ユメモノガタリ
血を、吐いた。
胸が痛くて、動悸がして、額に滲むのは脂汗。
ただ苦痛で、眩暈がして、とても立って居られる状態じゃなかった
痛い。苦しい。誰か。―――ギル。
万が一、発作が起こってしまったら飲みなさい、と渡された薬は、今は遠い、遠い、部屋の中。
苦痛を訴える身体を引き摺って、部屋へと向かった。
誰にも、見つかりたくなかった、早く部屋に戻りたかった、でも、よく考えたら部屋にはシン、が。
心根の優しいシンは、きっとまたあのラボの時のように心配して、
何かと気に掛けてくれるだろう。だが、それでは駄目だ。
彼には、もっと大切なことがある。
他には極力目を向けさせるべきではない、来る未来のために、平和のために。
そうして俺にも、使命が。
ギルのために。世界のために。平和のために。未来のために。
―――言えない。
死角にあたる廊下の隅で、がくりと力が抜けた。
ギル。・・・ギル、―――ギル
どうして、こんな時に。
どうして、目的の達成が目前に迫っているこんな時に。
欠 陥 品 の、カラダ・・・
わかっている、つもりだった。いつかはこんな日がきて、
きっとずっとギルのために生きられないことや、この身体が軋みをあげることなど、
よく、わかっていたつもりだったのに。
でも、これほど辛い理由は、
気付きたくなんか、なかったから。
辛すぎて、もう、よくわからない。
ただ、馬鹿みたいに涙が溢れてきた。このままでは、ギルを支え切れないことや、
たった1人、彼を残して逝くことも、何もかもが怖い。
寿命が短いことくらい、承知の上だった。だから、せめてこの命を、ギルのために捧げたかった。
もちろんそれは、今も同じ気持ちだけれど―――・・・・・・
―――言えない。ギルにだけは、絶対に。
あと一歩のところなのに。
今自分が壊れてしまったら、あの人はたったひとりになってしまうのに。
ひとりは、嫌だ。それは、身に染みてわかっている。
苦痛の中、妄想のあの人に、手を伸ばす。
ギル、お願いだ。オレを見て、オレを、一番の頼りにして。
オレは、貴方の理想を叶えてみせると約束したんだ。
貴方にも、ラウにも。
この手で。必ず。
なのに、オレの身体は、こんな所で軋みを上げ始める。
無情。もはや、その単語しか出てこない。
ラウを失って、もう、オレにはあの人しかいないのに、あの人だけが救いなのに、
あの人さえ守れず、あの人の傍にすらいられないまま、
この命を失ってしまうのが、
怖い。
―――ギル・・・
でも今は、あの人は幸い、神の玉座の腕の中。
オレは、もう傍にはいられない、だから、それでいい。
きっとオレは、あの人のためだけに人知れず命を散らして、
そうして、
あの人の理想の世界の、礎となるだろう。
なれれば、いい
もう、あの人の傍にはいられないから―――
「ねぇ、ギル」
もし、またもう一度、貴方に逢えたなら。
その時は、その時だけは、
オレだけを、見て。オレだけのために、笑って欲しいんだ。
だってこれは―――・・・
貴方を愛し、そして散った、
ちっぽけな コワレモノ のものがたり
end.