大切であるが故に。



「あ・・・、はっ・・・」

室内に、掠れた声が響いていた。
たった2人だけの部屋、密度の濃い行為。それだけで、この2人の関係が窺い知れるというものだろう。
ベッドの上で紫がかった黒髪をぱさぱさと揺らすどちらかというと小柄の少年と、
こちらも細身の手足で、それでも喘ぐ少年をシーツにきつく縫い止める金髪の彼は、
この1年恋人と呼べる関係にあった。
いや―――。恋人と呼ぶのは、いささか嘘になるかもしれない。
彼らの関係は、友達以上ではあるが恋人未満。
決して互いに積もる想いが通じ合って、こうして手を取ったわけではない。

「・・・っ・・・、レ、イ・・・っ!」

途切れ途切れの声音。無意識に抱き締めるかれの首にしがみ付く。
素肌同士触れ合うことで、感じる熱い鼓動が心地いい。目を閉じて、少年は繋がる下肢から溢れる快楽に身を浸した。
少年の中のすべての事象が、意味を成さなくなるこの瞬間。
この時だけは、すべて忘れることができた。嫌なことも、悲しいことも、痛みも、なにもかも。

2年前崩壊したも同然のオーブから渡ってきた少年は、
優秀ではあったが心も弱かった。目の前で家族を失ってきた故の戦争への憎悪。いつ再開するかもわからぬ戦いへの緊張感。
不安定な心のまま、戦いに赴くのはたとえどんな手練の者でも危険な行為だろう。
少年には、そんな危うさがあった。普段は素直で、明るくて、誰とも笑い合える少年なのに。
だが、そんな彼をいつしか見守る影があった。
同じエリートパイロットである証の赤服。肩まで下ろした色素の薄い金髪と空色の瞳。
初めて見たときは、端整なその容貌に冷たささえ感じた。
そして、そんな彼は第一印象に違わず、冷静で切れる頭を持っていた。あまり愛想のよいほうではなかったが、決して冷たくはなかった。同年代の少年達のカリスマ的存在。
だから、そんな彼が自分を見てくれている、なんて、当時は自惚れ極まりないと思ったけれど。
こうして、正式にエリートである赤服を身に纏い戦艦に配属された日、
同じく機密戦艦ミネルバに配属された彼と肩を並べられたのがなんとなく嬉しかったのだ。
素っ気ない眼差しでも、たまに彼の視線があると嬉しかった。
少しだけ年上の彼は、訓練でもオフの時でもなにかと少年を気にかけ、時には厳しく、時には優しかった。
だから、もしかしたら気付かないうちに甘えていたのかもしれない。
こんな関係になったきっかけは、ごくごく些細なことで、もう忘れてしまった。
ただ何かの拍子に八つ当たりしてしまっただけだ。
筋違いの怒りをぶつけられ、逆に怒ったのは彼のほうだったろう。
けれど、彼はただ軽く眉を顰めただけで、何も言わなかった。代わりに、きつく手首を掴まれ、びくりと震えたのは少年のほう。
何がなんだかわからぬまま焦る少年に、直後重なった唇。頭が真っ白になった。
その場にあった怒りも、悲しみも、すべて吹き飛んで。
ただ驚いたように、彼を見た。
殊更にゆっくりと唇を離されたとき、わけもわからぬまま涙を零してしまったことだけは覚えている。
冷たいと思っていた手がこんなに温かだったなんて。
彼の胸に崩れ落ちたまま、少年は瞳を閉じた。

「・・・シン・・・」

耳元で紡がれる声音が、ひどく心地よく腰に響く。
普段素っ気ないくらい淡々とした声が印象的な彼は、こんな時だけはひどく甘く、優しい。
けれど。
今の少年には、なぜかそれが胸の痛みを引き起こした。
けれど、その理由を考えたくもなくて、シンはかれの背に腕を伸ばす。
肩口にすがるように抱きつくと、レイはそんな少年の頬に唇を寄せ、そのまま唇を重ね合わせた。

「んっ・・・ふ、う・・・っ」

からだが、快楽に震えた。
もう限界に近い少年は、その自身で互いの腹を濡らしていく。
レイは喘ぐ彼の砲身に指先を絡め、扱いてやった。少年の身体を一気に駆け抜ける快感は、
彼を抱く男を受け入れる箇所を敏感にさせ、男にきつく絡みつく。
小さく吐息を洩らして熱い息を吐き出した彼は、
そのまま少年の腰に腕を回し、そのまま彼の身体を今以上に自らに引き寄せた。

「んああ・・・っ!」

途端、解けた唇から押さえきれない声。
次の瞬間、少年の身体から力が抜ける。吐き出した精は2人の胸元を汚す。
達した衝撃でぎゅっとひときわキツく締まった場所に、
やがて少年を抱く彼もまた白濁を吐き出した。

「・・・っ」

気だるい身体をベッドに沈める。
こちらも脱力しきった身体をレイの胸に預けて、少年は浅い息を繰り返した。
達した余韻に浸る彼を抱きながら、ちらりとサイドテーブルの時計を見やれば、
約束の時間まであと30分。
レイはしばらく腕の中の存在を抱いてやっていたが、
やがて身を起こすと、少年をベッドに置いてシャワールームへと向かった。
現プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル。
その彼と、レイは会う事になっていた。
もちろん、公式ではない。普通ならばエリートパイロットとはいえ、
プラントの最高権力者と対等な立場で話せるはずがない。
ギルバートはレイの養い親であり、そして後見人だった。いわば生まれたときからの付き合いだ。
しかし2人は、今は互いの立場もあり、あまり共に行動することがなかった。
であるから、ミネルバ搭乗である彼にとって、
今回の、議長のアーモリー・ワン訪問はひさびさの、言ってみれば逢瀬のようなものだ。
事実、こうして彼に呼ばれているのだから。
濡れた頭にタオルを被せ、バスローブを羽織る。
水を吸うと緩やかに波立つ金の髪の水気を取りながら部屋に戻り、
床に脱ぎ捨てたままのザフトの制服に手を伸ばした。
正式にこれを身に着けて、1年が過ぎた。
そうして、戦争もまたついに再開してしまった。自分に課された役目を果たす日が来てしまったのだ。
レイは無表情の内で微かにため息をついた。
ちらりとベッドの方を向こうとして―――――

「・・・シン。起きたのか」

バスローブの背に熱を感じ、レイは声をかけた。
先ほどまでベッドで浅い息をついていた少年が、シーツに包まったままぺたりと背に張り付いてきていた。
レイの声に、しかし少年は何も言わない。
不審そうに少年のほうを振り向こうとして、レイは彼の前に回された両腕に阻まれた。
ぎゅっ、と抱きつかれて。
微かに震える体を、その背に感じる。

「シン?」
「・・・また・・・アイツのとこに・・・行くのか?」

小さなその声音に、レイは眉を顰めた。

「困った奴だ。無礼な口の利き方はやめろとあれほど言っただろう」

少年のいうアイツ、とは考えるまでもない、プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルのことだ。
プラントの事実最高権を持つ彼に向かってアイツ呼ばわりなど、
ましてや軍という籍についていながら簡単にそんな言葉が出る少年に、
レイはため息を吐いた。
相変らず少年はレイの身体にしがみ付いたまま。

「・・・まったく。お前はどうしてそう気にするんだ」
「っ。だって・・・」

ますます腕に力を込められる。
このシンという少年は、どうやらレイを事あるごとに呼び寄せる彼が気に入らないようだった。
シンは、レイとギルバートの関係がどのようなものであるか知らない。だからこそ、不安も覚えるのだろう。
つまり有り体に言ってしまえば、嫉妬に近い感情。
レイを取られるのではという不安に、少年は駆られていた。
けれど、そんな少年の心をわかってはいても、
だからといってレイはギルバートとの関係をすっぱりと切ることなどできない。
養父だ、という事実を一言伝えれば少しはこの少年も落ち着くのかもしれないとは思うが、
それは今では当事者2人だけしか知りえない秘密だった。
今はまだ、他人に関係を知られては困るのだ。どこで洩れるか知れない情報を、少年だけといえど伝えられるはずもない。
そうして結局、レイはシンがそんな気持ちを彼に抱いているのを知りながら、
それでもこうやってギルバートとのコンタクトを続けていた。
これでは確かに、シンに不安を抱かせて当然で。
どんなにそんな事実はない、と言い張っても、きっと彼は信じてくれなそうだ。

「・・・シン」

レイは胸に回された少年の手を取り、そのまま強く掴んで後ろを振り向いた。

「っ・・・」

そのまま、小柄な身体を抱き締める。
少年のしがみ付く力以上に強い力で抱きすくめられ、シンは驚いたように目を見開いた。

「・・・どこにも行かないさ。ずっとお前の傍にいる」
「っ・・・あ、レイ・・・」

するりと腰に手を回され、身体を引き寄せられる。
勢いで、シーツが床に落ちた。素裸の少年は、それでもレイの背に縋りつき、
レイは少年の顔を上向かせるとそのまま唇を深く重ねた。
行為を終えた後とは思えない、ねっとりと絡みつくようなそれに、今更ながら腰の奥が疼く。
シャワーを浴び、情事の熱を落とした直後のその行為に、
それでもレイは身を浸した。
ベッドサイドでは、容赦なく時計が時を刻んでいた。
けれど、気にしない。そのまま、少年の背をベッドに押し付ける。
見上げる先にあるレイのその透明な蒼の瞳に、シンはぶり返した熱に浮かされ瞳を閉じた。
唇が重なり、片手で下肢を探られる。
先ほどまでレイ自身を受け入れていた箇所を指でゆっくりとなぞると、
その焦らすような緩やかな動きに少年のそこはひくひくと蠢き、
そうして内部からは先の行為で受け止めきれないほど注がれた白濁が零れてくる。

「・・・インランだな?」
「ん・・・、あっ」

ぞくりとした快感を覚えて、シンは自分を抱く彼の首に腕を絡ませる。
耳元で響く柔らかな低音と、白濁を絡め取りさらに奥へと指を進めるレイの強引さに、
少年はひどく感じて声をあげた。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音をたてて内部をかき回してやれば、さすがに羞恥に耐えかねてレイから逃れようと身を捩り、
そのくせ弱い部分を激しく弄られる衝撃に、
シンは自分を抱く存在の腰を強く足で挟み込み、そうして熱い吐息を洩らす。
だが、時折怯えたように自分を見上げる少年に、レイは宥めるように唇を触れ合わせた。
まださほど慣れていない少年にとって、他人に自分の全てを預けるような行為は恐怖の対象だろう。
身体は感じているのに、心がついていかない。
与えられた快楽を、どうすればいいのかと不安がる色が、瞳を揺らす。
本来ならば、もっと抵抗して、嫌だと泣いていたかもしれない。
けれど、どうして彼がそうして逃げようとしないかといえば、レイの背後にいるあの存在のせいだ。

「っ・・・、レ、イ・・・っ・・・」

自分でもよくわからないまま、胸が痛んだ。
彼の名を呼び、そうして縋りつく。そうしないと、不安で仕方がなかった。
もう、あの時のように目の前で誰かを失うのはごめんだった。
自分の大切なものが失われていく、それが一番怖い。
だが、ふと我に返れば、今自分が立っている場所は戦場で、戦いの場で、死など当たり前の世界なのだ。
わかっている。わかっているからこそ、シンにはこの腕を離せなかった。

「・・・まったく・・・、バカだな、お前は」

苦笑と共にそう告げられ、ぽすっと頭を叩かれた。
身体の奥から指を抜き、その代わりに宛がわれる熱い雄。
次の瞬間来るであろう衝撃に瞳を閉じようとして、不意に手を取られ、シンは驚いたように目を見開いた。

「・・・レイ・・・?」
「ほら」

導かれた先には、男のそれ。
自分を貫こうと宛がわれた彼自身に、知らず頬が赤くなる。

「・・・わかるか?」
「ん・・・」

手のひらに触れる熱を、恐る恐る擦ってみる。
それだけでさらに質量を増す彼自身は、明らかな欲情に濡れている。
それを感じて、シンの中で何かが弾けた。
自分の痴態で、相手が感じてくれている。それを知って、早く、自分も伝えたかった。
自分がどれほど相手の存在に感じ、そして悦びを得ているのかを。
ぐっと、握る手に力を込めて。
自分から、腰を差し出した。濡れそぼったそこは、するりと彼を受け入れる。

「あっ・・・は・・・っ」
「シン・・・」

自分から望んで受け入れていく少年に、レイは舌を絡めた。
少年の内部はひどく濡れ、すんなりと奥を明け渡した。ぐっと距離を縮めるように腰を打ち付ければ、途端食いついてくる熱い内部。
絡みつく肉襞がひどく欲を煽り、少年の中でレイのそれが質量を増した。
何度目の高まりだろう。
そんなことを考えている間に、腕の中の存在は絶頂を迎える。そうしてまた、一瞬視界を奪われる。
新たな快楽を注がれたその部分は、
さすがに受け止め切れなかったのか隙間から白濁をあふれ出させ、
レイを苦笑させた。
自身を埋めたまま、キスをする。熱い吐息を奪うように。すると、少年は両腕を伸ばし、背を抱いてきた。
離したくないと、そう言わんばかりの腕の強さ。
これではまだ、自分も彼を手放せないではないか。

「レイ・・・」
「ああ」

小さく名を呼ぶ少年の背を、ゆっくりとした所作で撫でてやった。
少年はうっとりと胸に頭を寄せ、目を閉じた。2人の間を、緩やかな時間が過ぎていく。
時計の針は、約束の時間をとうに過ぎていた。

「―――大丈夫だ」

耳元で囁かれる、甘く柔らかな声音が夢のよう。

「傍にいる」

その言葉に、漸くシンは眠りに落ちた。










いつの間にか、深みにはまっていた。
レイにとって、シンは確かに弟分であり、守ってやりたい対象だったが、
本当は、彼はそんな対象を持ってはいけない立場だった。
なぜなら、この戦いで果たさねばならない約束があったから。
自分の感情や愛情にかまけてなどいられない。彼には優先すべきことがらが常に存在している。
そうして本当は、
彼がこの少年を抱いたのも、それが元々の始まりだった。
優秀なコーディネーターでありながら、その心の不安定さがアキレスなこの少年。
一度キレてしまえば味方にすら牙を向きかねない彼には、
その力をザフトのために利用するため、その手綱を取る人間が必要だ。
レイ・ザ・バレル―――。少年が軍に入ってから、何かと彼が慕っていたその存在に、いつしかそんな役が回ってきた。
彼を"愛"し、そして支える―――。もちろん誰も、そんな命令を直接彼に下したわけではない。
これは暗黙の了解だ。
・・・プラントを統べる存在であり、そして軍のトップでもある―――。
ギルバート・デュランダルとの。
ベッドサイドに座り眠る少年の髪を指先で弄んでいたレイは、不意にすっと顔を上げた。
その1秒後、シュッとドアの開く音。
入ってきたのは、他でもない、あのプラント最高評議会議長。

「―――議長」
「お邪魔だったかな?」

ベッドサイドに座っていたレイを見、ギルバートはそう言った。
いいえ、と首を振り、腰を上げる。寝室をカーテンで遮り、レイはギルバートに椅子を勧めた。
そうして。
訪れる、沈黙。
別に、言葉など重要ではなかった。
傍にいて、いや、傍にいなくともその存在を感じ取ることができる関係に、
今更着飾る言葉も必要ない。

「―――始まりましたね」
「そうだね」

レイの煎れてきたコーヒーを手に、ギルバートは頷いた。

「・・・正直、こんな形で再開するとは私も思わなかったがね」

本当に唐突な、地球軍の奇襲攻撃。
しかも、運が悪すぎる。何故オーブとの極秘会談の日と合わせたように、また戦いが始まるのか。
それとも、もしかしたら本当にその日を狙っていたのかもしれない。
成り行きとはいえ、中立であるはずのオーブの長が、
ザフトの新造艦、ミネルバに乗り、そうしてその船は文字通り戦闘態勢に入っている。
これでは、地球連合軍がオーブに攻め入る理由を作ることにもなりかねないだろう。
今回の戦いは、ザフトというよりはむしろ、オーブにこそ被害の大きいものであるような気がした。
もちろん、ザフト側とて不利は多いが―――・・・。

「だが、うまく立ち回れば有利に運べないとも限らない。・・・君ならどうする?レイ」

ギルバートは、傍らに立つレイに顔を向けた。
だが、彼は話題を振られたにも関わらず、沈黙を守ったままだった。
そうして、すっとソファの側で床に膝をつく。
カップを持っていないほうの右手を取り、そうして軽く自分のほうへ引く。

「レイ」
「私は―――」

そのまま、引かれたギルバートの右手に、レイの唇が触れた。
椅子に座ったままの男は、微動だにせずレイのキスを受けていた。忠誠の証の、騎士の礼。

「課せられた役目を、果たすまでです」
「・・・お父上との、約束かい」

今は亡き、少年の父親。
いや、父、といっては多少誤解を受けるかもしれない。
2年前"彼"が死んだとき、彼はまだ25歳だった。
どう考えてみても、当時14であったレイの父親だと考えるには無理がある。
だがしかし。
"彼"は正真正銘の、レイの生みの親であった。
"彼"がいなければ、今のレイの存在はなかったのだ。そう考えれば、確かに彼が父だといえなくもない。
少年は頷くと、立ち上がり、今だ水分を滴らせる髪を乾かすべく、
床に投げ捨てていたタオルを手にとった。
部屋には小さな窓があった。その先には、真っ暗な闇。遥かな宇宙。
そんな窓際に、レイは立つ。素肌にバスローブを羽織っただけの彼を見やり、ギルバートは微かに目を細めた。

「―――父と交わした約束はふたつ。
 ・・・ひとつは、身を挺してでも貴方をお守りすること。そしてもう一つは、」

レイは胸に手を当て、目を閉じた。

「―――この血を、終わらせること」
「・・・―――君は、かれに会ったんだね」

ギルバートの言葉に、レイは顔を窓の外に向けた。
あの時、確かに何かを感じた気がしたのだ。
言葉では言い表せぬ"何か"。
それは、かれの父やギルバートの存在を"感じ"るのと似通っていて、それでいてどこか違う。
そう、きっと、あれが―――。

「・・・2年前、地球軍で最高のMAパイロットと謳われた男がいた。君やシン君が戦ったのが、モビルアーマーだったのなら」
「ムウ・ラ・フラガ」
「・・・そう。会ったことがあるのかい?」

ギルバートもまた席を立ち、窓際へと足を向けた。
レイと同じように、窓の外を見やる。どこまでも暗い闇。その遠く先には、あの敵艦が在るのだろうか。

「一度、父に連れられて地球に行ったときに」

実際に、言葉を交わしたことはなかった。
ただ、自分の父がひどく懇意にしていたことは知っていた。
父の、オリジナル。傲慢だったというあの男の、正真正銘の息子。

「彼は公式には死んでいる。でも、君が"感じ"たのなら―――・・・」
「どちらにせよ、倒さねばならない相手です」
「・・・ああ、そうだね」

"フラガ"の血を終わらせること。
それは、ただ血を持つものたちの命を奪えばそれですむというものでもない。
過去、愚かな研究を続けていたメンデル。その関係者をすべて消せ、ということだ。
これ以上、過ちを犯さぬための最後の手段。

「まぁでも、それを言ったら、私もなんだけれどね」
「貴方は、将来世界を統べる御方。命を懸けてでも、貴方をお守りいたします、議長」
「・・・ありがとう、レイ」

まだ乾ききっていない少年の髪に、デュランダルは手を伸ばした。
一房を手に取り、そうして唇を落とす。薄い色素の金の髪に、懐かしい記憶が掘り起こされる。
だがそれは、もう6年も昔のこと。
ギルバートは目の前の少年の背に、軽く腕を回した。

「・・・っ、議長・・・」
「ギルで、構わない」
「・・・―――ギル」

そうして、身を屈ませ、彼の肩に額を寄せる。
抱き締める腕の頼りなさに、レイはしばらくそのまま彼の腕に抱かれていた。
自分の姿に、かつての友人の姿を重ねていることはわかっていた。
だからこそ、支えになれればと思ったのだ。
約束とか、課せられたものだとか、そんな無粋な理由ではなく、
ただ1人険しい道を歩もうとする、ギルバート・デュランダルという存在に惹かれたが故に。

「・・・さぁ、長くこんな所にいては、艦長に不審がられますよ。それに、また戦闘も始まりますから」
「ああ、わかっている。
 それから、コーヒーをありがとう。やはり君の煎れてくれたコーヒーが一番落ち着くよ」

ギルバートは名残惜しげにその手を離した。
最高評議会議長。彼の背に、どれだけの重鎮が圧し掛かっているか知れない。
それでも、自分には飾ることのない笑みを見せてくれる彼が好きだった。
父親という拠り所を失った少年にとって、
ギルバートの存在は大きかった。
彼の傍にいて、彼の力になれるのなら。そう思って、今まで腕を磨いてきたのだから。
―――そう、かれのためならば、命すら惜しまない―――。
けれど、その時、
ちくちくと、胸が痛んだ。
どうしてだろう。何故、自分はこうも胸が痛むのか。
ギルバートの後姿を見送り、そうして今度はカーテンを引いたベッドルームを見やる。
寝息を立てて深い眠りについている少年に、
レイは苦笑し、顔にかかった前髪をはらってやった。

そう、原因は、ただ下らない感情だった。
彼にとっては足枷になりかねない、厄介なこの想い。
ギルバートのために命を投げ出す覚悟があったはずなのに、今は限りなく不安で仕方がない。
例えば自分がいなくなったとき、この目の前の存在を失うことを異常なまでに恐れているかれが心配だった。
なんとも、バカらしい話だ。彼が自分を愛していると、
そう自惚れているからこそそんな考えが出てくるのだと、自分を嘲笑ってみる。
けれど胸の痛みは抜け切れない。
自分の心の中に、"かれ"がいたから。
そんな自分に苦笑して、レイは眠りの世界の少年の頬に口付けた。

「お前も愛しているよ、勿論。
 ・・・そうだな、お前さえ私と同じ道を歩んでくれれば―――・・・」





そうすれば、きっと。
ずっと、傍にいられるのに。





end.




Update:2004/11/07/WED by BLUE

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