Crasy Soul 04 〜 死の恐怖を知った時



 戦いの中に身を置いて心地いいと思えるのは、自分の命に何の価値も見い出していない証拠。
 誰かに利用される自分なんか、まっぴらだ。
 どうせ、大切にされるのは、研究材料だからであり、女に言い寄られるのも自分の「英雄」という地位に目が眩んでいるから。
 結局、「セフィロス」、という自身を見てくれているわけじゃない。
 そんな中で長く生きてきたからだろう。
 いつの間にか、明日死ぬかもしれないという現実の中で他人と付き合うことに慣れていた。
 今日の別れは、永遠の別離。
 それでいいと思える程に、淡白な付き合い方。
 それは、夜を共にする者であろうとなかろうと、変わることがなかった。





 「愛してるよ」
 「・・・・・・」
 「あんたが死んだ後も、ずっと」
 「・・・・・・ああ」





 ふと頬に冷たい空気を感じて、セフィロスは目を覚ました。
 見張りをしていたはずだというのに眠ってしまった自分に苦笑して、辺りを見渡す。
 わずか数名しかいない部下たちが深い眠りについていることを確認して、セフィロスもまた岩肌に背を預けた。
 (・・・夢か)
 夢を見ていた。
 内容はよく覚えていない。
 ただ、すごく暖かな夢だった気がする。
 この、気が張りつめている戦場に似つかわしくない熱さが、胸の奥にまだ残っているようだった。
 (馬鹿な・・・何故オレがそんな夢を見る必要がある)
 セフィロスは飽きれたように首を振ると、その場から立ち上がり、空を見上げた。
 雲一つない空にぽっかりと浮かぶ、美しい満月。
 そのせいで夜間に奇襲される可能性もあることはわかっていたが、高い所で月を眺めたいという欲に負けた。
 念入りに部下達のいる洞窟に目隠しの封印を施すと、セフィロスはいくらか先にある丘に登った。
 青白い光が彼を照らす。
 「美しいものだな・・・・」
 不意に、洩れる言葉。
 ミッション中だというのに、セフィロスはあまりにも無防備な自分に笑った。
 いや、もはやミッションなど終わったのかもしれない。
 この山にたてこもって何日が立ったのか。
 その前までの自軍の多大な被害に、セフィロスの顔がかげりを帯びた。
 こんな土地勘のない所に何の対策もなく軍を派遣した神羅側のミスだ。
 結局、どの部隊も生き残った者はこの山中へ追い込まれ、通信機も身につけている発信機も意味を成さない。
 この危機から逃れる為には包囲網を切り崩すしかなかったが、知らない土地でそういう作戦を立てるのはあまりに心もとなかった。
 今出来ることは、増援部隊が自分らを包囲している敵部隊を制圧するまで内部の侵入者を倒すことぐらい。
 我ながら情けないものだ、とセフィロスは溜め息を吐いた。
 それにしても。
 何て静かな夜だろう。
 今までは風の音や、動物の遠吠えや鳥の鳴く声くらいは聞こえていた。
 それが、今は世界全体が月の美しさに見入っているかのように、声を顰めている。
 セフィロスはもう一度青銀の月を見つめた。
 「あんた、月みたい、っていうより、月そのものだよな」
 ふと、くすっとした笑い声と共に、以前に言われた言葉が頭をよぎる。
 ずっと前のことだ。
 クラウドに半ば強引に遠出させられ、その時に2人で見た月が今くらいに美しかった。
 今までミッドガルの曇ったような月しか見たことがなかった自分は、一つも欠けた所のない丸い月とその光に息を飲んだものだ。
 その記憶があるからこそ、今こんな時に月を眺めたくなったのかもしれない。
 セフィロスはそのことを思い出して、ふっと自潮ぎみに笑った。
 (クラウド・・・オレは、そんなにキレイな存在じゃない)
 月のようだ、と笑って言われた時はなんだか恥ずかしくてそんなこと考えられなかったけど。
 誰もが美しいと思える月に自分が形容されて嬉しい反面、どこか胸の奥に隙間風が吹いていた。
 「美しい」と言われるのは、いつもその外見だけだったから。
 そして、ただ人を殺すしか能のない自分が、「美しい」などと形容されるにはほど遠く醜いものだとわかっているから。
 そしてもう一つ。
 (・・・オレは、月のように何も出来ない)
 月は、それ自身の力で光っているわけではない。
 太陽の光を浴び、ただそれを映して光るだけ。
 そして自分もまた、与えられた力と、地位と、名声だけで生きる存在だったから。
 わかっていても、結局何1つできやしないまま、ここまで来てしまった。
 後戻りなど、不可能だ。
 (わかってるさ)
 だからこそ、自分に価値なんか見い出せなかった。
 でも、それでいい。
 生への執着なんか、あった方が大変だ。
 特に、自分のような立場にあるなら。
 セフィロスはふと襟元に手を伸ばし、服の下に隠していた首飾りを取り出した。
 薄い銀のプレートには、自分の名とクラウドの名が彫り込まれている。
 ある日突然キスと共にクラウドに贈られたそれを見ながら、セフィロスは目を細めた。
 「あんたが俺を忘れないように。あんたが俺のものだ、って証拠」
 幻想の中のクラウドが耳元で囁く。
 こんなもの1つで自分の所有権を主張されても困るのだが、他人からこうやって直接何かをもらうなんて初めてで、セフィロスは一種の戸惑いと共にそれを身につけるようになっていた。
 確かに、どんなに長く離れていてもこうやって彼を思い出すことがあるのだから、クラウドを忘れないためには役に立っているのだろう。
 「忘れないで」
 それは、他人と淡白な付き合い方しかしていなかった自分にとって、苦痛とも言える願い。
 それなのに、その願いと共に贈り物を受け取ってしまったあの時の自分は、やはりどうかしていたのだろう。
 案の定、クラウドは今では自分の心に堂々と居座り、忘れることさえできやしない。
 (だが・・・もう、それも最後かもしれないな)
 忘れないで、という願いのこめられたクラウドとお揃いのプレート。
 しかし、身につけている者が、死んでしまったら?
 死んだら、自分はクラウドの事を忘れてしまうのだろうか。
 当然だ。
 クラウドどころか、他のことも、自分のことさえも忘れてしまうだろう。
 それが、「死」ということ。
 わかっている。だからこそ、死を常に間近に感じている自分が、生に執着しない存在であって幸いだと思っていた。
 でも・・・
 クラウドは、どう思うのだろう。
 自分が死んで、自分がクラウドのことを忘れたら、彼は、どうするのだろう。
 もし自分が死んだら・・・・・・
 しかし、その先を想像出来ない自分がそこにいた。
 (なんで・・・今まで、こんなの考えたこともなかったのに・・・)
 何故か、体がぞくりと震えた。
 いつの間にか、頭上にあった月は傾き、冷たい風が剥き出しの肌を叩く。
 不意に感じたことのない寒気に襲われ、セフィロスは自身の体を抱き締めた。
 (・・・寒い)
 いつだって、寒い時にはこうやって抱き締めてくれていた腕を思い出す。
 けれど、今はない。
 どこにいるともわからないクラウドだけが、その腕を持っているのだ。
 決して、いつでも自分のものではない。
 わかっていながら、気を抜けば求めてしまいそうになる自分の愚かさに、セフィロスは唇を噛んだ。
 昨日会えたからといって、今日会えたからといって、明日会えるとは限らない。
 今日の別れは永遠の別離かもしれない。
 それでいいと思って生きていたはずなのに。
 セフィロスは得体の知れない不安に翻弄されながら、胸のプレートを握り締めた。
 冷たい銀の感触が、手の中で熱さを帯びるまで。
 一瞬のような永遠のような、長いような短いような時が、彼の周りで流れた。









 カチャリ。
 気付いた時には、四方から銃口が向けられていた。
 うつむいていた顔を微かに上げれば、・・・・・・敵兵が自分を囲んでいる。
 ふと、口の端に笑みが浮かんだ。
 自分が、いつも身近に感じていた「死」が、今こそ目の前にあるのだ。
 「・・・英雄セフィロス。その命、ここで頂戴する」
 リーダーらしき人物が照準を合わせた。
 もう、逃れる術はない。
 でも、それでいいのかもしれない。
 (・・・クラウド)
 こんな死の間際に、何故か彼のことが浮かんだ。

 (・・・お前は、オレが死んでも、オレのことを覚えていてくれるか?)

 しかし、その答えをセフィロスが導く前に、運命は決された。



 上向いた視界に移ったのは、煙の上がる銃口。
 みるみる赤色に濡れていく、自分の手のひら。
 そして、その中に収まった、銀色に光るクラウドの贈り物。
 セフィロスはそれを見つめながら、瞳を閉じた。





 薄れる意識の中、浮かぶのは夢の中で聞いた気がする彼の言葉。
 「愛してるよ」
 ホントは、そんな言葉、聞きたくなかった。
 陳腐で、使い古された言葉なんか、いらない。
 オレが本当に欲しいのは・・・・・・
 「あんたが死んだ後も、ずっと」
 そう。
 オレが死んでも、


 オレを、






 忘れないで





 


***END***

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