Nightmare



いつもこの部屋の扉を開けるときは緊張感に襲われた。
もしかしたら、もうこの部屋の中はもぬけの殻に
なっているかもしれないと、何度思ったことだろう。
銀色の髪を揺らしセフィロスが扉の前で
心のうちを紛らわせるように軽くうつむき、
意を決して静かに扉を開いた。
窓の脇にしつらえられたベッドの上には先刻と変わりなく
冷たい表情をした人間が上半身を起こしている。
「クラウド、おきていても平気なのか?」
窓から差し込む夕日を混じりけのない金色の髪が跳ね返していた。
「クラウド・・・」
呼びかけに応答はなく、
人工の光を湛えた醒めた瞳は、声の主を映そうともしない。
時として、クラウドは意思も感情も、
全は意識の底に沈んでしまっているような状態に陥る。
ベッドの傍にひざまずいて、白く冷たい手をとるが、やはり反応はない。
「どうして・・・クラウド・・・
どうして」
馬鹿みたいにそれしか言葉がでてこない。
暗い狂気の淵から自分を呼び戻したクラウドなのに。
全てに絶望していた。
世界の全てに憎悪を向け、破滅を望んだ自分。
全てを憎んでいると信じていたのに、
クラウドの声が、激情にたぎった瞳が、
自分の中の最後の人間らしい感情を引き戻した。
彼に殺されるのなら本望だと思った。
むしろ、それを願っていたのかもしれない。
自分という穢れた存在を消してしまいたいとどこかで思っていた。
それがどれほどクラウドにとって残酷なことであったか、
今、こうして思い知らされている。
精神崩壊寸前までクラウドを追い詰めてしまったのは自分だった。
せめぎあう感情に身を引き裂かれ、魔晄の洗礼に晒されて、
クラウドは悪夢の中を彷徨っているのだ。
抉った血肉の感触が焼き付いて離れない自分の手をみやる。
この手が握った剣が貫いた瞬間を思い出すたびに、
心臓を鷲掴みにされるように胸が疼く。
セフィロスがおびただしい量の知識とエネルギーの洪水から逃れ、
助かったのは奇跡としかいいようがなかった。
最後に目にしたクラウドの蒼い瞳がセフィロスの意識をこの世に繋いだ。
なのに、友であるザックスの死をとどめることはできず、
こうして狂気に身を浸すクラウドを助けることもできずに手をこまねいている。
「・・・全部あんたのせいだろ」
狂気の底に沈んでいたと思っていた相手が、静かに見下ろしていた。
夕暮れの闇の中、冴え冴えと光る蒼い瞳。
「いまさら罪滅ぼしのつもりか?
たいがいにしろよ。あつかましい」
絶句するセフィロスの前でクラウドが酷薄な笑みを浮かべる。
憎悪。
暗い炎がクラウドを支配していた。
「あんたのこの腕は何をした?」
ひっこめようとしたセフィロスの手首を掴んで、
常にはないような力でねじり上げる。
「痛っ」
思わず小さな悲鳴をあげたセフィロスに構うことなくねじり上げる指に力が加えられる。
「生きながら焼かれていくのは、どれくらい痛いんだろうな?
銃で蜂の巣にされるのもさぞかし痛いだろうよ」
「クラウド・・・・」
「俺の名を呼ぶな!」
激したクラウドは、ねじり上げた手首にさらに力を加える。
過大な負荷に耐え切れなくなった骨が乾いた音を立てる。
「・・・ぅあっ・・・」
息を飲むセフィロスを平然と見下ろし、さらに掌を尋常じゃない力で握りつぶす。
「・・・こっちも折れたな」
抑揚のない声だった。
セフィロスは自分の右の手首と掌を見つめる。
どちらも骨は粉砕しているようだった。
「痛くて声もでないってわけ?」
脈打つ痛みと熱を帯びた右手を抱え、クラウドに向き直る。
「お前の気が済むのなら、何をされても、構わない」
贖罪の方法など、それくらいしか持ち合わせてはいない。
何もかもなくした身では、この身体一つを投げ出すほかはない。
「面白いこというね。俺の気が済むなら?
・・・こんなことくらいで、か」
「・・・・クラウド」
「さっき、俺の名前を呼ぶなって言わなかったっけ?」
「どうすればいい?
どうすれば・・・・・」
「どうすればいいかって?
そんなもん知るかよ。
あんたみたいな情緒の欠落した人形に
何を言ったって無駄だとは思ってるけどね」
苛立ちをあらわにするクラウドに
何も返す言葉がみつからず、セフィロスはうなだれた。
「傷ついたような顔、できるんだね。
あんたみたいな欠陥品でも」
クラウドが顎を掴んで仰向かせる。
「感情もない人形がもだえてるみたいで滑稽だな」
クラウドは鼻で笑って、セフィロスの身体を床の上に放り出し、
乱暴にシャツのあわせに手をかけて引き裂いた。
「クラウド・・・・」
蒼い瞳に沈む暗い影がセフィロスを苛み続ける。
「黙れよ」
クラウドは舌打ちして、裂いたシャツをセフィロスの口に押し込み
自分で外せないように自由になる左腕をベッドの足に縛り付けた。
見つめる碧の瞳すらうるさいといって目隠しをされ、
ただ相手の欲望を満たすためだけの存在としてあしらわれ、
強引に足を開かれて、冷たい憎悪そのままの性行為を受け入れさせられる。
慣らされないまま受け入れさせられ、
こらえきれずに声すら立てられずに涙を流した。
いたぶることだけが目的の行為ですら、
自らの血の滑りで摩擦する感覚に快楽を覚える。
視界をふさがれたままの行為が、不安を募らせ、
冷えた指先が肌をたどるたび、熱い吐息をつまらせる。
クラウドの凍りついた心が悲鳴をあげているのに、
手を差し伸べることすら許されない自分。
失ったものの大きさにセフィロスはただ立ち尽くすだけだった。


自分が組み敷いた存在は、
碧の瞳も、銀色のしなやかな髪も何一つ記憶と変わることがない。
その優しい声色すら在りし日のままで、
全ては悪い夢なのではないかとクラウド自身が錯覚しそうになる。
目が醒めれば、またいつもと同じ日常が始まるのではないかと、
揺れる心をさらに乱す。
あるはずのない幻想だとわかっていながら、
それでもなお心に巣食う面影を振り払うことができない。
最も信じていたかった者による手痛い裏切りが心に消えない傷を刻んだ。
憎もうとすればするほど、相反する感情につかまりそうになる。
せめて、自分の前から消えてくれと願う。
そうすれば苦しみは和らぐかもしれないのだから。
セフィロスに傷をつけるたび、引きずり出される自分の中の罪悪。
自らの手で殺すことすらできない脆弱さ。
やりばのない感情は逃げ道を見出せずにクラウドの中身を侵食していくのだ。

何度も繰り返す、明け方の悪夢。

クラウドはそれが夢だと知っている。
夢の中のできごとなのだから止めることは造作もないはずなのに、
あの時と同じように立ち尽くしていた。
紅蓮に輝き業火に崩れ落ちていくのは、
今さっきまで不変だと信じきっていた世界。
赤一色の世界に確かなものなど、一つもなかった。
声も出せずにその場に崩れ落ちるクラウドの目の前で、
世界はぐにゃりと歪む。
「オマエノセイダ」
頭の中に直接響いてくるような声に顔を上げる。
血にまみれた見知った顔がぐるりと周囲を取り囲んでいた。
「オマエノセイダ」
「違う!」
「オマエノセイダ」
「だって仕方がなかったんだ。俺は・・・・・」
「オマエノセイダ」
弁解しようとするクラウドに、怨嗟の声は増していく。
これは夢だ。
夢なのだ。
わかっていても、苛む声を振り切ることができない。
耳を塞いでも、地面から絡みつくように憎悪が身体の自由を奪っていく。
「オマエノセイダ」
「違う!
俺は、ただ・・・」
渾身の力で手を伸ばす。
「ただ・・・・」
空を掴む指を握り締め、途方にくれる。
出来の悪い寓話のようだと思う。
空に輝く銀の月を欲し、月の光に焼かれ全てを失う愚かな男。
愚かさゆえに全てを失った。
自分を責める声は全てお見通しだ。
失いながらなお、捨てきれない思いを抱く未練がましさ。
それは何よりクラウドが一番認めたくない感情だった。

 


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