Sleepy Hollow vol.2



「・・・きちんと食べてるのか?ギル」

あがる息の中、唐突にかけられた声に、
ギルバートはうっすらと目を開けて、少年の顔を見た。
少年は、美しいその顔立ちに少しだけ咎めるような色を浮かべている。

「・・・、なぜだい?」
「痩せてる」

言葉短かにそう言って、彼の腰に手を回す。
先日抱いた時よりも確実に痩せた―――、そのラインに、眉根を寄せる。
身長があるため傍目にはそれほど脆弱な印象は受けないものの、
こうして直接触れ合えばその線の細さがよくわかる。
肌蹴させた胸元に唇を落とすと、
ギルバートの口元からかすかな吐息が洩れた。

「・・・食事を、おろそかにしているつもりは、ないのだがね・・・・・・」

途切れ途切れに言葉を紡ぐギルバートに、ため息をつく。
昔から、仕事となると自分の身を顧みなくなる彼の世話に手を焼いてきたが、
こうして離れた生活をしていると不安になってくる。
もちろん、自分の代わりに、
お付の者も増え、昔のように自分が世話を焼く必要などないこともわかっているけれど、
それでも染み付いた性格はなかなか治らないものだ。
変なところで頑固なこの青年は、
どうせプライベートなところまで他人を立ち入らせるはずもないだろうし、
であるからこそ、こうしてたまに彼と触れ合うと、
長年彼を見てきた自分だからこそわかる彼のおろそかさが、どうしても目につくのだった。

何も、変わってなどいない。

あれほど最高評議会議長として有能で、
機転も利き、配慮のある決断を下すため人望も厚い彼が、
プライベートとなると途端に、
何もできない子供のようになってしまう。
書類に目をやれば食事を忘れ、時間を忘れる。
外出時に忘れ物がなかったことなんてことんどほとんどない。
今でこそ、住む場所が公邸に移り、
秘書がつき、囲う者も多くいるためそんな癖はおさまっているが、
こうして部屋に戻り、緊張の糸が途切れると、
昔と変わらない元の彼が顔を出す。
特に自分と逢う時間が取れたときなど、それだけで緊張の糸が緩むのか、
公の場であるにも関わらずあからさまな笑顔を向けられ、
関係が知られれば困る立場としては、嬉しい反面複雑な気分でもあるのだった。
・・・もう少し、そこのところを自覚してくれればいいのだが。

休暇だとて、どこに誰の目があるかわからないのだ。
そんな無防備な態度をして、噂でも立ったらどうするというのだろう。
けれど、もしそんなことになったとしても、
きっと彼ならば、気にもかけず流してしまうだけだろうが・・・

「ギルは、もう議長なんだぞ」
「・・・ああ・・・、わかっているよ」
「他人に隙を取られるようなことがあったらどうするんだ。・・・わかってるのか?」
「・・・君は、いつもの君だね」
「ギルが悪いんだ」

到底最高評議会議長に対する言葉とは思えない口調のレイに、
ギルバートはそう返す。
もちろん、公然の場で彼を愛称で呼ぶことなどない。
けれど、今はたった2人の空間。
そうなると、元々どうも世話を焼く傾向にあるらしい自分の性格が、
ただ1人、ギルバートに向けられてしまい、
結果、気にかかる部分全てに文句をつけてしまう。
それもこれもすべて、議長としてではなく、
ただの「ギルバート・デュランダル」に戻ってしまうギルバート自身のせいなのだ。
"議長"だから、こうして心をかけ、忠誠を誓っているわけではない。
ギルバートだから、愛した。
そうしてそれは、彼がいつか議長でなくなっても、それからもずっと続くだろう。

「・・・レイ」
「なに」
「・・・・・・いや」

少々むすくれたような口調に、ギルバートはくすりと笑う。
誘うように胸元の彼の頭を抱え、そのままゆっくりと瞳を閉じた。

「・・・君がいてくれて、嬉しいよ」
「もう・・・、黙れ」

話しているのはむしろ自分のほうだというのに、
レイはギルバートの朱をはいた頬を手で包み込むと、再び深く唇を重ねていった。
部屋の温度が、ぐっと上がる瞬間。
背を抱かれ、触れ合う箇所が密度を増す。
微かに眉を寄せるギルバートをうっすらと目を開けて見つめながら、
レイは先ほど脱がせた素肌の下肢に手を伸ばした。

「っ、・・・」

まだ直接的な部分には触れていないというのに、
思わず息を詰めたギルバートが、心底愛しいとレイは思う。
滑らかな白い肌、内股のあたりを撫で上げ、思わせぶりに手を動かせば、
軽い羞恥を感じたのか身を捩る仕草。
けれど、既に彼の足の間に身を置いていたレイからは逃げられず、
身を捩るその動きのせいで、思わず敏感な部分に手が触れてしまう。
すかさずその砲身を捕らえ、
逃げようとする彼をたしなめるようにキスを落とすと、
背に回されたままの腕の力がより強くレイを抱き締めた。

「・・・レイ」

微かに掠れたような、ギルバートの声。
引き寄せられるように、愛撫を続ける。肩口のあたりにきつく吸いつくと、
綺麗に朱の色がその部分に刻まれた。
手の中のギルバートが微かに震えている。久しぶりの行為だからか、
彼の心とは裏腹に、身体がついていかないらしい。
それでも、ギルバートが言うように夢を見ていたからか、
すぐに自分の動きに反応を示してくれる彼に、
レイはそのまま彼のからだを慈しむように抱き締めた。

「ずるい、な・・・・」
「・・・ギル?」

熱を高めようと動くレイの手に翻弄されながらも、
ギルバートは背から腕を外し、そのままレイの胸元へ手を伸ばす。
どうやら自分だけ脱がされているのが気に食わなかったらしい。
ひとつひとつ、自分のシャツのボタンを外していくその様子に、
レイはくすくすと笑った。

「・・・笑わないでくれ」
「いや・・・。ごめん、ギル。だって、なんだかコドモみたいで」
「私は、君より十も年上だよ」

だったら、年相応の態度を取ってくれればいいのに、とレイは内心ため息をつく。
ベッドの中でのギルバートは確かに幼いが、
それ以上に日常生活でもそんな子供のような態度を取られては非常に困る。
ベッドの中では可愛い、ですむが、外はそんなに甘くないのだ。
だからこそ、レイは気が休まらない日々が続くわけなのだが、
当の本人はそこの部分をよくわかっていないらしかった。
日常生活においては、自分流の論理で勝手に事を進めてしまうなどよくあることで、
はっきり言ってしまえば扱いにくい存在だろう。
それが、議長という立場ならなおさらだ。
強い口調でたしなめることもできず、
かといって放っておけばなにをしでかすかわからない。
まったく、やはり全てがカンペキな人間などいない、ということか。
政治的な手腕は右に出る者などいないほどの有能さを示していながら、
ギルバートは仕事以外のことにはからっきしだ。
まったく、これでは目を離したくとも離せないではないか。

「・・・十も上の、大きな子供だよな、ギルは」

全てのボタンを外し終えると、ぱさりと衣服が床に落ちる。
一緒に半端に肩にかけていたタオルケットも足元に蹴り落として、
素肌で直接ギルバートの熱を感じた。
胸元の敏感な部分は既にツンと立ち上がり、舌で押しつぶすように刺激を与えてやれば、
手の中のそれもびくりと震える。
そんな反応が楽しくて、
レイは歯で転がすように遊びながら少々キツめにそこを噛んでやった。

「っ!・・・レ、イ」

咎めるような視線のギルバートは、
しかしオレンジの瞳を潤ませ、頬に朱をのぼらせたままの表情で少年を見やるため、
大して制止の効果はないようだ。
それどころか、他人には決して見せることのないそんな悩ましげな表情に、
かれを抱く少年の熱はますます煽られてしまう。
手を濡らす先走りを砲身に絡ませながら、
レイは空いているほうの指先をギルバートの口元に近づけた。

「ん・・・っふ、う・・・」

それが何を意味するのか、わからないギルバートではない。
レイのほっそりとした指先に、ギルバートはしっかりと舌を絡ませていく。
自分の指を舐める舌が猫のようだと、レイは思う。
うっとりと目を閉じてその行為を続けるギルバートに、
レイは自分の下肢がぐっと熱くなるのを感じていた。

よくもこんな、十も年上の、それも同性に惹かれたものだ。
しかも、彼は半生を共にしてきた養父のようなもので、
育ての親として慕うだけならともかく、自らの欲情の対象になるなど、
普通ならば考えられないことだろう。
けれど、理屈で感情は抑えられるものではない。
どう理由をつけてみても、
彼を前にして高鳴る鼓動はどうしようもなかった。
もちろん、それを公の前で表情に出すつもりはないのだが。

「・・・ギル」

十分に濡された指先を、今度は青年の下肢の奥に宛がった。
その部分を拡げるように開かせると、恥ずかしげについ、と顔を横に向けるギルバートに、
レイはその頬に口付ける。
ギルバートの片腕がレイの背を抱き、
もう片方の指先はシーツを噛んでいるのを見ながら、
そのまま奥へと侵入していった。

「っ・・・ぁ、ん・・・」

ぐっと眉が寄せられ、眉間に皺が寄る。
何度しても慣れることのない、他人に自分の内部を探られる感覚。
その感覚を、もちろんギルバートはレイにだけは許している。
許してはいるが、
実際にはそう簡単にすべてを預けられないのが現状だ。
少年のしたいようにさせたい半面、慣れないそれに身体が自然と拒否反応を示してしまう。
そんな大人気ない反応を、
本当はギルバートは少年にだけは知られたくないと思っているのだが、
今こうして自分のすべてを捕らえ、見下ろしている少年には、
そんな顔に出していない戸惑いすらも見透かされているようだった。

澄んだ、青色。

ギルバートは手を伸ばし、少年の目尻をゆっくりと辿る。
少年は少しだけ驚いたように目を見開くと、お返しとばかりにギルバートの唇に指先で触れた。
そのまま、なぞるようにして、キスを重ねる。
下肢をくすぐる指先の動きと、濡れた唇の感触に意識を奪われる。
身体の奥が、熱を欲して疼いていた。
まったく、自分でも呆れるほど。
少年と共にいられない日々が増えて、正直堪えていたのは自分のほうだ。
かなり無理矢理に、少年を呼びつけたこともある。
寂しいのだ、やはり。
幼い頃から彼を見てきて、共に過ごしてきた。
自分がいなければ何もできなかったはずのかれが、いつの間にこれほど大きくなったろう。
気付けば、自分のほうが彼に世話を焼かれ、守られている気がする。

「ギル。・・・―――力、抜いて」
「ああ・・・、すまない」

緊張からか、力が入ってしまっていたらしい。
少年にそれを指摘され、ギルバートはあわてて息を吐いた。
それと同時に、内部を嬲っていた指が引き抜かれ、
喪失感と、それ以上の期待感がギルバートの身体を襲う。
ぞくり、とした震えが背筋を走り抜け、
ギルバートは少年に見えないところでシーツをキツく噛み締めた。
もう、そろそろ自分の身体も限界に近い。
自分の身体を気遣うレイの気持ちは嬉しいのだが、
こんな場面ですら彼の愛撫はまるで焦らされているようで、はっきりいって辛い。
ただ、それを口に出して告げるにはどうしても抵抗がある。
戸惑いに揺れる瞳を少年に向ける。
レイはそんなギルバートを食い入るように見つめ、
そのまま彼自身を青年の下肢の奥に宛がった。
無意識に、ギルバートのその部分が彼を求めて収縮を始めてしまう。

「レイ。・・・レ、イっ」
「そんな顔をして・・・。皆に知られたらどうなるかわからないな」

微かに苦笑され、本当にそうだとギルバートは思う。
十も年の離れた少年の熱に浮かされ、それを求めてやまない、などと。
最高評議会議長にあるまじき、ことだ。
心の片隅では、分かっている。わかっているが、止まらないのだ。
今だって、そんなことなんてどうでもよくて、
早く奥を貫かれたくてたまらない。
もちろん、それを自覚し、認めるには長い時間がかかった。
けれど、所詮人間は、自分の心に嘘などつけない。

「焦らさないでくれ・・・」
「・・・ギル」

すっと、顔の横にかかる金の髪。
そうして次の瞬間、ぐっと力を込められ、下肢にかかる圧迫感。
下肢を襲う痛みに堪えようとギルバートは唇を噛み締め、
そんな彼を抱くレイは、彼の唇を舌でなぞっていった。

「・・・っ、つ・・・」

ぐっと強めに押し込むと、ギルバートのそこが熱く蠢いた。
少年を迎え入れ、甘く絡み付いてくる。
その感触に、レイは息を乱した。
下肢を襲う重い感覚と熱に喘ぐギルバートの吐息を奪うかのように口付けて。
そのまま、自身のすべてで彼の内部を深く侵食する。

「っあ・・・、・・・っ」
「大丈夫か・・・?」

すべてを収めてしまって、レイは組み敷いた青年を気遣うように視線を傾けた。
眉間に皺を寄せ、痛みに堪えるかのように顰められた眉のラインに、
レイは目を奪われる。
しかも、白磁のようだった肌がうっすらと色づき、
頬は上気した色を見せている。
軽く開いたままの唇からは幾度も洩れる浅い息。
しばらく動かないままの少年に、ギルバートのオレンジ色の瞳がかすかに開かれると、
その涙を溜めたような光に彼の腰の奥が疼いた気がした。

「・・・動くよ」
「ん・・・、ああ、・・・っ」

途端、追いすがるように絡みつく青年の内部。
軽く腰を引いただけで先ほどよりも強く締め付けてくる極上の身体に、
レイは興奮で乾いた唇を無意識に舌で濡らす。
何度かそれを繰り返していると、ギルバートの立てた足が少年の腰を強く挟むような仕草を見せ、
こちらもその無意識な反応に、レイは苦笑した。

本当に、公の前で見せる彼とは思えない、ギルバート・デュランダル。
年上のくせに、自制はきかない、目の前のことしか見えていない、ギルバート。
例えば、軍の同僚に彼のこの淫乱さをバラしてみても、
誰も信じはしないだろう。
しかし事実、彼は自分の下で、身も世もなく喘いでいるのだ。
潤んだ瞳が、愛おしい。
こんなに近くで彼の瞳を見つめていられるのも、
本当にとても久しぶりなのだ。
もっと、見ていたい。また逢えなくなる当分の間、すぐに思い出せるように。

「ギル・・・。俺を、見て」
「レ、イ・・・?」

澄んだ色の瞳に見つめられ、ギルバートは熱に浮かされた目で少年をみやる。
抱き締める腕に力が篭る。
繋がった部分の熱さに目が眩むほど。

「今日は・・・、外に出るのはナシだ。ちゃんと食べて、休んだほうがいい」
「・・・空気のいい場所に、行きたかったんだがね」
「駄目だ。却下」

忙殺、といえる生活を続けたせいか、
本気で肉の落ちた身体を抱き締めながら、レイは呟く。
けれど、本当は自分がこのまま手放したくないからだと、内心でそう告げて。
とうに日の昇ったカーテンの光に目を細める。

体力の落ちている身体に行為を強要させるなど矛盾しているものだな、と笑う少年は、
そのまま金の髪のかかる肩を揺らした。





end.





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Update:2005/03/04/FRI by BLUE

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