そのカオ、ぞくぞくする



簡単に手に入るものなんてつまらない。
どうせなら、なかなか靡かない相手を落とすほうが面白みがあるというものだ。
今回の相手は、たった1人、心を閉ざし、そうして身も心も成長を止めてしまった少年。
殻に閉じこもるのもいい、俺は踏み込まない。
だが、外の世界もそれ以上に素晴らしいことを教えてやる。
さぁ、おいで。今日は何をして遊ぼうか?
時間はたっぷりあるんだ。その熱に溺れて、狂ってしまえばいい。
そんなお前が、俺は大好きだ。





「苦しっ・・・」
「我慢しろ」

シーツの上で、四つん這いの格好でレイの愛撫を受け入れる少年は、
その体勢の苦しさに思わず不満を洩らした。
いや、正確には怪我をしている腕を庇って、ほとんど前は首と肩だけで支えているようなものだ、
シンは下肢を襲う痛みに、枕を噛み締めて耐え続ける。
シンの身体とシーツの間には、濡れたような染みが広がっていた。
すべて、シンのそれが放った故のものである。
相変わらず快感、というにはほど遠い、苦しさを伴う吐精ではあったが、
今までほとんど勃ったこともなく、ましてや射精すらできなかったシンにとっては、なかなかの進歩だな、とレイは思っていた。
無論、少々強引に溜め込んだ熱を吐き出させるような強力な薬を使ったのだから、当然といえば当然なのだが。
その部分は極秘事項、ということで、再びレイはシンの顔を覗き込んだ。
耳まで真っ赤に染め、体内で暴れる熱にただただ翻弄される、哀れでちっぽけな存在。
先ほどから何度も達かせたというのに、その熱はまだまだ止まらないようだ。

「シン・・・」
「っ・・・なに・・・、っぁ・・・!」

下肢に激しい違和感を感じて、シンは仰け反った。
シンの後孔の入り口辺りを拡げるように指を動かしていた少年が、不意に深く、指の根元まで挿入してきたのだ。
もちろん、シンの身体はそれに拒否反応を示し、固く縮こまってしまった。
レイの2本の指が、深く内部に食い込まれる。
だが、レイはそんな反応にもただ笑みを浮かべるだけで、構わず彼の奥を愛撫し続ける。
不意に、びくりとシンの身体が震えた。耳元で、レイが囁く。

「・・・どうだ?」
「ぁ・・・、え・・・?」

自分の身体に脅えを滲ませながらも、シンはレイの言葉を従順に聞いている。
レイの指が、明らかに場所を定めて刺激を与えているのがわかった。
けれど、シンにはわからない。下肢の奥に、熱がわだかまり、そうしてレイの刺激を続ける部分にも鈍い感覚があるのはわかる。
だが、それだけ。シンは泣きたくなった。反応がない身体にも、こうしてレイが心をかけてくれているというのに、
それに答えられない自分の不甲斐なさにも。

「・・・わ、わからないっ・・・」
「ふ・・・ん?」
「え・・・、あ・・・」

レイが戸惑うシンの手を取り、彼自身へと導いた。
手の中のその感触に、シンは自分自身の身体だというのに激しく動揺していた。
感じたこともない、張り詰めたそれの感触。萎えたような自身しか知らなかったシンは、再び頬を真っ赤に染める。
レイが再度、強く内部のそこを擦った。びくん、と手の中のそれが脈打つ。

「っあ・・・」
「わかるだろう?ここが、前立腺・・・」

散々嬲られて腫れ上がったようなそこを、レイはなぞるようにマッサージを続ける。

「お前の身体は、本当はこれほど素直だったんだな。・・・なぜ、隠していた?」
「っか、隠してって・・・そんな!・・・っ」

シンは違う、と必死に首を振った。
本当に、感じたことなんていままでなかった。
知識としては知っていたから、もちろん自分でやってみたこともある。
だが、駄目だった。感覚はあるはずなのに、ただそれだけ。勃つこともなければ、快感だと思ったこともない。
だからこそ、シンは今、これほどまでに戸惑っていたというのに、
レイはどうしてそんなことを言うのか。
シンは信じてくれ、といった風にレイに視線を向けた。
けれど、レイは相変わらず淡々とした表情で、シンの内部を刺激し続けている。
鈍く、苦しい感覚とは裏腹に、手の中のシン自身は確実に熱を増していた。
身体は反応しているはずなのに、どうしても快感だとは思えないまま、
シンはレイに助けを求めるように生理的な涙で濡れた瞳を向ける。
濡れて紅色に光る瞳に、背筋がぞくりと震えた。

(・・・折角、イイ身体をしているのに)

レイは無表情の下で、残念そうにため息をついた。
何もなければ、かなり反応のよい身体だったはずだ。そうでなければ、いくら薬を使ったとて、これほど身体の反応と感覚が一致しない状態が続くわけがない。
確実に、シンの身体は解放を求めている。ただ、問題は彼自身、それに気付いていないことだ。
今だって、ただ後ろの刺激だけで、もうすぐに達してしまいそうではないか。

「・・・シン、擦ってみろ」
「え・・・」
「早く」

おそるおそる、前を扱き始めるシンの手の動きに合わせて、奥もまた引っかくようにして少々キツめの刺激を与えてやる。
案の定、びくり、と身体が反応を示してきた。シンが感じていないのは、この際どうでもいい。
別に、急ぐ必要などないのだ。時間はたっぷりあるのだから。
苦しげに喘ぎながらも、それでも手を伸ばし、自身を扱くシンに、解放を許すように手を添えてやった。
絶頂はすぐそこだ。薬によって高められた熱に翻弄され、意識すら遠のく。

「あ・・・、嫌だ、なにっ・・・!」
「いいから。怖がるな・・・」

ぶるり、と震える体を抱き締めてやる。
その一瞬後、シンの身体は頂点に達し、彼の手の中にどくどくと精を放っていった。

シンは、放心したようにぐったりと身体をベッドに預けていた。
手の中の精や、達するときの恐怖にも似た衝撃。すべてが初めてのことで、どう捕えていいかわからない。
けれど、ただ、先ほどまで体内を暴走していた熱が、少しだけは収まったことに、
シンは安堵したように瞳を閉じた。
すっと、レイの手がシンの顔にかかる髪を払ってやった。
―――優しい。
そう、事実、レイはシンに、過剰なほど優しかった。
もちろん、普段は無表情、無関心、無干渉を貫くような男だったが、肝心な時にはしっかりと手を差し延べてくれたから。
シンはなんとなく、自分がレイに惹かれているのを感じていた。
レイに・・・、惹かれる?自分が?
入学当初は考えられなかった感情が、自分を支配していることに、シンは戸惑いを隠せなかった。
なぜなら、相手は噂の耐えないあの少年だ。男も女も関係なく、誰彼構わず手をつけては簡単に捨ててしまう、そんなレイ。
最初は、男に身体を許すなんて考えてもいなかった。成り行きで、そうなった。
けれど、ただの友情の延長で済むと思っていた。実際、初めて身体を重ねたその次の日も、レイはいつもどおりの対応しかせず、自分もまた、妙に醒めた態度で接することができたはずだ。
それに第一。
もし本気で彼を好きになっても、きっと他の者達と同じように、いや、それ以上に惨めな想いをするだけだ。
なぜならば、自分は。
彼を感じることもできなければ、彼を喜ばせることもできない。
こんな、手間のかかる相手など、いくらレイでも興味がないだろう。
今はただ、自分が助けを求めたから、助けてくれただけ。
ただの、優しさの延長線。
レイはおそらく、自分を恋愛対象としてなど見てくれていない。
その証拠に―――・・・

「レ、イ・・・」
「どうした」

脱力したシンをそのままに、周囲の片付けをしていたらしいレイは、
シンの呼びかけに、やはり無感動な声で応じた。
シンはぎゅ、と拳を握り締めた。まだ、身体の中に熱がわだかまっていて、うまく思考回路が働かなかった。
それでも、何か・・・、何か、自分がレイにできることがあるならば。

「・・・ごめん」
「何故」
「オレばっかり・・・、その、・・・」

先の行為を思い出す。
自分は何故かわからない熱に翻弄され、ただただ精を吐き出していた。
どうしてこうなったのかなどわからない。けれど、彼はただ、助けを求める自分に手を貸してくれた。
不感症の自分を馬鹿にすることなく、労わってくれた。丁寧に愛撫を続け、少しでも感じられるようにと手間をかけてくれた。
自分自身だって、きっと辛かったろうに。

「ああ」

けれど、レイはシンが自分の心を紡ぐ前に、肩を竦めた。

「お前は熱でひどく辛そうだった。だから手を貸してやっただけだ。気にすることはない」
「っ・・・でも・・・」
「そんなことより、早く眠って、怪我を治せ。明日は休めるから、大人しくしているんだぞ」
「・・・・・・」

感情は篭っていなくとも、言葉は優しい。
レイの言葉はいつだって自分を気に掛けてくれていた。だから惹かれたのだと、今更ながらシンは思う。
孤独でいたかった、孤独がよかった、他人に干渉されるなんてごめんだった。
だというのに、気付けば自分は求めてしまっていたのだ。
自分に都合のいい、優しさを。
そうして、それを与えてくれていたのが、レイだった。
なぜ、今頃気付いてしまったのだろう。
体育館裏に呼ばれた時、Dクラスの男たち数人に囲まれながら手を出さなかった理由は、
嫌われたくなかったのだ。レイに。
また、喧嘩などを起こして教官になど怒られれば、きっと同室のレイも責任放棄とみなされる。
レイがいなかったから、尚更。
けれど、シンの心の動揺をよそに、レイは普段通りに私服の襟元を緩め始めた。
シャワー室に歩もうとする、レイ。その背を見て、シンは思わず声を上げてしまっていた。

「待っ・・・レイ・・・!」
「・・・?」

足を止めたレイに、シンは必死に自分の想いを紡ごうとした。
けれど、言葉にならない。好きだと、そのたった一言が出てこない。
レイは、俯くシンを眺めながら、ただ彼の言葉を待った。
正直、この一晩でこれほどまで彼の心を掴めるとは思っていなかった。レイは内心口笛を吹く。
簡単に落とせる相手もつまらないが、だからといって絶好の機会を逃すほど馬鹿でもない。
もう、一押し、かな。
レイがシンにそっと近づくと、意を決したように、シンが顔をあげてきた。

「・・・いい、よ、レイ。オレ・・・平気だから。レイの、好きにして・・・」

頬を紅色に染めて、シンはまた俯いてしまった。
それに対して、レイは固まり気味だ。
あまりに子供のような、ストレートな言葉を吐かれて、正直どう接しようかと迷ってしまう。
もちろん、浮かれに浮かれて、では早速となってしまえば負けだ。
なかなか段階をすっ飛ばした発言に、レイは内心かなり笑ってしまっていた。
もちろん、顔は先ほどと同じ、無表情のままだけれど。

「・・・シン。それは、どういう意味だ」
「え・・・?」

意を決して告げた言葉を、相変わらずの醒めた声音で返され、
シンは思わず顔をあげてしまっていた。
レイは、相変わらず無表情で、まっすぐに自分を見つめていた。誰もを魅了する、整った顔立ち。
だが、何かシンは不安になった。なにか、選択を迫られるような、そんな空気。

「俺の好きに・・・ね。本当に、お前はそれでいいのか」
「・・・」
「俺の噂を知っているなら、軽々しい発言は控えろ。間違いが起こっても知らんぞ」

シンのことを思いやってか、それとも別の意図からか。
容赦ない言葉を紡ぐレイに、シンの胸が痛んだ。
そう、忘れていたわけではない。レイには、もっと沢山のセックスのお相手がいる。
わざわざ、自分に手を出すほど、不自由してはいないのだ。
わかっている。わかっているのに、なぜこの気持ちは止められないのだろう。
彼に、何かがしたい。けれど、今の自分にはなにもないのだ、あるのは、自分の、この身だけ。

「・・・・・・いい」
「シン」
「いいよ、オレ・・・。レイに、与えてもらってばかりなんて・・・嫌だ。だから、・・・っ・・・」
「・・・後悔するなよ?」

顔をあげれば、念を押すようなレイの表情。
それに小さく頷くと、レイは漸く、口元に綺麗な笑みを浮かべた。引き込まれる。その、静かな魅力に。
彼に身を預け、再びベッドに押し倒される。また、先ほどの熱がぶり返してきた気がした。
胸が、死んでしまうのではというほどに高鳴っていた。
"好きな人"と触れ合うことは、これほどまでに動悸が激しくなるのかと、
シンは初めての体験に感動すら覚えていた。
これで、不感症、とかいうわけのわからない病気でなければ、もっとよかったのに。

「怖いのか?」
「・・・え・・・」

怖いわけ、ない。
自分はよかれと、彼に身を預けたのだ。シンはおずおずと、レイの首に手をかける。
先ほど散々嬲られた場所は、今だ精液に濡れ、ぐちゃぐちゃになっていた。
レイの指が、再びその部分をすべり、
わかっているものの、シンは羞恥に必死に耐えた。
嫌われたくなかった。早く、レイの好きなようにして欲しかった。彼のためなら、どんな痛みでも苦しさでも耐えられると、そう思って彼の前に身を投げた。なにかしたいと焦る気持ちが、よりシンの羞恥を煽っていた。
すっと、レイの手が頬に添えられた。
たったそれだけの仕草すら、心臓の鼓動を早めた。息を呑む。

「っひ・・・」
「お前のそのカオ、ぞくぞくする」

耳元に囁かれる低音に、なぜか腰の奥がどくりと疼いた。





00.Prologue
01.お前は俺の所有物
02.調教してやるよ
03.そのカオ、ぞくぞくする





Update:2005/09/01/WED by BLUE

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