祈り



 過去に受けた痛みは 決して忘れることがない。―――――けれど。
 幾度となく傷つけられ 裏切られ
 それでも また人を信じてしまうのは
 自分の心の弱さ故なのだろうか・・・・・・


 前触れもなく開かれたドアに、セフィロスは顔を上げた。
 歓迎できない人物の来訪に、眼鏡をかけていた彼の表情が強張る。
 この部屋に自由に出入りできる者は、自分以外にはこの男しかいない。
 「・・・・・・宝条」
 「愚かなことをしたものだな」
 宝条、と呼ばれた白衣の男は、セフィロスを見据えたままそう言った。
 痩けた頬の上に添えられた眼鏡の奥の光が、皮肉げな色を宿している。
 それを認めた銀髪の青年は、反論できないままに視線を逸らした。
 「私が目を離した隙に・・・全く。いい加減、私の研究員たちを困らせないでくれないか。安心して出張にも行けやしない」
 デスクに悠然と歩み寄る影から逃れるように、セフィロスは椅子から立ち上がった。
 「何しに、来た」
 軽く後じさり、目の前の男を睨みつける。
 あからさまな嫌悪の表情に、宝条の闇色の瞳が剣呑に細められた。
 「・・・父親が息子の顔を見に来て何が悪いものか?いつまでたってもその反抗的な態度は変わらんようだな」
 「・・・・・・触るな」
 青白く冷たい手が自分の肩に伸ばされるのを感じ、セフィロスは身を捩った。
 体に纏わりつく、消毒薬と淡い柑橘系の香り。
 過去の暗い記憶を掘り起こされ、セフィロスは軽く唇を噛んだ。
 そんな青年の姿を目にした黒髪の男は、彼を見据えたまま大げさに溜息をついた。
 「・・・やはり、原因はコレか?」
 声と共に、男の左の中指にはめられたリングがひらめいた。
 今まで何もなかった白い壁面に、一つの画像が浮かび上がる。
 反射的に顔を上げたセフィロスは、映し出されたその像に目を見張った。
 「・・・・・・クラウド・・・」
 壁に映っていたのは、自分の想い人、クラウド・ストライフその人であった。
 「クラウド・ストライフ。8月11日生まれ、15歳、AB型。6月、ソルジャー補佐に就任。・・・・・・今度はこんな男がお前の気を引いたか?」
 「・・・なん・・・で・・・」
 「所詮、お前は私の人形。隠し事など出来るまいよ」
 壁に映るクラウドは、自分の知っている姿そのままに、きつめの双眸でセフィロスを見ている。
 セフィロスは顔を伏せた。
 「・・・15歳でソルジャー候補・・・とは、お前に次ぐ最年少じゃあないか。・・・・・・これは楽しみだ」
 その言葉に、ハッとしてセフィロスは宝条を睨みつけた。
 「貴様・・・まさか・・・」
 白衣の男の目が光る。口元には酷薄な笑みが刻まれていた。
 「フフ・・・ご名答。お前が素直じゃないんだ、代わりに実験台になっていただいた方がいいだろう?みすみす殺すよりはな・・・」
 「クラウドは関係ないだろう?!どうしてそんな事するんだ!」
 きつい視線を投げかけてくる青年の眼前で、男はうすい唇を歪ませた。
 「お前に近づく者は、すべて私が処分してやる」
 「・・・っ!」
 激しく肩をつかまれ、そのままセフィロスは後方の寝台に叩きつけられた。
 その拍子にかけていた眼鏡が飛ばされる。
 硬質なタイル張りの床で、それが乾いた音を立てた。
 「くっ・・・」
 自分を押さえつける手を除けようと、全身に力を込める。
 その途端、瞳に激痛が走り、体が戒められたかのように動かなくなった。
 「なん・・・!」
 「もう、お前は逃げられん」
 かすむ視界の中で、宝条は目を細めて笑っていた。
 触れるほどに顔を近づけ、必死に逃れようとするセフィロスの瞳を覗きこむ。
 「・・・・・・お前を味わうのは久しぶりだな」
 「や、め・・・っう・・・・・・っ」
 顎をつかまれ、唇が重なる。侵入してくる冷たい舌の感触のおぞましさに、セフィロスは眉を寄せた。
 逃げることなどできない。それを頭に乗せただけで、全身が激痛に絡め取られる。
 痛みに朦朧とする頭の中で、セフィロスは過去を思い起こしていた。
 暗い、闇のうごめく部屋。
 枷のはめられた手足に、カビ臭い空気が纏わりつく。
 その中で、妙に白い影が自分を見ていた。
 甘い、柑橘系の香り。
 『父・・・さん・・・・・・』
 知らず、横たわった少年―――――セフィロスはつぶやいた。
 信じられなかった。
 いつもいつも父親は自分ばど見ていなかったハズだ。
 彼の頭の中にあるものは研究とコイビトだけ。彼は自分の子供をも研究対象としてしか見ていなかった。
 だから―――――。
 見て欲しかった、自分を。
 そのために、彼の言うことはなんでも従ってきた。
 子供は、親のモノだから。
 そして、今。
 今まさに、父親は自分を見てくれている。
 ―――――嬉しい。
 少年の姿の自分がそう言った。
 だが、すぐに今の自分の感情がそれを否定する。
 ―――――オレは知っている。宝条・・・コイツがあの時オレにもたらしたものを―――――。
 決して、望んでいた親子の情ではなかった。
 男がもたらしたものは自由。だが、その代償に自分におろされたもの―――――それが、今もまたセフィロスの体を見舞おうとしていた。
 「・・・お前は私のモノだ。わかっているだろう?」
 宝条が耳元で囁く。冷たい手が体を覆う衣服を剥ぎ取った。
 その様を見たくなくて、セフィロスは瞳を閉じる。
 全身を襲う激痛と絶望の中、セフィロスは頭の片隅で一人の人物を思い返していた。
 日の光をあつめたような金の髪、心の奥底まで覗き込まれそうな深い成層圏の色の瞳。
 穢れた自分をその暖かな腕で包み込んでくれた、今では自分の心の大半を占める存在。
 (・・・・・・ク・・・ラウ・・・ド・・・・・・)
 答えはない。
 それでも、セフィロスはいないはずの人物を求めて中空に手を伸ばした。
 助けを求めるように。
 救いを求めるように。
 「・・・・・・クラ・・・ウド・・・」
 あきらめと、痛みにすりかえられた快楽が全身を貫く。
 それを認めたくなくて、セフィロスはひたすらにクラウドを呼びつづけていた。


* * *



 「・・・ん・・・」
 ふと、誰かに呼ばれた気がして、クラウドは目を覚ました。
 周りを見渡すと、未だ夜が明けないためか、兵士たちが寝息を立てている。
 ここは、海の上。
 ミッション地へ行くべく乗りこんだ船で、クラウドはいつものように船酔いをおこしていた。
 日頃どんなに強気で通していても、この乗り物に弱い体質だけはどうしようもない。
 クラウドはゆっくりと身を起こし、立ちあがった。
 おとなしく眠っていたためか、具合はそれほど悪くない。
 同僚たちをおこさぬよう船室をでて、クラウドは甲板へと上がった。
 見上げれば、星々の海に輝く銀の月。
 後ろのポストを背にしゃがみこんで、天に光る月を見つめた。
 セフィロスの、声が聞こえた。
 そんなことありえないはずなのに、彼は自分の目覚めが、想い人の声によるものだと知っていた。
 彼の身に、何かあったのだろうか。
 月は答えてくれない。
 彼の想い人を思わせる、妖しい光を放つ月は、静かにクラウドを照らすだけだ。
 ふと、思い出したようにポケットからカードキーを取り出す。
 あの人の部屋のカードキー。
 それは、以前酔った彼を部屋に連れていった際、渡されたまま忘れていたものだった。
 彼は、気づいているだろうか。
 そのまま、クラウドは手の中のそれを月の光にかざした。
 光を受けて、それは静かにきらめく。
 その様を見つめながら、クラウドは本来の持ち主に思いを馳せた。
 ―――――会いたい・・・・・・な。
 もう、何日会っていないだろう。
 お互い任務がある身だ。時間が合わないことなど度々だった。
 仕方のないことなのだけれど。
 今、彼は何をしているだろう。
 遅番の仕事に精を出しているだろうか。
 安らかな眠りに身をゆだねているだろうか。
 それとも―――――。
 「セフィロス・・・・・」
 クラウドは、月に透かしていたカードキーに口付けた。
 それは、祈り。
 彼が、幸せに生きていられるように。
 悲しみが、彼の心を覆わぬように―――――。
 かすかな波の音がする美しい夜。
 その上に映える月を、クラウドはいつまでも眺めていた。


* * *



 セフィロスは、熱い楔に体を貫かれ、嬌声とも泣き声ともつかぬ声を洩らした。
 既に体は抵抗を止め、与えられる動きに沿って激しく揺れる。
 だが、体に快楽を感じるたびに、心だけはそれを受け入れるのを拒んでいた。
 すると、全身がその数倍の激痛に絡め取られる。
 楽になりたかった。
 半ば失った意識の中、この快楽の波に身をゆだねれば楽なのだとわかった。
 けれど、出来ない。
 無理やりさせられた屈辱的な体勢のまま瞳を開けると、今だ壁に映されているクラウドが見えた。
 まっすぐに自分を射る青い瞳。
 その瞳が、クラウド以外の人間に遣られている自分んを責めているようだった。
 それが、たまらなく嫌で。
 セフィロスは再び彼の存在に腕を伸ばした。
 「・・・クラ・・・ウ・・・っ!」
 後ろから、その手を捻り上げられ、その痛みに青年は顔を歪めた。
 汗に濡れ、銀光を放つ髪を強く引かれ、伏せた顔を上向かされる。
 その耳に、宝条は囁いた。
 「そんなに、この男が大切か?今までお前に近づいてきた奴らを忘れたわけではあるまい?」
 その言葉に、セフィロスの目が見開く。
 「本当に、こいつがお前を愛してくれていると思うか?お前の体欲しさに近づいてきただけかもしれないぞ。・・・今までのようにな・・・・・・」
 「そんな・・・はず・・・ないっ!」
 「言えるか?お前が?」
 宝条はせせら笑った。
 「たくさんの人間の血を浴びたお前、幾人もの人間に慰み物にされてきたお前。そんな穢れたお前を、誰が見てくれる?お前がキレイなのはその心ではない。―――――そのカラダだけだ」
 「・・・っ!」
 自身の根本に強い衝撃を与えられ、セフィロスは体を震わせた。
 「そんなお前をずっとみてやったのは私じゃないか。お前を苦しめる輩から守ってやったのも私だろうに。それでいて、なぜ私を拒む?なぜおとなしく私にしたがわない?」
 男は畳み掛けるようにセフィロスを攻めたてた。
 青年の心の中で、いくつもの拒絶の言葉が浮かぶ。
 だが、与えられる快楽と痛みに翻弄されて、それを形作ることはできない。
 それでも、セフィロスは頑なに男を拒み、首を振りつづけた。
 瞳には、血の色の涙。
 それを認めた宝条は、セフィロスに実験動物でもみるかのような視線を向けた。
 「ちっ・・・・・・また失敗か」
 「何・・・を言っ・・・て・・・っはぁっ!」
 一層激しさを増す下肢で、粘膜の擦れる音が響く。
 宝条は、再びセフィロスを上向かせ、瞳から流れる血とも涙ともいえる液体を舌で舐め取った。
 「フン・・・まぁいい。だが、これだけは言っておく。今後、また私に逆らうようなマネをしてみろ・・・・・・あの男の命は保証せんぞ」
 宝条はより一層激しくセフィロスを突き上げた。
 「くう・・・っ!・・・はぁ・・・あっ・・・」
 限界が近いのか、荒く呼吸を乱して告げる男の言葉が、呪縛となってセフィロスを縛り上げた。
 ―――――近づけば、クラウドが苦しむ。
 ―――――逆らえば、クラウドは殺される―――――。
 とうとう、セフィロスは抵抗を止めた。
 途端、痛みは嘘のように消え、甘い快楽だけが全身を巡った。
 宝条は満足げに笑みを浮かべると、セフィロス自身の解放を促した。
 「あっ・・・ああっ・・・ああ―――――っ!!」
 ひときわ大きな声を上げ、ついに青年は頂点に上り詰めた。
 意識をてばなす寸前、相変わらず自分を責めたてるようなクラウドをみながら―――――。



 ―――――すまない・・・クラウド。
 心の底で、セフィロスは泣いていた。
 もう、会えない。
 もう、会わない。―――――どんなに会いたくとも。
 全ては、クラウドのためなのだ。
 ―――――死なせたくない・・・クラウド・・・
 自分のせいで、。彼が苦しむなんて、死んでも嫌だった。
 だから・・・





 人は、祈る。
 伝えられない想いが、愛する者に伝わるように。
 そして それが伝わるか否かは
 月のみぞ、知る。



...to be continued...


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