13:雷雨



久しぶりだな、と思った。
厚い厚いガラス窓に叩き付けられる大きな雨粒と、
室内だというのに耳を劈くような轟音。
プラントでは、いくら地球の気候に似せた環境といえど
さすがに雷はない。
だから、
ミネルバと共に地球に降り立ったレイにとって、
それはひどく懐かしいものだった。
なにせ、地球で過ごした日々なんて、数える程しかない。

「どうしたんだい?レイ」

極秘裏の通信中、ふと窓の方を見やった少年に、
ギルバートは首を傾げた。
いかな雷音でも、さすがに遠い遠いプラントにまでは届かないか。
レイはなんでもない、という風に笑みを傾けた。
別に、過去に浸りたいわけでもない。

「久々に地球に来たもので。少し、懐かしかっただけです」
「ああ。・・・そちらは、雨かい?」

その瞬間、
ガガッ、と耳を塞ぎたくなる程の大音量が、
部屋中に響き渡った。
画面越しのギルバートも、瞳を大きく見開いている。

「・・・すごかったね」
「聞こえましたか」

固まったように動かないギルバートに、
彼が始めて地球に足を降ろした時のことを思い出した。
大の大人のくせに、そういえば、めちゃくちゃ驚いて、そして脅えていたっけ。

「怖く、ないかい?」

生粋のプラント人である彼は、
子供の頃から知識でしか地球の気候を知らないものだから、
クルーゼに初めて地球に連れてこられて、
かなりの衝撃を受けたらしい。
それに対してレイは、
確かに彼もプラント生まれのプラント育ちなのだが、
なにせ生まれが生まれだから、
そんなものごときで怖いとは思わなかった。
強いて言えば、ひとつの明かりもない暗闇に多少恐怖を覚えるくらいで。
暗い空の下、存在感のある雨粒の音と、
そうしてその闇を切り裂くような光。耳を貫く強烈な響き。
怖いと思うはずもない。
勿論、自分の頭の上に雷が落ちてくるとなれば、話は別だが。

「大丈夫です。ギルこそ、音くらいでそんな顔しないでくださいよ」
「そうは言うけどね・・・」

クルーゼと、幼い自分と、そしてギルバート。
純粋な娯楽のためではなかったが、数えるくらいには、3人で地球に来ている。
その時の、ギルバートの態度といったら。
本当におもしろかった。
まず、部屋から出てこない。カーテンを閉め切って、
窓とは反対側の、壁際に佇んで。
光が部屋を明るく照らすたびに、あの轟音を聞くまいと耳を塞ぐ。
大の大人が、だ。
クルーゼと少年はというと、
そんなギルバートを呆れ半分で見ながら、
大して気にすることなくたまに窓を眺めて雷が空に描く光の絵画を鑑賞したり、
感電するなど考えもしないで平気でモニタをつけたりしていた。
もちろん今は、
ギルバートだって議長という立場なのだから、
それなりに地球には来ているし、
さすがに地球の気候にも慣れただろう。
何より、議長ともあろう者が、
雷雨が怖い、なんて恥ずかしくて言えない。

「こんなに離れていてもその様子じゃ、ギルが地球に降りたらどうなることやら」
「・・・私がディオキアに寄る予定の日は、天気はどうだったかな・・・」

天候など、大して重要ではないものを、
かなり真顔で気にしているギルバートに、笑ってしまった。
画面の端で天気予報を調べてみる。
予定は、この時期には珍しく1週間ほど晴れの日が続いていた。
まぁ、彼が地球に滞在している期間に、
雷雨に当たることはあるまい。

「大丈夫ですよ。快晴です」
「よかった・・・」

そんな、心底安心した顔をするなんて。
レイは苦笑した。本当に、危なっかしい人。
こんな子供みたいなギルバートは、
自分の前でしか見れないとはわかっているはずなのだが、
けれど、ときどき不安になってしまう。
本当に、彼は1人で議長としてやっていけているんだろうか?と。
きっと、何人もいる秘書たちは、
誰にも言えないような悩みを抱えているに違いない。

「早く会いたいです、ギル」
「ああ。私もだよ」

早く、目の前であの柔らかな表情が見たい。
議長としての彼は、万人に対して始終柔らかな笑みを見せてはいるが、
それでも、どこか重責を背負っている故の悲壮感を覚える。
彼が本当の己に戻れるのは、きっと、自分の傍だけ。
自惚れではない。
本当に彼を甘やかしてくれる者など、
自分以外にはいない。
そうわかっているから、
やはりレイは彼を邪険に扱うことはできなかった。
今すぐにでも、抱き締めてやりたかった。
幼い子供のようにすべてを晒した、
本当のギルバートを。










「どうして、ギルはあんなに脅えているの?」
「人は誰しも、知らないものには脅える。脅えるから近づけない、近づかないから知ることもできない。だからますます脅える―――まぁ、アレはその体現のようなモノだな」

3人で地球へ来た時のある夜のこと。
窓を叩く大粒の雨と、時折耳を打つ雷の音を聞きながら、
レイはギルバートのほうを見やった。
大してひどくもない雷のはずなのだが、ギルバートがあれほどニガテになったのは
初めて彼が地球に来たとき、丁度近年に類を見ない激しい雷雨だったから。
雷が好きだと言うクルーゼにその怖がりようを面白がられ、
わざと窓を開けて苛められたのが相当キたらしい。

「こんなもの、そもそも怖がるものでもないだろうに」
「・・・何を言っているんだね、君は!天井に落ちてきたらどうするんだ?!」
「・・・・・・落ちるの?」
「馬鹿は相手にするな」

一昔前じゃあるまいし。
今時、建設物に雷が落ちるなど聞いた事がない。
そもそも、何のために避雷針というものが存在するのか、
わかっているのだろうか、この大人は?

「ギルと違って、ラウは楽しそうだね」
「そうだな。・・・懐かしい、という感じだな」
「・・・懐かしい?」

首を傾げる子供に、クルーゼはくすりと笑った。
頭に手をやり、柔らかな髪を撫でてやる。

「私が生まれたその日は、雷雨だったそうだからな」
「じゃあ、ラウは神様だね!」

見上げる瞳の無邪気さに、少しだけ驚いた。

「神?何故だい?」
「本に書いてあったよ。神様は、地上に来る時雷と一緒にやってくるんだって」
「・・・はは、それはおもしろい」

やれやれ、どこのエセ神話か知らないが、
けれど、・・・なかなか面白い。
私が生まれた時に神が降りてきたのなら、相当怒っていたのだろうな。
クルーゼはそんなことを考える。
空を見上げれば、また稲妻。そして、数秒遅れで、地面を裂くような強烈な音。
呼応するようなそれに、またクルーゼは笑みを浮かべた。
生まれ落ちた己が罪なのか、
それとも生み落とした人間が罪なのか。
きっと、どちらもだろう。
人間にあるまじき行いをした者達は、あっけなく死んだ。
そうして今、残る自分たちも、苦しみを与えられているのだ。
これが罰と言わずしてなんと言えばいいのだろう?
自分が神なのではない。
神の怒りの体現―――それが、己。

「おいで」

クルーゼは子供を抱き上げた。
己と、そしてこの子供。
どうあがいても逃れられない、血の運命。
神は、本当に残酷だ。
どうして、ただ生まれてきただけの自分たちにまで、罰を下されるのか。

「・・・可哀想に」
「え?」

ぽつりと呟いた男の言葉は、
その瞬間またしても耳を貫く轟音にかき消されてしまった。
尋ね返しても、クルーゼはただ笑うだけ。



「雷雨・・・らいう、ライウ・・・ラウか。そうか、そういうことだったのか」
「・・・ギル・・・」

まったく、これで大人というのだから、不思議で仕方ない。
足を抱えながら、うんうんとしきりに頷くギルに、
金髪の青年と幼い子供は
呆れたように顔を見合わせた。





end.





[20のお題詰め合わせ] by 折方蒼夜 様
Update:2006/02/04/THU by BLUE

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