Sleepy Hollow vol.1



例えば、自分の存在意義は何なのだろう。
人は、誰しも父がいて、母がいて、望まれて生まれてくるものだ。
たとえ遺伝子操作など人間の手が加えられ、
人間の思うとおりにその生が作られる時代であっても、
その根本的な部分は変わらない。
たった2人に望まれて、そして初めて"命"がつくられる。
ならば、それを持たずに生まれてくる子供は、
何を支えにして生きていけばいいのだろう。

生まれるはずのなかったイキモノ。

この地を踏むことすらなかったはずの命。

誰かに利用されるために造られた生命は、
それを知ったとき絶望し、造った者を恨み、そして世界を憎んだ。
きっと誰しも、そうなるだろう。
期待された人生、既に決まった道を歩かされ、
そうして行き着く先は闇、など。
自分の人生が、自分のものではなかったという事実。
散々騙され続け、そうして欠陥品とわかり捨てられた、などと。
自分なら耐えられない。
きっと、壊れてしまう。

不幸な星の下に生まれた魂。
そうして、自分もまた。

かれと同じく、そんな星の下に生まれた、また1人。





―――・・・レイ。君は―――・・・





「ん・・・」

誰かに引かれるように目を覚ましたレイは、
一瞬どこにいるのかわからなかった。

代わり映えのしない、整然とした寝室。

当たり前だ。ここは、プラントにおける最高権力者の私宅。
たった1人の主を、沢山の者達が囲っている。
もちろん、こうして自分がここに泊まっていることは彼らのごく一部しか知らない事実。
目を開けて、視界にない紺の髪に一瞬ひやりとし、
それから手を伸ばして触れる感触に安堵する。

隣に眠るのは、この家の主、ギルバート・デュランダル。

本来ならば、多少優れたエリート兵の地位にいるとはいえ、
一介の軍人でしかないレイが、
軍の最高指揮官でもあるギルバートとベッドを共にするなど、考えられないことではある。
けれど、今ではたった2人しか知り得ない彼らの関係を考えれば、
それほど有り得ない話でない、というのも頷ける。

レイはゆっくりと身を起こすと、
そのまま隣で眠り続けるギルバートの寝顔を見下ろした。



元々、眠りは深いほうではなかった。
同じ夢を、幼い頃から何度も見てきた。それはあまりに漠然としていて、
目覚めて思い出そうとしても、まともに思い出せたことはない。
けれど、不思議と嫌だとは思わなかった。

夢の中で語られる言葉は、確かに心の片隅から離れたことはなかった。
物心ついてから、ずっと。

誰かに自分の存在を望まれて生まれてきた命ではない。
ただの道具でしかなかった。自分の意思など、あってないようなもの。
造った者にしてみれば、目障り以外の何物でもなかったろう。

生まれてくる命には、すべて理由がある。
そんな夢物語が語られた時代、誰もが自分の生まれた意味を考えた。

では、自分がこの地に生を受けた意味は?

かすかに頭痛がした。
考えても意味のないことを考えても、答えなど出るはずもない。



「・・・ギル」

そっと、目の前の存在の名を口にする。
もし自分の生に理由をつけるとしたら、おそらく『彼』だろう。
ギルバート・デュランダル。
愛している、などという生ぬるい感情などではない。
自分がここにいる理由。ここにこうして、存在している意味。自分のすべて。
彼がいなければ、今の自分は存在していなかった。
先の大戦で命を落としたかれのように、
絶望に堕ちた生き方しかできなかっただろう。

自分が今、こうして人間らしい生き方をしていられるのは、彼のおかげなのだから。


滑らかな頬に、指をかける。
連日続いた遅くまでの会議に、ギルバートは深い眠りについているようだった。

ナチュラルとコーディネイターは、あのまま休戦中ではあるものの、
最近プラントは激化するテロに悩まされていた。
そのため、議長に就任したばかりであるというのに、事態の収拾や対処とギルバートは多忙を極めている。
そうして、それにあわせて、軍人であるレイの任務も増えていき。
ゆっくりと逢える日など、そうそうなくなってしまったのが現状だ。
それを、レイは嫌だとは思わない。
ギルバートが議長に就任することは、とうに知っていたし、
そうして、自分が軍に入れば、今以上に互いにすれ違う時間のほうが多くなってしまうということも、また。
わかっていながら、そんな道を選んだ。
もちろん、それには彼なりの思惑があり、
ギルバートの望む未来のために戦場に身を投じるのは当然だ。
だからこそ、時間があまり取れなくなった彼らがこうして傍にいられるのは本当に久しぶりで、
けれどギルバートの疲労のためにかすかに青褪めた顔色の前では気遣うことしかできず、
こうしてぬくもりを共有するだけに留まっていたのだ。

今日は、やっと取れた休暇の日。
少しはゆっくり休めるだろう、とレイはかすかに安堵の笑みを浮かべてギルバートの前髪を掻きあげた。

・・・と、

「レイ・・・、?」
「あ、すまない・・・起こしてしまった・・・?」

目を覚ましてしまったらしい彼の存在を覗き込む。
まだくぐもった言葉を返すギルバートを、レイはじっと見つめる。
かすかに開かれたオレンジ色の綺麗な瞳がゆっくりと目の前の少年に焦点を合わせる。
それからすっと唇に笑みを浮かべるギルバートに、
レイは自分の中の熱がくすぐられるのを感じた。

「・・・ギル」

しかし、彼の呼びかけに答えることなく、ギルバートはそのまま瞳を閉じてしまう。
そうして、さらりとしたレイの髪に差し入れられる指先。
背に触れる大きな手は、寝起きだからか温度が高い。
触れ合う熱がなんだかとても久々のように感じ、レイもまたギルバートに手を伸ばした。

「・・・・・・夢を、見ていた」
「夢・・・?」

毎夜毎夜夢を見ることが多い自分とは対照的に、
ギルバートが夢を見る話を聞いたことはあまりなかった。
聞き返すレイに、瞳を閉じたまま微かに頷く。

「・・・そう、夢。・・・―――君が、愛してくれる、夢だった」
「ばっ・・・!」

恥ずかしげもなくそう言うギルバートに、驚くレイのほうの頬が赤くなる。
ギルバートはくすりと笑う。背に回した腕に力を込めて。

「―――本当だよ。君は・・・」
「・・・ギル。寝ぼけてるだろう」

微かに呆れた表情で、レイはため息をつく。
そうして、そのままなおも夢の内容を語ろうとする唇に、自分のそれを重ねて。
乾いた口唇を湿らせるようにゆっくりと唇に触れ、
それから歯列を割り、深く侵食していく。
その寝起きにしては深いキスに、それでもギルバートは抵抗を見せずに、彼を迎え入れ、絡め取る。
レイが少々強めに舌を吸い上げると、敏感な身体が微かに震えた。
ベッドに投げ出されていた足が、ゆっくりと立てられる。
その誘うようなギルバートの仕草に、レイは先ほどから燻っていた体の奥の熱が、
ダイレクトに煽られるのを感じた。
彼の足の間に、自分の膝を割り込ませて。

「ん・・・」

唇を離すと、かすかに朱をはいたギルバートの表情がひどく甘くて、
いよいよ彼を抱く少年の熱は止まらなくなった。
昨晩、彼を気遣い押さえ込んでいた想いが、今になって溢れ出してくる。

「・・・ギル」

彼の背に腕を回して、抱き締める。

「そんな顔をして・・・、襲われても、助けてなんかやらないぞ」

これから彼を襲うのは、プラントの破滅を望むテロリストでも、
デュランダルの議長という地位を得るべくその命を奪おうとするバカな輩でもなんでもない。
彼を一番に想い、彼のためだけに存在する、ちっぽけな存在。
彼を守るべき立場にいるはずの、金の髪の少年。

しかし、ギルバートは微かに笑うだけで。

「・・・いいよ、レイ。君になら」
「・・・まったく・・・」

他の誰にも見せない、その無防備な表情に心底呆れながら、
それでもレイはその自分にだけ向けてくれる笑みに心を奪われる。
支持率の高い議長として、皆に好かれ、憧れるギルバート・デュランダルの、
その心が自分だけに向けられていると感じる瞬間。

かれのすべてが、自分のものでなくとも構わない。
けれど、今この瞬間だけは、
かれが自分だけのものであると感じたかった。

背に回された腕に込められる力。
それを感じられることだけが、自分がここに存在する理由。

「ギル」

他の誰にも呼ばせない彼の名を、もう一度紡いでみる。
コドモのような笑みを向けるギルバートは、
そのまま少年の肩に顔を埋めた。





...to be continued.




Sleepy Hollow vol.2




Update:2005/03/02/WED by BLUE

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