11:顔



「ほら、出来た。」

ギルが満足げに笑みを浮かべ、手の中のそれを光に翳していた。
顔の上半分をすっぽりと隠してしまう、白い仮面。もちろん、あの人が普段身につけているものだ。
それがどうして今、ギルの手の中にあるかというと、
彼の任務中、何かの拍子に面を支えるバンドが切れてしまったらしい。
初めて出会ったときからそうだったし、あの人の仮面姿には見慣れているけれど、
普段それなりに自然体で着こなしているだけに、仮面が割れた、とかバンドが切れた、だとかのトラブルはなんか非現実的で、それでいて、とても現実的。
そりゃ、壊れることだってあるよね。
まったく、といってあの人が家に放っていく壊れたそれを、
彼にしては珍しいほど丁寧な手つきで直していくギルが、
俺は大好きだった。
いつものようにソファに座って、手の中のそれに暖かな視線を向ける彼。
それを横で見ながら、何故か俺も暖かな気持ちになる。
きっと、あの人が本当にいなくなった後も、
この人はこうやって、ときたま残された仮面を磨く、そんな気がする。
彼のいないこの家で安らげる場所なんで、そうそうなかった。

「今回はゴムの素材を、半合成のものに変えてみたんだ。・・・どんな感じだい?」
「んー・・・、ちょっと、変」
「ああ、逆だよ、レイ」

これじゃ、おかしいに決まってる、と笑いながら、
面白がって着けている俺の顔にギルが手をかけてきたのは、
俺がいくつの頃だっけ。
ギルの香りが間近に迫って、細い指先が俺の髪を掻きあげるのを、
俺は黙って感じていた。

「・・・―――ねぇ」
「ん?」

面の部分を磨き終えて、テーブルにそれをカタリと置くギルバートは、
相変らずの柔和な表情に、微かに浮かぶ疑問の色。
きっと、こんなことを聞いても、彼は怒らないだろう。
俺は、この仮面の持ち主、ラウに出会った頃からの疑問を口にしてみた。

「・・・どうして、ラウは」
「ああ。」

それは、ごくごく単純で、しかし至極キケンな、問い。
幼い時ならともかく、今の今まで聞きそびれてしまった自分には、
どんな質問よりも聞き難いものだった。
でも、やっぱり、
気になるものは、気になるし。
だから、聞いてみる。
俺なんかより、長い付き合いのギルなら、知ってる?
俺は、隣のギルを見上げた。

「・・・それがね。私にも、よくわからないんだ。」

・・・少し、哀しげな表情。
聞けなかったんだね、ギル。貴方は本当に、優しいから。
再びテーブルに手を伸ばし、手の中にはあの人の面影。少しだけ弄ぶようにして、指先で形を辿る。

「・・・ギル」
「もちろん、彼には前科がある。万一顔を知られては、動けないという理由もあるだろう。だが、私にはそれだけとは思えないのだよ」

他の、理由?

「―――憎むべき男の姿。それを日に日に擬えてくる己が、彼には許せないんだろう」
「憎む、べき・・・」

男。知っている。それは、本当に酷い男だったと。
長く続いた家柄の存続を強く望み、漸く生まれた嫡子がいたというのに、
つまらない理由で早々に見捨て、代わりに己自身のクローンを他人の腹に孕ませた。己が欲望のためだけに生まれ出づるはずの命を弄んだ、愚かな人間。
ラウの、・・・そして俺自身の、オリジナル。
そういう意味では、もしかしたら、俺もそのアル・ダ・フラガという男を、
憎む権利があるのかもしれない。
でも、俺は正直、
よく、わからないよ。
実感がないんだ。俺は、アルなんて奴知らないし、俺が生まれた頃にはとっくに死んでいた。
物心ついたときには、ただ冷たい空気の世界が俺の全てで、
そうして、ラウに手を引かれた、その温もりが全て。
俺が今感じられることといえば、アルなんて知らない世界の人間よりも、
ラウ、っていうもう一人の俺がいるんだってことだけで。
だから、俺は。
想像しか、できなかった。
彼が憎んだという、その男のことを。

「辛いだろうね。己が手をかけたほどに憎い相手が、己の中にいるという事実。どれほど目を逸らしてみても、きっとそれは彼が死ぬまで、彼を苛むだろう。彼にとって、己の身体全てが己の憎しみの象徴だ」
「・・・俺、も?」

ギルの言葉に、ふと不安になった。
憎んだ男と同じ遺伝子をもつラウ。ということは、俺もまた、ラウにとってアルなんじゃないの?
いつもいつも、優しさをくれる彼だけど、本当は俺を見て、苦しんでた?
自分と同じく、アル・ダ・フラガの姿を持つ俺を?

「ラウは君を愛しているよ。例え姿が同じだろうと、君は君だろう?」
「・・・ん。」
「『生まれた子に罪などない。罪なのは、かれを生み出した環境と、そしてそれを造った人間だ』・・・そう言って、まだ幼い君の頭を撫でていた。・・・まったく、変な男だよ、あれは。私には、きっと出来ない」

己に潜む男の血を呪い、一方で同じ血を持つ子を愛するなんて。
だったら俺は、幸せなのかな。
憎んでも憎み足りない相手もいない、憎まれて当然のはずの彼にも愛されて、
心を煩わせることなど何もないまま、眠れる。
いくらラウだって、きっと複雑な気持ちなんだろうな。いっそ、俺も隠しちゃおうか、この顔。

「・・・俺も仮面、着けようかな」
「はっはっはっ。・・・いや、やめておきなさい。君には似合わないよ、これは」

ギルの手の中の仮面を取り上げ、顔に合わせてみたりして。
いや、ホント、不思議だよね。
とりあえず、ラウに一言。
すごく似合ってるよ、この仮面。










[20のお題詰め合わせ] by 折方蒼夜 様
Update:2005/12/06/THU by BLUE

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