見てはいけないモノ



 「セフィロスが撃たれた?」
 神羅本社ビルの研究室内にある私室に報告に来た神羅兵に、宝条は冷ややかな目を向けた。
 「は、はい。それが、なぜか本来ならいないはずの場所で撃たれたそうであります!・・・その場にいた軍医が応急処置をし、一命を取り止めたそうでありますが、一向に意識が戻らず、現在宝条博士のご指示をうかがいたく、こちらへと搬送中であります!」
 自分を睨んでいるような宝条におびえつつも神羅兵は一気にそう告げた。
 だが、宝条は思案顔のまま自分を見ている。
 「・・・は、博士?」
 「・・・あぁ。私が看よう。そう伝えておけ」
 「はっ!」
 脅えていた兵士は文句をつけられる前に、と逃げるように部屋を出て行った。
 だが、宝条は報告に来た兵士のことなど気にも留めていない。
 一人、紫煙を吐き出しながらそれを見つめていた。
 (セフィロス・・・か。確か遠征に出ていたはずだが・・・・・・)
 別に、遠征先から不在を告げる連絡はない。
 それに、何よりミッション中に銃で撃たれるようなへマはしない。
 ・・・そのように育てた覚えはない。
 (まぁ、いい・・・・・・)
 宝条は机にあったしゃれた灰皿に煙草を押しつけると、口元に酷薄な笑みを浮かベる。
 (私が確かめてやるさ。)
 ゆっくりと立ち上がり私室を出ると、宝条は忠実な研究員たちに指示を与え始めた。



 ほど無くして運び込まれたセフィロスは、驚くほど白い顔をしていた。
 ただでさえ透き通る様な肌が血の気を失っている姿は、本当に死んでいるかのようだ。
 だが、皆不安そうにセフィロスを見つめる中、宝条はセフィロスには一瞥しただけで目を離し、まわりを見渡す。
 「もういい。下がれ」
 付き添ってきた軍医が状況説明をしようとした矢先に、宝条はそれを遮った。
 有無を言わさぬその台詞に、幾分不満そうな軍医や兵士たちを含めて宝条以外の全ての人間が退出を余儀なくされた。
 最後の一人が退出したのを確認すると、宝条は再度セフィロスに目をやる。
 そのロ元には嘲弄するような笑みが刻まれていた。
 「・・・他の者はだませても、私の目をだますことはかなわんぞ」
 喉の奥で笑い、その細く白い手首を掴む。
 一瞬後、『セフィロス』の輪郭がグニャリ、と歪んだ。
 みるみるうちに、『それ』は形を変え、人型とは似ても似つかない姿になる。
 そして、最後にはザラりと砂塵になって消えていった。
「やはり・・・な」
 あとかたもなく消えた『セフィロス』を見ながら、宝条は憮然とした表情になる。
 「やれやれ。この後処理を私にさせるとは・・・つくづく、手のかかる奴だ・・・」
 前髪をかき上げて、ため息をついた。
 「・・・そういうことですか、と」
 背後からの唐突な声に驚くでもなく、宝条は後ろを振り向いた。
 「・・・レノ。来てたのか」
 他人に見せることのない優しげとも言える笑みを浮かべて、宝条はレノを迎える。
 だがレノはそれに応じず、先ほどまでセフィロスのいた寝台を見やった。
 「最近、街でセフィロスを目撃したという話があってな・・・と」
 「調査、頼まれた?」
 「いや。コレは俺の個人的な興味なんだな、と」
 このどこかずれたような新人タークスのどこが良いものか、宝条は薄く笑った。
 たたずむレノに歩みより、かすめるようにロ付ける。
 「悪いが、今は取り込み中なんだよ。・・・夜、私の部屋に来ないか?」
 そう言って見上げる瞳にインビな影を読み取り、レノは肩をすくめた。
 「・・・ったく、俺はそんなに暇じゃないんだぞ、と」 
 宝条から背を向け、歩み去るレノは、ひとつ手を上げて部屋から出て行った。
 許諾の合図を確認して、端末に向き直れば、さっきまでの甘い笑みが消え。
そこにはいつもの冷たいだけの表情が宝条の顔をいろどっていたのだった。
 「さあて・・・これからどうするかな・・・」






   セフィロスがその正体を宝条に暴かれていた頃。
 ザックスは自分の執務室でミッションの報告書を作成していた。
 「・・・一体どーなってるんだぁ?」
 先ほどから同じような声を上げて、まとまりの悪い黒髪をかき上げる。
 ザックスはもう降参、とばかりに疲れ切った顔を隣にいる少年に向けた。
 結局、援軍を大量に呼ぶことで本社の警備を手薄にさせる、というテロリスト達のもくろみは、ザックス達の果敢な行動によって阻止されたのだが、今回のミッションでは謎が残った。
 セフィロスの存在。
 なぜあんなところにいたのか。
 しかも銃で撃たれたとあっては、なかったことにも出来ない。
 「・・・適当に書いておけばいい。都合の悪いことはお上サンが無視してくれるさ」
 「・・・んなこといったって、なんかあったら叩かれんのは俺なんだよ・・・はぁ」
 傍らのクラウドに言われて頭を抱えるザックスは、また文書へと意識を戻した。
 けれど、クラウドは違った。
 (・・・あれは、セフィロスじゃない)
 パソコンに向かいながら、頭ではその時のことを考える。
 あの時は突然のことで自分は取り乱してしまった。
 けれど、冷静に考えれば、自分はあの一瞬セフィロスのことを考えてしまった。
 考えることは、自分の中のセフィロスを呼ぶこと。
 あの、自分を愛してるといった、自分の欲望が生み出した存在。
 現に、今どんなに呼ぼうとも彼は現れないのだから、おそらく宝条のところに運ばれたのはあのセフィロスなのだろう。
 けれど、それならばなぜ他の人間にも見えていたのか。
 謎はあったが、クラウドの心のどこかで本当のセフィロスは無事だと確信していた。
 だからこそー、あの『セフィロス』はなかったことにされるとクラウドは思っている。
 案の定、ほどなくして届いたメールには、『他言無用』と指示が出ていた。
 「・・・ほらな。報告書になんか書かなくていいんだ」
 そっけなく言うクラウドに、ザックスが不審そうな目を向ける。
 ザックスは知っている。クラウドが昔からセフィロスを目指してきたことを。
 その気持ちは誰よりも強いのだと認めた。
 だからこそ、最年少でソルジャー候補生になれたこともわかっている。
 けれど、今のクラウドはセフィロスのことをことごとく避けているような気がした。
 「お前・・・セフィロスのこと、心配じゃないのか?」
 ゆっくりと振り向く瞳が、何か遠くを見ているような虚ろな色に揺れる。
 「・・・・・・アイツは、大丈夫だよ」
 「やっぱり、お前何か知ってるんだな?!」
 肩を掴んで、クラウドを強引に自分の方に向かせた。
 少し驚いたような顔が、見開かれた青の瞳が涙に揺れたのは、その瞬間だった。
 「あっ・・・ごめっ・・・・・・」
 思わずきつく掴んでしまった肩を離すが、クラウドは静かに首を振った。
 「・・・・・・いや」
 流れる雫を拭こうともせず、クラウドは沈黙する。
 ザックスも何も言えないまま、静かに時は流れた。
 だが、先に沈黙を破ったのはクラウドだった。
 「あれは、セフィロスじゃない」
 「ええっ?」
 「・・・ただの、幻影だ。理由はわからないけど、俺は何度か見ているから」
 「じゃあ、本物のセフィロスは?」
 「何もなければ、明日にでも帰ってくる。多分、それまでに上層部はそのことについて口封じをするだろうな」
 そういうクラウドはどこか痛々しげだ。
 ザックスはそんな友人を元気づけるようにか、ある提案をした。
 「じゃあさ、明日にでもセフィロスに会いに行かないか?」
 途端、はっとして顔を上げるクラウド。
 だが、彼は首を横に振った。
 「俺は、いい」
 「お前さ、最近セフィロスのこと避けてねぇ?・・・なんかあったのか?」
 心底不思議そうな顔をされて、クラウドは俯いた。
 彼を傷付けてしまった自分。
 それでいて、心だけは愚かしくもセフィロスの幻影を生み出していた自分。
 罪悪感に駆られながら、結局は『セフィロス』を本当に傷つけてしまった。
 そんな自分が、どうして今さら彼に会えるだろう。
 彼に、どんな顔ができるだろう。
 止まっていた涙が頬を伝った。
 「・・・俺は、セフィロスを傷つけてしまったから。今さら、セフィロスに・・・会えるわけがない」
 うつむいたまま唇を噛み締めるクラウドに、ザックスはわかってしまった。
 「クラウド、お前・・・」
 あれは、初めてクラウドを抱いた夜。
 クラウドは今と同じようにうつむき、唇を噛み締めていた。
 いつも強い光を帯びていたクラウドの瞳の青が、悲しみと痛みに満ちていて。
 そんな色をさせる『誰か』に、自分は憎しみにも似た感情を抱いていた。 
 その『誰か』が、今わかってしまった。
 「セフィロスの事・・・・・・」
 「・・・・・・ああ」
 顔を上げたクラウドは、涙を流しながらも自嘲の笑みを浮かべていた。
 「ああ、好きだったよ。ずっと。・・・なのに、俺はセフィロスを傷つけた。愛すると誓って、それなのに・・・・・・俺は俺のことばかり考えて、一人で突っ走って・・・・・・気付いたら、アイツを踏みにじっていた」
 「クラウド・・・・・・」
 思わずクラウドの肩を引き寄せる。
 未だ子供らしさの残るその肩を抱き締めると、震えが直に伝わってきた。
 「何やってるんだろうな、俺。ロでは好きだといいながら、正反対のことをしてる。嫌われて当然だ・・・本当に・・・俺は・・・」
 「もう、やめろ」
 抵抗もせずに自分に身を預けて言葉を紡ぐクラウドがあまりにも痛々しくて、ザックスは遮った。
 傷つけたといいながら、本当に傷ついているのはクラウド自身なのではないか。
 「今さら自分を責めたって、何にもならないだろ?セフィロスだけじゃない、お前だって壊れちまう。そしたら、セフィロスに償うことだってできやしないんだぞ?」
 「ザックス・・・・・・」
 ゆっくりと顔を上げるクラウドに、うなずき返してやる。
 「お前もさ、もちっと16歳らしくなれよな。そんな背負い込もうとしないでさ」
 「・・・・・・ああ」
 クラウドはザックスから身を離すと、軽く笑った。
 「・・・なんだよ」
 「いや。最近よくお前に慰められてる自分がつくづく情けなくなってな」
 「うわ。そーゆーコト言うからお前友達いないんだぜ?」
 「悪かったな」
 プーッと頬を膨らませてクラウドよりよっぽど子供らしい表情になるザックス。
 そんな姿にフッと笑うと、クラウドは改めて自分の上官に向き直った。
 「・・・感謝してる。すまないな」
 「気にすんなよ。お前に頼られんのもなんかイイしなっ♪」
 にこにこと笑いかけてくるザックスに苦笑しつつ、クラウドは端末へと向き直った。
 「とにかく、早く報告書作成するぞ。今日の夜には提出しなきゃいけないんだろう」
 「はいはいっと。で、その後は楽しいひとときっつーコトで♪」
 なにやら意味深なザックスの言葉に、クラウドが顔をしかめる。
 「・・・お前、またヤるつもりか」
 多少うんざりした表情で隣を見やれば、ニヤニヤと笑っているザックスがそこにいた。
 「なんだよ。溜まってんじゃないのか?」
 「・・・勝手にヤってろ」
 「いやー、許可いただいちゃったよ、俺」
 「・・・いいから早く書け!!」
 嬉しそうに自分を見つめてくるザックスに、クラウドは深々とため息をついたのだった。





 「ご苦労だったな」
 ザックスの持って来た報告書を手に、軍を統括するその男は告げた。
 「被害は尽大だが、そのかわり守られたものもある。君のお手柄だよ、ザックス君」
 「はっ!ありがとうございます」
 軍の規律とは厳しいもので、いつも陽気なザックスも上官には固まらざるを得ない。
 しかし、内心では全然ありがたいなどと思ってなかった。
 目の前の男の口調は、何か不安気のさせるものが混じっている。
 本気で自分や自分達を褒め称えているわけではなく、なにか・・・憐れみを込めて言っているような。
 自分の報告書に書かれていない『セフィロス』のことについて一切触れられなかったことも、どこかおかしかった。
 「遠くへ派遣させていて悪いのだが・・・・・・諸君らにはもう一つ頼みたいことがあるのだよ。といっても君と君の補佐官だけなのだが・・・」
 言った瞬間、シュッと音がしてドアが開く。
 振り返れば、多少痩せこけた身体に纏う白衣が目に入った。
 「・・・ほ、宝条博士?!」
 驚いたようなザックスの声に、宝条は彼の目の前まで来ると薄く笑った。
 「・・・2人に行ってもらいたいところがある。先日派遣された場所よりは遠いところだが・・・・・・別に、戦力を必要としているわけではないよ」
 「それは構いませんが・・・えーと、どこへ行くんですか??」
 あまりに抽象的な物言いに、ザックスは宝条へと尋ねる。
 だが、宝条は遠くを見るような瞳で、何か異様な雰囲気をかもしていた。
 「・・・セフィロスに資料を渡しておいた。彼が今度の指揮官だ。詳しくは彼に尋くといい」
 「セフィロス?!帰って来た・・・んですか?」
 反射的に声を上げるザックスにどう思ったのか。
 宝条はザックスに背を向けた。
 「先ほど、な。・・・出発は5日後だ。それまでゆっくり休むなりしておくといい」
 「そういう事だ。それではザックス君、よろしく頼むよ」
 一方的に話を打ち切られ、ザックスはしぶしぶと退出した。
 「・・・なんだか、追い出されたってカンジだよな・・・・・・」
 ポリポリと頭を掻いて、閉ざされた扉を見上げる。
 「・・・セフィロスが指揮官・・・ってことは、アイツと組む、ってコトだよな・・・これは、クラウドの奴、会わざるを得ないようだな・・・」
 口調とは裏腹に、ザックスの内心では全然穏やかでなかった。
 あの状態のクラウドが、セフィロスに会えるわけもない。
 セフィロスのことで傷ついた彼は、今は会えば会うほど自分を追い詰めてしまうのだろう。
 それは、どうしても避けたかった。
 だが、その前に、セフィロスには確かめたいことがある。
 (・・・今、行くか)
 部屋で待っているであろうクラウドにワビを入れながら、ザックスはセフィロスの自室のある階へと向かった。


 「・・・セフィロス?いるのか?」




    ...to be continued...




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