Crasy Soul 07 〜 断情



 一度だけ、女を好きになったことがあった。
 ひどく保護欲をそそる女で、馬鹿なりに守ってやりたい、などと思ったものだ。
 けれど、心が弱く少しのことで死にたくなるくらいに傷ついていたその女は、
 いつの間にか自分の傍にいると途端に強気になり、
 何かあればすぐに自分をなじり、わがまま言い放題。
 嫌われるのではないかなどと微塵も考えないその態度に、自分は軽い思いで付き合ってしまった事に後悔した。
 遠くから見れば、殊勝で慎ましげな女だったはずなのに、
 いざ踏み込めば、そんな印象はどこへやら。
 約束をフイにすれば、どんな理由があろうとお決まりのセリフ。
 『私のことが、嫌いになった?』
 ああ、キライだよ。
 俺の都合も全てそっちのけで、自分のことばかり考えてるやつなんざ。
 愛想尽かした女にはいい加減別れを告げて、
 俺は夜の世界へDrop Out。
 一話完結の物語が毎夜毎夜紡がれるその場所に、
 自分の居場所を求めたのはそれからだった。
 もう、誰に想いを寄せるのも、誰に想いを寄せられるのも、まっぴらだ。
 売り物の女の肌に顔を埋める。
 欲しけりゃやるよ、俺なんか。
 そのかわり、
 心はやらない。心から愛さない、心から信じない、心から想わない。
 それでいいなら、傍にいさせてやる。
 自分の中でのその取り決めを、違えたことは一度もなかった。





 「・・・帰らなくていいの?」
 まだ日の昇らない、夜明け前。
 いつもなら抜け出すはずの傍らの男に、女は声を掛けた。
 けれど、肝心の彼は煙草をふかしたまま、動こうとはせず。
 「・・・帰ったって、何もねぇし」
 呟く。
 今までは一度帰って、シャワーを浴びてからセフィロスの待つあのバーへと行っていたのだが。
 もはやその必要もなくなったことで、クラウドは覚めてしまった頭を持て余していた。
 そっけない彼の態度にふふっと笑って女が自分の上に乗り上げる。
 「本命のコに、フラれた?」
 「・・・だから、本命じゃねぇって」
 苦笑して、女の首筋に唇を寄せる。
 吸い付くような柔らかな肌に、クラウドは目を細めた。
 「最近、あまり来てくれてなかったでしょう?皆で話してたのよ、本命ができたんだって」
 「・・・すまないな、忙しくて」
 お詫びのしるしに、と一度唇を重ねて、それから寝台を出た。
 もう一度寝直す気にもならないし、夜明け前の朝を歩くのもいいかな、と思った。
 「また来るよ」
 「待ってるわよ。貴方のファンは、ここには大勢いるわ。いつでも来て頂戴」
 そういって布団の中から伸びた腕にキスをして、クラウドは部屋を出た。
 相変わらず冷たい風が吹くミッドガルは、今はまだ目覚めていないかのように静かだ。
 自分だけ取り残されたような思いに捕らわれながら、クラウドは帰路を急ぐ。
 何気なしに例のバーを覗いて、途端に目を見開いた。
 銀色に映える、影。
 待ち合わせの時間までまだ2時間もあるのに、しかももう待ち合わせることもないというのに、
 セフィロスはそこにいた。
 思わず、足を踏み入れる。
 暗く落とした照明の中、振り向く銀影が驚きの色を宿すのに、
 なぜか暗い笑みが込み上げるのを、クラウドは止められなかった。





 「・・・なんで、いるわけ?」
 隣に滑り込むクラウドに、セフィロスは顔を背けた。
 セフィロスと同じ物を自分も頼むと、出てきたのは朝飲むには結構キツい酒。
 アルコールに弱い彼がこんなん飲んで大丈夫なのだろうか、とクラウドはふと考えた。
 「何しに、来た」
 「それはこっちの台詞」
 はぁ、とため息をついて、セフィロスを見やった。
 微かに朱を吐いた、白皙の肌。
 「・・・オレは、今日は休みなんだ。どこで何してようと、オレの勝手だ」
 「・・・・・・へぇ、意外。俺も今日、休みなんだよね」
 あんたに言うつもりはなかったんだけど、と呟いて、グラスの中の氷を鳴らす。
 それで喉を潤せば、キツめのアルコールに目が覚める気がした。
 落ちる、沈黙。
 今回、先に耐えられなくなったのはクラウドだった。
 「あんた、暇なんだろ?どこか連れてってやろうか」
 クラウドがセフィロスの腕を取る。途端、弾かれたように顔を上げた。
 「・・・触るなっ!!」
 声を張り上げて、自分をもぎ離す。それから、セフィロスは自身の体を抱いて震えだした。
 「その・・・、他の奴を抱いた手で・・・、オレに触るな・・・っ・・・」
 口元を押さえ、今にも吐き出しそうなセフィロスは、そのままテーブルに突っ伏して泣き始めた。
 クラウドの表情は動かない。ただ、双眸がすうと細められただけだ。
 「・・・おい、クラウド。なに泣かせてンだよ」
 「勝手に泣いただけだろ。俺は知らない」
 マスターの言葉をさりげなくかわしてセフィロスの腕を取る。セフィロスは既に眠っていた。
 「何勝手なこと言って・・・ってどうすんだよ」
 セフィロスを肩に担いで席を立ったクラウドは、面倒臭そうに後ろを振り向いた。
 「この酔っ払いを送っていく」
 「これ、飲ませてやれ」
 投げ渡されたものは、小瓶入りの薬だった。
 「酔い覚ましだ。気分も落ち着くだろうよ」
 「・・・サンキュ」
 軽く笑って、セフィロスを引き摺るように外へ出る。
 自分の家はすぐそこだ。
 涙を流したまま眠るその様子に、クラウドは小さくため息をついたのだった。








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