Endure Love



すっと目を開けると、そこにはもうあの人の姿はどこにもなくて、
乱れたシーツの上でアスランは唇を噛み締めた。
別に、愛とか恋、といった感情が互いの間にあるわけではない。これは、幻想だ。
目覚めた時、彼の存在がいない事に痛む胸、など。ただの気の迷いでしかないそれが、
アスランは大嫌いだった。

カーテンで遮られた先の執務室に、やはり"彼"の気配はない。
本来ならばこうしてゆっくり眠りこけていられる立場でない彼は、
重くて仕方のない身体を無理矢理起こそうとして、

そして、固まった。

足音が、聞こえたのだ。

カツリ、カツリとこちらに近づいてくるそれは、
しかし己が望む人物ではない。
それに気付いたアスランは、一度は起こそうとした身を再びベッドに深く沈ませた。
瞳を閉じる。寝たふりを決め込もうと思ったのは、もちろん咄嗟の判断だ。
ただ、顔をあわせたくなかった。
こんな、情事の後の乱れた姿の自分など。
目を瞑ってきっちり2秒後、微かにカーテンが引かれる音がして、
アスランは一番顔をあわせたくない人物が中に入ってきたのを認めざるを得なかった。

(・・・・・・レイ、ザ、バレル)

嫌な、名前だと思った。
彼がこの、ラウ・ル・クルーゼ率いるエリート部隊へ入隊してきたその時から、
あの神々しいほどの金の髪と宝石の様な冷たい色の青を目にしたその時から、
何か、嫌な予感はしていたのだ。
2歳年下で、成人したばかりの青二才。
もちろんそれは自分も同じで、だからこそ、上官や先輩たちのようになりたいと日々鍛錬を重ねてきた。
それが、何故。
こんな、入隊したばかりの少年に、
頭を下げねばならないのか。
入隊して早々、副官という肩書きを得た少年が、
アスランには納得がいかなかった。
それは、嫉妬。
ただ愚かで、醜い感情だ。今まで、他人に対してこれほど明確な思いを抱いたことはない。
そのような人間を軽蔑すらしていたのに、
一体いつの間に、自分はこんな醜い人間になったのか。
それは、己自身すら認めたくない感情で、
アスランは振り切るようにして少年に対し敬礼の手を上げる。
真っ直ぐ見据えられる視線は痛いほど。
だが、本当に妬んでいたのは、
年若い彼を上官として敬うことでも、上に認められた能力の格差でもなかった。
―――ただ、彼が。

「・・・寝ていて、構いません」
「・・・・・・」

寝たふりをしていたのがあっさりとバレたのか、
静かにそう告げる少年に、アスランはブランケットの下の見えない所でシーツをきつく握り締めた。
決して、目を開けまいと、そう思った。
こうなってしまえば、もうアスランには耐えるしかなくて、
サイドテーブルに手にしていた服やらタオルやらを置き、ベッドにゆっくりと腰掛ける少年を意識するまいと、
ますますきつく目を閉じる。
だが、逸らそうとすればするほどに研ぎ澄まされるらしい神経は、
今、アスランを襲う羞恥から逃れさせてくれそうになかった。
すっと、ケットの中に手を入れられ、アスランはびくりと震えそうになる自分に必死に耐えた。
素肌に掛けられていた布が、取り払われていく感触。
空調は悪くなかった。寒くもない。
だが、これからのことを考えれば、アスランは青褪めるしかなかった。
汗でベタついた身体を、少年は器用に拭いていった。

「っ・・・」

嫌な、感触だ。アスランは思わず声を上げていた。
少年は気付いているのかいないのか、何も言わず、表情も変えずに彼の身体を拭いている。
うつ伏せになった彼の、首筋。うなじ。背筋。腰回り。
軽く手で触れて、仰向けに。頬や額、胸元、腹部、すらりと伸びた足先に至るまで、
濡らされたタオルで身体中を丁寧に拭かれ、確かに熱を冷ますにはとても気持ちいいものだったが、
それとこれとは話が別だ。
散々弄ばれて、意識を失うほどまでに憔悴しきった身体を、
それも、何の関係もないはずの赤の他人に。
意識もない状態のまま、何もなかったかのように清められている。それがアスランにはどうしようもなく、
嫌だった。
できることならば、どんなに身体が辛かろうが己の自室に駆け込んで、
一気にシャワーで身を清めてしまいたい。
だが、いままで幾度となくこんな行為を続けてきて、
一度たりともその望みが叶ったことはなかった。
そう、必ず。
必ず、こんな行為の後には少年が来て、己の身体の後始末をしていた。
意識があろうと、なかろうと。
己の意思など、何の役にも立たなかった。相手は年若い少年でありながら、命令は絶対なのだ。
癪に障った。彼が敬語で自分に接するものだから、なおさら。
強要されるのは、この上ない羞恥。
常に、それは変わることがなかった。
そして、今も、また。
ぐっと身体を起こされて、アスランは微かに眉間に皺を寄せた。

「・・・力を、抜いて下さい」
「・・・・・・」

恐怖からか、それとも緊張からか。
いつの間にか身を固まらせていたアスランに対し、少年は静かに言葉を紡ぐ。
それでも、懲りずに寝たふりを続ける彼に、
少年は少しだけ強めに両腕を引き上げる。汗に濡れる紺色の髪が、揺れた。膝に跨らせるようにして、彼の腕を己の首に回す。
これではまるで、少年に縋っているようではないか。
アスランは彼の肩に顔を埋めながら、悔しげに唇を噛み締める。
これから何が始まるのか、何をされるのか、
それは下肢の奥のわだかまりと共に、彼自身を苛ませた。
己の身体を支える膝が、震えた。

「っ・・・・・・!」

途端、力の抜けたアスランの背が、少年の腕に抱き締めるようにして支えられた。
少年の膝の上で、大きく足を開かされたアスランは、
耐え難い羞恥に身を竦ませる。
少年の手が、開かされたその部分に触れていた。
無論、それは腕の中の相手に対して快楽を与えてやりたいだとかそんな意図などなくて、
ただ単純に、彼の奥の、情交に伴い穢された箇所を清めるためのもので、
だからこそなおさら、アスランには辛くて仕方のないものだった。
どんなに事務的な態度と言葉でも、理性を保てない。
散々乱された後だから尚更、少しの刺激でも身体が敏感に反応を示してしまう。
それを、この少年にだけは知られたくなくて、
けれどアスランの理性は己の暴走を止められるほど強くなかった。
つぷり、と内部に指を挿し入れられて、アスランは声にならない声をあげていた。

「っん・・・!!」

身を縮こませるアスランに合わせて、下肢の奥の締め付けもきつくなる。
ぎゅ、と指を銜え込んで内部への侵入を阻もうとするそこを、
少年は両手で強引に開かせた。若く柔軟な双丘を掴み、深く内部を侵食していく。
先ほどの行為で濡れそぼったそこは、受け入れてしまえばいとも簡単に抵抗を失くし、
最奥からぬめりを溢れさせた。

「・・・ぁ・・・」

―――嫌だ。
ただ、嫌悪感だけが脳を巡り、胸に去来するのはいますぐ逃げ出してしまいたいという衝動だけ。
無意識に引ける腰は、しかし当然少年の腕に引き戻され、
己の身体からおりてくるそれはアスランの内股を汚していく。
ひどく、気分が悪かった。眩暈すら覚えて、少年の腕に凭れ、息を吐く。
内部から精を掻き出そうとする少年の指の動きは、
それとなくアスランの弱い部分を触れていくのだからなおさら手に負えない。
はやく、終わって欲しいと思った。
拷問のようなそれは、
しかしアスランの意思に反して長く長く続いた。





カツリ、カツ。





(・・・ぁ・・・)

現実逃避を続けるアスランの頭を過ぎる、軍靴の音。
カーテン越しに聞こえてきたそれは、間違えるはずもない、かの人の音だ。

(隊長)

どれほど想っても、どれほど傍にいても、手の届かない彼。
互いの関係に、愛や恋などといった下らない感情などないことくらい、わかっている。
そう、その証拠に。
使い捨てられたかのような自分の後始末をしているのが
彼の補佐を努めるこの少年で、
こんなに近くにいるのに彼は己を見てさえくれない。
捨て置かれたモノ、のような。
わかっている。
そうして、それでも彼との関係を望んだことも、すべてわかっているはずなのに、
どうしてこれほど胸が痛む?!

―――耐えられない。

「っ・・・」

そう思った瞬間、瞳から涙が溢れていた。
泣くつもりも、声をあげるつもりも、全くなかった。
だのに、一度あふれ出してしまった感情は止まらない。少年の肩が、濡れる。
アスランを腕に抱く少年は、彼が声を噛み殺して泣いているのに気付くと、
黙って頬を濡らす雫をタオルで拭き取り、
そうして清めた身体を再びベッドに沈めてやった。
嫌な、優しさだと思った。
なんの慰めにもなりやしない、態度。いや、もとより慰めなど求めてはいなかった。
なぜなら、彼は

「レイ」

はっとした。
澄んだ声音の持ち主、それを考えずとも、
この部屋には自分と、少年と、かれしかいない。
少年は名を呼ばれ、顔を上げた。
そっとベッドから立ち上がる。囁かれる、偽りの優しい声音。

「寝ていて、構いません」
「・・・・・・」

唇を噛むしか、なかった。
一度拭き取られた涙は、しかし止まることなく枕を汚し、シーツを汚した。
辛かった。彼は、己よりもよほど、かの人に近しい。
それが、辛くてたまらなかった。
それを、目の前で見せ付けられることが、一番。

「アスランは?」

びくり、とアスランは肩を震わせた。
今、こんな姿を彼に見られてしまったら、きっと自分は見限られてしまうだろう。
つまらない感情を抱くような部下など、扱いにくいだけだ。
それでなくとも、自分の代わりなど彼にはいくらでもいるのだ。
泣くとか、縋るとか、そんな態度を取れば、容赦なく捨てられてしまう。現に、そのせいで隊を外れたと噂される者も少なくなかった。
そう、彼にとっては、ただの遊びでしかない。
自分も、そのなかの1人なのだから。
けれど、アスランが恐怖した状況は、少年の意外な発言によって防がれていた。

「・・・まだ、眠っています」
「そうか」

(なに、を・・・)

上官に嘘をつくような人間ではない。
ましてや、直属の上官に向かって。ラウ・ル・クルーゼという男に嘘をつくことが、
どれほどの意味を持つのか、この少年はわかっているのか。
だが、クルーゼはそれに一言で頷くと、
二言三言指示を出し、部屋を出て行ってしまった。
残ったのは、自分と、少年二人きり。

(何故)

再び寝室に戻ってきた少年に、アスランは目を向けた。
綺麗な、エメラルドグリーン。少年は目を細める。

「何故、あんな嘘を」
「・・・いけませんでしたか?」
「・・・・・・」

むしろ、ありがたかった。
今の自分は、弱くて、情けなくて、下手をすれば縋ってしまいそうだったから。
そうしてきっと、捨てられる。面倒な相手は嫌いな男だった。
例え叶わなくても、傍にいたかった。
けれど、・・・苦しい。

「見られたくないような顔、してましたからね」
「・・・っ」

図星を指されて、アスランの瞳からは再び涙が零れていた。
胸を過ぎるのは、なんとも言えない感情。己の心を見透かされた故の羞恥、
庇われたことへの反発、情けない自分への怒り、手の届かない相手への思慕。
それらすべてがアスランを苛んだ。
相手に己を見透かされたことで、いよいよ止まらなくなった涙を、
少年はただ何も言わずに見つめていた。

「今は、休んで下さい。あと二時間後には、召集がかかります」
「・・・・・・」

引き上げられたブランケットに顔を埋め、アスランは唇を噛んだ。
悔しかった。そうして、ただ、
―――哀しかった。

「・・・アスラン?」
「・・・・・・何故、君は」

それ以上は、言えなかった。
だが、少年は察したようだ。己が、どれほど愚か者であるかを。
馬鹿げた話だ。まったく、自分はどうかしている。
かれに、一番近い存在でいたい、などと。
夢に見るもおこがましい感情。けれど、現に己が望む立場に立つ少年が、目の前にいるのだ。
視線の先には、表情も変えない少年の姿。
差し出される水の入ったコップと錠剤。かわされたのだと、そう悟る。

「・・・ひと眠りして下さい。また後で来ます」
「・・・・・・はい」

あと、二時間足らず。その後には、嫌でも彼の前に出なければならない。
胸に去来するすべての感情を忘れ去るように、
アスランは眠りに落ちたのだった。





end.




Update:2006/03/03/SUN by BLUE

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