01:朝がやってくる



カーテンの隙間から洩れる光に、レイは目を細めた。
いつもと変わらない目覚め。少年はサイドテーブルに手を伸ばし、時計を手に取る。

午前、6時。


プラントの日の出は、総じて早い。
もちろん、地球ではないから人工的な朝の光に過ぎないのだが、
やはり地球の自然を故郷と思う人間達は、偽の太陽の光を欲していたのだろう。
1年を通してあまり変わることのないその演出に、
けれど少年も悪くない、と思っていた。
朝も夜もない環境では、やはり調子が狂う。
1日の半分が朝で、半分が夜。
そのほうが、人間も休息がとりやすいものだ。
もう習慣になってしまった早起きに、けれどレイは身を起こすことなく、
そのまま隣に眠る存在に目を向けた。

布団からのぞく、紺の頭がひとつ。

その様子をみて、レイは1人、手を口元に当ててくすくすと笑った。
隣の彼は、朝の光が大の苦手なのだ。
以前彼が寝坊をした時、少々乱暴に起こしたことがあったのだが、
彼の包まる布団をムリヤリ引き剥がした際、
この青年に盛大な非難を浴びたことがあった。
内心自業自得だろうとも思うのだが、何分彼は少年の養い親の1人でもあり、
実際はもう少し深い関係にあるため、
どうも甘くなってしまっているのが現状だ。
それ以前に、この十も上のいい大人が、外ではともかく私生活ではこれほどに我侭なのだから、
むしろそこの辺りを直して欲しいとも思うのだけれど。
これでは、どちらが親で世話を焼いているのだかわからない。
今日も、あと3時間もすれば山積みの仕事が待っているのだが、
その予定を覚えているかすら怪しいものだ。
もちろん、彼が覚えていようとなかろうと、自分は彼を引き摺ってでも評議会に連れていくのだけれど。


隣の彼を起こさぬよう、ゆっくりと身を起こした。
今日は普段より予定が詰まっている。
どうせ目が覚めたのだから、早めに用事を済ませてしまおう、とレイがベッドを抜け出そうとすると、




「・・・―――レイ」




くぐもった声音と共に、布団の中から腕を掴まれ。
起きていたのか、と声をかけると、今だ布団に埋まったままの頭がかすかに揺れる。




「もう・・・、朝、なのかい・・・?」




寝ぼけたままの青年の声だったが、
その声音に明らかな落胆を感じ、レイは苦笑した。
その証拠に、腕を掴む指先に力が篭る。ますます布団の中に潜り込もうとするギルバートに、
レイは自分が被っていた分の布団も引き上げてやる。
低血圧、というわけでもないのだろうが、
二度寝が一番の幸せ、というようになかなか起きようとしない彼は、
そのまま再び眠りの世界へ旅立ってしまった。

掴んだ腕は、そのままで。



「・・・・・・まったく・・・」



これでは、出るに出られないではないか。
眠っている割に強い力の篭ったその手を、レイは逆に握り返してやる。
寝ぼけたままのギルバートは、微かに口元を緩ませると、あとは静かな吐息しか聞こえなくなった。
朝の6時、まだ起きるには早い時間。

「・・・寝過ぎだな、ギルは」

ギルバートは、昼間だろうが夜だろうが構わず、時間さえあれば眠りの世界へ落ちてしまう。
それは、彼の仕事柄、朝起きて夜眠るという規則正しい生活をしていないから、というのもあるだろうが、
彼の身体は普通以上に睡眠を欲しているように思う。
それでなくともコーディネイターならば、もう少し体力があってもいいというのに。
けれど、少年は知っていた。
この―――、目の前で無防備に寝こける青年が、
どれほど有能で、数多の才を持つコーディネイターの中でも飛び抜けた存在であるかを。
研究都市と言われるフェブラリウスの代表市長、ギルバート・デュランダル。
だがその才は一介の評議会議員で終わる器ではない。


ただ、
まだ"時"が来ていないだけ。





「・・・、レ、イ」















リビングで、通信機の呼び出し音が鳴っていた。
名残惜しげに手を離して、レイはベッドから降りる。あの音は、戦場にいるかれからのもの。
極秘の通信網である。そう簡単に繋がるものではないだけに、
たまに来るかれからの連絡はレイにとってもギルバートにとっても貴重なものだった。
少々慌てて受信ボタンを押す。

『私だ』
「・・・・・・父、さん」

一瞬、表現し難い感覚が全身を襲った。
相変わらずのことなのだが、こうしてあまり会うことがなくなると、たまに違和感を覚えてしまう。
同じ声、同じ存在。
同時空中に存在し得ないはずの、同じ魂。

決して嫌いなわけではない。
たとえ自分が彼によって人工的に造られたものだとしても、
自分の根本はかれなのだ、今ここで、自分が存在していられるのも彼のおかげ。
なにより、自分はこうしていて幸せなのだから。
父親がいて、ギルバートがいて。それ以上、何を望むだろう?

『レイか。ギルバートはどうした?』
「まだ寝てるよ。本当は、今日は早いからもう起こさないといけないんだけど・・・」

画面の先で、苦笑う気配。
表情は仮面に隠されてはいるが、考えていることぐらい手に取るようにわかる。
彼は自分で、自分は彼。違いなどどこにもない。

『そうか。・・・相変わらず、世話が焼けるな』
「まったくね。・・・こんな状態で、議長が務まるんだか」

肩を竦めて愚痴を零すと、モニタに映る彼が微かに笑みを浮かべる。

そう、議長。

それは『運命』。

そして、少年もまた、それがそう遠い未来のことではないことを知っていた。
それを考えて、レイは微かに表情を曇らせる。
本当は、ギルバートに議長になって欲しくなどなかった。
正確にいえば、その日が来るのが怖かった。
無論、自分が何を思おうと、変わらない将来ではあるのだけれど。

『私は3日後には帰る。あいつにそう伝えておいてくれ』
「うん。・・・見たよ、ニュース。勲章ものだね」

先日行われた、連合の月への橋頭堡である、国際宇宙ステーション「世界樹」を巡っての戦い。
彼――ラウ・ル・クルーゼがMSパイロットとして多大な功績をあげたことは、早くもプラント中で話題に上っていた。
近々ネビュラ勲章を授かるだろう、というのはその功績を称えたコメンテーターの弁である。

『長く戦線にいたからな、副賞の休暇のほうがよっぽど嬉しいのさ』
「本当に、嬉しそうだね」

この仮面の彼が、あまり感情を表に出さないことを知っているレイは、
彼が自分たちに見せるプライベートの顔よりも浮かれた気分でいることに気付いた。

『いや、開戦早々、実に嬉しいことがあったのでな。帰った時にでも話すとしよう』
「楽しみにしてるよ」

本当に、楽しみだった。
彼がここに戻ってくることが。そして、いつか戻ってこなくなることに恐怖した。

けれど、戦争は、始まってしまった。
運命の歯車が動き出してしまったのを、レイには止める術がない。
だが、たとえ術を持っていたとしても、少年は止めなかっただろう。
これは逃れることのできない運命であると共に、
戦場にいる彼と、今、このすぐ近くで眠る彼の意志なのだから。
だから、少年にできることは、
彼らがその志をまっとうするために、その手助けをすることだけ。










通信が途切れると、再び訪れる静寂。
それでも、外はもう動き出している。カーテンを開ければ、暗かった室内を照らす眩しい光。
もう、目覚めの時間。

「・・・もう、起こさないと駄目だよな」

とはいえ、あれほど心地よさそうに眠っている彼を起こすのは、気が引ける。
どうせ、今起こしたって、盛大な非難を浴びるだけならば。


「・・・さすがに、1時間前になったら起こすからな」

明るい日差しを受けてなお、眠り続けるギルバートに苦笑すると、
レイはベッドの上に丸まる布団の背をぽすぽすと叩いた。





end.




Update:2005/03/01/WED by BLUE

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