Blue & Red Line



・・・もし。
もし、あのまま3人で暮らしていられたら。
世界がこれほど残酷でなかったら、きっと俺たちはただ、ささやかな幸せだけを追って、静かに生きていけただろう。
どちらがよりよかったのか、今ではもう、わからない。
父が死んで、一番傷ついたのは彼を心から愛していたあの青年だろう。
残酷な世界の犠牲となった父を救おうと、血を吐くような想いで手を伸ばしていた彼。
けれど届かなかった。気付けば幻のように失われてしまった彼の存在に、
青年がどれほど涙したかわからない。
ただ、言えることは、
彼は壊れてしまった。ぽっかりと開いた心の溝を、きっとこの先、誰も癒せないだろう。
ただ、静かな時を、3人で過ごせたなら、それでよかったのに。
けれど、現実は残酷で、時は容赦なく流れていく。
残された自分らにできることはなく、ただふと、彼の存在を思い起こす日々は辛かった。
後悔ばかりが胸の内をよぎった。時を戻すことなどできないとわかっていながら、もしも、と考えた。
きっともう、俺たちは完全に壊れてしまっていたのだろう。
彼の死を悼み、後悔を身にまとって、次に考えたのは世界の行く末。
彼が世界を憎んだように、残された俺たちもまた、彼を奪った世界を恨んだ。
それこそが世界に争いをもたらす「憎しみの連鎖」だといわれても、それでも構わない。
俺たちにとって、彼の存在はそれほど大きかったのだから。

「・・・レイ」

青年の、自分を呼ぶ声に、少年は振り向いた。
今自分ができることは、彼と共に、自分たちが望む理想の世界を作り上げるために、
その命を懸けることだけ。










Blue & Red Line










呼ばれた部屋は、そこの主にふさわしい、豪奢な部屋だった。
中世ヨーロッパを思わせるような、凝ったつくりのガラスのシャンデリアや、アンティークの匂いを感じさせる重厚な家具たち。
絹で織られたじゅうたんは、靴で上がるのが忍びないほど。
そんな、歴史を感じさせる部屋で、しかし中身は軍の最新のコンピュータ設備が整えられていることに、
足を踏み入れた少年は思わず笑ってしまった。
広いリビングには、グランドピアノ。
カーペンタリアのあの軍慰安施設以来だ。少年はそれを見かけて、微かに口元を綻ばせる。
目的の人物はまだ居ない。しばし考えて、彼はためらいなくピアノのフタを開け、鍵盤を鳴らした。


ピアノを弾くのは、幼い頃からの唯一の趣味。
今は立場上、あまり機会がなくなってしまったけれど、少年にはいつになっても忘れることのできない音楽がある。
椅子に座り、指先がその鍵盤に触れたと思った瞬間、
彼のほっそりとしたそれが奏でる繊細な音色が、部屋の中に響いた。


この曲に、作曲者はない。気付いたら、指が動いていた。あの、大切な人を失って初めて泣いた日。
これはきっと、彼へのレクイエムだ。
運命に翻弄され、抗うことすら許されなかった、哀しいかの存在への。
誰も知り得ぬ想い。けれど、自分だけは知っている。自分と、そして同じ想いを持つあの青年だけ。
少年が呼ばれた部屋は、そんな彼の自室だった。

「・・・ギル」

やがて、執務を終えた彼が部屋へ戻ってきた。
レイはピアノの手を止め、すぐさま敬礼をした。どんなに私的な関係があれど、今の彼らの立場は上司と部下だ。

「レイ・ザ・バレル、ご命令通り出頭致しました」
「ああ・・・・・・、そのまま弾いていてよかったのに」

けれど、入ってきた青年は、そんな堅苦しい態度を嫌ったらしい。
赤服とはいえ、ほんの数ヶ月前正式に入隊した新兵である少年に向かって、
彼は他の誰にも見せない柔らかい笑みを傾けた。
ギルバート・デュランダル。ザフト軍を率い、プラントをまとめる最高評議会議長である。

ギルバートは手に持っていた書類をテーブルに無造作に置くと、そのままの足でアメニティスペースへと向かい、紅茶を煎れ始めた。
少年が手伝おうと足を運ぶと、大振りなミルク・ピッチャーに幸せそうにミルクを注ぎ、
これまた高級そうなメリオールにダージリンの茶葉を浮かせて、至福の時を覚える青年が1人。
セカンドフラッシュのほのかな香りが、部屋を満たしていく。
今ではもう失われてしまったマイセンのカップに注がれる色合いに、少年もまた、無意識に口元を緩ませた。

現実とは、かけ離れた空間。
戦争で、数多の命が失われているというのに、少年はたまに違和感を感じることがある。
けれどどうせ、数時間もすればまた現実に囚われ、命を懸ける日々が続くのだろう。
テーブルの上の書類を目にして、レイは自嘲の笑みを浮かべた。
それは、必然。
彼―――彼らにとって、目的のために軍を動かすのは当然のことだ。
先の戦闘も、無駄な戦いなどひとつとしてなく、そのために命を懸けるのも当たり前。
そして、その先に争いのない、平和があるならなおさらだ。
平和・・・。平和とは何なのだろう、と少年はふと考えることがある。
戦争の反対。争いのない世界。戦わなくていい世界。兵器が必要のない世界。
そこまで考えて、不意に笑いがこみ上げてきた。
―――やはり、無理だな。
人間は、人間である限り恒久的な平和など不可能だろう。
頭の奥で、かの存在が言っていたように。
幼い頃、戦争なんか嫌いだった。大切な人を奪っていくそれが、大嫌いだった。
それでも今、こんな所にいるのは、もう、避けては通れない道だからだろう。
自分もまた、結局は愚かな人間の一人なのだから。

「・・・先はすまなかったね。どうにか落ち着いたようで、よかったよ」
「・・・いえ。詰めが甘かったのは私のほうです。撃墜できたとはいえ、彼らの身柄が確保できない以上、油断はできません」

部下がまとめた手元の書類を見ながら、ギルバートはそう言った。
先の戦闘―――。脱走者の追撃、そして撃墜。一連の戦闘を、レイと、そして彼の同僚であるシンが行った。
だが、撃墜したとはいえ、少年の顔は暗い。
元々、MSなどで脱走を許すつもりはなかった。グフを撃墜することになったのも、想定外のことだった。
そうして、気がかりがもうひとつ。

「そうだね・・・。だが、戦闘不能であることは確実だろう。映像を見る限りは」
「それよりも、今の問題はシンです。・・・私たちは、大きなミスを犯してしまったかもしれません」
「ほう?」

ギルバートは興味深げに少年を見つめた。
青年にとって、彼は本当の意味で唯一の同志であるし、彼の判断を心から信頼している。
だから、彼を含めた自分たちが、ミスを犯したと告げる彼の言葉を気にかけた。
少年は相変わらず、淡々のした表情で、
しかしその心の奥には先の戦闘で味わった一種の屈辱とも言える感情が支配している。

「シンはSEEDを発動させ、彼を倒しましたが、やはり同僚を討ったことに後悔しているようです。そして―――、もうひとつ」

言葉を切る。ギルバートは何も言わず、彼の言葉を待っている。

「アスランは、戦闘時、必死にシンを説得しようとしていました。―――私達の言葉は、いずれ世界のすべてを殺す、と」

沈黙が、落ちた。
ギルバートは、何も言わず、ただの少しも、表情を動かさなかった。
そうして、少年も、また。
沈黙を続ける二人の間を、ただ、会話に似つかわしくない穏やかな香りが立ち上っていた。

「・・・それを、シンは聞いたのかい?」
「はい」

長い沈黙の後、ギルバートはそれだけを少年に尋ねた。
少年は、躊躇いなく答えた。そう、これは、変え難い事実なのだ。

「・・・それは、厄介だね」

内心を読ませない表情で、ギルバートは手元の紅茶を啜った。
ミルクをたっぷり注いだそれは、青年に甘く、柔らかな味を伝えてくる。
そんな彼に、レイもまた、同じようにティーカップを口元に運んだ。
事実は事実。シンを追撃に出さなければよかったかもしれない、などという後悔は意味がない。
できることは、それに対し、自分らがどう出るかを考えることだけだ。

「勿論、そんな彼の戯言をシンがストレートに信じるとは思いませんが・・・」
「・・・・・・レイ」
「?・・・なんでしょう」

唐突な青年の呼びかけに、少年は彼を見た。
ギルバートは先ほどの柔らかな表情とはうって変わって、固い表情。
レイは一瞬、事の重大さに彼が脅えたのかと思ったが、どうやら違うようだ。
青年はソーサーにカップを置くと、少年を見据え、呟いた。

「・・・いつまで、そうしているつもりだい」
「・・・ギル?」

青年の言葉の不可解さに、レイは首を傾げた。
自分は何も、おかしな態度は取っていないはずだ。彼の片腕であり、忠実な部下でありたいと思う自分は。

「・・・背筋が、むずむずするようだよ。・・・いつもの君に、戻ってくれ」
「ギル・・・。そう言われても、貴方は議長で、私は・・・」
「それでもだ」

命令口調に、少年はやれやれとため息をついた。
どうやらギルバートは、上司と部下でない、普段の関係に戻りたいらしい。
だが、たとえここが2人きりの空間とはいえ、何があるかわからないではないか。
だというのに、この我侭な大人は、頑なに敬語口調を否定してくる。

「・・・。まったく・・・ギル。・・・これでいいんだろう?」

軍服を着ているのに普段口調、というのが多少違和感を感じた。
けれど、ギルバートはやっと満足げに笑って、残りのティーカップを飲み干してしまう。
それから、2杯目の紅茶を注ぎ、ミルクを注ぎ、やはりそのベージュの色に柔らかな微笑みを浮かべていた。
レイは情けないことに、そんな彼の仕草に見惚れてしまう。
相変わらずだ。自分が離れても、彼の『本当』はなんら変わることがない。
再度書類に目を通して、レイは話を元に戻した。

「・・・結局、惑わされるなといってその場を凌いでおいた。でも、下手にシンに不満を持たせれば、今度はこちらに疑いをかけられるかもしれないぞ、ギル」
「そうだね・・・。同僚を討ってしまった彼の痛みも含めて、それに勝る大義を掲げないといけないね」
「ロゴスあたりがいいかもしれない。シンは地球軍を、その裏のロゴスを憎んでいたからな」
「うむ。・・・アスランを、ロゴスのスパイとして仕立て上げられれば」

それは、誰もが考えていなかったことだろう。
だが、AAを失い、ザフトに脅威を覚え、逃走した、という背景を考えれば、
彼がAAという後ろ盾を失い、ザフトの勢力に脅威を覚えてロゴス側についた、ということも考えられなくもない。
もちろん、まったく事実とはかけ離れているが―――。

「丁度、メイリンがいる。機密漏洩を理由にすれば、シンも反論できないだろう」
「そういう意味では、彼女がいて、よかったかな?」
「・・・どうだろうな。どんな理由にせよ、やはり仲間を自分の手で討つ羽目になってしまったのは、ショックだろう」
「君は、優しいね」

一瞬、デジャヴを覚えた。聞き覚えのある台詞。頭の中で一瞬、あの幸せだった過去が交錯する。
戦争に、優しさは意味がない。よくわかっていることだ。
だから、あの時、シンに労わりの言葉も、慰めの言葉もかけなかった。
ただ事実と、やるべき事と、その正当性を告げた。
議長を心から支持する彼にとって、それは神の言葉にも近かっただろう。
それでいいと思う。シンは、自分らの理想をかなえるために、必要な存在なのだ。
彼の心に住まう戦争への憎しみ。大切な者を失う悲しみ。平和を願う心。それをひとところに持つ彼にとって、
ギルバートの言葉は確かに甘く、そして魅力的だ。
だが、その言葉の裏に隠された本当の意味に、彼は気付いていない。
おそらく、彼に従う者の、誰もが気付いていないだろう。
「彼らの言葉はやがて世界のすべてを殺す」と言ってのけたあの若い青年ですら。
レイは、そう考え、心の中にある屈辱を思い出していた。

彼にその言葉を吐かれた瞬間、自分は我を失い、怒りに駆られたひどい形相を呈してしまったはずだ。
殺したいと思った。どんな手を使ってでも。
だから、迷いの残るシンを、その感情すら気に掛けず煽り、手を汚させた。
世界のすべてを殺す―――。なんという言葉だろう。
誰も、自分たちの苦しみも、その戦争のない世界への渇望も、理解してはくれないというのに。

「・・・それにしても、『世界のすべてを殺す』ね・・・。まぁ、彼らにしてみれば、そうなのかな。私の考えは」
「ギル・・・」

自嘲の笑みを浮かべるギルバートを、抱き締めたかった。
レイは躊躇わずに、テーブルを回り、彼の首に手を回す。どこか儚げな彼が、哀しくて。

「人々の自由意志を奪う、ということは、確かにその人格をも奪うかもしれないからね」
「だが、人間たちを自由意志で野放しにすれば、また戦争が起こる。わかり切ったことだ。過去、数多繰り返されてきた歴史に、誰も学ぼうとはしない。―――そうやって、また戦争を起こす」
「ああ、そうだね。人の欲は果てしなく、そして愚かだ」

少年の言葉に、ギルバートはふっとかの存在を思い出す。
人を憎み、そして愛したかの存在を。
人間の欲望の果てに生み出された彼は、言っていたではないか。「それが人だ」と。争いを繰り返し、欲の果てに滅びの道を辿り、平和がきてもその愚かな欲で壊してしまう存在だと。
そう、どんなに彼の言葉が信じたくないものであっても、結局は真理なのだ。
人は人である限り悪なのだ。大切な者を奪われれば憎み、他者よりも優れることを望み、今よりも裕福に生きることを望む。
当然のことだ。それを悪というほうが、もはやおかしいかもしれない。
そんな些細な摩擦から、世界は戦争の渦に呑まれていく。
今も同じだ。ロゴスという欲に塗れた集団に操られた戦争、そうしてそれを知った途端、彼らを憎み、殺してしまおうとテロ活動を始める馬鹿な民衆。
そして、それはまた争いを呼び、そうして結局戦火は拡大する。
誰がこの、争いの連鎖を断ち切れる?
どうやれば、断ち切ることができるというのだ、この繰り返す争いの歴史を。
人間が人間として生きていく以上、それは避けられないことではないのだろうか。
ならば、真に平和を目指そうとするならば、もはや道は1つしかない。

「・・・人は、どうして『今』以上のものを求めるのだろうな・・・」
「ギル・・・」

背中に回されたギルバートの腕に力が篭っていることに、その心の哀しさを感じて、
レイもまた、ギルバートを抱く腕に力を込めた。
これほど、平和を渇望する人なのに。
これほどに、静かな安らぎを求める人なのに、どうしてそれがわからない。
戦争など、本当はもう、ごめんだ。
一番大切な人が傍にいて、優しく、甘い、幸せな刻を共に過ごせれば、それでよかっただろうに。
ギルバートとレイにとって、
それは互いに失ってしまったものであるから、なおさら辛い。
そう、所詮、自分たちも人間なのだ。
失ったものの大きさに絶望し、他人から見れば間違った道を選んでしまった自分たちは。

「んっ・・・レ、イ」

唇を重ねると、甘い吐息が口元から零れた。
久しぶりの味。ディオキアで最後に逢って以来、長かった。
ロドニアのラボでの苦しみも、彼を思い出させた。今度こそ触れて、そうして。
静かで触れるようなキスが、いつの間にか貪るような口付けに変わっていた。
含み切れない液体が、ギルバートの口の端から洩れてくる。
顎まで伝うそれに、レイは舌で丁寧に舐め取っていった。
ギルバートの身体が、不意にぶるりと震えた。行為に脅えたからの反応か、それとも―――。

「あっ、・・・」

不意に白い首筋に触れられて、ギルバートはくすぐったさに身を竦ませた。
キスを解いて、降りてきた唇は、甘く、優しく青年の肌を辿ってくる。
滑らかな指がまるで楽器を弾くかのように動き、彼の纏っている衣服を脱がせ始める。
華奢なくせに、大胆な動きを見せるそれに、ギルバートは甘く笑った。
自分もまた、手を差し延べ、彼の軍服を脱がせていく。
耳元で、少年もまたくすりと笑った。互いに互いを求めた瞬間。これほど優しい時は、他にないだろう。
だからレイは、躊躇わずに彼の雄に手を添えた。
彼への欲を自覚して、もはやそれを止められるはずもない。
性急な少年の動きにギルバートは微かに抵抗を覚えるが、
レイの手の中のそれは、服越しからでもしっかりと形を変えてきているのがわかる。
どちらも、同じくらい飢えていることに、
二人は額を合わせて、そうして心から楽しそうに笑い合った。

本当に、これが。
いつまでも続けばいいのに。

「もう、こんななんだな・・・。もしかして、待ってたのか?」
「・・・そう、思うかい?」

ギルバートは意味深に笑って見せた。
誰にも見せない、違った意味で魅力的な表情だった。魅了される。その美しさに。
誘われるように再度唇を重ねて、レイは肌蹴た胸元の飾りを、親指で潰すようにして優しく揉み始めた。
背筋を逸らすようにして、ギルバートは身を捩る。
些細な刺激だったが、期待し、敏感になっていた身体には、それすら快楽の根源のようだ。
重ねた口の端から浅い吐息を漏らす青年に、
レイはうっとりと舌を絡ませ、そして彼を愛し続けた。
片手を下ろし、下肢に纏っていた彼のボトムの前を思わせぶりに空けていく。
ジッパーの音が妙に耳に響き、ギルバートは瞳を閉じた。
布地の上から先端を捕らえられ、刺激がひどく甘く、もどかしい。

「あ・・・、レ、イっ」
「本当に、可愛いな・・・ギル」
「っ・・・」

耳元で囁かれ、ギルバートは顔に昇ってくる熱を抑えられずにいた。
15も年下に可愛いなど、馬鹿にされているようにしか思えない。
けれど、少年の眼差しはまっすぐで、澄んでいて、綺麗で、美しくて、
こちらが引き込まれてしまいそうだ。その奥の海に、溺れてしまうのではないかと思う程。

「あ、・・・んっ・・・」

いつの間にか、外気に晒されたそれを、少年の手がしっかりと捕らえていた。
熱が帯び始めたそれを、更に高めるように、砲身を根元から先端まで擦り上げてやる。
すぐに先走りの蜜が先の割れ目から溢れ出して来て、今度はそれを広げるようにして、亀頭を中心に刺激する。
ギルバートはいやいやと首を振った。
強い快感に耐え切れず、少年の背に腕を回して強く力を込めている。
そして、そうされることで、自分に縋りつく青年の愛しさが今以上にこみ上げてきて、
レイはもっと彼を愛してやりたくなる。
まるで吸血鬼のように、レイは彼の白い首筋に歯を立てた。
あ、と短い声を立てて、ギルバートは喘ぐ。

「喰いたい」
「あっ、・・・レイっ・・・!」

少年は、熱っぽい瞳でギルバートを見つめ、そうして囁いた。
低まった声音が、ギルバートの腰に響く。力が抜けていくような感覚に、青年は慌てて少年の肩に縋った。
ぞくり、と背筋を這い登る快感に、視界まで眩むようだ。
やがて、くちゅくちゅと水音が下肢から洩れてきて、一気にギルバートの羞恥心を煽った。

「や・・・、あ、ああっ・・・」
「ギル・・・」

少年は、彼の顔を覗き込み、羞恥に眉根を寄せる姿も、ぎゅっと瞑られる瞳も、すべてを見つめていた。
恥ずかしくて、ギルバートは顔を隠そうとするが、その手を今度は少年が捕らえ、指先を絡めてくる。
甘い感覚が全身を支配し、熱に翻弄されているようだった。
少年に与えられる感覚は、深く、そして甘い。
刺激を与えられているというのにもどかしく、もっと、と叫びたくなる。
そうして、そう告げると、少年の瞳が楽しそうに輝くのだ。
きっと、狙ってそう焦らしているのだろう。
今もまた、触れて欲しい場所には触れないで、自分から求めるのを待っているようだ。

「レイ・・・っ、もっ、おねが、い、だよ・・・」
「・・・自分でやっても、いいぞ」
「っ・・・」

無意識に手が動いていたのを指摘され、ギルバートは真っ赤になった。
ほら、と促され、手を捕らえられ、導かれるのは自身の下肢。
自分の手が砲身を捕らえた瞬間、ひっ、と声が洩れてしまった。
少年は笑った。
快感が欲しくて欲望のままに動くそれの上に、少年の手が重ねられる。

「や・・・、んっ・・・」
「凄いな。こんなに・・・」
「あっ・・・!」

少年は身を屈めると、震えるギルバート自身をぺろりと舌で舐め上げた。
舌のざらついた感触に、ひくりと彼の身体が震えてしまう。
そんなギルバートの反応に、少年が楽しげに笑うから、なおさらギルバートは恥ずかしくて、
けれどそれが、より快感を煽ってしまうことも、彼はわかっていた。
ボトムを脱がされ、彼の手で膝を割られ、
その部分を彼に見られていると思うだけで、下肢は疼き、先走りの蜜を零してしまう。
もう、限界に近かった。
ギルバートとレイの手の中のそれも、今にもはち切れんばかりに張り詰めている。
砲身に指を絡め、先端を親指で擦ってやると、
ギルバートの視界が、まるで焼き切れたかのように真っ白に染まってしまう。
次々と襲いかかる波に、流されないようにするだけで精一杯だった。
皮張りのソファに爪を立てて、ギルバートは必死に耐えた。
けれど、もう無理。意識すら手放してしまいそうで。

「あ・・・、レイ・・・、もうっ・・・」
「ギル・・・・・・」

レイは、ギルバートの限界を感じて、再度その唇に触れた。
喘ぎ、浅い息をつく彼の呼吸を奪うように、深く、そうして執拗に舌を絡めていく。
歯を立てるようにして舌を甘噛みしてやると、腕の中の青年は全身をぶるりと震わせた。
恐怖からか、かすかに彼の暁色の瞳が揺れている。
レイは、そんな青年の背を抱き寄せて、強く砲身を擦ってやった。
ギルバートは身を仰け反らせた。快感が全身を支配する。

「・・・っ、あ、ああっ・・・!!」

聞くに堪えない甘い声音がギルバートの口元から洩れ、
それにあわせて少年の手のひらに熱い精が放たれた。
どくどくと吐き出されるそれに、さらに促すように擦り上げてやる。
ぐちゅぐちゅと精に濡れた音がして、青年は羞恥に身を捩った。
甘い快楽の余韻に、身体が思うように動かない。

「ギル・・・」
「・・・っあ・・・」

耳元で彼を呼ぶと、潤んだ瞳が自分を見上げてくる。
微かに笑みを浮かべる彼に、少年もまたくすりと笑って、今度こそ両腕で、彼の背を抱き締めた。
ギルバートに、思わせぶりに自身を擦りつけてやると、その固さに青年はどきりと目を見開き、そして羞恥に下を向いてしまう。
そんなところも可愛くて、レイはますますギルバートを抱き締めた。
肩口に顔を埋め、彼は目を閉じている。

「・・・どうする?これから・・・」
「・・・ん・・・、っ」

素肌の背から、骨を辿るようにして双丘の割れ目を指先で辿っていくと、
ギルバートは思わず逃げるように腰を浮かせてしまっていた。
そんな仕草は、もっと行為を煽るものでしかないというのに、レイは彼の見えないところで苦笑してしまう。
今夜は、時間はたっぷりあるのだ。
そんなに性急にならなくてもいいか、とただ少年は彼を腕に収め続けた。

「・・・もう少し、話したいことが、あるんだがね・・・」
「じゃあ、ベッドで聞こうか」

彼にしては珍しく、上目遣いに、茶目っ気を出して不敵な笑みを浮かべる少年に、
ギルバートは苦笑した。
けれど、本心は彼も同じだ。
これからの話もいいが、それよりもまず、彼のぬくもりを感じていたい。
彼の熱を感じて、翻弄されたい。身体の奥が、彼を求めているから。
身も心も少年に溺れている自分を自覚して、ギルバートは諦めたように身体の力を抜いた。
目を閉じる。少年の温もりは、冷えついた心も溶かしてくれる。

「まったく・・・本当に、君には勝てないな」
「いつもの俺がよかったんだろう?」
「ああ・・・。そうだね」

ギルバートは微笑んだ。
上司と部下の関係なんて、つまらない。
唯一心を同じくする者に、上とか下など関係がないのだ。
傍にいて、幸せで、楽しくて、嬉しくて、そうしてそれが喜びであること。
どうして、そんな世界ではいられないのだろう。
それさえあれば、きっと誰もが幸福のはずなのに―――。

ふと、意識の底でピアノの音が鳴った。

「あ・・・」
「ギル?」

唐突に声を出したギルバートに、レイは首を傾げた。

「・・・レイ。ピアノを、弾いてくれないか」
「ピアノ?」
「とても、久しぶりだろう?・・・聞かせて欲しいんだ」

ふわり、と笑みを浮かべるギルバートに、少しだけ寂しさが横切った気がして、
レイは彼を抱く腕に力を込めた。
おそらく、彼の脳裏に浮かんでいるのは、あの、哀しい男の存在。

「・・・早く、こんな時代が終わればいいのにね。早く・・・」

自分に言い聞かせるように呟いて。
そうして、儚げに瞳を閉じて、少年の肩に身を預ける。
ギルバート・デュランダル。それは、一番残酷で、そして一番哀しい存在。
世界の改革者として、平和のためと大義を掲げ、ギルバートはこれからも、多くの人の命を死に晒すだろう。
だが、そんな彼が一番心を痛めるのは、きっと失われる数多の命のせいなのだ。
彼が愛した、かの存在の死に涙したのと同じように。

「ギル・・・」
「レイ。・・・愛している」



心を同じくする二人が望んだ未来。

望んだ平和は、本当に訪れるのだろうか?
今の生き様に、果たして意味はあるのだろうか?

けれど今は、それすらわからないまま、ただ願ったものが叶うように、選んだ道を歩むだけ。




















「・・・戦争なんかキライだ。ボクはただ、ギルとラウを失いたくないだけなのに」
「争いの発端は、すべての人間の心の中にある。私にも、ギルバートにも、・・・そしてお前の中にも」
「ボクの・・・中?」
「そう。人間が人間である限り、避けられないもの。それが、戦争だ」
「・・・っでも!!嫌だよ・・・離れたくない・・・ラウにも、ギルにも」
「・・・お前は、優しいな」

ふわりと頭を撫でられ、その優しさが痛かった。
人類に絶望し、哀しい言葉ばかりを吐いていたくせに、自分を抱く腕だけは優しかった彼。

もし、世界が同じように優しかったら。
彼を失わずに、済んだだろうか。

もはや、今更すぎることだとは思うけれど―――。



指先で奏でる音楽は、そんな彼へのレクイエム。
愛する者を心に抱いて、少年はいつまでも彼のために演奏を続けた。





end.




Update:2005/07/05/SAT by BLUE

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