その年、編入生などとくに珍しくもなかった。
1年という長い戦争の後、プラントは中立国オーブからの難民を多く受け入れていた。
オーブから渡ってきた彼らは、もちろんナチュラルもコーディネイターもいて、
その彼らを受け入れるということは、
プラントにとってひとつの"共存"の道を歩み始めたといっていいだろう。
しかし、祖国を失ったオーブの国民達のなかには、
当時のオーブ首長の選択を支持していない者も少なからずいて、
そんな中で特にコーディネイターは、
今だ解散することなくプラントの守護者としてその力を維持する『ザフト』に参加していた。
争いがなくならぬから力が必要。だが力がある限り争いはなくならない。
けれど、そんな輪舞のような運命の鎖を断ち切れぬまま、いつの間にか時は過ぎていた。

だがきっと。
それが、人間という人種なのだろう。

歴史は繰り返される。そう、あの人がよく言っていた。
だからきっと、また戦争は始まる。
問題は、その時自分が―――・・・・・・

「なぁ、レイ」

同僚に肩を叩かれ、レイは顔をあげた。

「どうした」
「あれ、見てみろよ」

指で示された先に顔を向けると、シミュレーション機器を囲った人だかり。
囲まれているのは、確かオーブからやってきた編入生。

「シン・アスカってんだぜ。あいつ、今んところお前しかできないアレを早々にクリアしたんだと」
「・・・ああ」
「ああ、って・・・。反応薄いなぁ!これは一大事件だぜ?!入学以来揺らぐことのなかった成績トップの座を、あのオーブ君に奪われるかも知れませんぜ、レイ君?」

おどけたようにそう言う彼に、手元の本を持ったままレイは微かにため息をつく。
仕方なく、もう一度顔をあげてそちらのほうを見た。

そう、たしか、シン・アスカといった。
そのルビーのような紅い瞳が目を引いたが、ただそれだけ。
そもそもコーディネイターの学生達の集まるこの養成学校で、成績差などあってないようなものだ。
もちろん、上位10名は正式にザフトに入った際、
エリートの証である赤服を着る名誉を与えられもするけれど。
実際の戦場で、そんな程度の差など何になるのか。
それに、彼には悪いが、自分はなりたくて成績上位を保っているわけでもない。
より能力のある者がいるならば、その人間が上にいけばいいことだ。

「・・・別に、興味ない」
「うわ!!それってさぁ、さりげなく眼中にない、発言?!いやー困っちまう・・・」
「くだらない」

さすがに耐えかねて、レイは席を立った。

「別に、首席なんかくれてやる。それよりお前、今日追試じゃなかったのか」
「・・・う。嫌なこと思い出させんなよ」

おどけてレイに絡んでいた彼の同僚は、痛い部分を突かれて胸を押さえた。
じゃーな、と足早に駆けていく後姿を見ながら、やれやれとレイは肩を竦める。
授業はもう終わり。
まばらに散っていくクラスメイト達と同じように、レイもまた自分も帰るかとデスクを片付け始めた。



そう、問題なのは、
また戦いが始まった瞬間、自分がどうしているかということ。
確かにこの学校で上位のエリート10人に入らなければ意味がない。
だが、卒業までに戦いが始まってしまえば、自分はまだ前線に出してもらえないだろう。
それではもっと意味がないのだ。
成し遂げなければならないことが、彼には山のように存在している。
本当は、こんな悠長に学校など行くつもりなどなかった。
であるのにどうしてこんなところにいるかと言えば―――。
もちろん"かれ"に都合がいいからだ。

「あ、あの」

唐突に声をかけられ、レイは振り向いた。
視界に映った少年に、驚いた。先ほど話題にのぼっていた、あの少年だったから。
少年は、手にクラス支給のシミュレーショングラスをもっていた。
会話の流れが予想できて、少しだけレイは笑った。

「生徒会長・・・さんですよね?」
「ああ。・・・それの、置き場所を訊きたいんだろう?」
「あ・・・はい。それと・・・編入手続きの書類を提出しなければならないんですけど、まだ場所に慣れてなくて・・・」

なかなか幼い発言に、レイは再び口の端を持ち上げた。
そう年は変わらないはずなのに、なぜか自分のほうがずっと年上の気がしたのだ。
華奢な体つきや、衣服から伸びた細い手首。
もともとオーブにいて、戦いから避けるような生き方をしていたのだ、
鍛え方がもともと幼い頃から軍人を見据えて生活してきたプラント在住のコーディネイターとはわけが違う。
それでいて、先ほどの同僚の言葉通り自分と肩を並べる実力なら、相当なものだろう。
そうしてまた、
元中立国オーブの住人でありながら、こうして戦いに身を投じる道を選んだその決意も、おそらく。
だが、別に詮索するつもりはなかった。
そのくらいの者なら、探せばかなりいるだろう。
他人への深入りは、特に彼にとってはアキレス腱になりかねないことを、
彼自身よくわかっている。

「そのグラスは、さっきのシミュレーションルームの隣にロッカー室があったろう。そこに置くといい。・・・それと事務所は―――・・・」

立場上の最低限の親切を、レイは少年に告げていた。
生徒会長など、ガラじゃないと指名された時からそう思っている。
できれば、静かに本など読んで、あまり他人と接する機会のない場所にいたかった。
けれど、こういうものは自分の意思でどうにもならない。
指名されたからには、校内の皆を率いていく義務がある。とはいえ、規律の厳しい軍の士官養成学校に、それほど生徒達に許されている権限などなかったが。
そうして、少年への親切も、その一環だった。
道を教えてやると、その少年は口元を綻ばせ、にこりと笑みを浮かべた。
くったくのない笑みだ。つられて同じように笑みを向けようとして・・・―――。

「ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げて、少年は踵を返した。
しなやかな身体が、目の前をすり抜けていく。そのまま背を見送れたなら、よかったのに。

「っ待て」

次の瞬間、自分のしたことに驚いた。
思わず、手が伸びていたのだ。
その華奢な手首を掴んで、彼の歩みを引き止める。
少年は不思議そうに自分を見た。
綺麗なルビーの瞳が、自分を見つめてくる。そう、それだ。
先ほど自分が感じた、違和感の正体。

「なん・・・」
「お前、どうして泣いている?」
「・・・な、」

瞬間、少年の瞳が凍りついた。

「どうして、そんな」

少年は、涙を流しているわけでも、赤い目をしているわけでもなんでもなかった。
だから、レイの言った言葉は、かなり意味不明なことのように少年は感じたかもしれない。
その証拠に、驚いたように目を見開き、こちらを見上げていた。
どうしてそう思ったのか、レイ自身ですらわからない。

「あ・・・いや、すまない」

手を離すと、少年はまた頭を下げた。

「それじゃ」

足早に去っていく少年に、しかしレイはしばらく動くことはなかった。
最後に向けられた紅の瞳を、ずっと脳裏に描いていた。
確かに、少年は泣いてなどいなかった。
だが、こちらに向けられた笑みも、驚きの表情も、レイはすべてに違和感を感じていた。
どこか、感情が置き去りにされたような。
態度は普通の少年で、何一つ変わったところなどない。
だというのに、この彼に対する複雑な印象はなんだろう。
レイはもう一度あの紅色の瞳を思い浮かべた。
気にかけるつもりはなかった。
ただ、この違和感に結論を見出したかっただけだ。

綺麗な、紅色。

真紅のそれは、なにかに似ている。

「・・・感情のない、瞳だったな」

誰かに似た、その凍りついたような瞳の色に、
レイは小さく呟いた。




to be continued.









Update:2004/11/27/SUN by BLUE

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