迷子の迷子の・・・



「うわぁ・・・」
「・・・。これはすごいな」

クルーゼは思わず感嘆の声を洩らしてしまった。
なぜなら、目の前には、クルーゼが今まで見たこともない、恐ろしいほどの喧騒に包まれた世界があったからである。
普段なら少しくらいの人ごみにも楽しそうな声をあげる同伴の少年も、今日はなんだか引き気味だ。

「すごいだろう?ここは最近できたばかりのアミューズメントパークでね、ショッピングモールからなにから全部揃った、素晴らしいお店なんだよ。わかってくれたかい、君達も」

そんなうんざりとした空気の中、ひとりウキウキと話すのはギルバート・デュランダル。
遺伝子研究の第一人者で、それなりに有名人の彼なのだが、
その実態はいい大人のくせに落ち着きがなく、元々生まれがお坊ちゃまなせいか、日常生活にはほとんど役に立たないことを、
同居人であるクルーゼとレイは知っている。
そのため、レイはともかく、クルーゼはギルバートを連れて街へ出る気など毛頭なかったのだが、
最近泊り込みの仕事続きだったギルバートが帰ってきた際、いきなり
「今週末は皆で『ココ』へ行くぞ!!」
と御丁寧にチラシまで持ってきて、なにやら熱心にその店の素晴らしさを語り始めるものだからたまらない。
結局、クルーゼはその場を切り上げるために同伴で店へ行く約束をしてしまい、
それで今、こうして喧騒の前に立っているわけだった。

「それにしても、・・・どこから見ればいいんだ・・・」
「クルーゼ。こんな場所で"どこから"など無粋なものだぞ。片っ端からに決まってるじゃないか。さ、行こうか、レイ」
「え・・・」

意味不明な返答を返しつつ、レイの手を引っ張り人ごみの中へと突っ込もうとするギルバートに、
クルーゼは早くもうんざりとした顔を向け、慌ててその姿を追いかけた。
まったく、信じられないことといったらない。
自分とギルバートの2人だけならともかく、今回は幼いレイもいるのだ。彼の身勝手な行動に付き合っていたら、
賭けてもいい。絶対迷子になる。
散歩で歩いていても、レイの手を離しどこかで足を止めている彼なのだから。
せめてその忠告だけはしておかねば、とクルーゼはギルバートを咎めた。

と、

『迷子のお知らせです。迷子のお知らせです。
 4歳になる男の子、レイスちゃんをお預かりしております。お連れの方は2階、プレイコーナーへお越しください』

案の定、全フロア内に響き渡る、"迷子放送"。
しかも、なんとなく名前が似ている。さすがのギルバートも、多少の不安に駆られるには十分だったようだ。

「わかっているな。君が手を離すと・・・」
「ほら、聞いたかい?絶対私の傍を離れたらいけないよ。迷子になるからね」
「・・・まずギルが離れないでください」
「・・・・・・(一番の根本原因は貴様だろう、ギルバート・・・!)」

誰よりも方向音痴なギルバートの言いように、2人は半ば呆れてしまったが、
もはや心ここにあらず、といった体のギルバートには通じない。
どちらかというと静寂を好む性格のクルーゼとレイは、ギルバートがレイを楽しませるため、といっておきながら自分が一番行きたかったのだろう、と既に結論付けていた。
そう、クルーゼとレイが今日ここに来たのは、ギルバートの付き添い、に他ならない。
その証拠に。

「おーい、レイ!クルーゼ!こっちに珍しいものが置いてあるぞ!」
「素晴らしい・・・。この120面カットの耀きは、まるで光をそのまま神の手によって磨き研がれたような、まさに"光の彫刻"だな・・・」
「ほら、かわいいイモムシだろう?レイのために頑張ってクレーンゲームで取って上げたんだよv」
「・・・キモイです」
「・・・・・・」

すっかりレイの手を離し、自分勝手に走り回るギルバートに、
クルーゼはとりあえず彼を見失わないよう目で追いかけるだけにし、レイが見たいという場所を回るに留めている。
なにがどうして、いい大人がこんな場所楽しいのだろう。
まぁ好みの問題ではあるが、あそこまではしゃぐ必要はないだろうに・・・。

「ラウ、おなかがすきました」
「ん?ああ・・・そうだな、もうこんな時間か」

気付けば、昼の時間もとうに過ぎていた。レイに言われて、ふとクルーゼは我に返る。
とりあえず、一旦店を回るのは中断だろう。クルーゼは先ほどまでよくわからないエスニック風の服飾店に頭を突き出していたはずのギルバートを目で追った。
だが、当然視界に入るはずのあの長身とワカメ髪が、・・・見当たらない。
・・・まさか。

「ラウ。ギルは・・・?」
「・・・・・・さぁ」

ほとんど同時に、二人の頭に、二文字の熟語が浮かんだ。
そうして、顔を見合わせる。お互い同じことを思ったのはわかったが、口に出すことはできなかった。
理由は簡単。
馬鹿馬鹿し過ぎる。
とりあえず、いまいる2階のフロアを一周した。
夢中になっているギルバートのことだ、そう簡単に大きな移動をするはずがない。
ないはずだ。
だが、結局は徒労に終わり、2人はがっくりと肩を落とした。
これほど世話の焼ける子供も、他にはいまい。

「・・・やっぱり、放送、かな」
「・・・・・・」

またもやその状態を考え、二人は同時に顔を顰めた。
「迷子のギルバートさん、ギルバートさん〜」などと呼ばれては、それでギルバートが見つかっても大恥だ。
できれば他人のフリをしたいくらい。
クルーゼはもう一度深いため息をついた。
どうせ、ギルバート本人はまだ迷子だという自覚もなく、きっとこの広大なフロアを満喫していることだろう。
それなのに、自分たちばかりが気にしてばかりいては、不公平というものだ。
こちらだって、存分に楽しむ権利くらいあるはずなのだから。

「・・・レイ。とりあえずお昼にしようか」
「はい」

そんなクルーゼの心がレイにも通じたのか、レイも大人しく目の前の店に入る。
開放的な、とてもムードのよいカフェテリアだった。





心が洗われるようなピアノ曲が、ゆったりと流れていた。
実際生演奏をするようなイベントが時折行われているのか、フロアの中心はグランドピアノ。
窓際の席に陣取ったレイやクルーゼの場所から見える景色は、なかなか美しい。
人工ではあるが、やはり水辺に緑、という光景は目を癒すものだ。
加えて、舌を喜ばせる美味な料理。

「美味しいか?」
「はい、おいしいです」

時間も時間だから、室内にはあまり人も見当たらず、
先ほどまでの喧騒から切り離されたような感覚に、心も落ち着く。
クルーゼが自分の注文したカルボナーラ&サラダセットについてきたデザートをレイに譲ると、
レイは嬉しそうにスプーンでそのアイスを掬い、クルーゼもしばし安らいだ気持ちになった。

「ギルがいないと、静かでいいですね」
「ああ・・・そうだな」

事実、そう思う。
ギルバートがいると、はっきりいって紅茶すらゆっくり飲めない。
慣れた家でならともかく、ギルバートとの外食は、
常に周囲を気にして時にはギルバートの子供のような仕草を注意しなければならないから、もう散々だ。
それに比べ、この礼儀正しいこの子供の大人しさといったらどうだろう。
今も、上品にスプーンを口に運んでは、零れるような笑みを向けてくれるレイは、
正直世話を焼かせられてばかりいるギルバート相手よりも楽しいものである。
クルーゼは、レイと自分の周囲にあるいくつもの紙袋を眺めた。
ヤケに奮発してしまった気がするが、まぁ可愛いレイのためとなれば財布の紐も緩むというものだ。

「・・・ごちそうさま。美味しかったです!」
「そうか、それはよかった」

ぱちり、と手を合わせてご馳走様をするレイに、
クルーゼは口元をほころばせた。
ギルバートと離れてから、既に1時間。かなりゆっくりとカフェで過ごしてしまったが、
まぁ、問題ない。
出かける前、万一のために毎回彼にだって財布を持たせている。
いくら方向音痴の彼でも、路頭に迷うことはないだろう。
帰ろうと思えば、絶対帰ってこれるはずだ。タクシーを呼べば、それですむことなのだから。
それに、毎回毎回世話を焼いているのだ、これで少しは大人になって、
他人に頼る、という選択より自分で解決しなければ、と思ってくれればいいのに、と、
微妙に親の心境になってしまう自分がなんだかおかしかった。
きっちり食べ終わったレイは、いそいそと外に出る用意をしていた。

「忘れ物はないか?」
「はい。・・・―――あ、あと、ギル。」

子供にまでお荷物扱いされてどうか、とは思うのだが、
むしろ笑いのほうがこみ上げてきて仕方ない。それもこれも、すべてギルバートのせいなのだから。
しかもレイはいたって冷静な顔でそう告げるものだから、なおさら面白い。
これをギルバートが聞いていたら、さぞかしヘコむことだろう。
再び喧騒の中を歩きながら、クルーゼは指先で顎を摘んだ。

「ああ、ギルバートな・・・。どうする、やはり放送しかない・・・か」

当然のことだが、こうして歩いていてもギルバートの姿は見つからない。
もちろんギルバートだって羞恥心がないわけではないだろうから、迷子放送を聞き逃したわけでもないだろう。
さて、どうしようかとレイを見ると、レイはクルーゼの手を握ったまま、下を向いている。

「・・・僕、恥ずかしいです・・・」
「私も、同じ気持ちだよ・・・」

そんなうんざりした空気の中、またも聞こえてくる迷子放送。

『迷子のお知らせです。赤と白のストライプを着た男の子、ラルフ君、ラルフ君。
 お父さんが心配しています。2階、プレイコーナーまで来てください』

その瞬間、クルーゼのなかで、結論が導き出された。

「・・・・・・・・・放っておこう」

どうせ、先も言ったとおり、家へ帰る手段がないわけでもないのだ。
一人でいたほうが、我に返って夜には帰ってくるだろう。

「どうせ帰って来るだろう。赤ん坊でもあるまいし」
「そうですね」
「他に回りたいお店はあるか、レイ」
「いいえ。もう十分です。ありがとうございます、ラウ」

にっこりと笑みを傾ける子供に、クルーゼはくしゃりと頭を撫でてやる。
こうして、ギルバートのいない楽しい1日が過ぎていった。















「さて・・・そろそろ2人の元に戻らないとな・・・」

なにやら重い重い紙袋を引き摺るようにして、ギルバートは人気の少なくなったフロアを歩いていた。
知らない間に、ギルバートの視界からクルーゼと、そしてその足下のレイの姿は見えなくなっていた。けれど、ギルバートはあまり気にしていなかった。
まさか子供でもあるまいし、迷子になったわけではない。
ただ、連れを見失ってしまっただけ。
きっとクルーゼがいれば「同じことだろうが」と突っ込まれるようなことを呟いて自己完結しながら、
ギルバートは誘惑に勝てないままショッピングフロアを回っていたのだった。
途中、腹が減った気がしたが、そのときはアミューズメントパークでさらにクレーンゲームをやっていた。
先ほどは可愛いイモムシを必死に取って、レイにあげたのだが、「キモイ」の一言だったので、
今度がもっと可愛いだろうと思われるカエルの人形を取ろうと頑張った。
気付けば物凄い値段を使ってしまった気もするが、今手にしている袋の中に、戦利品があると思うと、
ギルバートは本当に誇らしげな気分になる。

(レイ・・・今度こそ喜んでくれるだろうか)

そんなことを考えつつ、漸くギルバートはクルーゼらと別れた場所へたどり着いた。
迷子になったときは原点に戻る。
そんな常識はギルバートも持っていたから、当然のごとく戻って見た・・・のだが。

「い、いない・・・?」

どうして、何故。
それは無論、別れてから5時間も経っていて、まさか迷子を5時間も待つ人間などいない、という、ただそれだけのことだったが、
ギルバートにはわからない。
人は既に疎ら、空腹も限界。そんな状態で、しかも連れもいない。
少々弱気になったギルバートは、そろそろ閉館の準備をしている警備員に尋ねてみた。

「すまない、金髪の・・・おっきいのとちっちゃいののペアを見なかったかな」
「は・・・?子連れ様ですか?あれほど人がいましたので、何人もお見かけいたしましたが」

わかるわけないだろう、という怪訝な顔をされ、ギルバートはさあっと血の気が引いた。
なにか不安なことばかりが胸を過ぎる。
まさか、事件に巻き込まれてしまったとか・・・。そうだ、あれほど人がいれば、1人や2人、無差別殺人で狙われてもおかしくない。はたまた、類を見ない美人親子だったから、もしかしたら母子と間違われてさらわれてしまったとか・・・!!
・・・クルーゼがさらわれるようなタマでないことや(レイもそうだが)、2人が呆れて帰ってしまったなどとは、まったく考えられないギルバートであった。

(これは、きっと、大変なことになる・・・!!)










「・・・で、結局警察のお世話になったわけか」

ここ最近、最高潮のうんざりさを見せるクルーゼに、ギルバートはいささかムッとしたような表情を見せた。

「だが、本当に心配したんだぞ。君達がいきなりいなくなれば、誰だって不審がるじゃないか」
「馬鹿か貴様は。1、2分ならともかく、5時間だぞ5時間!迷子になったら原点、など単純な理屈をわかってるのなら家に帰って来るのが普通だろう、この馬鹿者!」
「馬鹿馬鹿言うな!!どうしてこの心配をわからないかな、君は!」
「くだらない心配をするより、少しは自分のその手のつけようのない悪癖を心配したらどうだ」
「くっ・・・!」
「手を離すなといっておきながらこの様。はっ、ガキ以下だな」
「う、うるさい!!」
「どうしてレイはあんなに可愛いんだろうねぇ・・・。さすが私。君などよりよっぽど賢い大人になるだろうな。今から楽しみだよ」
「っ・・・・・・」

「そ、それくらいにして、お引取り願えませんでしょうか」

警察署で、ギルバートの顔を見た途端小言を怒涛のように言い始めるクルーゼに、
気圧されたように聞いていた警官は、我に返ったようにクルーゼを促した。
クルーゼは鼻を鳴らした。
まったく、たまったものじゃない。
署に呼ばれ、なにかと思ってきてみれば、ギルバート・デュランダルを保護しました、とかいう情けない内容。
しかもギルバートは、自分から署に赴き、買い物中に忽然と消えた金髪碧眼親子の捜索願いを出していたという。
あまりのアホらしさに、クルーゼは数秒間、開いた口も塞がらなかった。
結局、署のほうには事情を説明し、事件は解決したわけだが、
まったく、放っておけば放っておくほどに世話を焼かせる奴だ、とクルーゼはギルバートを睨みつけた。
怒涛のクルーゼの畳み掛けにもはや死人に等しいギルバートを、
クルーゼはひとつ頭を下げて引き摺っていく。

やはり、目を離してはおけない。

はぁ、と大きくため息をついて、クルーゼは乗ってきたエレカの後部席にギルバートを押し込んだ。
心配して疲れたこともあってか、ギルバートはぐったりと横たわる。

「ギル!!大丈夫ですか?」
「ああ、レイ・・・。よかった、君も大丈夫だったんだね」
「レイ、ギルバートは少し錯乱している。だから気にしなくていい」
「・・・?はい」

頭の上に沢山の疑問符を浮かべるレイに、クルーゼはそれだけ告げると、
すっかり暗くなってしまった道を走らせた。
ギルバートはというと、漸く二人の顔が見れて安心したのか、隣の少年に寄りかかりつつ、既に寝息を立てている。

「よかったですね、ラウ」
「・・・まぁな」

いささか不満そうなクルーゼの声音に、レイは自分に寄りかかる男の顔を見下ろす。
まったく、幸せそうな顔だ。こちらの気も知れず・・・

「まったく・・・今度はラウに迷惑かけないでくださいね、ギル」

レイはそれだけ言うと、くすぐったいワカメ髪を撫でたのだった。





end.





Update:2005/09/05/FRI by BLUE

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