幸せを希う心
「さぁ、これでいい」
しゃがんでいたクラウドが立ち上がり、満足気に目の前を見やる。
中心を囲むようにして咲いた花は、ひっそりと美しさを保ち、淡い光に照らされていた。
セフィロスはその花を見やり、過去の残像に思いを馳せた。
エアリスを弔いたい、と先に言ったのはセフィロスだった。
それを聞いたクラウドもまた、旅の途中で満足に埋葬してやれなかったから、とすぐに承諾し、2人は忘らるる都へと向かった。
エアリス―最後の古代種の娘が眠る場所へ。
ここには、クラウドもセフィロスもつらい思い出があった。
互いに自我を失っていたにしろ、クラウドはエアリスに向かって剣を振り上げ、
セフィロスはその刀を彼女の背に突き立てた。
エアリスの命を直接奪った自分たちが、果たして彼女の心が生きるあの場所へ行けるのかはわからなかったが、
それでも2人は忘らるる都へ向かったのだった。
「・・・・・・もう、6年になるんだな・・・・・・」
クラウドが、花を見ながらポツリと呟く。
その声を聞くともなしに聞きながら、セフィロスは涼しげな風に身を任せていた。
6年。
彼女を殺めてしまってから、短いような長いような時が流れてしまっていた。
エアリスの唱えたホーリーと、ライフストリームの噴出によって、
世界は本来あるべき姿に戻ろうとしている。
変わっていく世界の中で、1人異端の存在として生きていかなければならない自分に、セフィロスは微かな狐独を感じた。
自分が造られなければ、世界はここまで壊れなかっただろう。
けれど、あのまま神羅が存在し続ければ、星は死んでしまっていたのかもしれない。
何が一番良かったのか―。
今でもセフィロスにはわからない。
「―――セフィロス?」
顔を上げれば、クラウドが自分を覗き込んでいた。
それに小さく笑みで答えて、古代種たちがその想いを託した輝きに視線を戻す。
近くにある岩に腰をかけると、それに倣ってクラウドも隣に座った。
「奇麗だな」
「・・・あぁ」
風が吹き、咲いた花々をなびかせる。
その情景は、初めてこの場所を訪れた時には考えられない美しさだった。
花は、エアリスの大好きな花だった。
この場所を花で埋めつくそうと考えたのは、忘らるる都に枯れたその花があったからだ。
そういえば、エアリスの家の花畑にもあったそれは、そこ以外では見たことがなく、いつかティファが一株もらっていっていたが、すぐに枯れてしまっていた。
世界中の、どの場所でも咲くことのできない不思議な花。
それが、かつてこの忘らるる都に咲いていたと知ったとき、クラウドは誓った。
エアリス―、そして、運命に散った古代種たちのために、この花を咲かせてやろうと。
花で埋めつくして、かつて繁栄していた美しい都を復活させてやろうと。
そして、6年が過ぎ、ついに―
花は、咲いた。
ミッドガルで咲いていた時より、星の力を受けて数段美しく咲いた花。
見せてやりたかった。エアリスに。
そして、もう一度あの笑顔を見せて欲しかった。
「でも・・・もうエアリスはいないんだな・・・」
セフィロスのその言葉に、クラウドははっと彼の方を見る。
セフィロスは唇を噛み締め、うつむいていた。
彼女のために何かできないかと思い、せめて花を還そうと6年が過ぎた。
そして、今やっとそれが叶って・・・嬉しかったが、同時に哀しくもあった。
実際に、エアリスが喜んでくれるわけではなかったから。
クラウドはセフィロスの腕を取ると、自分の胸に引き寄せた。
「大丈夫さ。きっと、エアリスは喜んでくれてる」
何も言わないセフィロスを抱き締める。
さらさらとした銀髪を梳き、あやすようにロ付けた。
「それに・・・、あんたは今、幸せ?」
聞かれて、クラウドの胸にぎゅっとしがみつく。
暖かな体温をより感じられるように、セフィロスはクラウドに身を寄せた。
幸せ・・・・・・
本当に、あの戦いの後に、こんな安らいだ日々が訪れるとは思ってもいなかった。
それなのに、今は自分が願っていたままに愛する者の腕に抱かれ、至福の時を味わっている。
けれど、自分がその命を奪ってしまった彼女の前で、その言葉を口にするのはためらわれた。
「エアリスは、あんたに幸せになって欲しい、って言ってた」
思いも寄らない彼の言葉に、セフィロスは目を見開く。
「・・・エアリスが・・・オレに?」
驚きのままクラウドの方を見やると、柔らかな笑みを浮かベた彼が無言でうなづいた。
肩を抱いていた腕に、微かに力が込められる。
「多分、エアリスは、全部わかってて・・・あの場所に行ったんだ。星を・・・そして、あんたを救う為に」
目を閉じれば、思い出せる。
仲間達と別れる前、クラウドの夢の中で語りかけてきたエアリス。
『私、クラウドに・・・貴方の大切な人を殺してほしくない。幸せになって欲しいの』
それは、ジェノバに侵され本来の自我を失っていた自分には、わけのわからない言葉だったけれど。
セフィロスに対する憎しみだけを胸に生きていた自分の中に、愛と言える感情があったことを気付かせてくれたのは、他でもない、エアリスだった。
幸せになって欲しい、と言った時のエアリスは、少し寂しそうだったけれど。
あの安らかだった死に顔は、自分の使命を果たした、とでも言うように誇らしげで、エアリスにとって満足な死に様だったのかもしれない。
「エアリス・・・・・・」
クラウドの胸に体を預けているセフィロスの瞳から、透明の雫がこぼれ落ちる。
彼女の命を奪った自分が、その死を悼んで泣くなど許されないことだと思っていたのに。
それでも止まらない涙は、セフィロスの頬を伝いクラウドの胸元を濡らしていった。
「泣くなよ。あんたが泣いたら・・・エアリスだって悲しむ」
顔を上げさせ、頬に流れる涙を指で掬う。
自分を凝視したまま動かないセフィロスに、クラウドは小さく笑った。
「だってそうだろ?エアリスはあんたを・・・俺達を救うために、その命を捧げた。あんたが幸せそうにしてないと・・・エアリスだって浮かばれない」
うつむく頭を引き寄せ、唇を重ねる。
触れるだけのそれは、互いの暖かさを容易に伝え合い、ゆっくりとその深さを増していった。
「クラウド・・・オレは・・・どうやって償えばいい・・・?」
クラウドの腕にすがりつき、止められない涙もそのままに訴える。
何も知らぬまま、彼女を殺してしまった自分が許せなかった。
けれど、クラウドはただ微笑むだけで。
髪を梳かれる感触に、セフィロスの体が震えた。
「償いなんていらない。あんたはあんたのままでいればいい」
クラウドの暖かさが、そのまま身体に染み入るように。
強く掻き抱かれ、胸の奥が熱くなる。
「あんたはずっと笑っていればいい。そうして、毎年、こうしてあんたが幸せだってことを、エアリスに伝えてやるんだ」
こうやって、花を手向けて。
エアリスの死が、無駄でなかったことを証明するために。
彼女の望んだ通り、今は2人で幸せに生きていることをエアリスに伝える為に。
「だから・・・さ。泣く前に、あんたの幸せな姿を見せてやろう」
クラウドがセフィロスの身体を、つたの絡まる岩に預けさせる。
履い被さってくる体に、セフィロスは抗わなかった。
彼の傍にいられる事、彼の腕に抱かれる事、全てが―――至福。
明るい陽の元で肌を晒すことへの羞恥は確かにあったが、心の底でいつも希っていた者が自分と共にいるこの時を、誰が拒むだろう。
「・・・クラウド・・・」
暖かな唇が降ってきて、セフィロスは瞳を閉じた。
今は。
何も考えず、クラウドを感じていよう。
ゆっくりと衣服を剥がされながら、セフィロスはクラウドの背に両手を回した。
彼の肩越しに、自分たちが復活させた花畑を見ながら。
クラウドと優しげな風に抱かれて、セフィロスは幸せな笑みを浮かべたのだった。