかしか浮かばない。
「・・・やめろ・・・・・・」
かすれた声。
お前、そんな声で拒絶の言葉を紡いだって、私を煽ることにしかならないことを知っているだろうに。
私を避けようとするお前。
私の目を盗んで誰かの腕に安らぎを見だそうとするお前。
全てが魅力的すぎてぞくぞくするよ。
その拠り所を求める弱い心も、血にまみれながらも美しさを留めるその存在も、全てを壊して
私の前に跪かせてやろう。
屈辱と恥辱に染まったお前は、世界中の何よりも美しい。
「クックッ・・・いい格好だな・・・セフィロス」
研究室の暗闇の中で、手術台のきついライトがセフィロスの体を写し出す。
色褐せたブルーの手術着をはだけられ、見上げることもできない明るさの下で全裸を晒すことに、セフィロスはこの上ない羞恥を感じた。
舐めるように見つめる灰色の瞳。
もの心ついた時から、こうして剥かれ、精神が狂うほどの屈辱を与えられてきても、この嵐の前の静けさのような視線はいつまでも慣れない。
そして、この後に来るであろう、耐え難い苦痛も。
全てを見たくなくて瞳を閉じると、ふっと鼻先をかすめる柑橘系の香りが、消毒薬の匂いに混じって、セフィロスを包み込んだ。
次の瞬間、死人のような冷たい手が首筋に触れ、鎖骨を通り下へ降りていく。
愛撫ではない、ただ掠めるように触れるだけの冷たさがセフィロスの背筋を凍らせた。
もう片方の手が顎を捕らえ、強引に唇を奪われる。
「くふ、・・・・っん・・・!」
眉を寄せ、長く重ねられる苦しさに必死に耐える。
愛情のカケラもない、ただ息の詰まるような行為。
鎖に繋がれたまま動かせるギリギリのところで、上にのしかかる男の白衣に包まれた肩を掴む。
苦しさを訴えるように強く爪を立てると、冷たい唇が離れ耳元にまわった。
「その強情さがいつまでもつか、楽しみだな」
掠れた、だが闇の中から溢れ出してくるような、静寂に満ちた声。
それが、この上ない恐怖をまといセフィロスを呪縛していく。
・・・いつも、そうだ。
どんなに体を縛りつけられていても、抵抗できないわけではない。
魔法を封じられているわけでもないのだから、この男から逃れる方法などいくらでもある。
それなのに、この声を聞く度に、体中の力が抜けていく。
抗う気力を、失わせていくのだ。
ずるりと力を失い宝条の肩からずり落ちた右腕が、手術台から垂れた。
眼鏡の奥で瞳を光らせて、セフィロスの右手をとり、その甲に口づける。
愛おしそうに目を細め、指先を丁寧に舐め上げれば、セフィロスはその濡れた感触に唇を噛み締めた。
「く・・・・・!」
「馬鹿だな。耐えようとするから苦しいことくらい、わかっているのだろう?」
先ほどまで大事そうに扱っていたセフィロスの手を興味が尽きたように放って、歪んだ表情をのぞき込む。
口の端で薄く笑みを浮かベ、指先でセフィロスの胸上にある朱い痕を辿った。
「っ・・・」
「私以外の男の腕は・・・ヨかったか・・・・・・?」
赤くなった突起に触れ、のけぞった白い喉に噛みつくようなキスを与える。
痛みもかまわず青くなるほどきつく吸い上げて。
「・・・き、貴様には、関係ない・・・!」
「関係ない?フン・・・そうかもしれんな」
喉の奥で笑い、下肢にあるセフィロス自身に指を絡ませる。
絶妙な力の入れ具合に思わず声を上げそうになって、セフィロスはぎゅっと目を瞑った。
「私の腕で啼け、とは言わないが・・・・・・私の美しい芸術品を他人に穢されるのは、やはり癪だな」
鎖に戒められている両足の膝を立て、セフィロスの後孔を目の前に晒す。
赤く染まったそこを指で貫くと、勘違いしたのか入り口をひくひくと開閉させて呑み込もうと蠢いた。
「・・・あ・・・」
驚くほど冷たい感触が、セフィロスの体をかき回す。
無理矢理内部を拡げられているというのに、自然と声が漏れ、セフィロスは羞恥に必死に耐えた。
甘い声に満足したように、手のひらの中で芯を持っていくそれを煽るように扱き、不本意な快楽に潤んだ瞳を見つめる。
「やめっ・・・離、せ・・・!」
「お前は私のかわいい人形なんだよ・・・私の手から離れて生きていくなど、所詮、無理な話だ」
先端から溢れた蜜を塗り付けるようにして、浮き出た筋に沿って刺激を与えていく。
同時に後ろを弄んでいた指先がひときわ強く奥を貫き、セフィロスの思考が真っ白に染まった。
逃げたい。
逃れたい。
どんなに快楽を感じようと、心まで屈することは堪らなかった。
だから、せめて、
意識の底に、逃げ込む。
全身を襲う奔流に呑まれて、意識を手放す。
それだけが、今のセフィロスのできる唯一の抵抗だった。
どんなに他の男の腕を求めても、深く刻まれた傷は癒えることがない。
残酷な過去は、いつまでたっても記憶から薄れず、セフィロスを苛ませる。
だから、戦いに身を投じる日々は、セフィロスにとって唯一の救い。
死と隣り合わせの人生なら、父親に犯されたとかそんな些細なこと、いちいち考えないですむから。
でも、そう割り切っていても、自分の心は満足などできなかったらしく。
気付けば、誰かを求めていた。
孤独に慣れているといって他人を避けていながら、伸ばされる手には抗えず。
抗えないまま、その胸に溺れ、与えられる快楽に溺れる。
ひとときの夢で気を紛らわせても、現実は変わらないはずなのに。
わかっていても、躊躇なく自分に踏み込んで、怯える自分を暖かく包み込んでくれる彼の存在は、
やはり掛け替えのない、大切にしたい存在だった。
「・・・宝条博士、先日のミッションの報告書です」
「入れ」
薄っすらと回復した意識の中で、セフィロスは宝条と神羅兵のやりとりを聞いていた。
自分のいる場所は、一枚の衝立を隔てている。
だが、万一こんな姿を見られたら、と思うと、セフィロスは羞恥に頬を染めた。
「・・・わかった。少し待て」
少し掠れた声と、部屋を出て行く軽く足を引き摺るような足音。
こんな状態で知らない神羅兵と2人きりであることに、セフィロスは息を詰めた。
けれど、少し身じろぎしただけで、手足の鎖が摺れるように鳴ってしまう。
「・・・?誰か、いるのか・・・?」
「・・・・・・」
体を硬直させながらも、セフィロスは驚きに心臓を高鳴らせた。
知らないと思っていた神羅兵の声は、自分のよく知るクラウドのそれだったのだ。
「・・・セフィロス?!」
気付けば、目の前には自分を愛してくれる大切な存在。
手足に繋がれた鎖に驚き、台の脚に括り付けられたそれを外そうとしてくれる。
全身を剥かれた状態で恥ずかしさを覚えながらも、セフィロスは耐えられなくなってクラウドに縋りついた。
「・・・クラウド・・・」
「どうして・・・あんた、こんな・・・」
痛ましい顔で自分の頬を撫でる金髪の少年に、震えてしまう。
先ほどまでの冷たい手ではなく、自分の心まで包み込むような暖かさが、どうしようもなく恋しい。
もうすぐ宝条が戻ってくるとは思いながらも、セフィロスはクラウドのぬくもりに身を委ねた。
「・・・知ってるだろう?オレは、ここの、実験動物なんだ」
かすかな自嘲の笑みを浮かべるセフィロスが哀しくて、クラウドは頬に唇を寄せた。
手首や足首についた赤い痕をしばし見つめて、意を決したように身を起こす。
「・・・ここから、逃げよう」
耳を疑うほど、甘い誘惑。
クラウドの思いもよらない言葉に目を見開いて、ふっと薄く笑いかけた。
「・・・無駄だ。そんなことをしても、奴からは逃げられない。それに、お前まで神羅にいられなくなる」
「別に、いいよ、そんなの。あんたさえ居れば」
真剣に見つめてくる青い瞳に、引き込まれてしまう。
どうして、彼の言葉はこんなに自分の心を揺り動かす力を持っているのだろう。
それでも、セフィロスは頑なに首を振った。
「戻れ、クラウド。オレなんかに構うな。じゃないと、お前まで・・・苦しむことになる」
「・・・何考えてるんだよ?!そんな状態のあんたを放っておけるはずないだろ?!」
必死にセフィロスに訴えるクラウドに、胸が痛くなる。
それは、彼の言葉に肯きたい心と、彼を苦しませたくない心のせめぎ合い。
必ず、宝条は自分だけでなく、自分の周りの存在をターゲットにしてくるのだから。
「・・・セフィロス!!」
「そこまでにしておけ」
静寂に満ちた宝条の声が、クラウドの後ろから聞こえてきた。
振り向けば、白衣をまとった痩せた姿が瞳に映る。
ロ元には、酷薄な笑み。
「宝条博士・・・・・・どうしてこんな事を」
「やめろ、クラウド・・・!」
セフィロスは制止するが、クラウドは宝条をまっすぐに見つめる。
強い意志を秘めた視線に、眼鏡を押し上げて口の端を歪ませた。
「こんな事・・・とは、私がセフィロスを抱いている・・・という事かね?」
衝撃的な事実を知らされ、クラウドの瞳が見開かれる。
驚きの表情を見せるクラウドに構わず手にした書類を傍らに放ると、宝条はゆっくりとクラウドに歩み寄った。
「・・・!逃げろ、クラウド・・・!」
ただならぬ気配を感じ、セフィロスがクラウドに叫ぶが、それはもう遅すぎて。
気付けば、痩せて骨の浮いた指先がクラウドの肩に触れ、途端クラウドはガクリと膝をついた。
「な、にを・・・」
もはや声もまともに出せないまま、クラウドは宝条を見上げる。
先ほどまでと何も変わらない淡々とした視線が、自分を見下ろしていた。
全身がいうことをきかないどころか、血の気の引くような感覚。
そのまま、クラウドは意識を失ってしまった。
「フン・・・馬鹿な奴だ。私に勝てるはずもないものを」
「宝、条・・・!クラウドをどうするつもりだ!」
ガチャガチャと鎖を揺らし、セフィロスは宝条を睨みつける。
「そうだな・・・今すぐ殺すか」
思案げに顎を押さえ、かたわらに置かれたメスに手を伸ばす。
手の中できらめくそれがクラウドの首筋に宛てがわれ、セフィロスは絶句する。
刃が立てられ、ゆっくりと引かれる瞬間、セフィロスの瞳から涙が溢れた。
「やめろ・・・宝条・・・!クラウドだけは・・・!」
ぼろぼろと雫が流れ、こめかみを伝って台を濡らしていく。
宝条は満足そうにクラウドから手を放すと、セフィロスの濡れた頬を舌で舐め取った。
「その言葉・・・覚えておこう」
唇を重ねたまま、手首を拘束していた金具を外す。
「とりあえず、お前に免じてこいつは生かしておいてやる。だが、2度目はないぞ」
手を引いて身を起こさせ、新しい衣服を着せてやる。
セフィロスは呆然としたまま宝条の言葉にうなづいていた。
涙が、溢れて止まらない。
クラウドが死ぬことなど、考えられない。
だが、現実にクラウドの死を目の前に突き付けられ、セフィロスは動揺していた。
床に倒れた彼は、血の気を失い、死んでいるかのようで。
そんな彼の姿を見ることは、何より耐え難かった。
だから、
大切なものは、1つだけ。
それ以上望めば、全て失うだろうから。
痛ましい顔でクラウドを見やりながら、セフィロスはその頬に涙を落としたのだった。
*** END ***
・・・もっと痛い系の終わり方が読みたい方は、このページのどこかに隠しページへの入口があります。
ヒントは「いつもとレイアウトの違うトコロ」です。頑張って探してくださいね。