恋心〜思い出のかけら達〜
まだ日の上らない、夜明け前。
俺たちは、運び込まれたヒュージマテリアを回収すべく、ジュノンに潜入していた。
ジュノンという所は、神羅時代の記憶を取り戻した俺にとって、つらいものがあった。
元ソルジャーだと思い込んでいた頃は、神羅に愛想を尽かして辞めたのだと思っていたから、未練なんてものは全くなかった。
けれど、自分が本当はソルジャーでなかったこと、あのままセフィロス・コピーとして生かされていたことを考えると、内心は複雑だった。
「・・・どうしたの?恐い顔して」
不意に横から声がして、はっと顔を上げる。覗き込んでいたのはティファだ。俺はなんでもない、と首を振ると、ティファの先に立って奥へと進んだ。
知られたくなかった。ティファには、特に。
神羅での2年間は、俺を変えた。
ティファの知っている7年前の俺とは似ても似つかないほど、今の俺は変わってしまった。
あの時持っていたと言える、夢も、希望も、夢を追う純粋な気持ちも、
全て失くし絶望していた俺は、その心の弱さにつけ込まれ、気付けば自我を失っていた。
その結果が、神羅の英雄だったセフィロスと対等に渡り合えるほどの力だとしても、今の俺には嬉しくなんかない。
むしろ、セフィロスを倒せるほどの力が恨めしかった。
もしそんな力がなかったなら、あいつを殺そうなんか考えなかったというのに。
胸に湧いた痛みに唇を噛み締めると、俺は襲いかかる兵士を手にした大剣で凪ぎ払った。
気絶した神羅兵を見ながら、俺も昔はこうやってゴミのように使われていたのかと思うと、彼らが哀れに思えた。
あの時、
ニブルへイムに派遣された神羅兵が俺じゃなかったら、
今の俺はなかっただろう。
ただ、愛していた人が、唯一心を許せた友人が、任務で死んだと聞かされて、
たとえどんなに泣いたとしても、涙を枯らしても、おそらく日々の生活に追われるのだろう。
ニブルヘイムが焼かれたことも知らなければ、自分がソルジャーだと思い込むこともなかったはずだ。
だから、今の世界の危機がセフィロスのせいだとわかるはずもなく、勿論こんな旅に出ることもなかった。
けれど、現実は残酷なもので、
記憶が戻った俺は、一番苦しい道を歩むことになる。
愛していた人を追い―彼の呼ぶメテオを止める旅。
止める―すなわち、彼を死なせること。
エアリスの唱えた、星を救う魔法ホーリーの発動は、セフィロスによって邪魔されているのだ。殺さないわけにはいかなかった。
だが、俺にとって、それがどんなに酷なことか、仲間達にはわかるまい。
・・・最低だ。
今頃になって、本当の俺が目を覚ますなんて。
「・・・危ない!」
仲間達に顔を見られまいとうつむき加減だった俺は、周囲の気配まで失念していた。
叫び声にとっさに敵を見定め、振り降ろされる剣で一刀両断される前に逃れられたのは、まがいものではあるがソルジャーとしての能力故。
けれど、カウンターを食らわせようと振り上げた剣は、なんの感触も得られないまま宙を切った。
「フン。なかなかやるな」
数メートル先に降り立った兵士は、銃ではなく大剣を装備し、ソルジャーの証である蒼い目をしていた。
神羅が誇る、精鋭兵士。
けれど、その姿と声は、俺の頭の中で軽い既視感をもたらした。
無言で剣を構えたまま、頭のかたすみで5年前に途切れた記憶を手繰り寄せてみる。
普通なら、5年以上も軍人を続けられる者など、そういない。
多かれ少かれ、自らを死の間近において、平常心でいられることの方がおかしいのだ。
だから、自分のいた、比較的紛争などの少なかった時でさえ、軍の裏側では日常的に麻薬が売買され、そんなものでかろうじて精神の安定を保つ者も少なくなかった。
そのため、続いても3年。ましてや、俺の記憶にある奴が今だに神羅にいるなんて、正気の沙汰じゃない。
俺は仲間達を手で制すると、一歩前に出て構えていた剣を降ろした。
「俺を覚えているか?」
目をしっかり見据えて言う。
目の前の存在はしばらく目を細めて考えていたようだったが、やがて思い出したのかにやにやと笑い出した。
「・・・あぁ。あの若造のくせにムカツク奴だな。その格好は、お前もソルジャーになれたのか?」
「俺はソルジャーじゃない」
「・・・よなぁ。お前がソルジャーになったって話は、ついぞ聞いたことがない」
他人を蔑むような、昔見たのと変わらない下品な笑みを、そいつは俺に向けた。
覚えている。俺は、一介の神羅兵であったにもかかわらずセフィロスと親しかった。
それが、彼を目指していた、同じように彼に憧れて神羅に入ったソルジャー達や候補生達にとって許せなかったのだろう。
俺はあの時、それだけの理由で同僚にも、上司にも煙たがられていた。
そして・・・今俺の目の前にいる、こいつにも。
「それよか、今の今までどうしてた?お前にゃあ聞きたいことが山ほどあったんだぜ?」
相変わらずの笑みを浮かべ、偽りの親しさを装って近づいてくる。
俺は、再度剣を構えて奴を睨んだ。
「・・・へぇ。いつからこの俺様に剣を向けられるようになったんだ?セフィロスと組んで俺達を滅ぼすからいい、ってか?」
「ちょっと!失礼なこと言わないでよ!クラウドは・・・・・・」
激昂して食ってかかろうとするティファを押し留める。
たとえ真実にしろ、ティファの口からその後の台詞を聞きたくなかった。
「やめろ」
「でも、クラウド・・・!」
「これは、俺と奴との問題だ」
切って捨てると、再度視線を戻してソルジャーを見やる。
すると、男は不遜な笑みを口元に刻み、こちらもまた手にした大剣を構えた。
「・・・おもしれぇ。てめぇみたいな生意気なヤローは、一度ぶちのめさねぇと気がすまねぇんだよ」
足場を変えにじり寄ってくる敵を、迎え討つべく体勢を整える。
一瞬、周囲を取り巻く空気が張りつめた気がした。
「あの時は幾度となく邪魔された。だが、今回は違うぜ、逆賊め。貴様は、正真正銘の、『悪』だ」
その言葉を合図に、地面を蹴って対峙する。
勝負は一瞬でついた。
火花を散らした剣は、俺の脇腹をかすめ、そして、奴の急所を貫いていた。
「くっ・・・」
視界が鮮血に染まる。真っ赤な、色。
たとえ敵にしろ、人を本当に殺すのは、神羅時代以来初めてかもしれない。
あの時、セフィロスを刺して以来。
不思議と、罪悪感は感じなかった。
確かに、5年前までは奴にひどい目に遭わされていたということもある。
けれど、それだけではない、どこか冷めた俺が、もはや虫の息のそいつを見下ろしていた。
「くそっ・・・なんで貴様ごときに俺が・・・」
負け惜しみめいた男の言葉なんか、耳に入らない。
俺の意識にあるのは、血に染まって倒れるセフィロスの姿。
5年前、愛する者を殺そうと決意した時、俺は狂ってしまったのだろう。
人の死も、誰かを殺すことも、そして自らを死に追いやることも、
彼を殺すことに比ベれば、なんてこともなくなってしまった。
だから、今兵士の1人や2人を殺そうと、平然としていられるのだ。
・・・人間失格だな、俺は。
今さらながら、セフィロスしか見えていない自分が笑えてくる。
せめて、彼を本当に憎んでいたなら、こんなに苦しまずにすんだのに。
そもそも、どうして俺はセフィロスに近しい存在でいられたのか。
これだけが、記憶の戻った俺の唯一の謎だった。
けれど、多分、それを知る機会は2度とないし、知ってももう意味がないだろう。
俺は、セフィロスを殺すと決めたのだから。
「大丈夫?」
いつの間にか、ティファが俺の側に来ていた。ポーションを使って、俺の傷を治してくれている。
「あぁ、大丈夫だ。それより・・・」
次の言葉は、頭上から響いた轟音によってかき消された。
ジュノン全体が揺れるほどの激しい発進音。
「おい!クラウド!奴ら、飛空艇で飛んで行っちまった!ロケット村にな!!」
見ると、目の前から先行パーティが走って来ていた。
「ロケット村・・・?」
「おそらく、メテオを壊すために打ち上げるのだろうな」
「クラウド!オイラ達も追いかけよう!」
さっさと走りだす仲間達に倣おうとして、その時俺はユフィの手に何かが抱かれているのを見つけた。
見るからに大事そうに抱えている。
「ユフィ・・・どうしたんだ、それ」
「これ?うーんと、さっき来る時見つけたんだけどー」
軽くピンクがかった色のそれは、ユフィの腕の中でもぞもぞと動く。
おそらく、アルジュノンで飼われていて、この混乱の中で迷いこんだのであろう小さな動物は、なぜか俺を懐かしい気分にさせた。
多少は汚れているが、綺麗な毛並みのウサギ。
それが、足を怪我していると気付いた時、思わず俺は手を伸ばしていた。
「あー、ダメだってばー!この子怪我してるんだよ?!」
「わかってる」
言葉少なにウサギを腕に抱くと、弱々しく見上げるつぶらな瞳。
それを見て、俺は過去の記憶を揺さぶられた。
そうだ。
あの時も、2人でこんなウサギを見つめていた。
あれは、俺の、セフィロス率いる初めてのミッションの時だった。
その休憩時間、木洩れ日の差すジュノン近くの森の中で、俺は一羽のウサギを見つけた。
猟師が仕掛けたのであろうワナにかかっていたそれを、助けてやろうとして・・・セフィロスが来たんだった。
多分、現場から離れた俺を、怒りに来たのだろうけど、結局2人でそいつを助けてやって・・・・・・
それが、俺の、セフィロスとの出会い。
その時のことを思い出し、知らず笑みがこぼれた。
冷徹で血も涙もないと噂されていたセフィロス。
けれど、俺はあの一件で、直接あいつのことを知った。
冷徹な仮面の奥の、・・・優しさを知った。
彼を―――愛していた。
俺は、手の中のウサギの背を柔らかく撫でてやると、回復魔法を唱えた。
淡い緑の光が包み、血の滲んでいた箇所が癒されていく。
「へぇ〜クラウドって、結構優しいトコあるんじゃん・・・って、クラウド?」
冷やかし混じりのユフィの声が途切れる。 俺は、気が付けば涙を流していた。
「なんでもない・・・それより、置いていかれるぞ」
「わかってるってー。じゃ、お先っ!」
ひらひらと手を振って、2、3歩進んでから振り向いて、「皆には黙っとくからねー」と叫ぶ。
滅多に見せない彼女の思いやりが嬉しかった。
俺は、1人になったその場所から、再度後ろを振り返った。
喜びも痛みも、嬉しさも悲しさも、俺の大切な思い出の詰まったこの場所。
未練はないけれど、忘れることは一生ないだろう。
だから。
全てが終わったら、また来よう。
彼の好きだったこの星を、今度こそ正しい形で生かせるように。