見えない鎖



あの部屋で、全てを断ち切ったと思っていた。
それなのに、俺の心の底で、淡い記憶が揺れる。
愚かな俺の望みは 姿となって腕の中に舞い戻り、
セフィロスという名の見えない鎖は いつでも俺を捕らえて離さない。



「・・・行くのか?」
まだ暗がりを残す夜明け。
かたわらで眠る存在をそのままに、窓際で外を眺めていたクラウドの背に、静かな声がかけられた。
ゆっくりと振り向くと、薄闇に浮かぶ白い姿。
その幻想的な姿に、昨晩の艶やかさが思い出され、クラウドは目を細めた。
「・・・今日から仕事だ」
「・・・そうか」
それきりセフィロスは何も言わず、動こうともしない。
彼のそんな様を眺めながら、クラウドはかすかなため息と共に紫煙を吐き出した。
何故、こんな所まで来てしまったのだろう。
確かに、休暇中には街へと出る。
だが、クラウドが今いる場所は、以前彼がセフィロスと再会した場所だった。
想いを伝え、そして初めて一緒になれた部屋。
その中で、クラウドは過去の記憶を反芻するように、セフィロスを抱いていた。
それでも、時は戻せない。
戻れない日々の記憶は、全てが虚ろとなって瞳に映る。
わかっていても、その幻影を望んでしまう自分が嫌になる。
クラウドは指先に挟んだ煙草を傍らの灰皿に押し付けると、俯く銀髪の青年に近寄った。
「・・・・・・おい」
顎に手を掛け、自分の方に向かせる。
その怯えるでもなく、甘えるでもない瞳が自分を見つめている。
何の感情も宿さない光が腹立たしかった。
「もう、俺の部屋に2度と現れるなよ」
「・・・何故?」
「・・・俺から出てきたクセに、理由を言う必要があるか?」
「・・・・・・」
再び下を向いたセフィロスに、心の一部がかき乱される。
嘘だ。
本当はいつだって彼が欲しいのに。
「・・・オレは、お前が望めばそこにいる。それだけだ。お前の指図は受けない」
「・・・だから、俺が嫌だって言ってるんだろ?!」
自分でもよくわからないまま、腕を振り上げた。
唐突に沸き起こる激情に任せて、セフィロスに殴りかかる。
だが、その刹那、青年の姿はあとかたもなく消え失せていた。
クラウドの腕が宙を切る。
「・・・ちっ・・・」
軽く舌打ちをして、もはや無人のベットに腰掛けた。
いつもこうだ。
自分の中のセフィロスは、いつでも唐突に現れ、唐突に消え失せる。
唯一の救いは、彼が自分以外には見えない、ということで。
気づけば、部屋の壁に寄りかかっていたりすることなどしょっちゅうだった。
だが、神羅のある自室は、上官であり友人であるザックスと共有だ。
彼といるときに、セフィロスまでいることは、なんとしても避けたかった。
クラウドは立ち上がると、一つため息をついて脱ぎ捨ててあった服を身に着け始めた。


もうすぐ、朝が来る。







 その日は、ばたばたと過ぎていった。
 ザックスと再会してつかの間、2人は上層部から呼び出され、休暇明け早々ミッションを言い渡されたのだ。
 そうして、そのための資料集めやら、戦略会議やらてんやわんやしているうちに、日が暮れていき、やっと落ち着いて部屋に戻れたのが夜も遅い時間だった。
 「はぁ〜死ぬ死ぬ。」
 人一倍体力もちのザックスがソファにへたり込んだ。
 「ったく、休み明けこれだから、上サンも人遣い荒いよなー」
 「・・・うるさい、こっちはまだ終わってないんだ。黙っててくれ」
 一方、クラウドは補佐の仕事が未だ終わっていない。
 ザックスに文句を言ったものの、実際彼の存在をも頭から閉め出して山のような資料を整理している。
 その様を眺めながら、ザックスは再度ため息をついた。
 「あーあ、つれないクラウドさん・・・・・・」
 「・・・ザックス・・・」
 気付けばクラウドが黒髪のソルジャーを睨んでいる。
 「なんだよ?お仕事終わったのか?」
 「・・・いや」
 あきれたように手元の文書に目を戻す。
 そのまま、静かに時が過ぎた。

 いつの間にか、クラウドもソファに座り込んでいたが、静寂は変わらなかった。
 もっとも、すぐにザックスが破ったのだが。
 「なぁ・・・・・・」
 目だけをザックスに向けた。
 「もしかして、まだ引きずってんのか?」
 「何がだ?」
 「・・・オンナのことだよ、この間は俺が悪かったんだけど・・・」
 「別に、気にしてない」
 ザックスはポリポリと頭を掻いた。
 「ま、お前だったやすぐにオンナが寄ってくるからな・・・」
 「・・・・・・」
 「コイビトの一人や二人、確かにどうってコトない・・・」
 最後まで言うことが出来なかった。
 クラウドの拳が、ザックスの頬にめり込んでいたのだ。
 「・・・い・・・」
 頬に手を当ててクラウドを睨みつける。
 「なにすんだよ!」
 強い口調で問いただす。
 しかし、クラウドはそのままの表情でザックスの胸倉をつかんだ。
 「な・・・なんだよ・・・」
 金髪の少年の、射るような視線に気圧されたように言葉を濁す。
 何も言わず自分を見つめるクラウドの真意を探るように眉を寄せた。
 次の瞬間、唐突にクラウドの顔が近づいてきた。逃げる間もなく唇が重なる。
 突然の思いもよらない目の前の存在の行動に、ザックスは目を見開いた。
 「・・・っク・・・んう―――――っ・・・」
 肩を掴んでクラウドを退けようとするが、首を締め上げられ、強い力で頭を抑えられる。
 友人とばかり思っていた同性の行為にめまいがする。
 強引に割られた歯列の奥で、他人の舌が蠢く感触に、ザックスは体を竦ませた。
 いつの間にか首に回されるクラウドの腕。
 絡み付くようなその手に、本来ならば起こってはならないはずの熱が体の奥を支配する。
 クラウドの唇が耳元へと移動したのを感じたが、ザックスはもはや体を動かすことが出来なかった。
 「・・・抱いて」
 「・・・・・・なに?」
 耳にかかるクラウドの吐息が、ありえない言葉を紡ぐ。
 ザックスは耳を疑った。
 「ザックス・・・俺を、抱いてくれ・・・・・・」
 自分の肩に顔を埋めるクラウドの背が小刻みに震えている。
 それでも信じられなくて、わざと茶化すように言った。
 「へっ・・・・・・お前がバイだったとは知らなかったぜ・・・」
 「・・・・・・」
 首にしがみつく腕の力がきゅっと締まった。
 その姿が、いつものクラウドとは全く違っていて。
 いつもの、つっけんどんで人に甘えることを知らない彼が、今は・・・・・・。
 「クラウド、お前・・・・・・」
 ザックスは言葉に詰まった。
 目の前の、いつも強がりばかり言う存在は、やはり16歳の少年で。
 傷ついていた。彼が背負うほどのできないほど深く。
 誰のために傷ついたかなどわからない。わからないが、体を求めてくる彼の姿は人に頼ることを知らない彼の唯一の助けを求める声なのかもしれなかった。
 おそるおそるクラウドの背に腕を回す。
 この震える友人の心の痛みを少しでも和らげてやりたかった。




  * * *




気づけば、クラウドは薄暗い部屋の中で生まれたままの姿で横たわっていた。
(・・・・・・俺、は・・・)
クラウドの脳裏には、激情のままにセフィロスに手を上げた時のことがあった。
自分の望むセフィロスの投影。
あの時、彼が消えて、自分は深い虚無感に襲われていた。
だが、多忙を極めていた日中は、そんなこと考える暇もなかった気がする。
では、今の虚しさは何なのか。
不意に、首筋に濡れたものが押し当てられた。
それが這い回る感覚に合わせて、背筋がぞくりと震える。
「・・・ぁ・・・」
(ザックス)
見上げると、目の前には友人である黒髪のソルジャーが、こちらもなにも身に着けずに自分を見下ろしていた。
視線を合わせると、真剣な表情を軽く緩めて笑いかけてくる。
ザックスのその笑顔に、断絶していた記憶が蘇ってきた。

・・・・・・不安だった。
一人でいることが、一人でいることによって犯してしまうであろう過ちが―――――。
仕事に集中しているなら、かろうじて彼の存在を忘れることができる。
しかし、それが終わったとき、そして一人になったとき、果たして彼のことを想わずにいられるだろうか。
もし少しでも考えてしまえば、愚かな望みがまた姿を現してしまうだろう。
情に濡れた、自慰にも似た自堕落な行為。
それに溺れてしまう自分が、嫌でたまらなかった。
だが、それを阻止するためには、誰かにすがるしかなくて―――――。
「ザックス・・・・・・」
クラウドは黒髪の青年の首に腕を巻きつけた。


しなやかな腕が、ザックスの心に火を付ける。
目の前の、まだ幼さを残すこの少年を、恋愛対象としてみたことはない。
ただ、同期に神羅に入社してからというもの、彼は自分にとって大切な親友だった。
他に友人がいないわけではない。ザックスの性格は、同性、異性を問わず惹きつけるものがあった。
けれど、クラウドは特別だった。
別に性格が合ったわけでも、長いこと一緒にいたわけでもないけれど。
可愛いと思ったのだ。
年上ばかりの中で背伸びして強がりを言う姿。
素直じゃないながらも、自分に対して気負わず接してくれる姿が。
いつの間にか、彼の保護者のようにいろいろ世話を焼いていた。
だから。
いつになく塞いでいるクラウドに、本当はずっと心配していたのだ。
その中で、自分にすがる彼を拒絶することなどできるはずもなく、
大切な友人の為に、ザックスは彼を守ってやろうと心に決めた。
その証に―――――。
ザックスはクラウド自身を両手に包み込み、ゆっくりと扱き始めた。
勃ちあがりかけたそれは、黒髪の青年の手によって熱を増し、快感を求めて震えている。
クラウドの顔を覗き込むと、悲しみを宿した青い瞳が自分を見据えていた。
いつもはこんな表情など見せるはずのない、強い少年なのに。
「・・・何があったんだ・・・・・・クラウド・・・」
「・・・・・・」
言わないであろうことはわかっていても、ザックスは聞かずにはいられなかった。
クラウドは顔を背け、何かから逃れるように、何かを忘れるようにきつく目を閉じる。
ゆっくりと唇を重ねると、自分から望むように舌を絡ませてきた。
それに応じるようにクラウドの背に腕を回し、冷え切った心を抱きしめた。

触れるそばから伝わる、ザックスの暖かな思い。
愛なんかじゃない。愛よりも暖かで柔らかな感情。
確かに自分の心が安らいでゆくのを、クラウドは感じた。
でも。
(俺は・・・―――――同じだ)
セフィロスと。
自分が傷つく理由を伝えないまま、ただ他人の腕にすがる存在。
体だけの関係で、痛みを紛らわせている自分。
多分、ザックスだって気付いている。
自分がこんなに弱い存在であることを。
それでも、自分の求める声に応じて抱きしめてくれる友人。
本当に、




情けない。
情けない。
情けない。




 「何を、考えてる・・・?」
 少年を組み敷く存在が、その下で喘ぐ者に声をかける。
 「お前が誘ったクセに、つれなくするんじゃねぇよ・・・」
 その瞳はあまりに虚ろで、自分の方を向いていても何を見ているか知れない。
 後ろで蠢かせていた指を抜き、本数を増やしてそこに押し入れると、一瞬震えた体がクラウドを我に返らせた。
 「!・・・あぁ、すまない」
 腕を回して口付ける。
 その心と同じ、冷え切った舌が絡まった。
 (・・・クラウド)
 その体は、ザックスを拒絶していない。
 ザックスの愛撫によって、口元は抑えるでもなく声が漏れ、体は熱く火照ってくる。
 いずれ受け入れるであろう秘部も自身から流れる先走りの液によって濡れ、彼を待ち望むようにひくひくと震えている。
 だが、その瞳はーーーーー。
 クラウドの心を如実に語る青い瞳は、ただ悲しみを表していた。
 今は、誰も映せないだろう。
 彼の心を占めるたった一人以外は。
 ザックスは、そんな少年を気の毒に思い、そしてそんな顔をさせたクラウドの心を占める存在に、憎しみに似た感情をもった。
 「クラウド・・・・・・俺、そんなお前みたくないよ。いつも強がりばかり言ってたお前はどこへ言ったんだ・・・・・・」
 「・・・・・・」
 クラウドの肩に顔を埋め、ザックスは続けた。
 「俺はお前のトモダチだろ?一人で溜めこまないで、俺に話してくれよ・・・・・・哀しいよ、そんなお前を見てるのは・・・・・・」
 「ザッ・・・クス・・・・・・」
 ザックスの体は、本当に暖かだった。
 全てを話して、全てを晒して彼の腕で過ごせたならどんなにかよいだろう。
 でも、ダメだった。
 (すまない・・・ザックス・・・・・・)
 たった一言だけ、言葉が洩れた。
 「ありがとう・・・・・・」
 クラウドは一筋の涙を流していた。
 「・・・・・・いいのか?」
 ザックスが尋く。
 ゆっくりと頷くクラウドを確かめて、自身を彼の秘部にあてがった。
 欲しいものは、愛する故の、息の詰まるような感触ではなく、友情という名の安らぎ〜〜〜〜〜。
 そんな彼の心に応えるように、ザックスはただクラウドを抱きしめ続けていた。



 夜が、哀しい安らぎの色に揺れる。
 その中で、クラウドは束の間の幸せに身を委ねていた。



...to be cotinued...




言い訳:ただザックラが書きたかった。
    でもダメだった。
    (すまない・・・ザックス・・・)
    たった一言だけ、言葉が洩れた。
    「フフフフフ・・・やっぱりクラセフィよ・・・」
 



 

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