Destiny



 「おい」
 不意に後ろから声がかけられた。
 しかし、クラウドは動じた風もなく立ち止まる。一瞬後、彼を取り囲むように鈍器を持った兵士たちが姿を現した。
 「・・・何の用だ」
 金髪の少年兵が周囲をねめつけると、リーダー格らしき人物がクラウドの前に出た。
 「お前、セフィロスと親しいんだってな?ケツでも振っておエライサンに取り入ろうってェ魂胆か?」
 明らかに殺意のこもった物言いに、クラウドは眉を寄せた。
 「何の話だ?」
 「とぼけるなよ。見たんだぜ。お前とセフィロスがホテルからでてきたのをなぁ」
 兵士たちの顔には、自分をあざける表情がある。だが、その奥にかすかな嫉妬の念を感じ、クラウドはのどの奥で笑った。
 目の前にいる兵士たちは、自分より年下ではあるが考える能のないバカな奴らだ。
 努力もせずに現状に甘んじてるクセに、常に他人の揚げ足をとって子供の弱いモノイジメのようなことをする奴ら。
 今更そうやってしか自己主張できない存在を、クラウドは哀れに思った。
 「俺達が何をしていようと、関係ないだろう」
 「年下のくせに、生意気抜かすんじゃねーよ!!」
 罵声と共に、背後から殴りかかる気配を感じ、クラウドは体をずらしてそれを避ける。
 それを合図に、クラウドに向かって一斉に襲いかかってきた。
 どこから盗ってきたものか、鉄パイプで殴りかかってくる。
 片手だけでそれを難なく受け止め、一瞬ひるんだ兵士の腹にこぶしをめりこませた。
 その勢いで反対側にいた人間に強烈な蹴りを与える。
 こういう時の攻撃パターンは把握しやすい。
 クラウドは心の中でほくそ笑んだ。
 「おい、そこで何をしている!」
 「やべぇ、行くぞ!!」
 不意に上官らしき人物に見咎められ、兵士たちは一瞬にして逃げ出した。
 クラウドは兵士たちを一瞥すると、助けられた形になった彼は声のした方へと顔を向ける。
 そこには、クラウドの良く知る人物が立っていた。
 「・・・・・・ザックス。何かあったのか?」
 「何かあったのか、じゃねーだろー。折角助けてやったのに。」
 黒髪の彼は不満げに唇をとがらす。その姿は神羅最強と謳われるソルジャーの一人とは思えない。
 「別に、頼んだ覚えはないぞ」
 「あぁっ!わかってる、わかってるってば。そんな睨むなよ、な?」
 踵を返して部屋に戻ろうとするクラウドに、あわててザックスは彼を追いかけた。
 「・・・で、何か用か?」
 「まぁ、な。お前のトコの上官がお前を呼んでたぜ。今すぐ来い、だとよ。」
 明らかに笑いを含んだその口調に、クラウドは不審げな目を向けた。
 「いつにも増して上機嫌だな。何か裏でもあるのか?」
 「いやぁ〜別にぃ〜。それよか、はやく上官のトコ行って来いって。待たせりゃ悪いだろ?」
 嬉々として背中を押す親友に、半ばあきらめのため息をつきながら、クラウドは上官の要るであろう部屋へ向かった。


* * *


 「・・・・・・2番隊隊長補佐?」
 部屋に入るなり言われた言葉に、クラウドは耳を疑った。
 「つまり、前線に行って、ソルジャーである隊長の手助けをせよ、ということだ」
 何食わぬ顔で渡された書類に、顔をしかめる。
 補佐、といえば、前線はおろか、上官の事務的な仕事からスケジュール管理まで、ありとあらゆる仕事をこなさなければならない。
 しかも部屋が上官と一緒ときている。
 今より自由になる時間が減るであろうことが、容易に想像できた。
 「くわしいことはこの資料に書いてある。今日の君の仕事は免除されているから、明日からの仕事に備えておくように」
 「・・・・・・了解しました」
 反対は許されない。
 神羅カンパニー上層部の力は絶大なのものだった。
 強制的な昇格を果たした彼は、元上官の部屋を辞すると、一人肩を落とした。
 別に、昇格すること自体が嫌なわけではない。
 ソルジャーになりたかったのだ。忙しかろうが、大変だろうが、造作もないことだった。
 嫌なのは、"ソルジャー補佐"という立場。
 普通、ソルジャー候補生落ちをしても、努力と日数によってまだ、候補生、そしてソルジャーへとなる可能性がある。
 だが、補佐官は違った。
 本来、秘書的な役割を担う補佐官は、上官とのつながりが深い。
 そのため、上官に気に入られて、自分も昇格しようと考える者も少なくなかった。
 それを阻むために考えられたのが、補佐官を、2度とソルジャーになれない者が担うーというものだった。
 もちろん、明記してそういわれているわけではない。
 だが、現実に補佐官となった者は、候補生落ちの者がほたんどであり、その後も一人としてソルジャーになる者はいなかった。
 自らの可能性を絶たれるーーーーー補佐官を命じられることは、すなわちこれを意味していた。
 (こんな俺を、アイツはどう思うんだろうな・・・・・・)
 絶望に打ちひしがれたまま、銀髪の彼を想う。
 英雄セフィロス。
 誰もが憧れるほどの強さと、その強さ故の、ガラスのように壊れやすい心を合わせ持つ青年。
 そういえば、ソルジャー候補生になって初めて彼と話した時、自分は絶対ソルジャーになって貴方と肩を並べたい、などと言っていた気がする。
 そのとき、彼は自分に向かってふわりと笑い、「なれるといいな」と言葉をかけてくれていた。だが。
 その望みが、今、絶たれた。
 こみ上げる空虚感に、クラウドは唇を噛んだ。
 見せてはいけない。
 集団の中でも不満分子は、所詮排除されるかつぶされるか、二つに一つだ。
 ただでさえ、クラウドはセフィロス以来の最年少候補生として、先輩兵士たちにも同僚にも良く思われていなかった。
 それが、たとえソルジャーになれなかったとしても、弱まるはずがない。
 これでも、この年で一般兵とは比べ物にならないくらいの高い地位についたことは、他の兵士たちの感情を逆なでするに決まっているのだから。
 それでなお不服そうにしているのが知れ渡ったら、必ず足元をすくわれる。
 神羅に懲戒免職われることだけは、避けねばならなかった。
 仕方ない。
 たとえソルジャーにならなかったとしても、2番隊隊長補佐という立場ででもセフィロスと接することができるのだから。
 現状で満足しなければならなかった。
 もの思いにふけって下を向いていた頭に、声がかけられた。
 「よっ。どーだった?」
 「・・・・・・ザックス。まだいたのか?」
 クラウドの部屋のドアに寄りかかっていた黒髪のソルジャーは、彼特有の気さくな笑みを自分に向けている。
 「ザックス・・・・・・知ってたんだな?」
 「いいじゃんいいじゃん♪それより、引越しすんだろ?手伝うから中入れてくれよ」
 「駄目だな」
 「え゛っ。なんでだよう〜(泣)」
 涙目で自分を見つめる彼の姿が、妙に滑稽で、クラウドは思わず吹き出しそうになってしまった。
 不思議と、この親友のソルジャーは犬とか猫とかの形容が良く似合う。
 「・・・・・・勝手にしてくれ」
 心の中で笑いを引っ込めて、クラウドは部屋に入った。
 ザックスも入ってくるのを後ろ目で確認しつつ、改めて部屋を見渡す。
 実際には見渡すほどの広さなどない兵卒用の4人部屋だったが、長い付き合いだったからそれなりに愛着があった。
 同室だった兵士たちに挨拶ぐらいはしたいが、したからといって自分の株が上がるというわけでもないだろう。
 2人がかりで少ない荷物をまとめあげると、今までいた空間に殺風景さが広がった。
 「・・・今まで、クラウドがお世話になりましたっ!」
 パチンと音を立ててザックスが手を合わせる。そんな彼にあきれつつも、自分も彼に倣って手を合わせた。
 「で、お前今度の部屋はどこなんだ?」
 「・・・・・54階」
 「そりゃまた随分な昇格ぶりだよなぁ。うん」
 頭上から降ってくる声には半分の驚きと半分のからかいがまじり合っていた。
 この神羅ビルの兵舎は31階から59階までに位置している。
 神羅カンパニー拠点であるこKは、そのぶんかなり規律が厳しかった。
 兵舎にしても、31〜45階までは一般兵、46階から上がるにしたがって地位も上がっていく、といった細かさだ。
 今クラウドがいる場所が36階なのだから、部屋が54階にまで上がる、ということは確かにかなりの昇格なのだろう。
 あくまで見かけだけなのだが。
 「・・・そういえば、お前こそ部屋どこなんだよ。春に1stになったんだろ?」
 俺がソルジャー候補落ちした時に、とクラウドが心の中でつぶやく。
 「え゛っ。まぁ・・・そこらへんだな。」
 はっきりしない態度を返してくるこの黒髪のソルジャーは、入隊当時は同僚だったにもかかわらず、自分がやっとソルジャー候補生入りを果たした頃に既にソルジャーを名乗っていた。
 自分がソルジャーを志願できる15歳を過ぎるまでの間に、彼は上層部たちに自己アピールしていたのだろう。
 そうして、自分が候補からはずされた今年の春、無事昇格を果たしていたのだ。
 不思議と、嫉妬はしなかった。
 年も違っていたし、何より自分だって努力すればどうにかなる、と思っていたから。
 だが、今は違う。
 ソルジャー補佐へと"転落"した自分にもなお笑顔を向けてくれる友人に安心している一方、屈辱感をも感じてしまう。
 仕方のないことだとはわかっているのだけれど。
 「そんなことより、もうすぐ54階だぜ」
 「・・・あぁ」
 到着を告げるエレベーターの澄んだ音を聞きつつ、開かれたドアをくぐる。
 目の前の空間は、雑多な兵士たちの巣窟とはうってかわって、いかにも地位の高さを表す無機質な高級感があった。
 「・・・すごいな」
 「だろ?こんなトコにソルジャー達がいるんだからあまりの待遇の差だよなぁ」
 「・・・・・・というより、お前がいられる所じゃないな」
 「あぁ?なんだよ、それ」
 とは言ってみるものの、実際この廊下で足音ひとつたてられないような窮屈さは、ザックスの好むところではない。
 それを自覚している彼は、自前の髪をかきあげた。

 2人が目的地へ到着すると、早速クラウドが書類からカードキーを取り出した。
 「・・・隊長サンいるんじゃないの?」
 「今日は休みだそうだ」
 「・・・へー」
 クラウドが中に入ると、案の定誰もいなかった。
 見渡すと、仕事部屋兼リビングはもちろん、個室は上官との違いがあるものの、その広さは今までの4人部屋の比ではない。
 気がつくと、何食わぬ顔で入ってくるザックスがいた。
 「・・・いいのか?隊長殿の部屋に部外者がはいって」
 「えー。俺顔パスだから。」
 まんざら冗談でもないようにうそぶく親友に、金髪の少年はため息をついた。
 だが、部屋の整理がおわったにもかかわらず、悠悠自適に居座っている彼は、いつもの彼とはどこかが違う。
 あえてそれを無視して(どうせ理由を訊ねたって言うはずがないと踏んでいた)、改めて渡された書類を読もうとすると、目の前でじいっと音がするほどの視線で自分を見ているザックスよ目が合ってしまった。
 「・・・ザックス・・・いつまでいるんだお前」
 「いいじゃんいつまでいたって。」
 「お前がよくても俺が困る!第一ここは他人の部屋だぞ」
 「ここ、俺の部屋だもん。」
 「・・・・・・・・・はぁ?」
 一瞬処理能力を失ったクラウドの思考回路に、ザックスのしたり顔が浮かんだ。
 そんな彼の反応に喜んだザックスは、クラウドの手元にあった書類からなにやら取り出していた。
 「ほれ。」
 ザックスの示した箇所には、確かに「第2番隊隊長 Zacks Loire (18)」と明記してある。
 クラウドはその文字を見、黒髪のソルジャーを見、最後に盛大なため息をついた。
 (また、うるさくなる・・・・・・)
 「そーゆーわけだから。これからよろしく♪」
 クラウドの気を知ってか知らずか、ザックスは彼の手をとって結構乱暴に握手をかわした。
 その人を食った笑顔に何か言ってやろうと考えていると、突然部屋への来客を告げるベルが鳴った。
 「おっ。もうそんな時間か。」
 「誰だ?」
 客を迎えに立つ彼の背に声をかけると、「知り合い〜♪」とだけ返された。
 アイツの知り合いならまた、うるさくなるな・・・・・・と考えながら、クラウドは自分用にあてがわれた机につこうと立ちあがる。
 後ろからは、妙に聞き覚えのある深い声が聞こえていた。


 このときには、まだ誰も気づいていなかった。
 この何気ないひとときこそが、運命の輪を回すということを。


...to be continued...


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