Atonement
まだ太陽は地平線上をさまよい、世界を照らすにはほど遠い。
その薄闇の中で、ミッドガル中央に建つ神羅ビル高層部の一角が、淡い影を揺らした。
セフィロス・・・・・・神羅が誇る、最強のソルジャー。
自室のベッドから身を起こした彼は、虚ろな瞳のまま左右を見渡した。
戦場では敵をすくませるような、突き刺す様な鋭い眼光も、今は影を潜めている。
今だ夢うつつであるかのようにとらえどころのない表情を浮かべるセフィロスは、吐息と共に言葉を吐き出した。
「・・・・・・ゆ、め・・・・・・」
夢を──見ていた。
愛する者に抱かれる夢。
その暖かい腕の中で、安堵の息をつく夢。
決してありえない、それ以前に現実にはあってはならないはずの・・・・・・夢。
自分の心の奥でうずく欲を如実に示すその夢を思い返して、セフィロスは唇を噛んだ。
(違う)
違う。あれは夢なんかじゃなかった。
クラウドに連れられて街へ行ったのも、薄暗い部屋の中で今にも消えてしまいそうな彼の後ろ姿を見つめていたのも、全て──。
セフィロスはうつむいたまま夜着に包まれた体を抱きしめた。
瞳を閉じると、自分の望む存在が次の瞬間触れてくれるのではないかという淡い期待が胸を支配する。
視界の闇の中にクラウドの存在を感じながら、銀髪の青年はシャツの合わせ目に指を這わせた。
「・・・んっ・・・・・・」
指先が胸元に在る突起に触れる。
既に立ちあがったそこをゆっくりと愛撫すると、全身がピクリと震えた。
(クラウド・・・・・・)
初めてだった。
初めて誰かの傍にいたいと思った。
それがこの上ない快楽であることを肌で感じた。
他の誰でもない、クラウドの傍が──。
「・・・はぁ・・・っ・・・」
胸元にある手が下肢を目指してさまよう。向かおうとする先に在る己は、『誰か』の手に触れられることを夢見て熱を持ち始めていた。
セフィロスの長い指が、かすかに朱に染まる白い肌を撫でていく。
もはやなにも見えない視界の中で、セフィロスの手はいつしか彼が求める男のそれと同化し、ついに己自身に触れた。
「・・・・・・んっ!」
息をつめた拍子に、手のひらで包み込んだそれが硬さを増し、セフィロスを自身の愛撫に溺れるという背徳の行為へといざなう。
敏感に反応を示す自分自身の体を抱くセフィロスは、自嘲にも似た笑みを浮かべた。
──今さら、何だというのだろう。
体中が、クラウドを欲している。
その手に触れて、触れられて──、クラウドが与えてくれる幸福に身を委ねたい。
今──この場で。
「ん・・・はっ・・・・・・」
手が動く。そこだけが何か別のものであるかのように。
指先がうごめく。あふれ出ようとする快感に身をいたぶらせるように。
誰にも見せられない、自分だけの行為。
もう一方の手が無意識のうちに背後へと回り、素肌とズボンの間をぬってセフィロスの秘められた箇所へとたどりついた。
「やぁ・・・・・・っク・・・ラ・・・」
指を挿れる。
女と違ってすぐには濡れないそこは、クラウドの指──否、彼の熱い猛りを欲して収縮を繰り返している。
自身からこぼれる滴を、なぐさめを与えるようにそこに塗り込めると、自分から求めるように指先を2本、3本とくわえ込んだ。
「もっ・・・や・・・っ・・・」
体を反転させてうつぶせになる。
肩と両膝だけで全体重を支え、腰を上げる。もし誰かが後ろにいたなら、自身の行為によってあえぐセフィロスの全てが見えたことだろう。
セフィロスが唯一、心の底から全てを晒すことを許した存在。その人の為だけにする行為。
今はそれを、自分の為に行うのだ。
「クラウド・・・・・・っ・・・」
セフィロスの体内で指がうごめく。
その度に体に震えが走り、より強い刺激を求めて腰が揺れる。
そして、快楽の証に先端から先走りの液を漏らすセフィロス自身は、もはや限界とばかりに硬さを増していく。
「・・・お、・・・オレは・・・・・・っ」
いきつく絶頂の予感に、体中に緊張が走る。
それでも、自らの体が欲するままに、セフィロスは肉体を弄び続けた。
「お前、が・・・・・・っはぁ・・・」
セフィロスの下肢に伸ばされた手が、彼自身を追い詰めていく。
前はより激しく。
後ろはより深く────。
「す・・・、好きだ・・・・・・・・・っあああ────っ!・・・」
何よりも、クラウドが欲しい。
彼から与えられるものに溺れ、自分も彼に与えたい。
強制されるのでなく。自分から。自分の口から。
────「好き」だという想いを。
それでも、望みは叶わない。
相反する想いを秘めたままむさぼる行為は、虚しさを助長するだけ。
それなのに、体だけは彼を欲してやまない。
満たされないまま終わる体は、何度やってもまだ足りずに、クラウドを求め続けるのだ。
ピーッピーッピーッ・・・・・・
携帯の呼び出し音が鳴っている。
──朝・・・・・・か。
目を開けると、いつもの部屋にカーテン越しに射す明るい光。
何ら変わることのない、朝の風景。
(・・・今日は遠征だったな・・・そういえば)
携帯の内容はおそらくそのことだろう。
ソルジャーのくせに、未だ顔を見せない自分を怒っているのかもしれない。
起き上がって、うるさく鳴り続ける呼びだし音を切る。
──今さら、遅いんだ。
瞳を閉じる。
自分はあの時選んでしまったのだから。
自分の心をつらぬくより、大切な『クラウド』を守りぬくことを。
その命を守り続けることを。
だから、そのために自分は耐える。それが、『想い』を与えてくれたクラウドに自分がしてやれるたった一つの事。
──愛している。
再度、セフィロスが目を開けたとき、そこには迷いが消えていた。
敵を見据える強い光。それが、今もまた、彼の碧に宿り始めていたのだった。
任務を受け、現地に赴いていたクラウド達は、不覚にも苦戦していた。
世界中にあまたとある大小様々な反神羅組織。
その中で、一部の『過激派』といわれる者達が『魔晄炉爆破予告』を表明したのだ。
こういうことは、むしろ爆破されてしまったほうが、事後処理はラクだ。
だが、未だ爆破されていないだけに、神羅は警備を強化せざるを得ず、
クラウド達を含めた多くの兵たちが派遣されたわけだった。
誰もが思った。『なぜ警備を強化される前に行動を起こさないのか』と。
だが、テロリスト達の目的がまさにそれだということを、クラウド達は現地で知ることになったのだった。
「くっそ・・・・・・」
多少、疲労の色を見せつつ、ザックスはつぶやいた。
もはや、魔晄炉の内部はところどころ破壊されていた。
地方の中核を成すこの魔晄炉は、研究室などが多くあり、容易に中核部まで行けない。
そのおかげで、まだかろうじて多大な被害は受けていなかったが、このままでは時間の問題だな、とザックスは思う。
不覚だった。
外部からの侵入ばかり重点に置いていた。
当然のことだが、内部のことは何も気にかけていなかったのだ。
それが誤りだった。
「まさか、派遣されたヤツの半分がアンチだとは思いもしなかったぜ・・・・・・」
内部からの破壊。
それに混乱している間に、外部からの侵入を受け。
死力を尽くしてテロリスト達を抑えてきたが、これで終わりとは思えなかった。
それに、ザックスにはもう一つ気にかかることがあった。
「・・・っクラウド!!大丈夫か?!」
ドサッと音がして、敵兵が倒れ込む。それを飛び越えるようにして、金髪の少年が姿を現した。
片手には、既に銃器ではなく、敵兵のものであろう片刃の剣を持っている。
「・・・このまま、消耗戦を強いられるのは、つらいな」
「全くだ。援軍待つったって、そいつらもあっち側だったらどうするんだよなぁ・・・・・・」
完全に、神羅側のミスだ。
おそらく、この計画のために、反神羅組織はスパイを送りこんでいたのだろう。
神羅がそれを知った以上、本社も警備を強化しているはずだ。
援軍が十分に来るとは思えなかった。
「・・・奥にはまだいるのか?」
「さぁ、な。俺達側の被害だって、そもそもどのくらいアンチなのかも把握できてないからなぁ・・・あ?!クラウド?!」
ザックスの言葉を最後まで聞かないまま、クラウドは奥へと駆けだした。
あわてて追いかけようとするが、背後に気配を感じて、仕方なく振り返る。
「くっそ。何人でてくりゃ気がすむんだよっ!」
半ばヤケになりながら、ザックスはバスターソードをかまえた。
(・・・クラウド・・・・・・)
あの時から、クラウドはどこかおかしかった。
あの時・・・そう、自分と関係を持ったあの日から。 ただでさえ少ない口数がさらに減ったし、それに、何より・・・・・・。
あの、時折見せる苦痛に耐えるような表情を思い出して、ザックスは胸が痛んだ。
何か声をかけてやりたかったが、2人は、あのまま公的な立場におかれ。
・・・クラウド、どうか無事でいてくれ・・・・・・!
半ば祈るように心で告げると、ザックスは目の前で自分に敵意を向ける者達に剣を振り上げた。
クラウドは、ひたすら魔晄炉に向かっていた。
その間、視界に入ったテロリスト達は全て倒してきた。
皆、崩れかけた壁などに潜伏し、魔晄炉へと向かう機会を伺っているようだった。
魔晄炉へと続く道は、この他にもある。
そのため、今倒してきた者達以外にも、侵入者がいると考えざるを得なかった。
・・・・・・それにしても。
なぜ自分は走っているのだろう。
魔晄炉爆破を阻止したい?・・・・・・別に爆破されようがされまいが、自分に何の関係があるというのだ。
任務を全うしたいから?・・・・・・自分にとって、上からの命令ほどわずらわしいものはないというのに。
不意に、横から敵兵の気配を感じて、クラウドは手にした剣を凪ぎ払った。
今はまだいい。
もはや自軍も敵方も、火器の補給がほとんど間に合っていない状態だからだ。
だが、これ以上新たな侵入者が来たら・・・・・・、援軍のない神羅側の敗北は必至だった。
(敗北・・・か・・・・・・)
敵兵の倒れる音を聞きながら、いやに冷静に考える自分がいる。
敗北・・・その先に待つものは、死に他ならない。
だが、クラウドは微かに笑みを浮かべた。
(・・・・・・・・・それもいい)
自分にとって、『生きる』とは何なのだろう。
そもそも、自分は何のために生きているのか。
自分のあさはかな言動で、愛する者を傷つけ。
それでいて、自分の愚かな欲が彼を穢していく。
そんなために、彼を愛したわけじゃないのに。
それより、何故自分はあの時セフィロスを追ってしまったのか。
身のほどもわきまえず、結果的に彼を傷つけ、そして己自身まで裏切ってしまったのは、他ならぬ自分だった。
突然、向かうべき方向から爆音が聞こえた。
見れば、魔晄炉中心部の警備を任されていた神羅兵達が倒れている。
この扉を突破されれば、魔晄炉の中枢はすぐそこだ。
(絶体絶命・・・というヤツだな)
自身の冷静な部分でそう考えながら、クラウドは中へと急いだ。
そこには、3人の侵入者。
一人は爆弾を設置しているようで、他の2人はガードのようだ。
一目で銃器がないことを見て取ると、襲いかかってきた兵たちと剣を打ち合った。
さすがにここまで来ただけあって、相手も腕が立つ。
だが、結果的には敗れ去った敵兵たちを後目に、クラウドは一人残った男に詰めよった。
「・・・終わりだ」
剣を振り下ろす。
見下すような、憐れむような瞳が赤に染まったその時、
「クラウド──────っ!!」
切羽詰まった声が、自分を振り向かせた。
そして、銃声。
瞬間、時間が凍りついた。
・・・先に逝くよ、セフィロス。
俺が死んだら・・・・・・あんた、俺を許してくれるか?・・・
次第に遠のいていくはずの意識は、だが次の瞬間、あり得ない光景に覚醒を余儀なくされた。
「なっ・・・・・・」
かすんだ視界に、あり得ない光景が映った。
死神を髣髴とさせるような黒衣、
それに映える、絹糸のような長い銀髪、
そして、何よりも美しい碧の瞳を持つ青年。
それが、血の赤に染まり、自分の方へと倒れ込んでくる。
驚きで二の句がつげないまま、某然としていると、遅れてザックスが姿を見せた。
「クラウド!!大丈夫か?!・・・・・・な・・・セフィロス?!」
ザックスはあわてて駆け寄ると、既に意識のないセフィロスを抱き上げる。
「な、何がどうなってんだよ・・・?!」
「違う・・・・・・俺が・・・っ・・・」
まだ気が動転し、震えるクラウドに、ザックスは嘆息した。
「・・・とにかく、話は後だ。幸い、今のところ侵入者は外で食い止められてるから、今のうちにセフィロスを運ぶのが先だろ?」
うつむくクラウドの肩を叩くと、回復魔法を唱える。
一時だけでも傷の塞がったセフィロスを抱えると、2人はやっと静かになったらしい魔晄炉を下りていった。
...to be cotinued...
気付いた方は笑ってくださいv