05:鎮魂歌
「・・・私も、弾いてみたい」
「は?」
唐突なギルの言葉に、俺は正直驚いた。
だって、ギルって、
言っちゃ悪いけど・・・、めちゃくちゃ音感ないし。
リズム感ないし、音痴だし、不器用だし、それに
「レイ。顔で悪口言わない」
・・・声はイイんだけど。
「ピアノは、もう懲りたって言っていたのでは?」
「あれはラウの教え方が悪かったからだ。あんな乱雑な教え方で、誰が身に着くものか」
「・・・俺はつきましたけど」
そんなに言うほど、乱雑な教え方、してたっけ。
多いに御幣があるとは思うけど、あえてそれは伏せておく。
そう考えている間にも、ギルはつかつかと歩み寄ると、俺の隣に座り込んできた。
・・・ちょっと、狭かった。
指一本で、鍵盤を叩いて、音が鳴った。
なんだか、子供みたい。恐る恐る、メロディらしきものを弾いてみるギル。
「最初の音は、これでいいのかな」
・・・ちょっと待って。そんなことも記憶にないの?
「最初の音は、Bです。・・・いや、黒鍵じゃなくて・・・そう、そこ。指は親指。だってほら、次が上がる音なんだから、指を開けておかないと」
「・・・こ、こうかな」
なんだか音がひょろひょろしているのは、気のせいではないだろう。
っていうかギルって絶対ヘン。
なんでそんな有り得ない指の動かし方、するかなぁ。指同士が絡んだりぶつかったり、
見てられないよ。
およそスマートとは思えない弾き方。やっぱりイチから仕込まないと駄目だろうな。
かといって、この人にそんな根気ないし・・・
「難しいものだね」
「・・・せめてハノンくらいきっちり修めてからにして下さい・・・」
一時期ラウにピアノを教えてもらっていたときに、
ギルが投げ出してしまった指の練習曲集を持ち出してみる。
あれの1番から60番まできっちり・・・、いや、1から20番まででもいいから。ホント、お願い。
でも、そういうと、やっぱりあなたは悲しそうな顔。
我侭だなぁ。困った人だ。
「今、弾きたいんだよ・・・。今じゃなければ、意味がない」
・・・そういえば、命日だったね。あの人の。
少しだけはかない印象の彼に、手を伸ばして、抱き締めた。
「来年まで、練習しましょう。俺が教えますから」
「・・・ハノンは嫌だ」
今だに根に持ってるんだね、あの時のこと。
「じゃあチェルニーで」
「・・・あの曲だけにしてくれないか」
「却下します。」
「何故・・・」
ああ、もう。
なんでそんな絶望的なカオ、するかな。
きっとラウが笑ってるよ、ギルのこと。ホント、おかしすぎるよね、ギルって。
・・・なぁ、ラウ。
本当に、聞こえてる?俺たちの、・・・俺の、音色。
聞こえてる、わけないよね。死んじゃったんだし。
死んだ人は星になるとか天国にいるとかすべて子供の頃の夢の世界。
こんなの、すべてただの自己満足で、
ただ、冥福を祈るだけのものでしかない。
死んだ者の魂が、そんなもので静まるわけがないのにね。
・・・でも
「ラウの鎮魂歌を弾くのなら、生半可は許しません。絶対に叩き込みます。いいですね」
「・・・お手柔らかに頼むよ・・・」
現世に残された俺たちの、生きる糧、になるかも。
きっと、来年はギルにあの曲を弾かせてみせるよ、ラウ。
Update:2005/09/30/THU by BLUE