Crasy Soul 07 〜 断心 01
「・・・明日から、ここへは来ない」
突然の台詞だった。
いつものように、世間の喧騒から離れたこのバーで飲んでいたら。
平常を装う彼の手が微かに震えているのを見ながら、クラウドはセフィロスの方に顔を向けた。
「なんだよ。あんたから呼び出しといてさ。・・・用事でも出来た?」
朝っぱらからグラスの中のアルコールを仰ぐ。毎朝こうやって語る時間は、そもそもセフィロスが作ったものだった。
勤務時間前のひととき。互いに、それなりには楽しんでいたはずだ。
ちらりと彼を見やると、相変わらずセフィロスの視線は彼の手の中のグラスに向けられていた。
「・・・別に」
「ふうん。ま、いっけど。俺、夜勤多いからさ、結構朝早いのつらかったんだよね」
大したことでもないように振舞うクラウドに、セフィロスは唇を噛む。
そんな彼の姿を横目で見ながら、クラウドはボトルの酒をグラスに注いだ。
沈黙が訪れる。
バーの中で、古めかしい流行曲が流れているだけだ。
会わない話をされた後で普通に話すのもいまいちだったし、そもそも2人に共通する話題もない。
気まずい空気と時間だけが容赦なく流れていき、ついにセフィロスは席を立った。
「じゃ」
「・・・ああ」
逃げるように出て行った後ろ姿を見ながら、クラウドは肩をすくめた。
(・・・何があったんだか)
突然自分から切り出すセフィロスなど、初めて見た気がする。
勤務時間は迫っていたが、そのままクラウドはグラスの残りをあおっていた。
「なんだ、クラウド、フラれたのか?」
からかい混じりのマスターの声に、顔を上げる。
「バカ。んなんじゃねえよ。そもそも、つき合ってねーし」
クラウドはグラスを置くと、そのまま閉店まぢかのバーを出た。
もうすぐ冬が来るこの季節は、薄着には肌寒い。
いつになく冷たい風を感じながら、クラウドは神羅ビルへと急いだ。
確かに、つき合っているわけではなかった。
ただ傍にいたいと、それを望んだのは自分だった。
だから、夜に遊び歩いているらしい彼がつかまる朝に、
毎日自分の元へ来るよう望んだ。
彼が、どうして自分の誘いに応じたのかはわからない。
そもそも、先に弱みを晒したのは自分だった。
言うつもりもなかった想いを、気の迷いで告げてしまったあの時の自分がうらめしい。
クラウドの心も聞かぬまま、彼の腕に溺れた自分が情けなかった。
彼の心が自分にないのを知っている。
それでも、あの時の自分には彼が全てだったし、
彼が誰を見ていようと、自分を見ていなかろうと、構わなかった。
けれど―――――。
傍にいて、初めてわかった。
相手の心が自分に向けられていないことが、どんなに哀しいことか。
今さら彼に答えを求めても、それが無理だとわかっているから、
余計に哀しくなる。
せめて、きっぱりとNOと言ってくれたなら、自分はあきらめていただろうに、
剥き出しのままの心に、彼が容赦なく浸食していくのがわかる。
そうなればなるほど、自分は彼を求めて、そして絶望していくのだろう。
もう、耐えられなかった。
だから、離れた。
顔も合わせず、ずっと会っていなければ、
きっと彼を忘れられると思いながら。
「セフィロス・・・セフィロス!!」
後ろからかけられた声に、セフィロスははっとした。
「あ、ああ・・・ザックス」
「何ボサッとしてんの?りりしさが売りの英雄様が大なしだぜ」
自分と同じ1stのこの黒髪のソルジャーは、大げさに肩をすくめて、セフィロスの顔をのぞき込んだ。
まじまじと見つめてくるザックスに、セフィロスが顔をしかめる。
「・・・なんだ」
「なーんか・・・浮かないカオしてっからさ。・・・クラウドにでもフラれた?」
その言葉に、セフィロスは唇を噛んだ。
ザックスは、2人の関係を知っている。誰もつき合っているなど一言も言っていないのに、不器用な彼の為にいろいろアドバイスしてくれたりしていた。
だからなのか、自分の顔を見ただけで当たからずも遠からずな言葉が出てくる彼に、セフィロスはつくづく読みの早い奴だと苦笑した。
「違う。・・・オレが振った」
「ええ?!それまたどうして。」
驚いて聞いてくるザックスに、セフィロスの顔に影が落ちた。
言えない。
言えるわけがない、こんな想い。
当たって砕けろが恋愛のモットーな彼のこと、自分のこんな想いなんか笑い飛ばすに違いない。
けれど、だからといって彼のように当たって砕ける勇気は、今の自分にはなかった。
もはや壊れかけている自分を、つなぎ止めているのが精一杯で。
このままだったら、自分はどうなってしまうのかわからなかった。
「まぁ、俺の出る幕じゃないけどさ、」
ザックスがセフィロスの肩に両手を置いて、顔を上げさせる。
自分を見据える、真っ直ぐな瞳。
「自分の心には忠実に生きろよ。そうじゃねぇと、後で後悔するって。」
励ますようにポンポンと肩を叩いてきびすを返し、ザックスはひらひらと手を振った。
一人廊下に残されたセフィロスは、動けないままその場にたたずんでいた。
自分の心・・・・・・
誰も、彼といたくなくて逃げ出したわけじゃなかった。
彼が自分の心に浸食するのを、止めたかっただけだ。
けれど、
彼がいなければいないで、自分は必ず彼のことを思い出し、
思い出しては1人でいる自分を嘆く。
眠れない夜は必ず彼の腕を思い出し、むせび泣いている。
所詮、
一度溺れてしまえば、
彼の存在は自分を浸食し、
彼の不在もまた自分を浸食していくのだろう、より深く。
気付けば、彼のことしか頭にない自分。
最後に会った時自分に向けた彼の表情しか、もはや浮かばない。
より傍にいたいという思いが大きくなるのに耐えられなくて、
結局は彼の元にいたいと願う自分に、
セフィロスはバカな奴だと自嘲した。