Holy Night〜聖夜の二人〜
「ねぇ、あんたって24日暇?」
唐突なクラウドの言葉に、セフィロスは顔を上げた。
今日は一日中休みで、何もすることがなく部屋でくつろいでいたのだが。
「何言ってる。24日は神羅のクリスマスパーティの日だぞ。お前も仕事入ってるだろう」
「そーだっけー」
24日は、毎年神羅カンパニー主催で盛大なパーティが開かれている。
「神羅の顔」とも言えるセフィロスが出席するのは勿論、クラウドも警備に駆り出されていて、そのため2人は一度も静かな『聖夜』を過ごしたことはなかった。
だからこそ、クラウドが24日のことを口にしたのだろう。
そのくらいのことは、いくら鈍感なセフィロスにもわかっていた。
けれど、仮にも会社で稼ぎを得ている人間である以上、抜け出すわけにもいかない。
「・・・・・・いっとくが、サボる気はないぞ」
「えー?たまにはイイじゃん、毎年仕事なんて、人のクリスマスを静かに過ごす権利奪ってるぜ」
クラウドのいう事は正論といえば正論だが、年1回の行事に休みもなにもないだろう、とも思う。
無理なことを懲りずに言い続けているクラウドえお半ば無視して、セフィロスは手元の本に再度目を落とした。
次のページを捲ろうとする手に、スッと影が落ちる。
クラウドがソファの後ろから自分の首に手を回してきていた。
首に顔を埋めてくる彼の暖かさに、セフィロスもまた瞳を閉じる。
しばらくすると、耳元でクスッと笑う声が聞こえた。
「あんたも24日、休みたいだろ?」
「・・・っだから、それは無理・・・っ・・・・・・」
最後まで言い終える前に、クラウドの唇が下りてくる。
顎を捕らえられ、上向かされたままセフィロスはクラウドの口付けを受けていた。
軽く重ねられただけのそれは、徐々に深さを増し、大胆なキスへと変化していく。
舌を絡ませ、セフィロスの口内をひとしきり味わったクラウドは、口を離すと目の前の男を見つめてくすりと笑った。
「いーのいーの。俺にまかせとけって。」
「はぁ?!」
クラウドの勝手な言葉に、セフィロスは顔をしかめる。
そもそも、自分は24日休みたいなどと一言も言った覚えはないのだが。
もう一度反論しようとしたセフィロスは、けれど再度クラウドに唇を塞がれその言葉を紡ぐことは出来ず。
そのままクラウドから与えられる快楽に流され、セフィロスはそれきり24日のことなど忘れてしまっていた。
(そんなことも・・・あったな)
宛がわれた自分の席で肘をつきながら、セフィロスはぼんやりとそんなことを考えていた。
結局、24日である。
人酔いの激しいセフィロスは、自分から他人と関わろうなどと考えもしなかった。
だからこそ孤高の人だとか畏怖の念を抱かれたりもするのだが、セフィロスにとって人付き合いほど面倒なものはない。
まぁ、クラウドは特別なのだが・・・・・・。
セフィロスは頭の片隅でクラウドの金髪を思い浮かべながら、それでも自分の責務だけは忠実にこなしていた。
本当はたかがクリスマス、これほど大騒ぎするものではないのでは、と思う。
昔のクリスマスは、教会でミサを行ったりと、もっと荘厳で静寂に満ちたものではなかったか。
そういう意味では、クラウドの主張する『クリスマスを静かに過ごす権利』―もまぁ妥当なものだろう。
セフィロスは、自分がここにいること自体バカバカしくなってきていたが、なんとか表に出さずにテーブルに座っていた。
次々に運ばれてくる食事は、人の目を引くには十分なほど豪華なものだが、
そもそも食べ物になど興味のないセフィロスには社食もこれも変わらない。
強いて言えば、こちらのほうが食べ方に気を使わなければならない分よっぽど面倒だ。
セフィロスがため息をついていると、すっとワイングラスが運ばれてきた。
ウェイターがグラスをテーブルに置き、ワインボトルを傾ける。
何気ない仕草だったが、ふとその男の横顔を見て、セフィロスは目を見開いた。
「・・・ク・・・!」
相手の名を呼ぼうとして、慌てて口を塞ぐ。
ウェイターに変装していた彼の名は、紛れもなくクラウド・ストライフその人であった。
(なんでお前・・・んなトコにいるんだ・・・・・・)
咎めるように見上げるが、クラウドは一つウインクをくれるとさっさといなくなってしまっていた。
テーブルの上に、彼の入れた白ワインだけが残される。
セフィロスは上がってしまった鼓動を鎮めようと、小さく深呼吸をした。
(あいつ・・・何考えてる・・・・・・)
クラウドの考えることは、自分に予測のつくものではなかったが、まぁよからぬことを考えているのは確かだ。
あの意味深なウインクを考えながら、セフィロスは何気なくワイングラスを手にする。
透明なそれを飲み込むと、多少喉がヒリついた。
ただのワインにしてはキツめのアルコールだな、とセフィロスが呟く。
だがその瞬間、彼は自分の体に異変に気付いていた。
喉の奥が・・・胸の奥が・・・・・・熱い。
ただの熱でなければ、アルコールの回り具合のせいではないだろう。
これは、紛れもなく何かの薬の仕業だ。
(あいつ・・・!ワインに媚薬入れたな・・・っ!)
薬に弱いセフィロスは、もう頬を染め、ハァハァと息をついている。
震える手でテーブルから立ち上がった彼は、近くの主催側スタッフを見つけて具合が悪いことを告げると、そそくさとパーティ会場から消えていった。
耐えることなど不可能だ。
体の奥から、熱が次々と溢れ出し、出口を求めて体中を巡っている。
唇を噛んで必死に平常を保とうとするが、クラウドのしてやったり、といった顔が浮かんできて怒りが込み上げて来た。
人の少ない北側のトイレへと駆け込んだセフィロスは、しかし突然腕を掴まれ冷たい壁に背を預けさせられた。
「待ってたぜ」
目の前にいたのは、先ほどの格好と寸分違わぬクラウドの姿。
「お、お前・・・っ・・・!」
必死に睨むが、目元を赤く染めた今の状態では、凄みなど何もない。
悔しそうに唇を噛むセフィロスにくすりと笑うと、クラウドは耳元で囁いた。
「・・・苦しい?」
「・・・そう思ってるなら、早く・・・、なんとかしろ・・・っ!!」
タイル張りの壁に指を噛ませて、セフィロスは体中から湧く熱に必死に耐え続けている。
そんな彼に軽く唇を触れ合わせると、クラウドは一も二もなくセフィロスの下肢を捉えた。
「・・・っ・・・」
「よく効くだろ?この薬。ホントは解毒薬飲ませてもいいんだけどさ、ま、ヌいたほう早いよな」
勝手なことを言うクラウドに、しかしセフィロスは反論もできない。
ぎゅっと目をつぶり、例えどんな形でもこの熱を吐き出せるのなら、とクラウドと壁に身を預けた。
途端、全身を襲うのは快楽という波。
「ああ!・・・っはっ・・・」
クラウドの片手だけの愛撫だというのに、薬のせいか異常なほど感じてしまう自分が憎らしい。
けれど、だからといってもはや深みにハマってしまった体はセフィロスの意思に逆らい熱を帯び、今度こそ外に出ようと目論んでいた。
慣れた愛撫の感覚が、より一層彼の体を熱くする。
激しくも優しいクラウドの手の動きに導かれ、セフィロスは止める術もなく自身を解放してしまった。
ダークのスーツの上に、白い精が飛び散る。
力を失ったセフィロスは、壁とクラウドに支えられやっと立っているような状態になっていた。
「・・・ふふっ・・・ヨかった?」
無邪気に聞いてくるクラウドがうらめしい。
「・・・お前・・・どうしてくれるんだ・・・・・・」
折角のスーツは汚れ、このままではパーティ会場に戻ることもできない。
あまりに強引な目の前の男を見上げると、クラウドは笑みを浮かべていた。
「でも・・・さ。抜けられただろ?パーティ」
からかうようにセフィロスの唇を奪うと、クラウドは懐に入れていたハンカチで彼の衣服に付いた汚れを拭ってやった。
何も言い返せず、咎めるような視線を向ける彼は、子供っぽさが出ていつものあの英雄然としている彼と同一人物とは思えない。
クラウドは青年の手を引いて、ビルの裏にある階段を下りた。
セフィロスはもうどうにでもなれ、といった心境で、クラウドについていく。
普段使われない非常階段は少し寒かったが、下まで降りると目の前に小さな教会があり、セフィロスは息を飲んだ。
背の高い神羅ビルの裏隣に、こんな寂れた、けれどどこか厳かな教会があったとは。
「・・・ここはさ、神父さまが死んだまま、今は誰にも見向きされなくなってしまった教会なんだ。神羅の裏だし、誰も今時くる奴なんかもそういないからね。でも・・・」
ギィ、とかすかな音を立てて入れば、燭台に灯されている光に照らされ、ステンドグラスが鮮やかに浮かび上がっている。
それに目を奪われていると、クラウドが後ろから抱き締めてきた。
振り向かされ、そのままぎゅっと掻き抱かれる。
「・・・やっぱ、クリスマスは教会で過ごさないとな」
ウインクしてくるクラウドに、セフィロスもまた観念したように口元を綻ばせた。
誰もいない、静かな教会。
窓を見やれば、いつの間にかしんしんと雪が降っている。
近づいてくるクラウドの唇に、セフィロスは目を閉じた。
肌寒い程度の教会の空気が、よりクラウドの肌の暖かさを際立たせている。
神に近しい存在が見守る中での背徳な行為に、それでも2人は静かに身を委ねたのだった。