02:底なし



ときどき、不安になる。
自分が平和なときを過ごすようになってから、ずっとだ。
初めは、あの絶望から逃れられるだけでいいと思った。
欲しいものなんて何もなかった。
そして、願いは叶った。あの施設の、外に出られた。望みは、それだけだったはずだ。
だというのに

―――・・・一緒に来るか?

そう言った人物の、その手の温かさを離したくないと思い、
抱き締められたその感触を忘れたくないと思い、
初めて身に着けた"衣服"に浮かれ、引き合わされた人物のその微笑みをもっと欲しいと願い、
ずっと見ていたいと思い、傍にいたいと思い、触れたいと思った。
気付けば、常に与えられるもの以上のものを欲しくなっていた。
いつも伸ばされるラウの手を、離したくないと思う。
優しい笑みを浮かべるギルを、もっと傍で見ていたいと思う。
そして、ついにはその全てを欲してしまった。
欲しいものなんて、なにもなかったはずの自分が、願ったもの。
それはありすぎてもう全てを思い出すことはできないけれど、
そんな自分は今もまだ、望むものがある。

「時間が、欲しい」
「・・・レイ」

欲しいものならなんでもくれたギルは、ひどく痛ましい顔をした。
自分が与えたいものしか与えてくれないラウは、もちろん苦笑するだけで終わった。
望んでも得られないものがあることを一番よく知っている、ラウ。
俺ももう、そう悟ってもいいはずなのに、
なんでかれみたいになれないんだろう。
対照的に、ギルは夢見がちで、正直俺でも無理だろうと思うことを、
平気で望んでしまう人だ。
なんだか、中間で微妙に居心地が悪いな。
大抵は、ギルが叶えてくれる。ラウは、俺が望まなくても望むものをくれる。
これが、果たしていつまで続くのだろう。
なんだか、不安だよ。

「・・・レイ。ギルバートを悲しませてはいけないだろう?」
「あ・・・、ごめん」
「いや。・・・当然の願いだろう、それは」

そう、こんな風に。
誰に気遣うこともなく、ただ、愚かに望んでしまう心。
人の欲は、きっとこんなものなのだろうな。
ひとつが叶えば、またひとつ。
たくさん叶えば、またたくさん。
尽きない欲望。それは終いには、きっと他人すら傷つけるだろう。
今の、俺のように。

「ま、それが人、ということだろうな」
「どうすれば、止まるの?」
「止める?それは無理な話だ。人はいつだって底なしの夢を抱き、そうして生きていくのだからな。無論、そこには他人を傷つけ、自分すら傷つけてしまうようなことだってあるだろう」
「本当に、無理なのだろうか?」

ギルの言葉に、振り向いた。
ラウの言葉に、思い出したのかもしれない。
人が、その欲望故にに争い合うことを。平和を望む彼にとって、それは憎むべきもの。
けど、ラウもそんなギルの気持ちに気付いていたろうに、
助言するどころか鼻で笑っていた。
本当に、与えたいものしか与えない人。でも、いいよね。そうやって割り切れて。
"人間"を一番よくわかってる人は、多分ラウだ。

「・・・ま、欲の塊のようなお前の場合、はじめに自分を変えてみたまえよ」
「ギル見てたら、無理な気がしてきた・・・」

ギルは夢想家。
ラウは現実志向。
そんな間の俺は、きっとわかっていながら、底なしの夢を求めるのだろうな。
とりあえず、今望むことは、これ。

「一緒に、二度寝して。」

まだ、起きたくない気分。傍にいてね。2人とも。








[20のお題詰め合わせ] by 折方蒼夜 様
Update:2005/09/29/WED by BLUE

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