引き継がれし想い



――歯を食いしばり拳を握り締めながらも、『彼ら』は敵だ、と肯定したあの上官の姿を、私は生涯忘れえることはないであろう。

「あんなものまで担ぎ出し、我が軍を混乱させようとする艦など、我らにとっても敵でしかない!そうだな、トダカ一佐?だから貴様も撃った!」
わなわなと拳を震わせて詰め寄るユウナ様に、否定の言葉を返すことなど出来なかっただろう。現実に、先の戦闘でストライクルージュを、カガリ様を撃ったのだから。そして何より、司令官に異を唱えることはもう、無理だった。
「…はい。」
そう一言、すべての感情を押さえ込んで答えるしかなかったのだろう。
あれは間違いなくカガリ様であると、あの人が一番分かっていたはずなのに。

「どうして否定なさらなかったんですか?あれは間違いなく…。」
艦橋を出て、詰め寄った私の言葉を片手を上げて制したトダカ一佐は、哀しげな表情を浮かべて振り返った。
「あれは『敵』だ。ユウナ様がそうおっしゃるからには、敵でしかない…。」
「しかし!オーブの者であれば誰でも知っています。あのMSも、あの紋章も誰のものであるかを…。」
「分かっている!だが…。」
そこまで言ったとき、前方に人影が現れ、こちらを振り向いた。
「大変ですな、上官があんな調子では。あなた方も苦労されているのでしょうに。」
「ロアノーク大佐…。もうお戻りになられたかと思いましたが、何か御用でも?」
先刻の言葉にはあえて触れないようにトダカ一佐は答えたが、大佐は目の前まで近づき、声を潜めてつぶやいた。
「あなた方には分かっているんでしょう?あれが『敵』なんかじゃないって事は。」
「…!」
「だからそんなにも苦しそうな顔をする。違いますか?」
「…仰ることの意味がよく分かりませんが。」
何を思って先方の指揮官はこのようなことを言うのだろう。マスクに隠れた表情からは、それを読み取ることは出来なかった。トダカ一佐もいぶかしむように彼を見つめている。
「見上げた精神だねぇ。そこまで司令官をかばうのか?あなた方を苦しめているのは他ならぬユウナ殿でしょうに…。」
「一体何が言いたいのですか、ロアノーク大佐。」
警戒しつつそう聞いた時、突然彼はマスクを脱ぎ、まっすぐにこちらを見つめた。トダカ一佐も驚いた表情を見せたが、真剣なその眼差しに表情を引き締めた。
「本当にこれでいいのか?戦いが始まっちまえば、もう後戻りは出来ないんだぞ。それでも本当に後悔しないのか、あんたたちは?」
「…。」
「おとなしく従うだけが忠誠じゃない。それぐらい分かってるんだろう?」
先ほどより口調はくだけてはいるが、表情は真剣そのものだった。トダカ一佐は静かに目を閉じたが、再び彼をまっすぐに見据えて言った。
「それが、軍人である我々の責務であり、意地でもある。軍という組織に属している以上、上官の命令には従わなければならない。組織を維持するためには必要不可欠なこと。たとえそれが、自らの意に沿わぬ命令であっても、だ。」
そうして二人はしばし無言のまま向き合っていたが、ロアノーク大佐が静かにため息をつき、再びマスクをかぶった。
「そこまで言うのなら、その軍人としての意地とやらを見せてもらいましょう。楽しみにしていますよ。それでは、私はこれで…。」
「ロアノーク大佐、何故…?」
「ただの独り言さ。聞かなかったことにしてくれるとありがたいんだがね。」
立ち去ろうとしていた彼は、そう問われ、口元に笑みを浮かべて言った。トダカ一佐も自然と笑みを浮かべて答える。
「…分かりました。今の事は聞かなかった、見なかったことにしましょう。」
「そうしてくれると助かるよ。では失礼する。」
互いに敬礼すると、彼は去っていった。それを見送った後、私たちも艦橋へ向かうべく踵を返した。だがどうにも腑に落ちなくて、私はトダカ一佐に問うた。
「なぜあんなことをおっしゃったんでしょうか?」
しばし考えた後、上官は少し哀しげな表情を浮かべて言った。
「彼も、我々と同じように苦しんでいるのかもしれない、そんな気がする。だから我々の想いに気がついたのだろう。あそこまで本音で忠告してくれたのには驚いたがな。」
「ええ…そうですね。」
「…さあ、この件はこれで終わりだ。我々にはやらなければならないことがたくさんあるのだからな。」
「分かっています。それでは、行きましょうか。」
……それが、あの人とゆっくり言葉を交わした最後の時間だった。

 視界が、赤い炎に包まれている。状況は明白だった。
 この艦の命運はもう、尽きていた。
「おま、お前、何をやってるんだ、トダカ!これでは…。」
「ユウナ様はどうぞ脱出を。総員退艦!」
襟首を掴まれたトダカ一佐は、私の方を向き総員退艦の指示を下した。
「は、はい!」
タケミカズチへの砲撃は続き、立て続けに衝撃が襲ってきている。
「ミネルバを落とせとのご命令は、最後まで私が守ります。」
「あ…?」
「艦および将兵を失った責任もすべて私が…!これでオーブの勇猛も世界中に
轟くことでありましょう!」
掴まれていたトダカ一佐は逆にユウナ様を掴み戸口のほうへと突き飛ばす。
「総司令官どのをお送りしろ。貴様らも総員退艦!」
ブリッジの将兵たちはその言葉に動揺したが、彼はそれを一喝した。
「これは命令だ!ユウナ・ロマではない、国を守るために!」
「はい!」
全員が敬礼し、脱出を開始する。だが、トダカ一佐一人を置いては行けない。
「私は残らせていただきます。」
「だめだ。」
「聞きません!」
「だめだ!」
食い下がる私をきつく咎めたその瞬間、砲撃が艦を襲い、衝撃に体勢を崩される。
「これまでの責めは私が負う。貴様はこの後だ。」
「…っ!いえ!」
「すでに無い命と思うのなら、想いを同じくするものを集めてアークエンジェルへ行け!」
トダカ一佐はそういうと、倒れていた私を掴みうめくように言う。
「それが、いつかきっと道を拓く!」
「トダカ一佐…。」
「頼む。私と…今日無念に散った者たちのためにも…!」
「くっ…。」
「行け!」

その言葉を残し、トダカは一人艦に残った。艦の周辺には脱出した兵士たちのボートが浮かんでいる。タケミカズチは炎を上げ、沈んでいくが、カガリはそれを涙ながらに見つめるしかない。インパルスがブリッジの目前にせまる。
炎の中、トダカはまっすぐにそれを見つめていた。
光に呑まれるその瞬間、ふと彼は思い出す。悲しみに沈んだ少年の姿を。
(あの子は…今頃どうしているだろうか…。)
ついに、シンの怒りの刃は振り下ろされ、彼は艦とともに暗い海の底へと沈んでいった。
二年前、自分を気遣ってくれた彼をその手にかけたことを、
怒りに震えるシンには気付く筈もなかった。
(馬鹿な事を…。だがこれも、運命…か?)
沈み行く艦に敬礼しながら、ネオは想いを馳せる。これが軍人としての意地だ、ときっぱりと言い切ったあの艦長の姿に、迷いはなかった。
 はたして自分は、同じ事を迷わずに言えるのだろうか?
(俺には分からない…どうなんだろうな?アウル…ステラ…。)

「トダカ一佐…。」
轟音を上げ、タケミカズチは沈んでいく。炎の中に浮かぶザフトのMSが鬼神のようにも見えた。が、その印象を振り払い、周辺のオーブ兵たちに私は叫んだ。
「真に国を想うのなら、私とともに来て欲しい。トダカ一佐の…無念に散っていった者たちの想いを、共に継いでくれるというなら…!」
「私も一緒に行かせてください!」
「私も!」
周囲から、口々に兵士たちが申し出る。想いは皆、同じだった。
「行こう。アークエンジェルへ、カガリ様の下へ。」
「はいっ!」

『すまない、後は…頼んだぞ。』
最後に、かすかに微笑んでそういった上官の想いは、確実に皆に引き継がれている。
それを無駄にしないためにも、私たちの戦いは、続いていく。

――END






Update:2005/05/09/THU by snow

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