Like You -3-



一度閉じ込められると、あとは時間も、音も、光もなかった。
どのくらいの時が経ったのか、外で何が行われているのか、完全に閉め切られた部屋では一切わからない。
暗いそこは寒く、冷たくて、幼い子供は独り、嗚咽をあげる。
怖かった。
子供の知っている誰も、彼を助けてなどくれなかった。
外には光があったがその代償であるかのように苦痛と恐怖があった。安らぎなどどこにもなかった。
そんな日々が、どれくらい続いただろう。

非道な扱いに死んだような色の瞳のその子供は、ふと正気に戻り、また独り、嗚咽を洩らす。
閉め切られた部屋、厚い壁、厳重な扉、凍りついた空気。
子供の声は、一生大人達になど届かず、
その哀れな命はそのまま燃え尽きるはずだった。

計算しつくされ、運命づけられたはずの未来。
それが崩れるとしたら、どんな理由があるのだろう。偶然?気紛れ?それとも―――・・・
ヒトの、力?

「来るか?」
「えっ・・・?」
「こんな所で、ただ犬死するのは、嫌だろう?」

子供を救った彼は、そんなことを言った。
静かな、しかし耳障りの良い声に、心を奪われる。
すっと手を伸ばされて、子供は惹かれるようにその手を取った。
大きな手。すっぽりと自分のそれを包み込んでくれる彼の手が、今思えば自分の全てだった。
初めて出た施設の外、背後からは地が響くような轟音。
子供は自分の手を引く存在を見上げた。
後ろは振り向かなかった。見上げた先の彼も、一切振り向かなかったから。
つい先ほどまで一生続くと思われたあの拷問のような日々を、隣の青年はいとも簡単に断ち切ってくれた。
思わず彼の手に力を込めてしまった。それに気付いたのか、青年が子供のほうに視線を向ける。

「あ・・・」
「大丈夫だ。」

大人なんて、みんな同じだと思っていた。
誰も、助けてなんてくれない。ひどいヤツラ。いつも自分を冷たい目で見下ろしてきて、
怖かった。大嫌いだった。
なのに、どうして。
握り返された手のひらは暖かく、そして優しかった。
どこか懐かしい、聞き覚えのあるような声音も、とても優しかった。
だから、それだけでいいと思った。
この、自分を助けてくれた彼に、ただ、自分はついていこうと思った。

「私の名は、ラウ・ル・クルーゼ」
「・・・ラ、ウ」

子供は、そう言って笑った。
その名前が、気に入ったようだった。




















「あっ・・・、っは・・・」

ザァザァと水音が鳴り続けるシャワールームで、レイは熱い吐息を吐き出した。
身体を壁に押し付けられ、立ったまま奥に男のモノを受け入れる体勢に、少年は不安げに目の前の存在の首に腕を回す。
ぎゅ、としがみ付くと、素肌が触れ合う感触が心地よくて、そうしてひどく安らぎのようで、
ふっと身体から力が抜ける。それを、彼を抱く男の手が、しっかりと抱き止める。
滑らかだった金糸は水に濡れ、肌もまた、その美しさを際立たせるように、水滴が零れ落ちている。
がっちりと自分の身体にしがみ付いてくるレイに、クルーゼは苦笑した。
そっと、彼の半身を離させる。
耳元で、聞くに堪えない声音があがった。紅潮した頬に、唇を落としてやる。

「・・・そんなにしがみ付くな。何もできないだろう・・・」
「っ・・・、だって・・・っ!」

腰を掴まれ、重力に沿うように彼自身をより深く呑み込まされる。奥を貫かれる快感に、
少年は唇を噛み締め、崩れ落ちる身体を支えようと手を伸ばす。
クルーゼはそんな彼を抱き、腰を屈め、彼の唇を舌でなぞってやる。
澄んだ水色の瞳は熱に浮かされた濃い色を見せ、目の前のクルーゼを熱っぽく見つめていた。
舌が、触れ合う。何のためらいもなく、絡むそれに、クルーゼもまた瞳を閉じる。
腰を支える腕にぐっと力を込めると、彼の、首を掴む腕もまた、力が篭り、
クルーゼは苦笑して少年の手を取ってやった。
指先を絡め、背後の壁に押し付けるように。
衝撃で、レイは仰け反るように、白い喉を覗かせる。そこに、欲求のまま、歯を立てる。
少年が身を竦めたからか、クルーゼ自身を呑み込む部分がぐっと熱を増す。
食い込むような締め付けに、思わず腰を引くと、少年の内部が追いすがるように彼自身に絡み付いてくる。
まだ年若い少年特有の中性的な色香に、クルーゼはひっそりと笑みを浮かべて、
再び彼の身体を支え、そして深くまで貫いてやった。

今、腕に抱いている彼が、己自身だということを知っている。
色素の薄い髪や、その瞳の色。あえかに洩れる吐息や、年齢にしては低めの声音。
すべてが、自分の物と同じなのだ。錯覚すらしそうになる。

本当は、こんな子供に、こんな行為を強いるつもりなどなかった。
少年を抱いたのは、これで二度目になる。あの、戦争が始まったあの二人きりの夜と、そうして今。
別に、身体の繋がりなど必要なかったのだ。遺伝子を同じくし、思いを同じくし、彼が幼い頃から共に過ごしてきた。
ただの父と子ではない。本当の親子でもないというのに、それ以上の関係。
言葉などなくても通じるような、・・・魂すら共にあるような、
そんな不思議な感覚。
今思えば、あの日が、すべての始まりだったのだと思う。
あの、地球軍の研究施設を潰しにいった、あの日。
出会ってしまったのは、偶然か、必然か。
手を差し延べてしまったのは、気紛れか、それとも"運命"か。
幼い子供の手を引いて、クルーゼはただ歩く。
握られた手に力が篭り、ふと子供の方を見やると、
大きな、青い瞳で、少しだけ脅えたような、そんな表情。
助けるつもりなどなかった。だが、気付けば、幼い彼の手を引いていた。
なぜそんなことをしたのか、今でもクルーゼにはわからない。

「あ・・・っ、ラ、ウ・・・!」

少年の、名を呼ぶ声に、現実に引き戻される。
汗とシャワーの水滴に塗れて、互いに濡れた身体を重ね合わせて、一体何をやっているのだろう、と思う。
そんな冷静な視点を持ちながら、それでいて自身の欲望は一向に止む気配を見せず、
末恐ろしくなるほど。
少年の懇願に折れて、彼の、まだ幼さを残すそれに指を絡めて、腹の間で扱いてやれば、
それでもあの青年にすら負けないくらいの大きさにまで成長する。
クルーゼはくすりと笑って、その先端を軽く指先で弾いてやった。
あ、と抑えられない声が響く。

「っ・・・、酷いよ・・・」
「お前のが可愛らしくてな・・・」

そう言って、再び少年のモノを手にする目の前の男に、
レイは更に頬を染めて、恥ずかしげにクルーゼから顔を背けてしまう。
おやおや、とクルーゼは肩を竦めると、
そのまま再び、強く彼の奥を貫くようにして、律動を強めた。
それに合わせて洩れる声音に、眩暈がするよう。
先ほどより一段と強くなった締め付けに、クルーゼの限界もすぐそこだ。

「ラウ・・・、も、俺っ」
「ああ、いいぞ」

手の中の彼自身も、その先の絶頂を待つだけ。
大きく張り詰めたそれの、筋に沿って擦り上げてやる。少年は仰け反り、ただクルーゼに与えられる快感に酔った。
身体の深くまで、感じ合えるような、そんな瞬間。
絶頂を迎える寸前、再度少年の唇を塞いだクルーゼは、
そのまま彼を抱き締め、彼の奥に自身の欲を吐き出した。
そうして、ほぼ同時に、腹の辺りを汚す少年の精。
気だるい解放の余韻を味わいながら、二人、互いの背に腕を回し、そしてしばし安らぎの時を得る。
確かに、幸せだと思えた。
今の二人の間には、なんの障害もないように思えた。
繋がったままの手のひらを、そのまま強く握り締めた。それは、消えることのない、絆の証。

「・・・大丈夫か?」
「ん・・・、っ」

ゆっくりと抜けていくクルーゼのそれに、少年は唇を噛み締める。
先ほどまで散々奥を犯されていたため、この喪失感はどうしようもない。
だからといっていつまでも繋がっていられるわけもなく、
彼の入り口は名残惜しげにゆっくりと閉じていった。
彼の意志で、彼自身が望んで明け渡したそこは、目の前の青年―――ラウ・ル・クルーゼ、ただ一人のもの。
どちらともしれない精で濡れる下肢をゆっくりとした所作で撫でてやるクルーゼに、
レイは恥ずかしげに、しかしその心地よさに身も心も預けていた。
不意に、足元が浮いた。
男の胸に抱えられ、レイは慌てて彼の首にしがみ付いた。
身長も体格も明らかに自分より小柄な少年を易々と腕に抱いて、
クルーゼは共に湯船に浸かる。
長々と続けた行為のせいで冷えてしまった肩を、温めるように抱き締めてやれば、
レイもまた、男の肩に頭を預け、そうして静かに瞳を閉じた。

「・・・どうした?」
「ううん。・・・ただ、幸せだな、って」

少年の満ち足りた声音に、クルーゼはただ、彼の頭を撫でてやる。

「私も、幸せだよ」

本音だった。
嘘などつかない。つけなかった。相手は、"己"。
こうして、未来永劫、彼と共にいられたら、どれほど幸せだろう。
戦争という時代ではなく、己を蝕む逃れられない運命などない世界で、ただの親と子でも構わない。
ただ、こうして、安らげる時間が欲しかった。
過去を振り返れば、慣れない「子育て」なるものに右往左往した日々、
もう1人の彼の親代わりと共に、些細なことで喧嘩もすれば、まるで本当の家族のように手を繋いで並んで歩いた時。
彼との日々を思えば、今ではすべてが輝かしい思い出だ。
そこには、自分を苦しめた、あの過去の呪わしい思いなどひとつもない。
ただ、一個人の「ラウ・ル・クルーゼ」として生きられた、そんな穏やかな時間。
時が過ぎ、今ではもう、戻れない過去ではあったが、
それでもクルーゼには、大切な思い出だった。
そうして、少年にとっても、また。
無駄な望みを抱くなら、そんな日々が続くことを望んだだろう。
刻々と命を削っていく時間を、恨んだことすらある。所詮、人間には、抗えない"運命"というものが常に存在するのだ。
ふっと、それに抗い続ける男の姿を、思い出した。
意味がないとわかっていて、それでも諦めきれずに、悪あがきを続ける男だ。
クルーゼは喉の奥で笑った。あれは呆れた夢想家だ。ただのちっぽけな存在に過ぎないというのに、争いのない世界、というものをいつも模索し続けている。
クルーゼにしてみれば、争いあうのは人間の性(さが)だというのに。
それを止めようと思うのも、失くそうと思うのも、それこそが思い上がった人間の考えることではないのか。
争いを止めるにも、力がいる。争いをさせないためにも、力がいる。
当たり前のことだ。人は、神ではないのだから。
誰もが自分のことで精一杯。命の危険を感じれば、誰もが武器を手に取るだろう。
話し合いで済むのなら、こんな時代、来ていない。
人が愚かでなければ、自分たちはこれほど、苦しんでいるはずもない。
少年が見上げてきて、クルーゼは静かに笑みを浮かべた。
そう、自分たちは。
人の欲望の究極によって生み出された、
被害者なのだから。

「・・・明日は、早いのか?」
「ん・・・、別にいいけど・・・、でも、ラウ!
 久しぶりの休みなんだから、ちゃんと休まないとだめだろうっ!!」
「構わないさ。それに、久しぶりだろう?お前と・・・、ゆっくり眠れる日など、もうないんだ」
「っ・・・」

絶句する少年に、ただその身体を抱き締めて。
部屋が濡れるのも構わずに、彼を抱えて、ベッドへと直行する。
クーラーの効いた部屋の空気が、ひんやりと心地いい。
二人分の重みでギシリと音を立てるそれと、水分を吸ってびしょ濡れた白いシーツ。
しかし、クルーゼは構わず、少年の身体を投げ出すと、彼の下肢に顔を埋めてしまった。

「ちょ・・・ラウ!いきなり・・・っ」
「いいだろう?
 ・・・私の好きなように、させてくれないか」
「っ・・・」

嫌だ、とも言えずに黙り込む少年に、そのままクルーゼは行為を再開する。
先ほど達したばかりでも、それでも若さからかすぐに力を取り戻すそれに、クルーゼは笑った。
先端の割れ目に舌を這わせ、砲身に指を絡ませて、その茎を扱いてやる。
レイは快感に耐えるように唇を噛み締めて、下肢に手を伸ばした。
クルーゼの手に、重ねられる少年のそれ。指を絡め取られ、クルーゼは顔をあげる。

「ラ、ウ・・・」
「ん・・・」

導かれるように手を引かれて、そのままクルーゼは少年の唇にキスを落とす。
見下ろす先のレイの表情は、泣きそうに歪んでいて、
それがただの快楽故の表情ではないことに気付くと同時に、彼の腕が、背をきつく抱き締めてきた。

「・・・どうして、貴方は・・・」
「・・・ん?」
「どうしてそう、笑っていられる?・・・もう、死んでしまうかもしれないのに。それも、愚かな人間達のせいで。俺なら・・・、俺なら、きっと」

すべてを。
そんな世界のすべてを、壊すだろう。
きっと、すべてを恨む。すべてを呪って、破滅を望むだろう。
だというのに、かれは、ただ世界の行く末を傍観し、時代に流される愚人達を嘲笑うだけ。
積極的に、破滅を望んだことなどない。世界が滅びるのは、ただ人間達がそれを望むからだと言い、そうしてただそれに加担する。
これでは、結局、ただ自らの死すべき時を待ち続けているだけではないか。
きっと、自分なら、自らの手で、滅ぼしたいと思ってしまう。
けれど、クルーゼはただ静かに笑みを浮かべるだけだった。
手を伸ばす。少年の頭を撫で、そうして腕に抱え込む。

「・・・お前は本当に、真っ直ぐで、素直な子だ」
「っ・・・」

褒められても、まったく嬉しくなかった。
熱に浮かされてつい紡いでしまった想いをはぐらかされたようで、辛かった。
けれど、そんな感情自体が、まだまだ自分が子供である証拠なのか。
彼を、失うこと―――。ただ、それが怖いだけの。

「お前と、そして、ギルバート。
 お前達がいたから、私はこうしていられた。・・・私を、そんなただの憎悪から救ってくれたのは、お前たちだ」
「俺、たち・・・?」

髪を撫でられ、ゆっくりと吹き込まれる言葉が、魔法のように心を満たしていった。
激情をはらんだような熱ではない。ずっとそこに在るような、柔らかな温かさだ。少年はそっと瞳を閉じる。

「だから、気に病むことなどない。私は、いつでもお前と共にある。今も、そして、・・・これからも」
「ラウ・・・」

肩口に落とされる唇の感触を、ただ追った。
自分の身体に、"彼"を刻むように。
彼を抱き締める腕に更に力を込めて、少年は思う。
このまま、壊れてしまってもいいと。
かれにだけ、明け渡したこの身体。乱暴でも構わない。ただ、いつか失うであろうその時に、泣かないで済むように。

「レイ」

彼の、自分の名を呼ぶ声音を、耳に焼き付けて。
少年は、クルーゼの目の前に、よかれとその身を投げ出した。















朝。
港のメインゲートに佇む金の髪の青年を見かけて、ギルバートは手を上げた。
その脇には、ふた回りほど小柄な、それでも同じく金の髪の少年。
クルーゼとレイだ。ギルバートは遠目で見ながら、その絵になるような二人に目を細めた。
本当に、父親と子供だ。・・・いや、年齢的に年の離れた兄と弟か。
いずれにせよ、血縁であることは間違いない。もちろん、事実ではあるが。

「・・・やはり、君達は様になるな」
「当たり前だ。君とレイよりよっぽど家族らしいだろう。その点、君は明らかに不審人物だしな」

ニヤリ、と笑うクルーゼに対し、ギルバートは顔を歪めた。
誰だって、自分が不審人物呼ばわりされて嬉しいわけがない。

「なっ・・・、なんでそうなる!」
「だってギル、いくらなんでも暑苦しいよ、その髪。だから近所の子供にワカメって言われるんだ」
「ワカメ言うなっ!」
「・・・素朴な疑問なんだが、なんで切らないんだ?」
「う、五月蝿い!これには深〜いワケがあるんだ、気にしないで欲しいなっ!」

ムキになって反論するギルバートに、対するクルーゼとレイは呆れ顔だ。
最近ぶっ通しで研究所に詰めていたおかげで、無精ひげもそのままの彼は、明らかに不審人物にしか見えないのも道理だろう。
なにげなく母子連れの視線を感じて、二人は同時にため息をついた。

「訳ねぇ・・・」
「レイ!君までそう・・・orz」
「ほら、早く行くぞ。子供が指差してる」
「っ!」

少年に背を押されながら、乗り換え先のプラットホームに歩くギルバートに、
クルーゼはこっそりと笑みを浮かべ、そして2人の後をついていった。

こうして、何もかも忘れられる瞬間が。
これからも続けばいいと、何度思ったかわからない。
ただ、それだけ。
他に何も望まない。
それさえ叶えば、きっと。
だというのに、人は自ら、そんな些細な幸せすら壊し、そうして争い続けるのだ。
嫌な、本当に嫌な時代。
どうすれば、こんな残酷な時代を終わらせることができる?

クルーゼは昏く哂った。
ただ、ひっそりと。

「・・・早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」

それが、自らを滅ぼすものだとしても。





end.






Update:2005/08/21/FRI by BLUE

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