最期の夢。



―――どうして、こうなったのか。

確かにしとめたと思った相手が既にモニタに小さく映っているのを、
少年は忌々しそうに見やった。
戦局は既に決していた。ミネルバが死守していたダイダロス基地はエターナルに落とされ、
やはりシンには荷が重かったのか、アスラン・ザラの刃の前に彼は倒れ、そして、レクイエムも、また。
艦隊の大半を失った自分たちにとって、要塞メサイアは最後の砦で、
レイにとっては何があっても落とされてはならない場所。

「・・・ギル・・・!」

レイは、胸に湧き起こる焦りと苦痛もそのままに、背を向けるフリーダムを追いかけた。





―――たとえ誰に作られた存在だって、キミはキミなんだ!!

「っ・・・」

あの少年の叫んだ言葉が耳に蘇り、少年は唇を噛んだ。
彼の言わんとすることは、常に奇麗事ばかりで、反吐がでるほど。―――俺が俺だから、何だというのだ。
かつて、その存在の認知度が低かったコーディネイター達は、
たったそれだけの理由で迫害を受けてきた。
自分とは違う存在、という理由だけで。
今でこそ、ある程度の相互理解努力の上、その存在は認められてきたが、
だが、それだけ。今だ、根強い反発がこの世界を渦巻いている。
"キミはキミ"?笑わせるな。
下らない理由でその存在を否定される存在もいれば、身勝手な大人の事情で望まれず生まれてくる子供もいる。
ましてや、本人の、人間としての尊厳を一切無視した役割を果たすためだけに作り出された者など、
どうすればいいというのだろう。そんな環境にあってなお、「自分は自分だ」と悟れと?
非人道的な扱いを受け、己の意思すら無視しや役割を与えられた者に向かって、「それでもキミはキミ」だと?
本当に、笑わせてくれる。
己だって、そうやって生まれてきたくせに、
あの少年は何もわかっちゃいない。
自己の存在を否定されるということが、どれほどの絶望かを。
人は、神ではないのだ。誰もが常に考える。―――己と違うものに対する恐怖。力を持つ者に対する嫉み。持たない者に対する優越。
自分たちは、すべてその結果の子供だ。今更どうしろというのだろう。
ありのままの自分を、社会に晒せるはずもない。批判から逃れるために、隠れて、隠して。
これで、果たして自己を確立できる、ごく"普通"の人間になれるのだろうか。
答えは、否だ。
彼のように、何も知らず、安全に、幸せで生きられた者など、いない。それが、この"現実"。
あの研究所で、絶望の淵から逃れられないまま死んでいった子供たちなど、沢山いる。
自分だとて、生き永らえたのは本当に偶然のなせる技で、
同じ境遇の子供たちのことを考えるだけで、胸が痛むのだ。

そう、自分は。
死んだのだ。あの時。アル・ダ・フラガのクローンとして、あの研究所の実験体として、
そのためだけに作られた自分は死んだ。
今の自分は、新たに与えられた命を全うするべく、己の望みのままに戦い続ける一人の人間。
過去に受けた呪縛は、確かにこの身を今でも蝕み続けているけれど。
あの苦しみから救われた自分は、今度は救う番だ。
無念のうちに、死んでいった同胞たち。そして今なお、生み出されているエクステンデットや、他の、非人道的扱いを受け続けている子供たち。
そんな彼らのために、運良く生き永らえた自分は、何が出来るだろう。

「・・・未来は、俺たちが変える」

与えられた役割ではない。これは、自ら望み、そして選んだ道。
誰も、理解してくれるはずもないだろう。平和への切望を逆手に取られ、戦士であることを求められたアスラン・ザラや、ラクス・クラインのようになりたいという夢を利用され、偽物としての役割を求められたミーア・キャンベルと同じように、
"自己"を失い、ただ"役割"だけの自分を己と混同してしまった存在として、
憐れまれるかもしれない。だが、自分だけは知っている。
これは、己の真の望みだ。
使われているわけでも、利用されているわけでもない。自分と、そしてギルとの願い。
その望みのためなら、自分は何でもしてみせる。手を汚したって構わない。
己と、ギルバートとの夢。
そしてそれは必ず、彼らの夢でもあるはずだ。いち個人としての扱いを受けることができなかった、哀れな子供たちの。
だが今、その夢はかすかな灯火を残し、夢のままに終わろうとしている。
エターナルとアークエンジェル。
フリーダムとジャスティス。
ザフト全軍をもってしても叶わなかった、あまりに強大な力によって。
けれど。

「・・・―――ギルだけは、やらせない・・・」

少年にとっての、最期の願い。
誰が死んでも、自分が死んでも、―――あの人だけは。

己の一番大切なものを守るために、少年はレジェンドを急がせた。





end.




Update:2005/09/26/SAT by BLUE

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