06:幻



見間違えることのない、あのすらりとした背の高さと、
その背中の広さに目を奪われた。
それは、幻。そう、きっと。だって、かれは死んだもの。1年前、あの空で、星となって。
だから、あの白いコートの彼は、別人。
別人とわかっていて、気付けばその背を追っていた。
人ごみの中、見失わないように。他の人間達より頭ひとつ分くらい高い金色の光を、探し、そして追いかける。
ふと掃けた人ごみに、一瞬戸惑った。目の前は、公園だった。
プラントには、このような場所はいくつもある。草木を植え、噴水を置き、自然を模したような環境。
ふと見失ってしまったかれを探して周囲を見渡せば、
そこには、ベンチ。
ゆったりとそこに身を預けた、"かれ"。
うり二つだった。自分の記憶の中の、彼と。
そう思った、ちょうどその時。

「あ・・・」

彼がこちらのほうを向き、立ち尽くしたままの自分を見つめた。
次の瞬間、いつもの、何か含んだような笑み。
気付いている?自分のことを?
―――もう一人の、自分を?

「レイ。」

彼の声音は、聞こえなかった。
けれど、気付いた。あれは、自分の名前を紡いだ唇だ。
胸が、ざわりと高鳴った。一番大切だった、あの人・・・―――

「ラ・・・」

「ラウ!!!」

だが、背後から幼い子供の、明るい声音を耳にして、
レイは硬直した。自分の脇を、すり抜けていく小さなからだ。
ベンチに座るかれの胸に飛び込んだのは、紛れもない、過去の自分だった。
ああ、そうだ。
ここは、確か、かれの自宅に近い公園で、
よく、待ち合わせしていた。かれと、あと、ギルと。
そう思い出した瞬間、漸くこの光景に合点がいく。あれは、正真正銘の、自分だ。
かれの傍で、なんの不安もなく過ごせた、そんな幸せなときの。
今は失われてしまった、大切な、思い出。

「俺、は・・・」

どうして、これほど胸が痛い。
もう、割り切ってしまっていると思っていた。
涙が零れなかったのは、かなしくなかったわけではない。わかっていたからだと、そう思っていた。
いつか、彼と離れなければならない日が来ることも、あの安らぎが永遠に続かないことも。
そうして、それは正しかった。
失ってしまったものは大きく、今なお胸を焼く思い出。
けれど、でも、もう今更。
幸せそうなかれと子供の間に、自分の入る余地などない。それは事実だ。
それがなぜか、苦しい。

「ラウ・・・」

ふと、足元が翳った。
すぐ傍に、人の気配。気付かなかった。自分の悲しみに浸りすぎて。
顔をあげて、まず気付いたのが自分を見上げる子供だった。不思議そうな顔。まぁ、そんなものだろう。
じゃあ、・・・かれ、は?

「レイ。」

顔をあげるのが、怖かった。
何か言おうとして、唇が震えた。身体も、きっと震えてる。
その声音は、もしかしなくとも、・・・俺への声?
そっと、顔をあげる。すっと手が伸ばされて、滑らかな指先が、頬を撫でた。
涙が零れそうだった。いつから、こんなに涙脆くなったっけ。
ラウの指先が涙に濡れる前に、彼の胸に飛び込んだ。
昔の、子供の頃の俺のように。










2人で、手を繋いで眠っていた。
乱れたシーツの上、ほとんど裸も同然の状態で、
そういえば夜の行為のあと、なし崩し的に眠ってしまっていたことを覚えている。
二人、ほぼ同時に、目を開ける。珍しく、眠気は残っていない。
目の前のギルの顔に笑いかけると、ギルも笑ってくれた。
それから、もう一度、目を閉じた。―――夢を、見た気がする。あの人に会えた、そんな夢。

「夢で、ね。ラウに会ったよ」
「え・・・」

驚いた。同じような夢を見ていたのか、と思う。

「俺も・・・ラウに会ったよ・・・」
「嬉しいね」

夢であったことに少し胸を痛めていた俺は、
ギルの言葉にハッとさせられた。
ギルは、本当に素直だと思う。いいよね。俺も、ギルのように、ただ現象を喜べればいいのに。

「・・・うん、幸せだった」

だから。言ってみる。
幸せだと、ラウの幻に出会えて、本当に幸せだったと。
ギルは笑って、俺を抱き寄せてきた。すぐ近く、俺もギルの背に腕を伸ばす。

「もう一度、眠ろうか。また会えるかもしれないよ」

そんな、わけ、ないだろうに。
まったく、ギルはなんでも理由をつけて、二度寝を決め込もうとする。
しょうがない、大人。
けれど、ぎゅっと握られ、繋がったままの、その手を離すのは惜しくて。

「・・・うん。おやすみ、ギル・・・」

だから俺も一緒に、祈ることにするよ。
また、会えればいいな。











[20のお題詰め合わせ] by 折方蒼夜 様
Update:2005/09/30/THU by BLUE

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