旅立ち



「わあ、すごい桜ねぇ。」
道の両端を延々と続く桜並木に、赤い髪の少女が感嘆の声をあげる。それにつられるように空を振り仰いだ黒髪の少年も笑顔を見せた。
「ほんとだ。ここいらは桜の名所で有名だからな。」
「これから仕事じゃなかったらゆっくり見物していきたいところなんだけど…。」
「そうもいかないよ。今日はびっしりスケジュール埋まってるからな。」
「むぅ…しょうがない、またの機会に持ち越しね。あ〜あ、残念。」
大げさに肩をすくめて見せる少女に苦笑しつつも、再び歩き出した少年たちの横を、何人かの制服を着た少女たちがぱたぱたと走り抜けていった。
「大変〜!初日から遅刻なんてしゃれになんないよ〜!」
「愚痴言ってる暇があったら走る!」
…そんな声がすれ違いざまに聞こえてきて、彼女たちが新入生なのだろうと分かる。そんな光景に、二人は顔を見合わせて笑った。
「なつかしいわねぇ。私たちもあんな頃があったのに、もう遠い昔のような気がする。」
「実際そんなに昔のことじゃないんだけど。ここ何年かでいろんな事がありすぎたから、よく分かんなくなってるのかもな。」
「そうね…いろいろあったもんね…。」
そう、いろいろあったのだ。世界を揺るがすほどの出来事が起きて、数え切れないほど多くの犠牲を払って。ようやく、静かな時間が戻ってきたのだ。
「シンもしょちゅう遅刻しそうになっては走ってたわよね。懐かしいわ〜。」
「なっ、ルナだってそうだったじゃないか!人のこと言えないだろ。」
「そ、そんなことないわよ。気のせいじゃない?」
「い〜や、気のせいじゃないって。いつかなんて、レイまで巻き添え食って三人とも教官に怒られたんだからな!」
とその時、二人の背後からくすくすと笑う声が聞こえてきて、二人は同時に振り返った。
「笑い事じゃないですよ、ホントに大変だったんですから。あの後グラウンド十周走らされたんですよぉ?」
「だからあれはルナのせいだって…。」
「まあまあ、いいじゃない。昔のことなんだし。」
あくまで笑顔のままそういう青年は、二人よりも若干年上のようで、落ち着いた様子でいさめている。白い軍服を着たその青年は、二人に並んで一緒に歩き出した。
「キラ隊長はどうだったんですか、学生時代って?」
「う〜ん、別に普通だったよ。僕は君たちみたいに訓練してたわけじゃないし、勉強して友達としゃべって…それだけだよ。」
「へぇ…。そうなんですね。」
少し憂える表情を見せてそう言ったキラを見て、シンはふと立ち止まり振り返った。
「どうしたの、シン?」
「ああ、いや…。あの頃は、こんな風にルナと並んで話しながら歩いてて、少し後ろにいつも涼しい顔したレイが歩いてて、それが当たり前だったから…。あいつがいないのが、ちょっと不思議な感じがして…。」
「……。」
哀しい運命の元に生まれたその少年は、最後の最後に真実を見出し、そして逝った。
彼は、幸せだったのだろうか。その答えは彼にしか知り得ないけれど。
「彼は…少なくとも、君たちといる間は幸せだったと思うよ。君たちという友人を得ることが出来て、本当に、幸せだったと思う。」
「そう…だといいですけどね。」
「やっとシンのお守りから開放されてほっとしてるかもしれないわよ?」
「…ってなんだよ、それ!」
この二人は、いつ見ても夫婦漫才のようだ。ひそかにそう思っているキラを尻目に、二人の言い合いは基地に着くまで続いていた。

「そういえば、次の休み、少しは長く取れるんだろう?どうするんだい、シン?」
そう問われて、少し考えた後に真面目な面持ちでシンは答えた。
「…オーブに、行ってこようかと思って。」
「オーブに?」
「はい。…俺、まだ、ちゃんと両親やマユにお別れを言ってないんです。」
「…。」
「どうしても、まだ素直になれなくて。だから今度は、ちゃんと『さよなら』を言ってこなくちゃと思って。それと、あの人にも、『ありがとう』ってちゃんと言ってない。」
「あの人?」
「家族を亡くしたとき、面倒を見てくれたオーブの将校さんです。…俺が沈めてしまった艦に、乗ってたって、この間聞いて…。」
「…そう。」
「だから、『ごめんなさい』って、それから、『ありがとう』って。許してもらえるとは思ってないけど、ちゃんと言わなきゃいけないから。」
うつむき、涙をこらえる彼に、そっと肩に手を置きキラは静かに言った。
「大丈夫。その人も君の家族もきっと君を責めたりはしないよ。君が生きていてくれてよかったって、きっとそう言うと思う。」
「…あの人も、そう言ってました。」
「だろう?だから、大丈夫だよ。胸を張って行っておいで。カガリに会うことがあったらよろしく伝えておいてね。」
「…はい。覚えておきます。」
「じゃ、今日もがんばって行こうか。」
「はい!」

――どんな命でも、生きられるのなら生きたいだろう。
そう言ったレイの言葉を思い出す。あの時はそれが彼自身も指していたことを知らなかった。知っていても、きっと何もできはしなかっただろう。
彼の、ステラのような思いをもう誰にもさせるわけにはいかない。
確かに道のりは長く、辛いものになるだろう。それでも、変えてみせる。
『また明日』、胸を張って会えるように。

――確かな決意を胸に秘めて、彼らは最初の一歩を踏み出した。





――END






Update:2007/03/17/THU by snow

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