想い
「・・・ザックス?」
入って来た人物が自分がよく見知る存在であることに、セフィロスは気付いた。
けれど、いつも羨ましいほどに明るいはずのその表情は、どこかかげりを帯びている。
「・・・何か用か?」
「相変わらずつれない奴だなぁ。折角見舞いに来てやったのによ」
おどけたような言葉遣いとは裏腹に、その瞳はセフィロスを睨みつけている。
その視線に気圧されたように、セフィロスは沈黙した。
「・・・・・・クラウドが、言ってた。あの魔晄炉に現れた『セフィロス』は、幻影だ、ってな。・・・どういう意味だ?」
途端、セフィロスの目が開かれた。
「・・・意外だな。そんな事を聞きに来たのか」
「そんな事、じゃすまないだろ?!幻影?なんだよそれ。そんな非現実的なことないだろ?!」
目の前の存在に詰め寄るが、セフィロスはさらりとかわす。
背を向けた銀髪のソルジャーに、ザックスは唇を噛み締めた。
「それより・・・・・・クラウドは無事か?」
「・・・・・・ああ、無事だよ、あんたのお陰で」
「そうか」
そっけないその言い方が妙にいらだたしくて。
ザックスはセフィロスに掴みかかった。
「あぁ、ありがとうよ。あんたのお陰でクラウドは怪我しないですんださ。・・・・・・だけどなぁ!!」
自分の方に向かせて、その動じない碧の瞳を見据える。
「あんたのせいで・・・・・・クラウドは・・・・・・」
脳裏に映る、傷ついていた少年の瞳。
それが例え自分自身の犯した罪のせいだったとしても、あそこまで彼を追いつめたのは何なのか。
それ以前に、いつもと変わらない態度のセフィロスを見ていると、どうしてもクラウドを責める気にはなれなかった。
「・・・・・・クラウドは、傷ついたんだよ。体じゃない、心が」
体の痛みならば、いつかは治るものだと思えるけれど。
一度病んでしまった心を、どうして癒してやれるだろう。
やっとセフィロスを解放すると、ザックスはうつむいた。
成されるがままになっていたセフィロスもまた、その場に立ち尽くしたまま動こうとはしなかった。
「・・・・・・オレは、クラウドを死なせたくなかった。それだけだ」
「・・・・・・へっ。ご立派な理由だな。だけど、そんなのあんたの勝手な言い分じゃないか。そのために・・・・・・他人を自責の念にからせていいわけ?」
「・・・・・・」
ザックスは顔を上げると、沈黙したセフィロスを見やった。
「・・・クラウドは、あんたを傷つけた、と自分を責めてた。・・・・・・俺は詳しく知ってるわけじゃないし、これはクラウドとあんたとのことだから・・・・・・深入りもしたくない。だけど」
ザックスの魔晄の瞳が、真っ直ぐにセフィロスを見据えた。
「・・・・・・クラウドは、俺が守る」
強い光を帯びた、蒼の瞳。
「あんたがこれ以上クラウドを追いつめるのなら・・・・・・俺はあんたを許さない」
いつになく真険なザックスの表情を見て、セフィロスは微かに笑った。
「・・・・・・全く、お前は頼りになる部下だったよ」
「だからこそ2ndから1stに昇格できた。んなコト今さら言うなよ」
照れたようなザックスの表情は、先ほどよりかは幾分柔らかくなったようだった。
「・・・・・・そういや、5日後にあんたと組む任務があるって聞いたけど・・・・・・なんなんだ?」
「オレにも、よくわからないんだ。どこかの魔晄炉の調査らしいが。とにかく、今のところ言えるのはここまでだな」
困ったように眉を寄せるセフィロスにふうん、とだけ答えてザックスはきびすを返した。
「・・・・・・言いたかったことはそれだけだ。任務まであと5日もあるんだろ?それまでに仲直りでもしてくれ。・・・・・・俺は・・・やっぱ、あんなクラウド見たくねぇよ」
「・・・お前はどうするんだ?」
「俺?俺はなぁ、一応これでも彼女がいるんだよ。あいつんトコ行ってやんないとな・・・・・・。だから、ちょうどいいだろ?俺のいない間に抱くなり抱かれるなりなんでもしてくれ」
背を向けたままあいさつがわりに手を挙げて、ザックスは出て行った。
再び静かになった自室にたたずむ自分の耳に残るのは、強いチカラを秘めたザックスの言葉。
『クラウドは、俺が守る』
そして、そう言った時の彼の強いまなざし。
思い起こして、セフィロスは微かに自潮の笑みを浮かベた。
(・・・オレは、逃げていた)
クラウドを守りたかったのは、自分だ。
けれど、自分との関係を断ちさえすれぱ、クラウドを守れる、などという浅はかな考えは、
結局はクラウドを傷つけていた。
どうして、それで彼を守ったと言えるだろう。
傍に居て、彼の身に降る火の子さえ振り払えぬ、弱い存在。
ザックスのように、『守る』と言い切れる強い心が、本当に羨ましかった。
(5日後・・・・・・か)
5日経てば、嫌でも自分はクラウドに会わなければならない。
このまま、彼を避けていることなど無理だろう。
自分もまた、ザックスの言うようにクラウドの痛ましい顔など見たくなかった。
そして、それが自分が理由であるならなおさら。
セフィロスは窓際に歩み寄ると、夜のネオンの映るそれを開け放った。
秋の終わりの冷たい風は、次に来る季節の予感を感じさせる。
(もうすぐ・・・・・・冬だな)
それでも、セフィロスはその冷たさを噛み締めるように目を閉じた。
容赦なく全身を叩く空気が、弱い自分を戒しめているかのようだ。
セフィロスは、胸に手を当てた。
実際銃弾をこの体に受けたわけではないから傷はないが、あの時の感覚だけは覚えている。
『クラウドさえ無事ならば、それでいい』
どんなに勝手だろうと、これは自分の本心だった。
だから、もしその想いが彼の嫌がるものだとしても、それで彼との繋がりを失ってしまっても、
多分、後悔はしない。
けれど、今のような半端な関係のまま顔を合わせるのは、任務だとしても嫌だった。
だから。
秋の暮れを表す涼しげな風が、セフィロスの頬を励ますように憮でていく。
それを感じて、微かに笑みを浮かベたまま、セフィロスはいつまでも夜の空を眺めていたのだった。
もうすぐ、冬が来る。
ミッドガルに来てから、2回目の冬。
去年は、暇さえあれば3人で飲みに行っていた気がする。
ちょうど戦争が終わって、神羅全体がそれなりに落ち着いていた頃だ。
今思えば、懐しい日々。
この1年の間に、何もかもが変わってしまった。
故郷に降る穢れのない真っ白な雪とは違う、濁ったようなミッドガルの雪を思い出しながら、クラウドは微かに笑った。
・・・・・・まるで、自分みたいだ。
何も変わらない街。灰色の空の下で、ただ生きているだけの人々。
都市部から遠く離れた故郷ニブルヘイムは、自分にとって嫌悪以外の何ものでもなかった。
人の活気さえ失ったような町の中で、メディアに写る都会の風景はいつだって憧れの的だった。
しかし、実際来て見れば、自分の想像したものとは大きく違っていた。
一皮むけば、故郷と全く変わらない空気。
そんな淀んだ雰囲気の中で、セフィロスだけが光を放つものに見えた。
だからこそ、憧れて、手を伸ばして、そして・・・・・・・、気付けばもう抜け出せないほどに彼を愛していた。
そして、自分の、候補生落ちというふがいなさに絶望して、セフィロスを追いかけることすら出来なくなって。
ただ純粋に憧れていた故郷の自分と、行き場のない感情を持て余す今の自分は、あまりにもかけ離れている。
全てを絶ち切って、新たな人生を歩んでいられたなら、どれほどよかったことだろう。
胸にくすぶる未練がましい感情が、本当に憎らしかった。
「・・・なぁ、どうすればいいんだろうな」
膝を抱えて座り込んだまま、声だけで壁の影にいる存在に問いかける。
すると、その声に導かれるように、銀髪の青年が姿を現した。
「・・・・・・なんで、あんたこんな所にいるんだ?」
立ち尽くしたままの青年を見上げる。
「・・・お前を、探していた」
「・・・へぇ。あんたって意外ともの好きなんだな。自分を傷つけた奴に会いたいなんて」
皮肉気なロ調のわりに、その表情は柔らかい。
視線を前に戻してただ暗い夜空を見つめるクラウドの傍に来ると、セフィロスも同じように座り込んだ。
少し肌寒いくらいの風が、沈黙する2人の頬を撫でていく。
見上げれば、滅多に見られない澄んだ月が、淡い光を放っていた。
「・・・・・・ごめん」
一つため息をついて、クラウドが呟く。
「・・・やっぱり、俺はあんたの事が好きなんだ。・・・こんな、あんたを傷つけてばかりでも、それでも・・・・・・さ」
目を閉じて、上を向く。
クラウドは何かに耐えるように、きつく唇を噛み締めた。
「オレは、お前に傷つけられたと思ったことはない」
「・・・そんなこと言うなよ。もう・・・・・・いいんだ。あんた一言謝りたかっただけだから」
隣にいるセフィロスを見やり、うっすらと笑う。
抵抗しないセフィロスの胸に手を這わせ、服ごしに心臓の辺りに触れると、静かだが確かな鼓動が手のひらに伝わってきた。
敵兵に撃たれた、箇所。
「あんたが生きてて・・・・・・よかった」
「・・・・・・」
「俺の目の前であんたが血に染まって倒れた時、本当に自分を呪ったよ」
頬を寄せ、その鼓動を感じる。
「・・・クラウド・・・・・・」
「それが、本当のあんたじゃなくても、俺は・・・・・・」
「お前のせいじゃない」
クラウドの懺悔の言葉にいたたまれなくなり、セフィロスは遮った。
胸元に顔を埋づめるクラウドの髪をゆっくりと梳いていく。
「あれは、・・・オレの、身勝手だ。お前を、死なせたくなかった。だから、・・・行った」
「じゃあ、あれは本当の・・・・・・?」
顔を上げて見つめる少年に、セフィロスはうなづいた。
悼むような光を宿す瞳が、妙に悲しい。
「・・・セフィロス」
クラウドは手を伸ばすと、自分を見降ろす存在の頬に触れた。
愛しげに頬のラインを指先で辿り、首筋にまで降りていく。
「・・・やめろ」
ごく静かな声で制止され、クラウドははっとて手を引っ込めた。
「あ・・・ごめっ・・・」
膝を抱えて、バツが悪そうに横を向く。
自分のしようとしたことを反芻し、あまりのばかばかしさに笑いさえこみあげてきた。
「もう、オレの側に、来るな」
ひどく震えた弱々しい声が、隣から聞こえてくる。
初めて本当に自分の存在を拒否され、わかっているつもりだというのにクラウドは唇を噛んだ。
「・・・オレといれば、お前は必ず不幸になる。オレの側になど・・・いるな」
「・・・・・・何それ」
想像もしないセフィロスの言葉に振り向けば、かすかに揺れた、だが強い光を帯びた碧が自分を見据えてくる。
「別れ話なら、そんなまわりくどい言い方・・・・・・」
「別れ話なんかじゃない!・・・今まで、オレは側にいた奴らを皆、不幸にしてしまっていた。だから、クラウド、オレはお前まで不幸にしたくない。幸福でいてほしいんだ」
必死にクラウドにセフィロスが訴える。
だが、クラウドはセフィロスの言葉を聞き終える前にセフィロスをきつく抱き締めた。
「やめっ・・・クラウド・・・」
「あんたの言ってる幸せって何だよ?俺の幸せもわかってないクセに・・・・・・」
手だけで抵抗を押さえ込み、碧い瞳をいどむように見据える。
微かに脅えたような瞳を見つめながら重ねられた唇は、ひどく背徳の味がした。
「ん・・・っ・・・」
「・・・俺は、・・・あんたが欲しい」
キスのあい間に言葉を紡いで、何か言われる前にまた唇を塞ぐ。
そのまま、押さえ込んだセフィロスの手のひらを、自分の股間に触れさせた。
「だから、あんたがいない日々は、全く幸せなんかじゃなかった。例え、今日の幸せが明日の不幸を招いたとしても・・・俺は、今の幸せを望むだろう」
クラウドの手に導かれたそこは、既に猛って、ボトムを押し上げている。
それを直に感じたセフィロスは、体温を上昇させた。
「あ・・・っクラ・・・」
「なぁ・・・あんたを俺にくれよ。そしたら、・・・明日、死んでもいいからさ」
「あ・・ダメ・・・だっ・・・死・・・」
舌を絡め取られ、きつく吸い上げられる。
クラウドの与える感覚に溺れてはいけないとわかっていながら、体の奥底がクラウドを求めて反応し出す。
セフィロスは必死に震える体を押し留めながら、クラウドの胸を押し返そうと手を突っ張ねた。
「ダ、メ・・・」
「・・・俺は、死ぬより、よっぽどあんたを失う方が、嫌だ」
唇を離し、戸惑う碧を見据えて、クラウドは言った。
セフィロスの首の後ろに腕を回し、しがみつくようにセフィロスを抱き締める。
「だから、今だけでいい・・・あんたを俺に、くれ。あんたの心を納得させるのに理由が必要なら、犯されたことにすればいい」
「・・・クラウド・・・」
「最後の幸せを・・・俺に、くれ」
耳元でせつなく囁く声に、セフィロスは抗うことなどできなかった。
心の奥ではいつも求めている存在の言葉に抗えるほど、セフィロスは強くない。
だから、ゆっくりと露わにされた素肌にクラウドの指が触れると、セフィロスは微かに吐息を洩らした。
それを合図に、ゆっくりとセフィロスの体を横たえ、自分もそれに覆いかぶさる。
既に服を剥がされた上半身に秋のひんやりとした風が吹き、セフィロスは一瞬ぶるりと身体を震わせた。
「・・・ここじゃ、寒い?」
ここは、部屋の中ではない。
見上げれば月が見えるような、吹き晒しのベランダの様な場所。
丁度ビルの裏側で、前に高い建物もないから人に見られる心配はなかったが、それでも外気の中で身を晒すことに身を切るような羞恥を感じる。
けれど、部屋に行こうかと気遣うクラウドに、セフィロスは首を振った。
「いい・・・はやく・・・」
はやく、お前を感じたい。
多少の寒さなど忘れてしまえるほどに、
身を焼く熱い感情に、支配されていたい―――――。
セフィロスの意思を肌で感じたクラウドは、更に笑みを深くして再度唇を合わせた。
「ふあ・・・っ・・・」
今度は抵抗なく開かれた口内を、ゆっくりと、確かめるように舌が這っていく。
じらすのが目的であるかのように自分の舌に触れようとしないクラウドにもどかしさを覚え、無意識のうちにセフィロスの舌がクラウドを追った。
「っあ・・・はっ・・・」
クラウドの手がだんだんと下へおりてくる。
セフィロスのそれが既に勃ちあがっているのを服越しに確かめ、ベルトに手をかけてボトムを脱がせた。
触れ合う舌が濡れた音を放つ頃、クラウドは身を起こし、膝でセフィロスの足を割り、自分の身体を滑り込ませる。
剥き出しのセフィロスの白い足を内股からなぞりながら、膝の裏を押し上げた。
「足、抱えて・・・」
胸元にある両膝を、クラウドに導かれた手でおそるおそる抱える。
自分の秘められた箇所を月の光とクラウドの目の前に晒して、銀髪の青年は羞恥に頬を赤く染めた。
自由になった両手でセフィロスの双丘を割り、間でうごめくそこを舌で舐める。
「・・・っはあ・・・・・・っ・・・」
熱く濡れた感触が、秘部に唾液を塗り込めるように侵入してくる。
襞の一つ一つを丁寧に舐められ、セフィロスは体を戦慄かせた。
必死に快楽に耐え、唇を噛み締める。
だが、クラウドのしつこいほどの愛憮と、足の間で腹に付くほど立ち上がったそれに与えられる強烈な感覚に、セフィロスの理性はもろくも崩れ去ってしまっていた。
あれほど拒んでいた体を繋げる行為が、今目前に迫っている。
それなのに、今の自分は心も体もそれを待ち望んでいて、抵抗など考えもしない。
明日の不幸より今の幸福を望む。
自分の中で、それは愚かでむなしいものだと思っていた。
明日の不幸をわかっていて、どうして今幸せに浸っていられるだろう。
それなのに、現実はクラウドを感じ、愛されていることを感じ、まぎれもない幸せを感じてる。
抱えていた足をクラウドの肩に預け、熱いそれを体内に打ち込まれる時も、
痛みより、快楽より、心を満たすような幸福感を感じてるのだ。
「なぁ、セフィロス・・・感じてる?」
耳元で囁かれ、セフィロスは夢中で首を縦に揺らした。
あぁ、クラウド。
お前を、感じている。
お前の与えてくれる幸福を、感じる・・・
「あ・・・クラ・・・、や・・・っ!・・・」
奥を貫かれ、息がつまる。
出ロ近くまで引き抜かれ、安堵と次の波の予感が思考を麻痺させる。
逃がすまいと手を伸ばしてクラウドの頭を抱き、セフィロスは汗に濡れた髪を揺らして首を振った。
先にあるのは、快楽の渦。
それに呑まれて、セフィロスは何もかもを忘れてクラウドに溺れていった。
・・・忘れない。
互いの、この感触。
この幸せ。
そして、その幸せを守り抜く。
逃げてばかりじゃない。
2人なら、どんな運命がこの先待ち受けようとも、多分、大丈夫だから。
そう、2人なら―――――。
...to be continued...