Silent Heart



リビングのモニタでは、連夜激しさを増す戦況を伝えていた。
戦争が始まって一年と半年が経つ。再び核攻撃で狙われたプラントに、もはや地球との和解の余地はない。
泥沼の戦場。どうすれば戦いが終わるのか、ギルバートにはわからない。
もし知っている者がいるとすれば、この戦争を裏で操っている者だけだ。
一般人や、一介の軍人達の、なんと無力なことか。
なんの力ももたない自分ができることといえば、願いよ叶えと祈ることだけ。

「悩ましそうな顔をしているな」
「・・・クルーゼ」

同居人の声に、ギルバートは顔をあげた。
上から湯気のあがる暖かなカップを手渡され、手のひらに熱を感じる。
口をつけると、ほのかにアルコールの香りがした。青年の好んだ、甘やかな味が口に広がる。

「・・・レイは?」
「さすがに夜も遅いからな。もう眠っているさ。・・・最近忙しそうだな」
「ああ・・・、体育祭と試験が重なっているらしいからね。まぁでも、学生時代は短いものさ」
「そうだな」

クルーゼは小さく笑みを零した。

それだけ聞けば、ごくごく日常の会話。
だが現実には、そんな悠長な時代ではなく、一発でも核を撃たれてしまえば全てのものが死に絶える、そんな状況。
戦場の最前線にいるクルーゼにとっては、そのギャップは笑える以外の何物でもない。
プラントと地球、コーディネイターとナチュラルの争いといっても、
結局戦っているのはそのごく一部で、他の者にとっては命の危険さえなければすべてモニタの世界だ。

「・・・どうせ、戦争はまもなく終わる。そんな顔をするな」
「どうして、そう言い切れる?」

この、泥沼の戦場で。
まるで売り言葉に買い言葉のように、次々と新兵器を繰り出す両陣営に、
どうして終わりがあるというのだろう。
ギルバートはクルーゼを見やった。目の前の彼は特に気にした風もなく、モニタを眺めている。

「簡単なことだ。・・・争いは、争い合う者が存在する限り終わらないと思わないか?ギルバート。―――なら、終わらせる方法はただひとつだ」
「!・・・まさか・・・」

意味深な笑みを向けるクルーゼに、ギルバートは背筋が冷えた。
確かに争いの発端は、相容れない両者が存在することにある。だが、それは人間である限り仕方がない。
特に、このナチュラルとコーディネイターという2つの種が、確実に存在している今の時代では。
・・・ならば、この不毛な戦争を終わらせる方法は、ただひとつしかない。

「パトリック・ザラはついにあのジェネシスの使用を決行した。驚いたことに、最終目標は地球だぞ?・・・さて、地球が滅びるか、それとも核の撃たれたプラントが滅びるか。はたまた、どちらも共に滅び行くか。実に見物だな」

その皮肉げな言葉に、ギルバートははっとしたように青褪めた。
対するクルーゼは、しかし淡々とした物言いで、相も変わらず、意味深な笑みを浮かべている。

そうだ、忘れていた。
いや、本当は、忘れていたかっただけなのかもしれない。
ギルバートは密かに奥歯を噛み締める。
クルーゼは、この戦争から生きて帰ってくるつもりなど元々なかった。
何もしなくとも彼の身に迫る死の足音。
その逃れられない運命を、彼は何より嫌がった。
どうせ死ぬのなら、その最期ぐらい自分で決める。抗えない運命を背負う彼の、最後の抵抗。
だがそれは、彼を慕う者にとって、あまりに酷な未来ではないのか。

「・・・君は、身勝手な男だな」

手の中の熱が、痛かった。
彼の煎れてくれたカルアミルクはこんなに甘く、優しいのに、
その彼が何事もなかったような顔をして投げかける言葉はいつだって哀しく、切ない。
彼は本当に、自分の心をわかっているのだろうか。

「レイはどうする。あんなに君を慕っていて・・・。君は、少しは置いていかれる者の気持ちを考えたほうがいい」
「なら、お前は私にどうしろと?」

感情の篭らない、硬質な声音。
相変わらず表情はいつものポーカーフェイスだった。だが、それすらまともに見ていられず、
ギルバートは思わず視線を逸らす。
変わることのない澄んだ青の瞳が、ギルバートを真っ直ぐに見詰めていた。
深い海のようなその色が映し出すのは、絶望と、そして悲哀。
だが次の瞬間、ふとその表情が緩む。

「・・・ギルバート。お前にはもうわかっているだろう?この忌々しい身体を診ているお前なら」
「そ、れは・・・」
「この身体はもう持たない。お前の薬すら、いつ効かなくなるかどうかだ。この状況で今更どうしろと言うのだ?・・・もう、わかりきっていたことだろう」

何も言い返せないギルバートの手が、震えていた。
人は、自らの死よりも先に、独りになることを恐怖する。
できることなら、この手でその運命を断ち切ってやりたかった。
だが、そう願って幾年が過ぎただろう。
自分が彼にしてやれたことといえば、わずかばかりの延命と、彼を襲う苦痛から逃れさせてやることだけ。
そして今、それすらも期限切れが迫ってきている。

「だが・・・、だが、まだ私は・・・っ―――・・・」

諦め切れない、と続けようとした青年の視界が唐突に翳った。[イラスト]
唇に、柔らかな感触が触れる。ギルバートの手の中のカップが不意打ちに揺れた。
それを、彼の唇を奪ったクルーゼ当人が押さえ、取り上げる。
突然の行為に、ギルバートは眉を寄せた。
逃れようとして逆に手首を掴まれ、ソファの背に押し付けられてしまう。

「っ・・・う、・・・んっ・・・」

こんな時でも、自分を抱く男のキスは甘くて、胸が痛んだ。
乱暴で、強引なくせに、優しい。執拗に絡んでくる舌に、ギルバートは目を閉じる。
クルーゼが笑う気配がした。
角度を変えられ、さらに深く口内を嬲られて、頭の奥がくらくらする。
クルーゼが唇を離す頃には、
ギルバートは彼のなすがままになっていた。
力の抜けた身体を、ソファに預けられて。

「クルー、ゼ」
「・・・私は、明日発つ」

耳元で囁かれ、ギルバートははっとした。
何か言おうとしたけれど、言葉が出ない。そのまままたクルーゼに唇を塞がれる。
明日には発つ―――。それでは、彼はもう帰ってこないというのか。
ならば、こうして彼がここに在るのも、最後だというのか。
何も言えない代わりに、ギルバートは思わずクルーゼの背に縋っていた。
男の身体を引き寄せると、触れ合う肌に熱が染み込む。
『彼』が存在している証のそれに、
しかしギルバートは喜びよりも痛みを感じた。

「・・・ギルバート」

掴まれた背が、ひどく哀しい。
腕に抱いた男の名を口にしながら、クルーゼもまた胸が痛むのを隠せなかった。
どうせ、自分が早々に退場しなければならないことくらい、当の昔にわかっていたのだ。
だというのに、今まさにその時になって、
こうして痛ましい顔を見せる者が傍にいるなど、間違っている。
一生孤独でいるつもりだった。
誰かに情を寄せるなど、情を寄せられるなどあってはならないことだったのに。

「泣いてくれるな。私などのために」
「な、泣いてなんか・・・」

羞恥に顔を赤らめるギルバートの、
その首筋に朱を刻みたい。クルーゼは身の内に湧き起こる欲求に逆らわず、
ギルバートの白いそれに口付けた。
衣服の襟から覗く部分を、少々キツめに吸い上げる。
その衝撃に、ギルバートは思わず声をあげてしまっていた。

「あっ・・・、クルーゼ、やめっ・・・」
「そんな顔をして私を誘ったくせに、やめろ、は無いだろう」

有無を言わせず、クルーゼは空いた手で彼の胸元に手をかけた。
微かに抵抗を見せるギルバートに構わず、ひとつひとつ丁寧にボタンを外していく。
まるで脱がせることすら一種の愛撫であるかのように、ゆっくりとした仕草のクルーゼに、
ギルバートは恥ずかしげに首を振る。
徐々に露になる肌は白磁のようだ。指でなぞるだけで、ひくりと反応する。
クルーゼは喉の奥で笑った。
それに対して、ギルバートはますます顔を染めるばかり。

「感度がいいな」
「うるさ、い・・・、っ・・・」

ギルバートはクルーゼを睨んだ。
だが、そのオレンジ色の瞳はすでに潤み、涙目になっている。
その姿は妙に卑猥で、クルーゼの笑みを誘う以外の何物でもない。
ぱさり、と上衣が床に落ちた。
狭いソファの上で、クルーゼは再びギルバートに口付ける。
指先は、露にさせた肌をなぞった。既に立ち上がっていた突起に触れて、指で挟むように愛撫する。
きつめの刺激に、ギルバートは顔を歪めた。
痛いくせに、背筋が震えるような痺れを感じてしまうのはなぜなのか。
唇から顎を辿り、鎖骨のあたりをなぞっていたクルーゼの唇が右の飾りを吸い上げる。
その不意打ちに、ギルバートは嬌声をあげ、身体を竦ませた。

本当は、男の愛撫に啼く自分など、考えたこともなかった。
同性を愛する、などということすら、有り得ないとも思っていた。
なのに、一度流されてしまってからというもの、クルーゼとの関係はなし崩しのように続けられている。
だが、不思議なことに、彼に抱かれること自体を嫌がる自分はいなかった。
もちろん、彼の言いようにされる自分は大いに不満だったが。
だが、ギルバートはまだ、本当に自分がクルーゼを愛しているとは認めていない。
ギルバートの心の奥に、いまだ居座っている過去の女性がいるからだ。
もちろん、今付き合っているわけではない。会わなくなって、何年が過ぎただろう。
それでも、まだ未練がましく想いをかけている自分を、
クルーゼが鼻で笑ったことすらある。
本当に、愚かしいことだ。だが、理性でそうは思えても、感情が言う事を聞かないのだ。
だが、クルーゼはそれを否、とは言わなかった。
彼にもまた、自分とは別に、心をかける相手がいるからだ。

「っ・・・、クルーゼっ・・・そこ・・・っは・・・」

胸元の突起に歯を立てるように愛撫を続ける唇はそのままに、
クルーゼの手がギルバートのボトムに伸びる。
思わせぶりにその部分をなぞられ、ギルバートは自身の熱を意識した。
何故かいつもより反応のいい身体は、その部分もまた、既に下着を押し上げている。
クルーゼの指先でその形を辿られれば、
布越しの感触のもどかしさに無意識に腰が動いてしまう。
直に触れて欲しいと願う心がそのまま口をついて出そうになって、ギルバートは慌てて口を押さえた。

「フッ。口に出して言ってみたらどうだ?」
「っ、誰、が・・・っ」

強情、というよりは意地っ張り。
自分より年上だというのに、こんな時だけは十は年が下がるギルバートを、
クルーゼはいいように弄ぶ。
ギルバートはもちろん抵抗したが、今更力の抜け切った彼に、
クルーゼを振りほどく気力など残っていない。
ただ、下肢の熱が熱くてたまらなかった。
ギルバートはクルーゼの肩口に顔を埋め、強く彼の衣服を握り締めた。

「まるで子供だな」
「・・・っ・・・、君が、焦らすからだろう・・・」

くすりと笑うクルーゼに、ギルバートは悔しげに唇を噛み締める。
もはや、完全に張り詰めた彼自身が辛かった。
クルーゼの耳元で、ギルバートは求めるように自分を抱く男の名を口にした。

「・・・っ、クルー・・・、ゼっ・・・!」
「仕方がないな」

からかうような声を共に、クルーゼの腕が腰に回された。
器用に片手でベルトを外され、ギルバートは羞恥にいたたまれなくなり目を閉じる。
下肢の前をなぞるだけだった指先が彼自身を外気に晒す。
ひやりとした感触。それを覚えた次の瞬間、クルーゼの手に自身を捕らえられ、ギルバートは声を洩らした。

「あ・・・っ」

自分で望んだことだというのに、一瞬恐怖を覚えて、
ギルバートは男の動きを止めようと、彼の手に自分の手を重ねた。
だが、無論そんなことでクルーゼの愛撫が止むはずもない。根元から先端までを執拗に擦られて、
ギルバートは背を仰け反らせる。

「っちょ・・・!クルーゼ・・・っ、待っ・・・!」

いきなり与えられた強烈な刺激についていけずに、ギルバートは男の胸を押し戻そうとするが、
クルーゼは彼を離すどころか、更に身体をソファの背に押し付けてくる。
そのまま自分は膝を乗り上げ、抵抗を見せる唇を塞いでやる。
乱暴な扱いに、ギルバートは不満そうに眉を寄せた。
ほとんど全身が押さえつけられ、身動きが取れない。
だというのに、相変わらず下肢は熱を持ち、クルーゼの乱暴な愛撫にも、快感を覚える始末。
ぞくり、と背筋に震えが走った。
口内を蹂躙され、舌を食まれる度に、そこから生じる痺れに似た感覚が下肢を襲う。
そうして、更に熱を増してしまう自身を、容赦なく攻めたててくるクルーゼの手に、
もはやギルバートはあらがう術などなかった。

「あ・・・っ、や、あっ・・・!」
「達っていいぞ」

閉じることを忘れた口の端から溢れる体液を舐め取って、クルーゼは囁く。
低く、腰に響くような声音にすら煽られ、促すようにひくひくと開閉する自身の先端に爪を立てられれば、
その先に待つものはひとつしかなかった。

「っああ・・・っ、も、クルー・・・ゼ・・・っ!!」

クルーゼの胸元を掴んでいた指が、さらにきつく握り締められる。
下肢を襲う波は衝撃的で、ギルバートは頭が真っ白になった気がした。
自分の手や衣服を汚す精に、クルーゼは笑みを浮かべる。
ぐったりと脱力し、今にも倒れこみそうな青年を、クルーゼはソファの背もたれに預けされた。

「・・・あ・・・、すまない・・・」
「別に、構わない」

べっとりと濡らしてしまった自分のそれに、ギルバートは気まずそうに視線を逸らした。
快楽の余韻を残し、しばらく動けないでいる青年をそのままに、
クルーゼは立ち上がると、テーブルの上にそのまま置いていた冷たくなったカップを片付け、
そうして現実に引き戻されそうなモニタをOFFにする。
・・・今だけは、戦争などという愚かな現実を忘れていたい。
静寂が訪れた室内で、クルーゼは再びギルバートに口付けた。

「ん・・・っ・・・」

甘い、甘い口づけ。舌を絡め合い、互いの蜜を共有する。
思考が緩いのか、何の抵抗もなく腕を首に回してくるギルバートに、クルーゼはくすりと笑う。

「・・・大丈夫か?」
「・・・ん・・・」

愛しい男の腕の中が優しくて、ギルバートは目を閉じる。
気遣うような問いに頷こうとして、だがその瞬間、クルーゼはいきなりギルバートを抱き上げた。
まるで旧時代の童話に出てくる姫君のような抱き上げ方に、ギルバートは慌ててしまう。

「・・・っちょ、何・・・!」
「もう、夜も遅いからな。・・・ベッドに行くぞ」

クルーゼの言葉に、ギルバートは顔を赤らめた。
先ほど抱かれたばかりだというのに、彼の言葉だけで腰の奥が疼く自分が情けない。
羞恥に居た堪れないでいるギルバートを抱え、クルーゼは楽しげだ。

「まさか、自分だけ楽しんで終わりだなどと思っていないだろうな」
「・・・っ・・・君から迫ったくせに・・・」

咎めるようにクルーゼを睨みつけるが、もちろんクルーゼは気にしない。
からかうような笑みを返され、そんな間に、ギルバートは二階の寝室に運ばれてしまっていた。
隣は、レイの部屋だった。それを思い出す度に、ギルバートはバレやしないかと不安になるのだが、
そんなことなどお構いなし、とばかりにギルバートを追い詰めるクルーゼのせいで、
毎回最後には何もかも忘れて声を上げてしまうのが常だった。
そうしておそらく、今回もまた。

「最初に誘ったのは君のほうだろう、ギルバート?」
「・・・っ」

部屋に入ると、そのままクルーゼはベッドに直行した。
どさり、とギルバートを降ろし、もちろんすぐに自分もまた圧し掛かる。
多少脅えたような青年を見下ろすクルーゼは、一瞬目障りそうに眉を寄せて、
ギルバートの下肢の衣服を剥ぎ取った。
真っ白なシーツの上に、その全てを晒す男の姿。
それを見下ろして、クルーゼは目を細める。対して、ギルバートは羞恥に耐え切れずに横を向く。

「綺麗だな」
「っ・・・、見る、な・・・」

隅々まで、目の奥に焼き付けるかのようにギルバートを見やるクルーゼに、
青年は彼を引き寄せ、その視界を遮った。
クルーゼは、未だ衣服を身につけたままで、
それが悔しくて、ギルバートは震える手で、彼の服を脱がしていく。
クルーゼは何も言わず、ただギルバートの紺の髪を指に絡めていた。

「・・・クルーゼ」
「今夜は、お前が眠るまで傍にいる」

彼にしては珍しい、真摯な声音。
それを聞いて、ギルバートの胸がずきりと痛む。
自分を真っ直ぐに見つめる視線は、強く、清々しいほどの色を放っているのに、
どこか哀しいのは気のせいだろうか。
クルーゼの纏う布を全て剥がしてしまって、ギルバートはおずおずと素肌の彼を抱き締める。
離れたくなかった。本当は。
明日にはいない存在。それを認めるのは、ひどく辛くて。

「・・・ギルバート?」
「・・・・・・・・・最期、なのだろう?」
「・・・・・・ああ」

淡々と告げるクルーゼの肩口に、ギルバートは唇を落とした。
見た目ではさほど変わりがない滑らかな肌を、ゆっくりと辿っていく。
クルーゼはギルバートの背を撫でるだけで、その動きを止めようとはしなかった。
均整の取れた胸元。
何度抱かれたかわからないクルーゼのそれに顔を埋め、
ギルバートは過去の記憶を辿る。
彼と過ごしてきた、長いようで短かった年月を。
そしてそれは、今夜で終わる。

「・・・クルーゼ・・・」

涙が零れそうだった。
ギルバートは必死にそれを押し隠し、クルーゼへの愛撫を続ける。
クルーゼが、頭の上でくすりと笑った気がした。
自分の弱い心を見透かされたからか、それとも苦笑からか。
からかわれるのには、もう慣れた。
今はただ、彼を感じたい。それだけだ。
不意にクルーゼの手が、ギルバートの頭を掴み、彼の中心へと導いた。
目の前に男のそれが突きつけられ、ギルバートは思わずごくりと喉を鳴らした。

「・・・あ・・・」
「お前がしてくれるんだろう?」

クルーゼの声に、ギルバートは戸惑ったように彼を見上げた。
だが、クルーゼは何も言わず、ただ顎で促すだけ。
ギルバートはしばらく躊躇した後、観念したようにクルーゼのそれを口内に含んだ。
おそるおそる舌先で触れ、そのまま喉の奥まで呑み込む。
途端、ギルバートの口中を、クルーゼのそれが圧迫してきた。
苦しくて、息が上手くできない。
だが、自分から受け入れてしまった手前、それを吐き出すこともできずに、
ギルバートは涙目でそれを愛し始める。
あまりの苦しさに、少しでも押し出そうとして、
けれどそうやって舌を使うことが結果的に愛撫に繋がる。
クルーゼは辛そうなギルバートに、しかし許すわけでもなく、彼の頭を下肢に引き寄せた。

「さすがに下手だな」
「っ・・・」

クルーゼの言葉が悔しくて、ギルバートは必死にクルーゼ自身を舐め続けた。
根元に指先を絡ませ、舌を使う。苦しさに視界が曇った。それでも諦めずに愛撫を続ける。クルーゼのものが熱を増す。
だが、いくら続けてもこれ以上彼の熱を高めることはできなかった。
苦笑と共に、声が降って来る。

「少し、我慢しろ」
「っ、ふ・・・う、っぐ・・・、・・・!」

いきなり、クルーゼの手が動いた。
長く拙い愛撫を続けていたせいで、顎が痛いのに、
クルーゼは容赦なくギルバートの喉に自身を付き立てていく。
目の前が真っ白に染まるかのような衝撃に、ギルバートは声も出せない。
がくがくと頭を揺さぶられて、意識が飛びかける。

「・・・っ」
「っ、う・・・!!」

低い呻きと共に、ギルバートの喉の奥にクルーゼの精が放たれていた。
思わず吐きそうになる彼を押さえつけ、ギルバートは仕方なくその苦い体液を飲み下す。
含み切れなかった精が、口の端から零れていた。眉根を寄せ、精に濡れたその卑猥な表情に、
クルーゼは満足気に自身を引き抜き、
そうして耐えていた苦しさを吐き出すようにむせ返るギルバートの背をさすってやる。
ギルバートは恨めしそうにクルーゼを睨んだ。
だが、彼をこんな目に合わせた張本人は、ただからかうように笑うばかり。

「・・・君という奴は・・・」

呆れた声音も、もうクルーゼには届いていなかった。
疲れ切ったギルバートの身体を、彼は今度こそ嬉々として押し倒してくる。
唇を重ねて、まだ精の残る口内を存分に味わう。
ギルバートは瞳を閉じた。

「ほら、足を開け。」
「っ・・・、どうしてそう、デリカシーのない・・・」

文句を言いつつも、クルーゼの言葉には逆らえずに、
ギルバートは唇を噛んで足を立てた。
クルーゼは立てられた膝を無造作に手で開かせ、ギルバートの下肢に顔を埋める。
唐突なクルーゼの行為に驚く前にギルバート自身を咥えられ、
ギルバートは思わず指でシーツを噛んだ。

「ちょ・・・、やめ・・・!」
「お前は下手すぎるからな。どうやってやるのか、教えてやる」
「い、らなっ・・・や、あっ、・・・!」

抵抗しようにも、既にがっちりと両腕で足を捕まえられてしまえば、
もはやギルバートに逃れる術などない。
下肢を襲う快楽が強烈すぎて、ギルバートは何度も首を横に振った。
クルーゼを引き剥がそうと、下肢に手を伸ばす。
金の髪をやっと探し当て、それを掴んで引こうとするが、
結局まともな力を入れられない。
クルーゼは執拗に先端から裏筋のあたりを舌でなぞりながら、ちらりとギルバートのほうを見た。

「っ・・・」

運悪く視線が絡み合い、ギルバートが横を向く。
その顔はもう既に真っ赤になっていた。
子供のような反応。幾度も肌を重ねてきたというのに、いつまでも他人から与えられる快感に慣れないギルバートに、
クルーゼは楽しげに彼を追い立てていく。
片手で下肢を辿り、彼の一番深い部分へと指先を這わせた。

「!・・・そ、こは・・・あっ・・・!」

ひくりとギルバートが反応を示してくる。
身を捩ろうとする彼を押さえつけ、クルーゼは有無を言わさず指先を彼の内部に押し入れた。
途端、ギルバートの中がきつく絡みついて、クルーゼの指を離すまいと咥え込む。
それに気をよくして、クルーゼは彼の内部を探り始めた。

「・・・い、あっ・・・、・・・や・・・」
「熱いな・・・お前のココは」
「クルーゼっ・・・」

身体の奥を、他人にいいようにされる。
それは、クルーゼだからこそ許したことではあるが、それでも耐え難い感覚ではある。
ギルバートは自分の両腕で顔を隠してしまった。
クルーゼの指に奥を犯される感覚と、自身を直接愛撫される2箇所の刺激が相まって、すぐそこに次の波が迫ってくる。
舌でギルバートの蜜を舐め取っていたクルーゼは、
そろそろか、と身を起こし、そしてギルバートを覗き込んだ。

「っ、う・・・」
「もう、達きたいのか?」

わかっていて聞いてくるクルーゼの意地の悪さに、
しかしギルバートは、潤んだ視線を彼に向けるしかない。
顔を隠していた腕を剥ぎ取られ、快感で濡れた目尻にキスを落とされる。
甘いその感触と、相変わらず下肢を襲う深い快感に、ギルバートは自分の身体が高まるのを感じていた。

「・・・このまま、後ろだけで達かせてやるよ」
「あっ・・・、嫌、だっ・・・!」

クルーゼに身体を返され、ギルバートは抵抗できないまま枕に顔を埋めた。
腰を高く掲げられた格好で再び内部に指を押し入れられ、
ギルバートはそのまま枕で顔を隠してしまう。
シーツを噛んで耐える姿が可愛くて、ついつい苛めたくなってしまうと言ったら、
彼は本気で機嫌を損ねてしまうかもしれない。
だからクルーゼは、ギルバートから見えない位置にいるのをいいことに、
普段の彼からは想像もつかないあられもない格好のギルバートを眺め、彼の優美な顔に似合わない好色な笑みを浮かべた。
奥に差し入れた指を、増やしてやる。指先にあたる彼の感じる部分を、
クルーゼは執拗に愛撫する。
触れられないままの前が先走りの蜜を零し、真っ白なシーツに染みをつくっていく。
額を枕に押し付けて、ギルバートは衝動に耐え切れずにくぐもった声を漏らす。

「や、あっ・・・クルーゼっ、ムリ・・・!」

その瞬間、クルーゼの爪先がギルバートの感じる部分を強く擦り上げる。
あまりの快感に、目の奥が眩んだ。

「やっ・・・あ、ああっ・・・!!」

がくり、と力が抜けたギルバートを、クルーゼはゆっくりと抱き締めた。
ぴたりと張り付く素肌から、互いの鼓動を感じさせる。
荒い息をつくギルバートに、しかしクルーゼは再び腰をあげさせ、自分の方へと向けた。

「なっ、に・・・を・・・」

潤んだ瞳で、気だるそうに見上げてくるギルバートを、無言のまま引き寄せて。
達した後もひくりと反応する彼のその部分に、指を這わせる。そうして広げたそこに、怒張した自身を宛がう。
その恐怖に、ギルバートは瞳を揺らした。
先ほどの余韻もまだ抜け切れていないというのに、過剰の刺激に耐えられる自信がない。
力の入らない体で、ギルバートはそれでも逃れようと腰を引いた。
けれど、こんな時のクルーゼが、捕らえた獲物を逃すはずがないことぐらい、
とうの昔にわかっている。

「ちょ・・・、クルーゼ、待て・・・!」
「待てない」

必死で紡いだ言葉も、たった一言で却下され、ギルバートは唇を噛む。
一瞬の後、熱く硬い男のそれが、自分の内部を犯していった。
灼けるようなそれに、体内が溶かされるようだ。乱暴に突き進んでくる侵入者に、
しかしギルバートの身体は歓迎するかのように強く締め付けてしまう。
内臓が押し出されるのではないかと思うほどの圧迫感と、息もつけないほどの苦しさに、
ギルバートは必死にシーツを掴んだ。

「ギルバート・・・っ」
「あ・・・な、に・・・、っ・・・」

耳に吹き込まれる自分の名に、ぞくりと震えた。
クルーゼのその声がどこか切なくて、不意にギルバートは泣きそうになる。
普段あまり紡がれることのない自分の名を、彼が呼んでくれることが、
本当に好きだった。胸の奥が熱くなる。
耳朶を甘噛みされ、その部分に舌を這わされる。甘い快感が、さらにギルバートの心を揺らしていく。

―――最期―――。

考えたくもなかったことが唐突に思い出され、
ギルバートはその瞳を瞑った。
そうしていないと、涙が零れそうだった。こんなときに、これ以上痛い思いをしたくなくて。

「・・・っ、クルーゼ・・・顔を、見せてくれ・・・」

ギルバートは、やっとの思いで言葉を紡いだ。
頬に唇を落としてくれる存在の、その素顔が見たい。
もう、一生見られなくなるのだ。その前に、できるだけ脳裏に焼き付けておきたかった。
くすりとクルーゼが笑った気がした。
もう、こうして全てを見られているのだ。今更、何を笑われたって構わない。
クルーゼはギルバートの足を掴むと、繋がった部分を支点に、ギルバートの身体を返した。

「あっ・・・ああっ!!」

内壁をぐるりと擦られ、ギルバートの口元から聞くに堪えない声が洩れる。
だが、それだけでクルーゼが終えるはずもなく、再び楔を彼の内部に深々と埋め込んでいく。
腰を押し付けると、ぐちゃりと卑猥な水音が室内に響いた。
自分の内部からの音だということが信じられずに、ギルバートは唇を噛み締めている。

「・・・ギルバート」
「あっ・・・あ、クルーゼっ・・・」

顔を覗き込まれ、ギルバートは熱に浮かされながらも促されるように手を伸ばす。
柔らかに波立つ金の髪に指を差し入れ、それをゆっくりと梳いていく。
あの母なる地球の海の色と同じ瞳が、その色素の薄い金糸によく似合う。
生まれも、生い立ちも、明らかに自然とはかけ離れているというのに、
その姿だけは自然の色を残していることが、ギルバートには羨ましかった。
クルーゼが、ギルバートの手に自分のそれを重ねた。

「もう・・・、泣くな」
「・・・誰、が・・・っ」

否定しようとしたギルバートの瞳が、はっと開かれる。
クルーゼの指先が、ギルバートの頬を伝う涙を拭っていた。
初めてギルバートは、自分が涙を流していたことを知る。
それを自覚した途端、せきを切ったように情動があふれ出し、いよいよ止まらなくなる。
必死に押さえていたハズの嗚咽まで喉をついて出てしまい、
ギルバートはぎゅっと目を閉じた。
クルーゼは苦笑した。
自分の胸にギルバートの頭を引き寄せて、なだめるように背をあやす。
けれど、そんな優しさすら、ギルバートには想いを募らせるものでしかなくて。

「そんなに泣いて・・・。レイが見たら、笑われるな」
「・・・っ、好きで、泣いてる、わけじゃ・・・なっ・・・!」

泣き腫らした目で、自分を見やるギルバートが、心底愛しくて、そして切ない。
できることなら、この腕を離したくなかった。けれど、今更どうしろというのだろう。
もう、後には戻れない。
選ばなかった道などなかったも同じ。自分はよかれと思って、この道を歩んできたのだから。

「もう、泣くのはやめろ。・・・これからは、お前達の時代だろう」

それは、間違っても年上に告げる言葉ではない。
けれど、死に行く者が、未来ある者への言葉だと思えば、何の違和感もなかった。
だが、ギルバートにとっては、ひどく辛い言葉のはずだ。
はっとしたようにクルーゼを見て、そうして視線を外す。

「・・・君の言う通り、世界が滅びるなら、意味がないだろう」

小さく、か細い声だった。
クルーゼは笑った。

「世界が滅びる道など、お前達の前にはないだろう?ヒトは所詮、自分の辿れる道しか辿れないものさ」

ギルバートの髪を梳いて、そのまま唇を重ねる。
クルーゼの言葉に、ギルバートはもう一度涙を零した。
避けられない未来を憂いて。
クルーゼはそのまま唇で彼の涙を舐め取り、そうして再び腕の中の存在を押し倒す。

「・・・っ、あっ・・・」
「・・・私に、お前を感じさせてくれ。最期まで、お前を忘れていたくない」
「・・・クルー、ゼ・・・っ」

答えを聞かぬ前に、クルーゼはギルバートの足を抱え上げた。
クルーゼの肩に足を乗せられ、膝を胸につくまで折り曲げられて、無理な体勢にギルバートは顔を顰める。
けれど、もちろん拒むことはできなかった。
それどころか、自分もまた求めるように彼の背に腕を回す。
クルーゼの腹に自身を擦られ、ギルバートは仰け反った。露わになった首筋に、クルーゼは口付けて。

「ギルバート・・・」
「あっ・・・、ああっ・・・、や、あっ・・・」

何度も腰を叩き付けるように奥を犯されて、もはやギルバートは声をあげるしかない。
互いの肌がぶつかる卑猥な音が、互いの耳にも響いていた。
腰を引く度に惜しむように自身に絡み付いてくる内部に、
クルーゼは目も眩むような快楽を覚える。
さすがに、もう限界が近づいていた。
ギルバートを追い立てる動きが早まる。ギルバートの声もまた、
それに合わせてひっきりなしに聞こえてくる。

「っ・・・、そろそろ、だな・・・」
「あ、クルーゼっ・・・、私も、もう・・・っ」

達したい衝動に唇を噛み締めて、クルーゼはギルバートの雄に手を伸ばす。
嫌だ、と首を振る彼を無視して張り詰めたそれに指を絡ませると、
先走りで濡れた砲身がぐっと力を増す。
眼前にあるギルバートの胸の突起に、クルーゼは歯を立てた。
自身を呑み込むその部分が、ぎゅっとクルーゼを締め付けてくる。

「あっ・・・、クルー、っラウ・・・っ!」
「・・・っ!・・・」
「あ、あああ・・・っ!!」

頂点に上り詰める瞬間、ギルバートの口から自分の名が零れたことに、
クルーゼは湧き起こる衝動に耐え切れず、彼の内部に精を吐き出してしまった。
一瞬遅れて、ギルバートもまた熱を吐き出して。
奥にどくどくと流し込まれる情交の証すら、ギルバートには感じる以外の何物でもない。
下肢がとても、重たかった。
もう、自力では動くこともできずにいるギルバートに、
クルーゼは荒い息を抑えて口付ける。
しばらくそうやって舌を絡めて快楽の余韻を味わっていると、
ギルバートは瞳を閉じ、そうして背を抱いていた腕もまたベッドの上に落ちる。

「・・・ギルバート」

シーツに落ちた細い腕に、クルーゼはため息をついた。
窓を見ると、もう空は白み始めている。
けれどクルーゼは離れがたく、いつまでもギルバートを見つめていた。
元々、これほど情をかける相手ではなかったというのに、
一体どこで間違ってしまったのだろう。
自分の存在をこれほど想ってくれる者など、クルーゼには初めてだった。
だから、心地いいと思ってしまったのだろうか。
孤独に凍りついた、さして存在意義もなかった、こんな自分が。
だが、運命は変わらない。
近く、自分はこの世界の住人ではなくなるだろう。
この青年を、1人置いて。
だがきっと、彼は孤独ではないはずだ。
それだけが救いだった。
願いなど、望みなどさして意味のないものだとずっと思っていた。
だがそれでも、とクルーゼは目を閉じる。

もし叶うのならば、これから自分がいない彼の人生でも、
彼が幸福でありますように。
もう二度と、泣くようなことのない生き方を、彼ができますように。

意識のないギルバートの手を握り締め、
クルーゼは心の中で呟いた。




















「・・・もう、行くんだな」

ギルバートが眠る寝室を出て、白い軍服を身に着けたクルーゼに、
唐突に声がかけられた。
もちろん、誰かなどと考えなくてもわかる。自分と同じ声音は、ただ1人、同じ遺伝子を持つ者の証。

「・・・ああ」

クルーゼは振り返り、声の主のほうを見た。
若かりし日の自分を思い起こさせるような顔立ちに金の髪。
当然だ、彼は"自分"なのだから。
少年は、淡々とした表情に、微かに自分を案じる色を乗せている。
クルーゼは笑った。
まるで、自分を見ているようだった。
死に行くのに、何も感じない自分。ギルバートはあれほど自分の死を恐怖していたのに、
どこか清々しい思いが心の中にある。
諦めの境地、といえば愚かだろうか。だが言わばそんな気分。
そうしてまた、目の前の少年も、
ギルバートのように自分を引き止めるような素振りは見せなかった。
おそらく、わかっているのだろう。
自分が彼で、彼が自分。遺伝子が同じということは、こうも互いを身近にするのだろうか。
クルーゼは少年に近づくと、その肩に手を置いた。

「レイ。お前は私の自慢の子だ。お前に会えて、幸せだったよ」
「・・・義父さん・・・」
「義父さん、じゃない。・・・ラウだ」
「・・・ラウ」
「この戦争が終われば、きっと私は戦犯として処理される。間違っても、義父だなどと言うんじゃない」
「・・・・・・はい」

小さく俯く少年の表情に、過去の記憶が思い出された。
あの、メンデルの研究所を潰しに行った時。
何かを感じた研究棟の隅の隔離病棟で、足下に蹲り泣いていた幼い子供。
残酷な研究所での生活は、今でもレイに翳を落としている。
だがあの時、もしクルーゼが彼の存在に気付いていなければ、きっとあのまま死んでしまっていただろう。
初めて、手を差し延べられた。その時のことを、レイは今でもはっきりと覚えている。
クルーゼは彼にとって、義父であり、恩人だった。
本当は、レイとてそんな彼が死んでしまうなど、認めたくないことだっただろう。
だが、仕方ない。
どうしようもないことに喚いても、何も変わらないのだから。
何も言わない少年を、クルーゼはそっと抱き寄せた。

「ラウ・・・」
「・・・ギルバートを、頼んだぞ。あいつは、お前以上に危なっかしいからな」
「わかってる。・・・絶対、もう泣かせない」
「・・・。聞いてたんだな、まったく」

油断も隙もないな、と笑うクルーゼに、少年もまた笑みを浮かべる。
けれど、もう、時間が迫っていた。
命の期限は、もうすぐそこだ。
少年はクルーゼから身を離すと、置かれてあった少ない荷物を彼に手渡した。
すまないな、と告げるクルーゼに、微かに胸が痛む。

「じゃあ、行ってくる」
「気をつけて」

あくまで普段と同じ態度で家を出るクルーゼを、
レイもまた普段と同じようにクルーゼを送り出した。
死ぬも、最期もまた禁句。
自分にとって、彼もまた自分なのだから。きっと、離れていてもいつでも傍に在るのだろう。
例え彼が死んでも、きっと。
そっと胸を押さえるだけで彼を悼んで、レイはギルバートの元へと足を運んだ。



静かに彼の部屋へ入ってみれば、
ギルバートはベッドの上で、気を失ったように眠っていた。
きっと、かなり泣いていたのだろう。目の周りがひどく腫れぼったくなっている。
レイはそっと笑みを浮かべた。
本当に、クルーゼが幼いというだけあって、
レイの目にもまた、ギルバートは幼く見えてしまう。
頬に筋を残す涙を、レイはそっと指先で辿った。
彼の存在の次に、大切な人。彼に言われなくとも、少年の心は決まっていた。
ギルバートを守り、支えになると。
そのためには、死すら厭わない。レイにとって、クルーゼとギルバートは世界の全てなのだ。
クルーゼがいない今、彼の世界を彩るものはもはやギルバートだけ。
レイはギルバートを起こさないように、
そっとベッドに腰を下ろした。

顔にかかる前髪を払おうと、手を伸ばす。
眠るギルバートの表情は、夜を徹して続けられた情事のせいか、微かに青褪めていた。
憔悴しきったそれに、しかしレイはただ、髪を梳いてやる。

ふと、ギルバートが微かに動いた。
起こしてしまったか、とレイはギルバートを覗き込んだ。

微かに口元が動いた気がした。



「・・・ラ、ウ・・・・・・」



痛いほど、切ない声音だった。
レイはやるせない気持ちになって唇を噛んだ。胸を押さえる。
なぜなら、ギルバートのその悲しさに、自分の感情もまた引き摺られてしまいそうだったから。
クルーゼが死ぬことに、少年が悲しくなかったわけではない。
ただ、押さえ込んできた。泣かないと決めた。
それが、彼との約束。

「ギル・・・」

レイは、ゆっくりとギルバートに顔を近づけた。
どこか切ないギルバートの表情に、目を奪われる。引き込まれるようだ。
微かに開かれた唇に、レイは自分のそれを重ねていく。

・・・甘い、香りがした。

「ん、っ・・・」

目を覚ましたのか、口元から小さく声が洩れた。
レイは顔をあげた。ギルバートの瞳がうっすらと開かれる。

「・・・・・・ラ、ウ・・・?」

ギルバートを覗き込んでいたレイは、黙って身を起こし、彼の髪を弄んだ。
青年が、ゆっくりと自分に手を伸ばしてくる。
頬に手をかざされて、レイはその手の温かさに目を閉じる。

「・・・・・・レイ」

しばらく少年を見つめて漸く気付いたのか、
ギルバートはうっすらと笑みを浮かべて少年の名を口にした。
そうして、ふと表情が翳る。きっとクルーゼのことを思い出したのだろう。
顔を顰めて、身を起こそうとするが、
さすがに激しい情交のせいで節々が痛むようだ。
レイはくすりと笑った。

「・・・まだ、寝てていい。朝飯は、俺が作るから」
「学校は大丈夫なのかい?レイ」
「・・・・・・ああ」

今日は休む、と呟くレイに、ギルバートはただ笑みを浮かべる。
それでは保護者としてどうかとは思うが、今日だけは特別だ。
本人は何も言わないが、クルーゼの存在がレイにとって本当に大きかったことを、
ギルバートもまたよく知っていたから。

・・・そうして、自分にとっても、また。

「・・・レイ」

ギルバートはレイの腕をそっと掴み、自分のほうに引き寄せた。
驚く少年の肩に顔を埋める。そうしなければ、また泣いてしまいそうだったから。
馬鹿なことだと思う。こんなに年が離れていて、そしてクルーゼがいなくなって傷ついているのは、
きっと自分よりも少年のほう。
だというのに、また自分は、彼の存在に安らぎを求めている。

「ギル・・・?」
「・・・少しだけ、こうしていてくれないか」

そうすれば、きっと立ち直れるから。
瞳を閉じる。レイもまた、ギルバートの背に腕を回し、そのまま温もりを感じた。
ただひとり、もう帰らない、互いに大切だった者の存在を思って。

時が止まったような、朝のひと時。

紺の髪の青年を腕に抱きながら、少年もまた、瞳を閉じた。





end.





※カルアミルクといってもフツーのカルアミルクじゃないのよ。コーヒーをカルアとミルクで割るホットドリンクです。なんか議長ってミルク割り系好きそうだと思うのは僕だけ?






Update:2005/05/28/FRI by BLUE

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